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第一幕
第5話:不可侵の誓いと、泥濘の武装
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黄金色のスープがもたらした熱気は、驚くほどアドルの心身を芯から癒やしてくれた。昨日までの「ただ腹を膨らませるための餌」とは一線を画すその芳醇な旨味は、絶望的な状況にいた二人にとって、何よりも確かな「勝利」の味だった。
「ねえ、アドル。これ、本当に美味しいわ。昨日までの苦さが嘘みたい」
ミーシャは不格好な鉄鍋を両手で包み込み、名残惜しそうに最後の一口を飲み干した。スープの熱で赤らんだ彼女の頬や、二十代の瑞々しい肌に浮かぶ満足げな笑みは、殺伐とした森の景色の中で唯一の救いのようにも見えた。
「ああ。品質が一段階上がるだけで、これほど劇的に変わるとは思わなかった。……でも、これでやっていける目処が立ったよ、ミーシャ」
アドルは空になった自分の鍋を置き、焚き火の火を見つめながら改めて口を開いた。腹が満たされ、生存への現実的な手応えを得たことで、彼の思考にはようやく一歩先を見据える冷静さが戻っていた。
「ミーシャ。これからのことを話しておきたい。……いつまでも、この洞窟に引きこもっているわけにはいかないからな」
「そうね。……ここでの生活も、少しずつ慣れてきたけど。でも、ずっとここで野草を食べて、ゴブリンに怯えて暮らすわけにはいかないわ。アドル、何か考えがあるんでしょ?」
ミーシャはアドルの隣に座り直し、真剣な瞳で彼を見つめた。アドルは深く頷き、自分の頭の中に描いているロードマップを言葉にし始めた。
「まずはこの森を抜け出して、人間が住む街を探そう。身の安全の確保、情報収集、そして何より経済的な基盤の構築が必要だ。俺たちの能力を活かすなら、商人ギルドを目指すのが当面のゴールになると思う」
「商人ギルド……。確かに、アドルの【複製錬金】があれば、商売に困ることはなさそうね」
「ああ。だが、その前に……この世界で生きていく上での『絶対的な禁止事項』を二人で決めておきたい。……いいか、ミーシャ。俺たちは、決して『目立ってはいけない』んだ」
アドルの声のトーンが、一段と低く、重くなった。
「俺たちの力……特に俺が知識を形にしてしまう【想像錬成】や、君の無限の収納は、この世界の住人から見ればあまりに異質だ。便利な現代の道具をそのまま持ち込んだり、オーパーツのような代物を量産したりすれば、瞬く間に権力者の耳に届くだろう」
「……あ。そうね。私たちが何者かバレたら、どこかの国に飼い殺しにされたり、それこそ人体実験の対象にされるかもしれないわ」
ミーシャが自分の腕を抱え、身震いした。その危惧は、決して大袈裟なものではない。知識と物資の供給能力は、戦争において最強の兵器になり得るからだ。
「その通りだ。だから俺たちは、あくまで『手際がいいだけの、少し器用な一般人』でいなきゃならない。時代錯誤な発明はしない。この世界の技術水準を慎重に見極めながら、その範囲内で少しだけ『高品質』なものを提供していく。……それが、俺たちが自由を勝ち取るための最善策だ」
「分かったわ。目立たず、着実に。……私たちの、新しい世界のルールね」
二人は焚き火越しに視線を交わし、静かに頷き合った。それは、異世界という広大な舞台で生き残るための、不可侵の誓いだった。
◇
方針が決まれば、次は「移動」のための準備だ。今の二人は、ボロボロになった現代の服を纏い、片手にはゴブリンから奪った使い古しの「こんぼう」があるだけの、あまりに無防備な姿だった。
「さて、そうとなれば装備の拡充だ。今の俺たちは、防具すら持っていないに等しいからな」
アドルは立ち上がり、洞窟の外に目を向けた。
「接近戦だけじゃ、不測の事態に対応できない。ミーシャ、悪いけど、周囲で素材を探してきてくれないか。まずは細身で真っ直ぐな、重みのある枝を二十本。それから、補強に使える蔦(つた)も多めに頼む」
「飛び道具でも作るの?」
「ああ。俺たちのステータスでは、近距離での乱戦はリスクが高すぎる。万が一の時に距離を詰めさせない『隠し玉』が必要だ」
