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必要なときの力
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■ 工房街への道
――前を歩かせ、前に立つ
工房街へ向かう朝、
あなたは少し早足でした。
若さというのは、
目的地が見えると、自然と歩調が上がるものです。
「……そんなに急がなくても」
私がそう言うと、
あなたは振り返り、少し照れたように笑いました。
「つい。
音が聞こえてきたので」
確かに、
金属を打つ音、
蒸気の吐き出される低い唸り。
工房街特有の、活気のある騒音です。
私は、約束どおり、
あなたの半歩後ろを歩いていました。
視線は、自然と周囲へ。
習慣のようなものです。
⸻
路地に差しかかったときでした。
進行方向から、
若いオークが二人。
まだ肩の張りきっていない、
しかし力を誇示したがる年頃。
一人が、あなたを見て、口角を上げました。
「……なんだ?
ペットか、それとも玩具か?」
声は大きく、
周囲に聞かせるためのもの。
あなたの歩みが、
ほんの一瞬、鈍る。
私は――
考える前に、前へ出ていました。
あなたの前に、
一歩。
背中で、完全に視界を遮る位置。
体格差は、
言葉よりも雄弁です。
若オークの視線が、
私の胸当て、肩幅、
そして赤い瞳へと移る。
「……あ」
若オークの声が、詰まったのを見下ろす。
私は、声を荒げません。
低く、穏やかに言います。
「この方は、
私の伴侶です」
それだけ。
だが、
空気が変わる。
「興味本位で声をかける相手ではない。
分かりますね?」
最後は、確認。
命令ではない。
若オークたちは、
一瞬、虚勢を張ろうとしましたが――
私が、ほんの少しだけ、重心を落としたのを見て、
理解したようでした。
「……失礼しました」
視線を逸らし、
道を空ける。
私は、追わない。
睨まない。
ただ、
そこに立っている。
それだけで、十分だった。
⸻
あなたが、小さく息を吐くのが、
背中越しに分かりました。
「……ありがとうございます」
私は、振り返らずに答えます。
「当然のことです」
それから、
少しだけ声を落として付け加えました。
「……怖かったですか」
あなたは、少し間を置いてから言いました。
「正直に言うと、
ちょっと」
私は、頷く。
「それでいい」
再び歩き出すとき、
今度は――
あなたの隣を歩く。
あなたの歩幅に合わせつつ、
自然に、影を落とす位置。
⸻
工房街の入り口で、
あなたがぽつりと言いました。
「ガスパールって、
すごく穏やかなのに……」
私は、首を傾げます。
「……のに?」
あなたは、少し困ったように笑いました。
「ちゃんと、
オークなんですね」
その言い方が、
あまりにも可笑しくて。
私は、思わず低く笑いました。
「ええ。
必要なときだけ、ですが」
あなたは、
私の袖の端を、きゅっと掴む。
小さな手。
だが、もう、震えていない。
「……前に立ってくれて、
安心しました」
私は、静かに答えました。
「それが、
私の役目ですから」
そして、心の中で付け足します。
守るだけではない。
あなたと、一緒に歩くために。
――前を歩かせ、前に立つ
工房街へ向かう朝、
あなたは少し早足でした。
若さというのは、
目的地が見えると、自然と歩調が上がるものです。
「……そんなに急がなくても」
私がそう言うと、
あなたは振り返り、少し照れたように笑いました。
「つい。
音が聞こえてきたので」
確かに、
金属を打つ音、
蒸気の吐き出される低い唸り。
工房街特有の、活気のある騒音です。
私は、約束どおり、
あなたの半歩後ろを歩いていました。
視線は、自然と周囲へ。
習慣のようなものです。
⸻
路地に差しかかったときでした。
進行方向から、
若いオークが二人。
まだ肩の張りきっていない、
しかし力を誇示したがる年頃。
一人が、あなたを見て、口角を上げました。
「……なんだ?
ペットか、それとも玩具か?」
声は大きく、
周囲に聞かせるためのもの。
あなたの歩みが、
ほんの一瞬、鈍る。
私は――
考える前に、前へ出ていました。
あなたの前に、
一歩。
背中で、完全に視界を遮る位置。
体格差は、
言葉よりも雄弁です。
若オークの視線が、
私の胸当て、肩幅、
そして赤い瞳へと移る。
「……あ」
若オークの声が、詰まったのを見下ろす。
私は、声を荒げません。
低く、穏やかに言います。
「この方は、
私の伴侶です」
それだけ。
だが、
空気が変わる。
「興味本位で声をかける相手ではない。
分かりますね?」
最後は、確認。
命令ではない。
若オークたちは、
一瞬、虚勢を張ろうとしましたが――
私が、ほんの少しだけ、重心を落としたのを見て、
理解したようでした。
「……失礼しました」
視線を逸らし、
道を空ける。
私は、追わない。
睨まない。
ただ、
そこに立っている。
それだけで、十分だった。
⸻
あなたが、小さく息を吐くのが、
背中越しに分かりました。
「……ありがとうございます」
私は、振り返らずに答えます。
「当然のことです」
それから、
少しだけ声を落として付け加えました。
「……怖かったですか」
あなたは、少し間を置いてから言いました。
「正直に言うと、
ちょっと」
私は、頷く。
「それでいい」
再び歩き出すとき、
今度は――
あなたの隣を歩く。
あなたの歩幅に合わせつつ、
自然に、影を落とす位置。
⸻
工房街の入り口で、
あなたがぽつりと言いました。
「ガスパールって、
すごく穏やかなのに……」
私は、首を傾げます。
「……のに?」
あなたは、少し困ったように笑いました。
「ちゃんと、
オークなんですね」
その言い方が、
あまりにも可笑しくて。
私は、思わず低く笑いました。
「ええ。
必要なときだけ、ですが」
あなたは、
私の袖の端を、きゅっと掴む。
小さな手。
だが、もう、震えていない。
「……前に立ってくれて、
安心しました」
私は、静かに答えました。
「それが、
私の役目ですから」
そして、心の中で付け足します。
守るだけではない。
あなたと、一緒に歩くために。
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