異世界複製錬金術師

あくす

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第一幕

第37話:覚醒の双螺旋と、沈黙の凶刃

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三日三晩、俺とミーシャは不眠不休で「製造ライン」を回し続けた。ドランから譲り受けた『純魔銀の触媒』と『月光草の雫』を種火とし、ミーシャが異空間から供給する膨大な素材を、俺の【複製錬金】が次々と「至高の結果」へと書き換えていく。
作業場には、錬成の余波である青白い魔力の残光と、薬草の清涼な、けれど鼻を突くほど濃縮された芳香が立ち込めていた。

「……できた。ミーシャ、これで全部だ」

テーブルの上には、木箱に整然と詰められた高品質な『月光草の雫』100個。そして、ドランが裏ルートのコネクションを総動員して換金してきた、ずっしりと重い金貨10枚が並んでいた。

「ありがとうございます、アドルさん! 行ってきます!」

ミーシャはそれらを愛おしそうに【異空間保存】へと収めると、疲労を意志の力でねじ伏せ、弾むような足取りで商業ギルドへと向かった。



商業ギルドの受付。あの傲慢な中年の男は、ふんぞり返って書類を眺めながら、ミーシャが泣き言を漏らして戻ってくるのを、あるいは音信不通になるのを高みの見物で待っていた。
だが、目の前のカウンターに音を立てて置かれた100個の完璧な納品物と、鈍い黄金の輝きを放つ金貨10枚を目にした瞬間、彼の顔は一気に土気色へと変わった。

「な……ななな、なんだこれは!? 馬鹿な、たった三日でこれほどの純度を、個人が、それもこんな小娘が揃えられるはずが……!」

「検品をお願いします。品質、数量、共に提示された条件は全て満たしているはずです。何か、不備でも?」

ミーシャは毅然とした態度で言い放った。ギルドの規定上、法外な条件であれ一度提示した以上、それを満たした者を拒む理由はどこにもない。男は震える手で登録の手続きを行い、屈辱に顔を歪めながら一枚の真鍮製のカードを差し出した。

「……商業ギルド、ランクG登録完了だ。……二度と、こんな真似ができると思うなよ」

「ええ。次はもっと、あなたの想像を超える驚きを届けてあげますね」

ミーシャは誇らしく胸を張り、ギルドを後にした。



ギルドの門を出たところで、建物の影から一人の男が歩み寄った。

「ミーシャ。お疲れ様、完璧だったな」

「アドルさん! 待っていてくれたんですね!」

俺は彼女が不測の事態に巻き込まれないよう、ギルドの近くで気配を殺して待機していたのだ。彼女の手にある真鍮のカードを確認し、俺たちは小さく拳を合わせた。勝利の余韻も束の間、俺たちはその足で、路地裏の仲介屋モルガンの元へと急いだ。

「ほう、本当にあの黄金の門を潜り抜けたか」

感心したようにモノクルを光らせるモルガンから、登録商価格での洋館の見積もりを受け取る。提示された額は、当初の半分以下。俺たちの「城」が、いよいよ現実的な、手の届く場所へと降りてきた。
だが、その帰り道だった。
夕暮れの路地裏。太陽が沈み、建物の影が怪物のように伸びる時間。人影が不自然に途絶えた瞬間に、周囲の「温度」が氷点下まで下がったかのように変わった。
音もなく、前方と後方に二人の男が立っていた。全身を黒い革鎧で包み、感情を一切排した面(メン)をつけた、領主ヴァルゴス直属の隠密部隊――「黒犬」だ。
奴らは名乗りも、宣告もしない。ただ、膨れ上がった殺気だけを合図に、同時に踏み込んできた。

「ミーシャ、俺の後ろに!」

俺は瞬時に長剣を抜き、彼女を庇うように前に躍り出た。だが、相手はこれまで戦った魔物や試験官とは次元が違う「殺しの専門家」だ。
前方の黒犬A(双剣使い)が、低く鋭い踏み込みで俺の間合いを強引に潰しにかかる。

「……っ、速い……!」

黒犬Aの放つ逆手の双剣が、変則的な軌道で俺の喉元と腹部を同時に狙う。俺は【ダブルアタック】の技術を応用し、剣を盾にするようにして二連撃を弾き返したが、衝撃で腕が痺れた。奴は弾かれた勢いを利用して空中で体を捻り、三撃目の回し蹴りを俺の脇腹に叩き込む。

「ぐっ……!」

肺の空気が押し出される。たじろぐ俺に、黒犬Aは休む間もなく双剣の嵐を浴びせてくる。一太刀受けるごとに、俺の剣に深い傷が刻まれていく。
背後では、黒犬B(対魔導士隠密)がミーシャを追い詰めていた。奴の手には、魔力を霧散させる不気味な紫色の光を纏った短刀。魔導士にとっての天敵だ。

「プチファイア……!」

ミーシャが放った牽制の炎が、黒犬Bの短刀が一閃されただけで、霧のように霧散させられる。奴は無音の跳躍で距離を詰め、ミーシャの肩口を冷徹に狙った。

「あ、アドルさん……!」

ミーシャの悲鳴に近い叫び。俺は前方の敵を斬り伏せて助けに入ろうとしたが、黒犬Aの双剣が俺の頬を薄く切り裂き、意識を強引に自分へと引き戻させた。

「余所見をしている余裕があるのか? 貴様の命、ここで貰い受ける」

初めて「黒犬」が声を漏らした。それは死神の宣告のように冷たく、この路地裏を絶望で満たしていった。
アドルは気になりながらもミーシャの援護には行けず、黒犬Bの放つ、魔力を吸い取る不気味な紫の短刀がミーシャの喉元へと肉薄する。魔導士殺しに特化したその刃は、彼女が必死に展開した魔力の防壁を、紙細工のように容易く切り裂いていく。

「ミーシャッ!!」

叫ぶ俺の視界を、黒犬Aの冷徹な双剣が遮った。
回避不能な連撃。俺は反射的に【複製錬金】を起動し、手にした長剣の構造を瞬時に再編(リビルド)して強度を底上げしたが、重い衝撃までは殺しきれない。

ガギィィィン!!

火花が激しく散り、俺は路地の壁に叩きつけられた。背骨を伝う鈍い衝撃。口内に広がる鉄の味。黒犬Aは着地の隙を見せず、即座に致命の刺突へと繋げてくる。

(……このままじゃ、二人とも終わる……!)

俺はポーチの中に手を突っ込み、ストックしていた「高純度鋼」の端材を掴んだ。
正面から受けるのではない。構造を変えるのだ。

【複製錬金:展開】

俺の足元から、無数の細い鋼の棘(スパイク)が、地面を突き破って黒犬Aの足元へ殺到した。

「……ッ、チィ!」

黒犬Aは驚愕に目を見開き、不自然な空中機動でそれを回避した。わずかに生まれた、一瞬の空白。
その刹那、俺は背後のミーシャへ向けて、魂を振り絞るような声を上げた。

「ミーシャ! 今だ! 自分の力を信じろ!!」

死の予感に震えていたミーシャの脳内で、何かが決定的に弾けた。
ドランとの地獄のような修行。脳が焼き切れるような並列演算の負荷。アドルの隣に立ちたいと願った執念。それらすべてのピースが、絶望という触媒を得て、一つの「真理」へと昇華される。

(……分かつ。右脳に破壊の『風』、左脳に迸る『火』。……私の中にあるのは、アドルさんを助けたいという『意志』だけ!)

ミーシャの瞳が、青白く発光した。

右手に【ウインドカッター】、左手に【プチファイア】。
通常の魔法理論では相殺し合うはずの二つの属性が、彼女の二重螺旋詠唱(ツイン・スパイラル)によって、互いに反発しながらも一つの巨大なうねりへと変貌していく。

「……ッ!? 魔力が、増幅している……!?」

黒犬Bが短刀を振り下ろそうとした瞬間、ミーシャが叫んだ。

「――『炎嵐連鎖(フレイム・ストーム)』!!」

轟!!

螺旋を描いて解き放たれたのは、切断力を纏った紅蓮の暴風だった。
魔力を霧散させるはずの黒犬Bの短刀が、物理的な質量を伴った炎の圧力に押し負け、その腕ごと跳ね除けられる。

「ぐ、あああああ!!」

黒犬Bは全身を焼かれながら、激しく後方のゴミ捨て場へと吹き飛ばされた。
間髪入れず、ミーシャは次の一手を放つ。

「アドルさん、伏せて!!」

俺は即座に地面へ這いつくばった。
ミーシャが放ったのは、圧縮された空気と熱量を極限まで螺旋状に練り上げた『双螺旋の衝撃波(ツイン・バースト)』。

ドォォォォン!!

俺の頭上で、風と火が激しく衝突し、局所的な「粉塵爆発」に近い衝撃を引き起こした。黒犬Aはそれを双剣で迎撃しようとしたが、物理的な斬撃ではなく、全方位から襲いかかる激しい気圧差と閃光に、三半規管を激しく揺さぶられる。

「な……っ、意識が……!」

強化肉体であっても抗えない生理的な拒絶反応。閃光と衝撃音に焼かれ、黒犬Aの鉄壁の構えが、初めて大きく崩れた。

「……これで、終わりだ」

俺は立ち上がり、地面を蹴った。

【ダブルアタック:発動】

一撃目が、黒犬Aのクロスされた双剣を叩き割る。
その反動をそのまま、俺は次の攻撃へと繋げた。

二撃目。

俺の長剣は、鋼の密度を限界まで高め、重戦車のような重圧を伴って、無防備になった黒犬Aの胸部を狙い撃つ。

「カッ……!!」

剣先が革鎧を裂き、肉を捉えた。
だが、その瞬間――黒犬Aが懐から黒い宝玉を地面に叩きつけた。

シュゥゥゥッ!!

視界を完全に遮断する、不気味な紫煙を伴った煙幕が路地裏に立ち込める。

「不覚……撤退だ!」

「……ドランの弟子め、次は、ないぞ……」

煙の向こうで、二人の足音が遠ざかっていく。
俺が剣を構えたまま煙の中へ踏み込もうとした時、背後からミーシャの崩れ落ちる音が聞こえた。

「ミーシャ!」

深追いを断念し、俺は彼女の元へ駆け寄った。
魔力を使い果たしたミーシャの体は熱を持ち、指先は氷のように冷たくなっていた。俺はその細い肩を抱き寄せ、静かに、噛みしめるように言った。

「……ありがとう、ミーシャ。……俺は、君に助けられたよ」

静まり返った路地裏。
勝利の余韻などない。そこにあるのは、領主ヴァルゴスという巨大な悪意が、本格的に俺たちを「排除すべき敵」として認識したという、重く冷たい現実だけだった。
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