ミーシャは「任せて」と短く応え、森の境界へと消えていった。アドルはその間、洞窟の壁面に露出した岩肌や、足元に落ちている石の硬度を確かめて回った。
一時間後、ミーシャが異空間からドサリと素材を吐き出した。
「アドル、言われた通りのものを集めてきたわよ。……ねえ、これで何を作るの?」
「ありがとう。……作るものは、木製の胸当て(チェストプレート)と、投槍(ジャベリン)だ。今の素材でできる精一杯の武装だよ」
アドルはまず、胸当ての作製に取り掛かった。ゴブリンの残した布切れを内側に敷き、ミーシャが選別してきた木材を重ね合わせる。レシピのない状態からの「想像錬成」は、相変わらず一パーセント未満の成功率を彷徨う苦行だった。
「……錬成!」
パキン、と乾いた音を立てて木材が裂ける。失敗だ。
「……錬成!」
今度は蔦が千切れ、素材がただのゴミへと変わる。
「アドル……そんなに顔色を悪くして。大丈夫?」
「ああ、平気だ。……確率の問題だからな。数を打てば、いつかは正解に当たる」
アドルは額の汗を拭い、何度も、何度も失敗作を分解しては素材に戻し、再び錬成を繰り返した。作業は数時間に及び、太陽が真上を過ぎ、西に傾き始めた頃。ようやく、俺の手元でこれまでとは違う安定した光が放たれた。
「……できた」
【鑑定:木製の胸当て 品質:C】
蔦で編み上げ、木材を鱗状に重ねた簡素な防具だが、無いよりは遥かにマシだ。レシピさえ解放されれば、二人分の装備を揃えるのは容易かった。アドルはすぐさま自分とミーシャの分を複製し、お互いのサイズに合わせて装着した。
「不恰好だけど、不思議と安心感があるわね。……アドル、次は槍?」
「ああ。ただの尖った枝じゃない。重心を先端に寄せ、投げた時に直進するようにバランスを整える必要がある。現代の洗練された武器の知識を隠しつつ、あくまで『この世界の素材で工夫した』範疇の形を模索するんだ」
これもまた、想像錬成の壁が立ちはだかった。単なる木の棒を尖らせるだけなら簡単だが、武器としての「性能」をイメージに乗せるのは難易度が跳ね上がる。何度も失敗し、辺りが夕闇に包まれ始めた頃、ようやく手に馴染む重さの一本が完成した。
【鑑定:木製投槍 品質:C】
「よし、レシピ解放だ。ミーシャ、これを全部、君の空間へ入れてくれ」
アドルは解放されたレシピを使い、予備も含めて二十本以上の投槍を次々と量産していった。
「これなら、遠くからでも攻撃できるわね。……私、これを使ってアドルの援護をするわ」
「頼りにしてるよ。……俺が前衛で凌ぎ、隙を見て君の空間から供給される投槍を投げつける。中距離からのアウトレンジ戦法だ」
木と布、そして蔦を組み合わせた泥臭い武装。だが、それは現代人の知識と、異世界の権能が初めて形になった「戦略」の結晶だった。
◇
作業を終えた頃、森は深い群青色に沈んでいた。
「……今日はここで一晩休んで、明日、この森を出よう。ミーシャ、装備の具合はどうだ?」
アドルは自分の胸当てを叩きながら尋ねた。
「少し重いけど、アドルが作ってくれたものだと思えば、重さも心地いいわ。……ねえ、アドル。私たち、本当にやっていけるかしら?」
ミーシャは焚き火の火を見つめ、少しだけ弱気な声を漏らした。若返った身体、手に入れた力。それらはあまりに現実離れしていて、ふとした瞬間に足元が崩れそうな不安に襲われる。
「……正直に言えば、分からない。この世界の広さも、常識も、まだ何も知らないからな」
アドルは素直に認め、それから彼女の隣に座って、その肩にそっと手を置いた。
「でも、俺の横には君がいる。君がいて、俺の力を支えてくれる。それだけで、俺にとっては十分な勝算になるんだ。……ミーシャ、君が倉庫でいてくれる限り、俺は何度でも奇跡を複製してみせるよ」
「……アドル。……そうね。私も、アドルの足場として、絶対にあなたを支え抜くわ」
ミーシャはアドルの手に自分の手を重ね、微笑んだ。 冷たい夜の空気が洞窟に忍び寄るが、二人の間にある絆の熱までは奪えなかった。
黄金色のスープが体力を戻し、新しい装備が心を武装させた。 異世界複製錬金術師としての第二歩。 明日、彼らはこの「生存と確保」の拠点である洞窟を離れ、未知なる社会――リュステリアという巨大な渦の中へと、その歩みを進めることになる。
