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第一幕
第39話:旅立ちの朝と、孤独な誓い
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『魔力蓄積結晶(マナ・バッテリー)』の量産作業は、俺とミーシャの呼吸が完璧に噛み合った、静かで濃密な時間だった。
ミーシャが【異空間保存】のゲートから取り出すのは、旅の途中で拾い集めた、本来なら使い道のないゴミ同然の「魔導石の欠片」だ。俺はそれらをレシピの核として認識し、自身の魔力を指先から細い糸のように紡ぎ、石の内部構造を「安定した貯蔵容器」へと一気に書き換えていく。
「……はい、次。お願いします、アドルさん」
ミーシャが手際よく素材を並べ、俺が手をかざして結晶化させ、再びミーシャが完成品を空間へと収める。魔力の消費は凄まじく、視界の端が時折チカチカと明滅するが、先日手に入れた『特級霊薬』のレシピは、今の俺のレベルや素材では到底再現できない「高嶺の花」だ。今は適度な休息を挟みながら、地道に作業を進めるしかない。
翌朝。ドランはそれらの結晶を革袋に詰め、馴染みの裏ルートへと向かった。数時間後、戻ってきた彼の腰には、ずっしりと重い数つの革袋がぶら下がっていた。
「……ほらよ。モルガンへの支払い分と、それから……引越し祝いだ。少し色をつけておいたぞ」
「ドランさん、こんなに……いいんですか?」
「うるせえ。家具の一つも新調するだろ。準備もあんだろうから、まだここでゆっくりしてりゃいいんだが……お前らなら、引越しなんて秒で終わらせちまうんだろうな」
ドランはどこか寂しげに、しかし教え子の成長を誇るように目を細めた。
引越しの儀は、まさに一瞬だった。
俺たちが数週間過ごした、あの少しカビ臭かった二階の部屋。ミーシャがパチンと指を鳴らし、虚空に揺らめくゲートを開く。
「……収納、開始します!」
空間がグニャリと歪み、使い慣れたベッドも、自作の机も、俺が作った細々とした錬金備品も、意志を持つかのようにミーシャの異空間へと消えていく。ものの数分で二階は空っぽになり、俺たちは中庭へと降りた。そこには、連日の修行でボロボロになった俺たちの心身を癒やしてくれた、あの霊香木(れいこうぼく)の風呂がある。
俺は中庭の片隅に据えられた風呂を見つめ、ドランに向き直った。
「ドランさん。……この風呂は、ここに置いていこうと思います。俺たちの新居にはまた新しく、より良いものを作りますから。ただ、ミーシャの異空間がないと、お湯を用意するのが大変ですよね」
「ふん。俺を誰だと思ってやがる。こう見えても錬金術師だ。お湯を生成して循環させる機構くらい、時間をかければ片手で作れるさ。……側(がわ)だけは有難く貰っておくよ。これがあるだけで、少しは酒が旨くなりそうだ」
ドランは無造作に風呂の縁を叩いた。その強がりな言葉の裏に、彼なりの名残惜しさが透けて見えて、俺の胸が少し熱くなる。
「……アドル、ミーシャ。少し距離は離れるが、同じ街の中だ。定期的に顔を出せよ。特にミーシャ、お前だ。最低でも二日に一回、半日はここへ来て修行の続きをしろ。……いいな、研磨を止めたらすぐに『鈍(なま)る』ぞ」
「はい、師匠! 絶対にサボりません!」
ミーシャが力強く応える。ドランは満足げに頷くと、門の方を顎でしゃくった。
「……いつでも戻ってきて、二階で寝泊まりしていいからな。……行け。お前たちの『城』を、その目で見てこい」
ドランの店を出て、俺たちは新しく購入した北街区の洋館へと向かった。
石畳を歩きながら何度も振り返ると、ドランは店先で腕を組み、俺たちの背中が人混みに消えるまで、ずっと見守っていた。
店内に戻り、一人になったドランは、重苦しい音を立てて店の鍵を閉めた。
ついさっきまで響いていた賑やかな声が消え、急に冷え込んだかのように静まり返った室内。彼はふらつく足取りで自室へと入り、崩れ落ちるように椅子に座った。
「……っ、が……はっ……!!」
激しい咳と共に、鮮血が床を汚した。
ドランは震える手でそれを拭い、机の上に広げられた禁術の術式――『自己再構築(セルフ・リビルド)』を見つめた。
「……すまねえな、アドル、ミーシャ。……俺の命を削った牙が、いつかお前たちを守る盾になるなら……安いもんだ」
ドランは再び、深い、暗い瞑想に入った。
体内の内臓が、じりじりと魔力を吸い上げ、人外の回路へと変質していく。
