16 / 45
第一幕
第16話:澱んだ街のルール
しおりを挟む
リュステリアの朝は早い。だが、そこに生命の鼓動が混じるような活気は微塵もなかった。霧の向こうで鳴り響く鐘の音は、労働の開始を祝う合図というより、家畜を規律で縛り付けるための冷徹な号令のように聞こえた。
二階の「秘密の拠点」で、俺とミーシャは朝の作戦会議を開いていた。
【複製錬金】で整えた、体圧分散を意識したベッド。そしてデッドスペースを極限まで排除した機能的な収納家具。アドルの前世の知識を注ぎ込んだこの一室だけは、外の世界を支配する無機質な冷たさから切り離された、唯一の安息の地となっていた。
「拠点の整備は一段落した。次は、この街での立ち位置を固める必要がある」
俺の言葉に、ミーシャが真剣な表情で頷く。彼女の指先は、整理された棚から村で備蓄していた保存食を取り出し、手際よく朝食の準備を始めていた。
「家賃ですね。ドランさんは『俺が気に入る仕事で払え』と言っていました。でも、彼が何を求めているのか、まだ見えません。四六時中、安酒の瓶を手放しませんし……」
「まずは、店に転がっている『ガラクタ』の再生を家賃代わりに提案してみよう。昨日、あのコンパスを強制起動させたことで、俺の腕は最低限認めているはずだ」
俺たちは、埃っぽい空気が漂う階段を下り、一階の店舗へと向かった。
◇
一階の空気は、二階とは対照的に澱んでいた。
ドランは相変わらずソファに深く沈み込み、朝から度数の高い安酒を煽っている。床には昨夜のものであろう新しい空瓶がいくつも転がり、店内に安っぽいアルコールの臭いが充満していた。
俺が「店にある商品を一つ直すごとに、一日の滞在費を相殺してほしい」と切り出すと、ドランは濁った瞳をゆっくりとこちらに向け、不快そうに鼻で笑った。
「好きにしろ。どうせゴミの山だ。価値のねえ砂利石でも、磨けば多少は輝くかもしれんからな」
そこまで言うと、彼は瓶を傾けながら、喉の奥で押し殺すような声で付け加えた。
「……だがな、砂利。この街で目立ちすぎる仕事は、自ら首を吊るための縄を編むようなもんだ。身の程をわきまえろ」
突き放すような物言い。だが、その言葉の端々には、単なる嫌がらせではない切実な「警告」が混じっていた。ドランは俺たちの動向を無視しているふりをして、その実、鋭く窺っている。関わりたくないと言いながら、この歪んだ街で俺たちがどう足掻くのかを、その死んだような瞳の奥で見定めていた。
俺は家賃の支払いと【複製錬金】のレシピ回収を兼ねて、店内に積まれたガラクタを一つずつ手に取っていった。同時に、ドランの様子を見ながら、この街の根幹を成す「ギルド」について話を振った。
「ドランさん。俺たちはまず身分証を手に入れたい。この街には商業ギルドと冒険者ギルドがあるそうだが、どちらを先に訪ねるべきだと思う?」
ドランの手が、一瞬だけピタリと止まった。彼は瓶を口に運ぶのをやめ、ひどく低く、地の底を這うような声で言った。
「ギルド、か。……あそこはもはや、商売や冒険の互助組織なんかじゃない。国の飼い犬、その首輪を管理する番小屋だ」
ドランの話によれば、リュステリアの二大ギルドは、どちらも王都からの厳しい直轄管理下に置かれているという。
商業ギルドは物流を独占して過酷な税を搾り取り、冒険者ギルドは「治安維持」の名目で、体制にとって不都合な異分子を合法的に排除するための装置として機能している。
「身分証を手に入れるということは、奴らの台帳に汚い文字で名を刻まれ、一生、監視という名の檻に閉じ込められるということだ。……それでも行くというなら止めはしねえ。だが、一度首輪を繋がれたら、二度と外せないと思え」
ドランはそう言うと、再び現実から逃げるように目を閉じ、酒を煽った。
彼の言葉から伝わってくるのは、深い葛藤だった。俺たちを助けたくないのではない。助けることで、俺たちがリュステリアの深淵にある闇に引きずり込まれるのを、彼なりに恐れているのだ。
「……想像以上に、厄介な場所みたいですね」
店舗の隅で、ミーシャが不安そうに肩をすくめた。