「……行こう、ミーシャ。自分たちの命を守れるだけの『強さ』を、これから獲りに行くんだ」
俺たちは夜の帳が下りる中、静かに、しかし熱く燃える決意を固めた。
「ねえ、アドル。これ、本当に美味しいわ。昨日までの苦さが嘘みたい」
ミーシャは不格好な鉄鍋を両手で包み込み、名残惜しそうに最後の一口を飲み干した。スープの熱で赤らんだ彼女の頬や、二十代の瑞々しい肌に浮かぶ満足げな笑みは、殺伐とした森の景色の中で唯一の救いのようにも見えた。
「ああ。品質が一段階上がるだけで、これほど劇的に変わるとは思わなかった。……でも、これでやっていける目処が立ったよ、ミーシャ」
アドルは空になった自分の鍋を置き、焚き火の火を見つめながら改めて口を開いた。腹が満たされ、生存への現実的な手応えを得たことで、彼の思考にはようやく一歩先を見据える冷静さが戻っていた。
「ミーシャ。これからのことを話しておきたい。……いつまでも、この洞窟に引きこもっているわけにはいかないからな」
「そうね。……ここでの生活も、少しずつ慣れてきたけど。でも、ずっとここで野草を食べて、ゴブリンに怯えて暮らすわけにはいかないわ。アドル、何か考えがあるんでしょ?」
ミーシャはアドルの隣に座り直し、真剣な瞳で彼を見つめた。アドルは深く頷き、自分の頭の中に描いているロードマップを言葉にし始めた。
「まずはこの森を抜け出して、人間が住む街を探そう。身の安全の確保、情報収集、そして何より経済的な基盤の構築が必要だ。俺たちの能力を活かすなら、商人ギルドを目指すのが当面のゴールになると思う」
「商人ギルド……。確かに、アドルの【複製錬金】があれば、商売に困ることはなさそうね」
「ああ。だが、その前に……この世界で生きていく上での『絶対的な禁止事項』を二人で決めておきたい。……いいか、ミーシャ。俺たちは、決して『目立ってはいけない』んだ」
アドルの声のトーンが、一段と低く、重くなった。
「俺たちの力……特に俺が知識を形にしてしまう【想像錬成】や、君の無限の収納は、この世界の住人から見ればあまりに異質だ。便利な現代の道具をそのまま持ち込んだり、オーパーツのような代物を量産したりすれば、瞬く間に権力者の耳に届くだろう」
「……あ。そうね。私たちが何者かバレたら、どこかの国に飼い殺しにされたり、それこそ人体実験の対象にされるかもしれないわ」
ミーシャが自分の腕を抱え、身震いした。その危惧は、決して大袈裟なものではない。知識と物資の供給能力は、戦争において最強の兵器になり得るからだ。
「その通りだ。だから俺たちは、あくまで『手際がいいだけの、少し器用な一般人』でいなきゃならない。時代錯誤な発明はしない。この世界の技術水準を慎重に見極めながら、その範囲内で少しだけ『高品質』なものを提供していく。……それが、俺たちが自由を勝ち取るための最善策だ」
「分かったわ。目立たず、着実に。……私たちの、新しい世界のルールね」
二人は焚き火越しに視線を交わし、静かに頷き合った。それは、異世界という広大な舞台で生き残るための、不可侵の誓いだった。
◇
方針が決まれば、次は「移動」のための準備だ。今の二人は、ボロボロになった現代の服を纏い、片手にはゴブリンから奪った使い古しの「こんぼう」があるだけの、あまりに無防備な姿だった。
「さて、そうとなれば装備の拡充だ。今の俺たちは、防具すら持っていないに等しいからな」
アドルは立ち上がり、洞窟の外に目を向けた。
「接近戦だけじゃ、不測の事態に対応できない。ミーシャ、悪いけど、周囲で素材を探してきてくれないか。まずは細身で真っ直ぐな、重みのある枝を二十本。それから、補強に使える蔦(つた)も多めに頼む」
「飛び道具でも作るの?」
「ああ。俺たちのステータスでは、近距離での乱戦はリスクが高すぎる。万が一の時に距離を詰めさせない『隠し玉』が必要だ」
ミーシャは「任せて」と短く応え、森の境界へと消えていった。アドルはその間、洞窟の壁面に露出した岩肌や、足元に落ちている石の硬度を確かめて回った。
一時間後、ミーシャが異空間からドサリと素材を吐き出した。
「アドル、言われた通りのものを集めてきたわよ。……ねえ、これで何を作るの?」
「ありがとう。……作るものは、木製の胸当て(チェストプレート)と、投槍(ジャベリン)だ。今の素材でできる精一杯の武装だよ」
アドルはまず、胸当ての作製に取り掛かった。ゴブリンの残した布切れを内側に敷き、ミーシャが選別してきた木材を重ね合わせる。レシピのない状態からの「想像錬成」は、相変わらず一パーセント未満の成功率を彷徨う苦行だった。
「……錬成!」
パキン、と乾いた音を立てて木材が裂ける。失敗だ。
「……錬成!」
今度は蔦が千切れ、素材がただのゴミへと変わる。
「アドル……そんなに顔色を悪くして。大丈夫?」
「ああ、平気だ。……確率の問題だからな。数を打てば、いつかは正解に当たる」
アドルは額の汗を拭い、何度も、何度も失敗作を分解しては素材に戻し、再び錬成を繰り返した。作業は数時間に及び、太陽が真上を過ぎ、西に傾き始めた頃。ようやく、俺の手元でこれまでとは違う安定した光が放たれた。
「……できた」
【鑑定:木製の胸当て 品質:C】
蔦で編み上げ、木材を鱗状に重ねた簡素な防具だが、無いよりは遥かにマシだ。レシピさえ解放されれば、二人分の装備を揃えるのは容易かった。アドルはすぐさま自分とミーシャの分を複製し、お互いのサイズに合わせて装着した。
「不恰好だけど、不思議と安心感があるわね。……アドル、次は槍?」
「ああ。ただの尖った枝じゃない。重心を先端に寄せ、投げた時に直進するようにバランスを整える必要がある。現代の洗練された武器の知識を隠しつつ、あくまで『この世界の素材で工夫した』範疇の形を模索するんだ」
これもまた、想像錬成の壁が立ちはだかった。単なる木の棒を尖らせるだけなら簡単だが、武器としての「性能」をイメージに乗せるのは難易度が跳ね上がる。何度も失敗し、辺りが夕闇に包まれ始めた頃、ようやく手に馴染む重さの一本が完成した。
【鑑定:木製投槍 品質:C】
「よし、レシピ解放だ。ミーシャ、これを全部、君の空間へ入れてくれ」
アドルは解放されたレシピを使い、予備も含めて二十本以上の投槍を次々と量産していった。
「これなら、遠くからでも攻撃できるわね。……私、これを使ってアドルの援護をするわ」
「頼りにしてるよ。……俺が前衛で凌ぎ、隙を見て君の空間から供給される投槍を投げつける。中距離からのアウトレンジ戦法だ」
木と布、そして蔦を組み合わせた泥臭い武装。だが、それは現代人の知識と、異世界の権能が初めて形になった「戦略」の結晶だった。
◇
作業を終えた頃、森は深い群青色に沈んでいた。
「……今日はここで一晩休んで、明日、この森を出よう。ミーシャ、装備の具合はどうだ?」
アドルは自分の胸当てを叩きながら尋ねた。
「少し重いけど、アドルが作ってくれたものだと思えば、重さも心地いいわ。……ねえ、アドル。私たち、本当にやっていけるかしら?」
ミーシャは焚き火の火を見つめ、少しだけ弱気な声を漏らした。若返った身体、手に入れた力。それらはあまりに現実離れしていて、ふとした瞬間に足元が崩れそうな不安に襲われる。
「……正直に言えば、分からない。この世界の広さも、常識も、まだ何も知らないからな」
アドルは素直に認め、それから彼女の隣に座って、その肩にそっと手を置いた。
「でも、俺の横には君がいる。君がいて、俺の力を支えてくれる。それだけで、俺にとっては十分な勝算になるんだ。……ミーシャ、君が倉庫でいてくれる限り、俺は何度でも奇跡を複製してみせるよ」
「……アドル。……そうね。私も、アドルの足場として、絶対にあなたを支え抜くわ」
ミーシャはアドルの手に自分の手を重ね、微笑んだ。 冷たい夜の空気が洞窟に忍び寄るが、二人の間にある絆の熱までは奪えなかった。
黄金色のスープが体力を戻し、新しい装備が心を武装させた。 異世界複製錬金術師としての第二歩。 明日、彼らはこの「生存と確保」の拠点である洞窟を離れ、未知なる社会――リュステリアという巨大な渦の中へと、その歩みを進めることになる。
「……行こう、ミーシャ。自分たちの命を守れるだけの『強さ』を、これから獲りに行くんだ」
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