かつてバルダザールに牙を折られた男は、子供たちの未来を繋ぐため、一人静かに、そして冷徹に、自らの「終わり」を加速させていった。
ミーシャが【異空間保存】のゲートから取り出すのは、旅の途中で拾い集めた、本来なら使い道のないゴミ同然の「魔導石の欠片」だ。俺はそれらをレシピの核として認識し、自身の魔力を指先から細い糸のように紡ぎ、石の内部構造を「安定した貯蔵容器」へと一気に書き換えていく。
「……はい、次。お願いします、アドルさん」
ミーシャが手際よく素材を並べ、俺が手をかざして結晶化させ、再びミーシャが完成品を空間へと収める。魔力の消費は凄まじく、視界の端が時折チカチカと明滅するが、先日手に入れた『特級霊薬』のレシピは、今の俺のレベルや素材では到底再現できない「高嶺の花」だ。今は適度な休息を挟みながら、地道に作業を進めるしかない。
翌朝。ドランはそれらの結晶を革袋に詰め、馴染みの裏ルートへと向かった。数時間後、戻ってきた彼の腰には、ずっしりと重い数つの革袋がぶら下がっていた。
「……ほらよ。モルガンへの支払い分と、それから……引越し祝いだ。少し色をつけておいたぞ」
「ドランさん、こんなに……いいんですか?」
「うるせえ。家具の一つも新調するだろ。準備もあんだろうから、まだここでゆっくりしてりゃいいんだが……お前らなら、引越しなんて秒で終わらせちまうんだろうな」
ドランはどこか寂しげに、しかし教え子の成長を誇るように目を細めた。
引越しの儀は、まさに一瞬だった。
俺たちが数週間過ごした、あの少しカビ臭かった二階の部屋。ミーシャがパチンと指を鳴らし、虚空に揺らめくゲートを開く。
「……収納、開始します!」
空間がグニャリと歪み、使い慣れたベッドも、自作の机も、俺が作った細々とした錬金備品も、意志を持つかのようにミーシャの異空間へと消えていく。ものの数分で二階は空っぽになり、俺たちは中庭へと降りた。そこには、連日の修行でボロボロになった俺たちの心身を癒やしてくれた、あの霊香木(れいこうぼく)の風呂がある。
俺は中庭の片隅に据えられた風呂を見つめ、ドランに向き直った。
「ドランさん。……この風呂は、ここに置いていこうと思います。俺たちの新居にはまた新しく、より良いものを作りますから。ただ、ミーシャの異空間がないと、お湯を用意するのが大変ですよね」
「ふん。俺を誰だと思ってやがる。こう見えても錬金術師だ。お湯を生成して循環させる機構くらい、時間をかければ片手で作れるさ。……側(がわ)だけは有難く貰っておくよ。これがあるだけで、少しは酒が旨くなりそうだ」
ドランは無造作に風呂の縁を叩いた。その強がりな言葉の裏に、彼なりの名残惜しさが透けて見えて、俺の胸が少し熱くなる。
「……アドル、ミーシャ。少し距離は離れるが、同じ街の中だ。定期的に顔を出せよ。特にミーシャ、お前だ。最低でも二日に一回、半日はここへ来て修行の続きをしろ。……いいな、研磨を止めたらすぐに『鈍(なま)る』ぞ」
「はい、師匠! 絶対にサボりません!」
ミーシャが力強く応える。ドランは満足げに頷くと、門の方を顎でしゃくった。
「……いつでも戻ってきて、二階で寝泊まりしていいからな。……行け。お前たちの『城』を、その目で見てこい」
ドランの店を出て、俺たちは新しく購入した北街区の洋館へと向かった。
石畳を歩きながら何度も振り返ると、ドランは店先で腕を組み、俺たちの背中が人混みに消えるまで、ずっと見守っていた。
店内に戻り、一人になったドランは、重苦しい音を立てて店の鍵を閉めた。
ついさっきまで響いていた賑やかな声が消え、急に冷え込んだかのように静まり返った室内。彼はふらつく足取りで自室へと入り、崩れ落ちるように椅子に座った。
「……っ、が……はっ……!!」
激しい咳と共に、鮮血が床を汚した。
ドランは震える手でそれを拭い、机の上に広げられた禁術の術式――『自己再構築(セルフ・リビルド)』を見つめた。
「……すまねえな、アドル、ミーシャ。……俺の命を削った牙が、いつかお前たちを守る盾になるなら……安いもんだ」
ドランは再び、深い、暗い瞑想に入った。
体内の内臓が、じりじりと魔力を吸い上げ、人外の回路へと変質していく。
かつてバルダザールに牙を折られた男は、子供たちの未来を繋ぐため、一人静かに、そして冷徹に、自らの「終わり」を加速させていった。
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