「ああ。だが、身分証がないままでは、この街では『透明人間』ですらない。いつ衛兵に捕まり、奴隷として売り飛ばされても文句は言えない立場だ。危険を承知で、ギルドのシステムに食い込むしかない」
俺の計画はこうだ。
まず、アドルが冒険者ギルドに登録し、戦闘能力を証明することで「公的な力」を確保しつつ、現在の Lv. 9 をさらに引き上げる。
同時に、ミーシャが商業ギルドの動向と物価の推移を探り、いずれはこの街で「自分たちの牙城」となる店を持つための足がかりを作る。
「ミーシャ、俺は冒険者ギルドの登録料を稼ぐために、まずはドランさんの店の仕事を完璧にこなす。君はその間に、ドランさんの健康状態を……あのお節介にならない程度に、食事で少しずつ改善してみてくれないか」
「はい。異空間に保存している新鮮な野菜や干し肉を使って、栄養のあるものを作ってみます。酒瓶を片付けるのは、もう少し信頼を築いてからの方が良さそうですけど……」
俺たちは自分たちの力を過信せず、まずは「リュステリアの住人」としてシステムに認識されるための、泥臭い準備を始めた。
◇
二階の作業場で、俺はドランから預かった『壊れた短剣』を分解し、レシピを解析しては複製を繰り返した。
カポッ、カポッという独特の錬成音が、静かな店内に響く。
(……上振れを引け。この鉄火場で生き残るための、確かな武器を……)
その時、一階の店舗の重い扉が、乱暴に蹴開けられる音がした。
「おい、ドラン! 生きているか、この老いぼれ!」
下卑た笑いを含んだ声が響き渡る。
俺とミーシャは顔を見合わせ、気配を殺して階段の下を覗き込んだ。
そこには、派手な装飾を施した服に身を包んだ傲慢そうな徴税人と、腰に武器を下げた数人の荒事師たちが立っていた。
二階の「秘密の拠点」で、俺とミーシャは朝の作戦会議を開いていた。
【複製錬金】で整えた、体圧分散を意識したベッド。そしてデッドスペースを極限まで排除した機能的な収納家具。アドルの前世の知識を注ぎ込んだこの一室だけは、外の世界を支配する無機質な冷たさから切り離された、唯一の安息の地となっていた。
「拠点の整備は一段落した。次は、この街での立ち位置を固める必要がある」
俺の言葉に、ミーシャが真剣な表情で頷く。彼女の指先は、整理された棚から村で備蓄していた保存食を取り出し、手際よく朝食の準備を始めていた。
「家賃ですね。ドランさんは『俺が気に入る仕事で払え』と言っていました。でも、彼が何を求めているのか、まだ見えません。四六時中、安酒の瓶を手放しませんし……」
「まずは、店に転がっている『ガラクタ』の再生を家賃代わりに提案してみよう。昨日、あのコンパスを強制起動させたことで、俺の腕は最低限認めているはずだ」
俺たちは、埃っぽい空気が漂う階段を下り、一階の店舗へと向かった。
◇
一階の空気は、二階とは対照的に澱んでいた。
ドランは相変わらずソファに深く沈み込み、朝から度数の高い安酒を煽っている。床には昨夜のものであろう新しい空瓶がいくつも転がり、店内に安っぽいアルコールの臭いが充満していた。
俺が「店にある商品を一つ直すごとに、一日の滞在費を相殺してほしい」と切り出すと、ドランは濁った瞳をゆっくりとこちらに向け、不快そうに鼻で笑った。
「好きにしろ。どうせゴミの山だ。価値のねえ砂利石でも、磨けば多少は輝くかもしれんからな」
そこまで言うと、彼は瓶を傾けながら、喉の奥で押し殺すような声で付け加えた。
「……だがな、砂利。この街で目立ちすぎる仕事は、自ら首を吊るための縄を編むようなもんだ。身の程をわきまえろ」
突き放すような物言い。だが、その言葉の端々には、単なる嫌がらせではない切実な「警告」が混じっていた。ドランは俺たちの動向を無視しているふりをして、その実、鋭く窺っている。関わりたくないと言いながら、この歪んだ街で俺たちがどう足掻くのかを、その死んだような瞳の奥で見定めていた。
俺は家賃の支払いと【複製錬金】のレシピ回収を兼ねて、店内に積まれたガラクタを一つずつ手に取っていった。同時に、ドランの様子を見ながら、この街の根幹を成す「ギルド」について話を振った。
「ドランさん。俺たちはまず身分証を手に入れたい。この街には商業ギルドと冒険者ギルドがあるそうだが、どちらを先に訪ねるべきだと思う?」
ドランの手が、一瞬だけピタリと止まった。彼は瓶を口に運ぶのをやめ、ひどく低く、地の底を這うような声で言った。
「ギルド、か。……あそこはもはや、商売や冒険の互助組織なんかじゃない。国の飼い犬、その首輪を管理する番小屋だ」
ドランの話によれば、リュステリアの二大ギルドは、どちらも王都からの厳しい直轄管理下に置かれているという。
商業ギルドは物流を独占して過酷な税を搾り取り、冒険者ギルドは「治安維持」の名目で、体制にとって不都合な異分子を合法的に排除するための装置として機能している。
「身分証を手に入れるということは、奴らの台帳に汚い文字で名を刻まれ、一生、監視という名の檻に閉じ込められるということだ。……それでも行くというなら止めはしねえ。だが、一度首輪を繋がれたら、二度と外せないと思え」
ドランはそう言うと、再び現実から逃げるように目を閉じ、酒を煽った。
彼の言葉から伝わってくるのは、深い葛藤だった。俺たちを助けたくないのではない。助けることで、俺たちがリュステリアの深淵にある闇に引きずり込まれるのを、彼なりに恐れているのだ。
「……想像以上に、厄介な場所みたいですね」
店舗の隅で、ミーシャが不安そうに肩をすくめた。
「ああ。だが、身分証がないままでは、この街では『透明人間』ですらない。いつ衛兵に捕まり、奴隷として売り飛ばされても文句は言えない立場だ。危険を承知で、ギルドのシステムに食い込むしかない」
俺の計画はこうだ。
まず、アドルが冒険者ギルドに登録し、戦闘能力を証明することで「公的な力」を確保しつつ、現在の Lv. 9 をさらに引き上げる。
同時に、ミーシャが商業ギルドの動向と物価の推移を探り、いずれはこの街で「自分たちの牙城」となる店を持つための足がかりを作る。
「ミーシャ、俺は冒険者ギルドの登録料を稼ぐために、まずはドランさんの店の仕事を完璧にこなす。君はその間に、ドランさんの健康状態を……あのお節介にならない程度に、食事で少しずつ改善してみてくれないか」
「はい。異空間に保存している新鮮な野菜や干し肉を使って、栄養のあるものを作ってみます。酒瓶を片付けるのは、もう少し信頼を築いてからの方が良さそうですけど……」
俺たちは自分たちの力を過信せず、まずは「リュステリアの住人」としてシステムに認識されるための、泥臭い準備を始めた。
◇
二階の作業場で、俺はドランから預かった『壊れた短剣』を分解し、レシピを解析しては複製を繰り返した。
カポッ、カポッという独特の錬成音が、静かな店内に響く。
(……上振れを引け。この鉄火場で生き残るための、確かな武器を……)
その時、一階の店舗の重い扉が、乱暴に蹴開けられる音がした。
「おい、ドラン! 生きているか、この老いぼれ!」
下卑た笑いを含んだ声が響き渡る。
俺とミーシャは顔を見合わせ、気配を殺して階段の下を覗き込んだ。
そこには、派手な装飾を施した服に身を包んだ傲慢そうな徴税人と、腰に武器を下げた数人の荒事師たちが立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)
MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。
しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。
母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。
その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。
純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。
交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる