天空ブリッジ

すたこら参蔵

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序章 夏の始まり

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「太郎、おまえこれ見たか?」
 トミーがなにやら手に持って慌ただしく俺の家を訪ねて来た。
「何を?」
「これだよ、先週届いた志貴中学校の卒業生の名簿」
 トミーが差し出した冊子を見ると、第67回卒業生名簿と書いてある。
「ああそれか。中は見てないけど、届いたのは知ってるさ」
「三千代の住所が滋賀県になってるんだよ。ほら」
 トミーは、俺に名簿の3組のページを見せた。池田三千代の欄を確認すると、住所は確かに「滋賀県高月市」となっている。
「あっ、本当だ。でもなんで?」
「引っ越ししたってことだろ。さっき三千代の家の前を通ったけど、誰も住んでいる感じがなかったし――」
「そうだったのか……」
「やっぱり太郎も知らなかったか。いや、俺だけ知らないのかと思ってさ。そんなわけないよな、どちらかというと俺の方が三千代とは親密だったしな」
 何だかむかついたが、一理あるため、俺は反論できなかった。
 トミーと三千代は、小学校時代からの俺の通学仲間だ。学校から家までの方向が一緒な上、中学では3人で同じブラスバンド部に入っていたため、俺たちは、小学校も中学校も、いつも一緒に登下校していた。中学2年生のある寒い朝、三千代が一つ上の先輩にチョコレートを渡すといって、俺たちとは別行動を取った日を除いてだが。
 ただ、進学した高校は3人ばらばらであったため、中学を卒業すると、3人組は自然に消滅していた。今では、トミーとも半年に一回会う程度だ。
「じゃあ、あいつ、俺たちに何にも言わずに行っちゃったってことか。あんなにずっと一緒に登校してたのに……」
 俺がさみしそうな顔をすると、
「一緒に登校と言うよりも、行き帰りの方角が一緒だったから、三千代は、しぶしぶ、俺たちについて来ていただけだったのかもな」
「まあ確かに。でもだからといって、何も言わずに引っ越しはないだろ」
「俺達には何も言わなかっただけで、大切な人とはしっかりお別れの儀式をやったのかもよ。あいつ高校に入ってから、急に大人っぽくなって、学校では結構人気者だったらしいし」
 それは初耳だった。だが、今のトミーの言葉で、俺は、何だか急に腹が立ってきた。
「よし、俺が滋賀県まで行って来る。面と向かって三千代に文句言ってやる」
「おいおい、冗談だろ。旅費とかどうするんだ。お前バイトとかしたことないだろ」
「こんな時の備えにと、貯金箱に小銭を貯めてたんだ」
「こんな時って、どんな時だよ。それに、はるばる滋賀県まで行っても、三千代に会えるかどうかは分からないぞ。最近の女子高校生は、おまえと違って毎日忙しいからな」
「大丈夫さ、朝一番に汽車に乗れば午前中に着くだろう。高校生は、みんな午前中は寝てるからな」
「意味不明な自信だけど……。まあ、太郎の好きにすれば。俺もう帰る。バイトだから」
 トミーは俺から卒業生名簿を奪い取った後、「あっ、もし三千代に会えたら、五右衛門は元気かと伝えてくれ」
 と言い残して去って行った。

 次の日、俺は、6時前の米原行きの急行列車に乗った。汽車代は、豚の貯金箱の中の小銭をかき集めて、何とか工面した。
 ただ、慌てて準備をしたため、軍資金を入れた財布以外、何も所持していない。格好も、いつも通りの白いTシャツとヨレヨレのジーパン、足にはサンダルのスタイルだ。
 久しぶりに会う三千代の姿を想像していると、あっという間に汽車が高月駅に到着した。高月駅の改札を出て、振り返ると、駅舎の上部に時計が設置されていた。8時過ぎだった。辺りを見回し、駅舎の左側、今立っている位置から10メートルほど先に、公衆電話のボックスを見つけた。
 ボックスに入り、昨日の卒業生名簿から暗記した電話番号を復唱してから、受話器をとった。だが、最後の四桁「5963」を回そうとして、俺は急に不安になった。(もし、三千代の親父さんが出たら、どうしようか……)
 電話がつながらなかった場合、時間を潰して、20分乃至30分おきに電話すれば、いつかはつながるだろうと安易に考えていた。自分でも間抜けに思うほど、三千代の親父さんが出るケースは、想定していなかった。もし親父さんが出てしまったら、三千代に取り次いでもらえない可能性があるというのに。
 しかしながら、指は既に最後の「3」をダイヤルしてしまった。
 俺は、どきどきしながら発信音がなるのを聞いた。2回、3回、4回……。何回目かに誰かが電話に出た。
「えっと、わたくし、志貴中学でお世話になった山田太郎という者ですが……」
 すると、
「えっえー、太郎君? 志貴中学の?」
 聞き覚えのある声が帰ってきた。
「あっ三千代? 俺、俺!」
「急にどうしたの、びっくりした。何でこの電話番号知ってるの?」
「名簿で見たんだ。それよりも、もっと驚くこと言うぞ」
「えー、何?」
「今高月駅の前にいる」
「えー何で、何で? びっくりなんだけど」
「駅に来られる? ここから先は、行き方がわからないんだ」
「わかった、今から行くね。自転車で20分ぐらいかかるけど、待ってて」
 親父さんが電話に出るという最悪の事態を回避し、俺はほっとして、受話器を置き、電話ボックスを出た。
 気持ちが落ち着くと、俺には周囲を眺める余裕が生じてきた。そこで、電話ボックスから駅舎まで戻り、改めて駅の周辺を観察した。
 駅舎の改札を出て直ぐ前には、4人掛けのベンチが2脚おいてある。また、駅舎の前方は、半円形のロータリー広場となっている。この広場を中心として、道路が3本延びている。メインの道路は、駅舎の出口の方向からそのまま真っ直ぐに延伸しており、残りの2本は、メインの道路と直交するようにして、駅舎の左側および右側に延びている。俺が使用した電話ボックスは、駅舎の左側に延びる道路の脇にある。
 駅舎から左側に延びる道路の方が、右側に延びる道路よりも広いようだ。従って、道路は、メイン道路、左の道路、および右の道路の順に狭くなっている。ただし、メインの道路は、車が2台すれ違える程広いが、それに比べると、残りの2本の道路は、車一台がぎりぎり通れる幅しかなく、格段に狭くなっている。
 20分か、それなりに時間があるな……。
 俺は、時間を潰すため駅の周りを探索することにした。どの方向に行こうかと、3本の道路を順番に眺めたが、メイン道路以外の道路には、お店などはあまりなさそうだ。
 そこで、メイン道路に向かって歩こうとしたとき、左側に延びる道路の奥に、何やら黒っぽい建物が目に留まった。その建物は、遠目に見ても、駅前の田舎風ののどかな雰囲気とは、あまり調和していないような感じがする。気になった俺は、その建物に近づいてみることにした。
 左側の道路を50メートル、100メートルと進んでいくと、その建物が徐々に大きく見えてきた。
 さらに100メートルほど近づくと、より多くの状況が把握できるようになった。
 最初の印象の通り、その黒っぽい建物は、周囲の景観と驚くほど調和していなかった。その建物の空間だけ、時代の流れから取り残されてしまったかのようだ。
 さらに近づいて観察すると、その建物は、最初の想像よりもかなり大きかった。だが、建ってから既に相当の年数が立っているようで、壁も屋根も老朽化が激しい。まさに「ぼろぼろ」と形容するのに相応しい状態になってしまっている。
(何かの工場だろうか?)
 そう思いながら近づくうち、いつの間にか俺は建物の正面に立っていた。
 建物の前は、駐車場なのか、広いスペースがあり、その奥にドアがあった。建物の入口だろうか。ドアの上を見上げると、看板が掛かっていた。ただし、この看板もまたぼろぼろで、文字はほとんど読み取れない。無理矢理読むと、ひらがなの「ん」と「ぼ」が読めるだろうか。
(お、ん、ぼ、ろ)
 場当たり的に思い付いたワードに、俺は吹き出しそうになった。うまいこと言ったもんだ。建物の印象にぴったりすぎる――。
 これまでの観察結果に基づき、俺はこの建物を、もう誰にも使用されていない廃墟と結論づけようとした。
 その時、今にも崩れそうなドアを開けて、誰かが建物の中から出て来た。
 人がいたことにびっくりした俺は、とっさに、ちょうど近くにあった電信柱に身を隠した。
 入口の様子を窺うと、最初の人から遅れて、もう一人が現れた。最初の方は若い男性で、次に出てきた方は若い女性だった。男性は、産まれたばかりと思われるほど小さな赤ん坊を抱いていた。女性は、笑いながら、男性に向かって何か話しかけている。幸せそうな若い2人の姿は、後ろの老朽化した建物のおんぼろさをかき消すほど輝いて見えた。
 なんとなく幸せな気分になった俺は、そろそろ三千代が来る時間だと気づき、駅に戻ることにした。

 来た道を引き返し、駅に戻ったタイミングで、反対の方向から、1台の自転車が俺の方に向かって進んで来る。ロングヘアの女性だ。長い髪が風になびいている。俺が知っている三千代は、おかっぱに三つ編みスタイルなんだが……。
 だが、自転車が近づいてくると、乗っているのが三千代であることがわかった。相手が俺に向かって手を振ったためだ。
 三千代は、俺の前に着くなり、何のためらいもなく、
「太郎君」
 と声を掛け、自転車を止めた。そっち側でも少しは迷って欲しかったのだが。
「久しぶり。でも、どうしてここがわかったの?」
 三千代は、紺色のポロシャツに白いミニスカートをはいていた。しばらくぶりに見る三千代の顔に、少し大人っぽさが漂っており、俺は少しどぎまぎした。
 が、それを隠すように、
「いやあ、トミーが見せてくれた名簿でここに引っ越したことを知って、文句を言いに来たんだ。だって俺達に何にも言わずに引っ越しただろ」
 俺は、軽く怒った仕草を見せた。
「ごめん、ごめん。急に引っ越しが決まって、慌ただしかったから。誰にも挨拶できなかったの」
 申し訳なさそうに言うと、三千代は、
「ここではなんだから、近くの喫茶店にいかない? 早くから開いているお店が近くにあるのよ」
 といったん話を切り上げた。だが、帰りの旅費を考えると、俺の財布の中は心許ない。
「行きたいのは山々なんだけど、実は軍資金が……」
「あはは、いいよ、おごってあげるよ。せっかく来てくれたんだし」
「それなら。実は、喉がからっからだったんだ」
 朝から飲まず食わずであったため、俺は思わず本音を漏らしてしまった。
「オーケー。その代わり、労働してもらうよ、ほら」
 三千代は俺に自転車のハンドルを譲り、自分は横向きの状態で後側に座った。
「まあ、しゃあないな」
 しぶしぶハンドルを握り、自転車に乗った。
「お嬢様、どちらまで?」
「運転手さん、そこの太い道を真っ直ぐに20分ぐらい走って」
「了解」
 俺は、後ろに三千代を乗せた状態で、自転車を漕ぎ始めた。久しぶりに早起きしたせいなのか、自転車が切る風が心地よく感じられた。
 メイン道路をしばらく走ったところで、三千代が後ろから俺のTシャツを引っ張った。
「もうちょっと先に、赤い看板があるでしょ。あそこ、『MIC』、ミックって書いてあるお店よ」
「らじゃー、ぶらじゃー」
 三千代は俺の背中をグーでパンチした。
 店の前に自転車を止め、俺達は店の中に入った。店内には、鼻声で自分の年齢を歌うアイドルの曲がBGMで流れていた。
「太郎君、何にする? 私はリンゴジュース」
「じゃあ、俺はレモンスカッ……」と言いかけて、慌てて、
「あっ、レスカで」
 と言い直した。以前、トミーから聞いたことがある。男は、レモンスカッシュというより、レスカと言った方が格好いいらしい。
 ウェイトレスさんが運んできたそれぞれの飲み物で一息ついたところで、俺はようやく話を戻した。
「それで、いつ引っ越ししたんだ」
「今年の春。だから、まだ来たばっかしなんだ」
「へー」
「学校も編入したばかりで、まだ友達も少ないのよ。学校以外で同級生とお話しするのはずいぶん久しぶりな感じ」
「じゃあ、三千代を脅かしてやろうと思ってきたんだけど、その効果はあったようだな?」
「うん、驚いた、驚いた。あと、少しうれしかった」
 思いがけない言葉に、俺は、どぎまぎして、
「そうだ、トミーが五右衛門によろしく言ってたぞ」
 と、とっさに話題を変えた。
「あはは、トミー君らしいね。私じゃなくて五右衛門にメッセージなんて」
「五右衛門は元気?」
「いまじゃあ、五右衛門もだいぶ歳になって、昔のような俊敏な動きはなくなってきたかな。人間の年齢では、もう65歳ぐらいなんだって」
 しばらくして、話が一段落した頃、三千代が尋ねた。
「せっかく来たんだから、お家に寄ってくでしょ?」
「誰かいるかな?」
「うん、今日は日曜日だからお父さんもお母さんもいるけど。でも大丈夫だよ、知らない顔じゃないし……」
 親父さん!
 恐怖が蘇る。俺たちが幼いころ、三千代の制止を無視して、トミーと五右衛門の背中に乗って、マジンガー遊びをしたことがあった。だが、ちょうどその現場に親父さんが現れた。誰も何も言わなかったが、親父さんは、俺たちを乗せて息をハアハアさせている五右衛門と泣きそうな三千代を見て、状況をしっかり把握した後、俺とトミーに感電死するような雷を落としたのだ。
 あれ以来、今でも、あの親父さんの顔を思い出すと震え出してしまう。
「いや、もう少ししたら帰る」
「えっ、来たばかりなのに?」
「うん、実は約束があって……」
 予定なんか全くなかったが、俺はそう言って、三千代の誘いを断った。
「もう、信じらんない。お母さんには、太郎君が来てるって言って出てきたのに。家に連れて行かなかったら、お母さんもがっかりするわ」
 三千代は、たしなめるように俺の顔を睨んだ。
「ごめん、うまく言い繕っといて。じゃあそろそろ出ようか」
 俺たちは喫茶店を出た。約束通り、三千代が会計してくれた。俺は自ら労働を買って出て、二人乗り自転車を漕いでまた駅に戻った。

 駅に着くと、俺は三千代に自転車を渡した。
「切符買ってくる」
「じゃあ、私は自転車止めて来るね」
 三千代といったん別れた後、俺は、駅内の切符売り場で、駅員さんから切符を買った。軍資金は、十円玉2個だけになった。
 汽車の時間まではまだ時間があったため、俺たちは駅の中のベンチに並んで腰かけた。
 会ったばかりの別れは、さすがに少し寂しく感じられた。三千代も同じ気持ちだったのか、今までしたことのなかった話をし始めた。
「太郎君は、高校卒業したらどうするの?」
「そうだなあ、あんまり考えてないけど、とりあえず東京の大学に行きたいなあ。刺激も何にもない田舎を一刻も早く飛び出したいから。東京に出て、ビッグになるぞー」
 俺は、ふざけて右手を空に向かって突き上げた。
「そっか。太郎君、男の子だから、大学はいかないとね」
「三千代は?」
「私は、高校卒業したら作家になりたいな」
「作家って、小説とか書く人?」
「そうよ。こんな田舎では自分ができることなんて限られているでしょ。でも自分の作った仮想の世界の中だったら、好きなこともいっぱいできるし、あり得ないことも起こせるし……」
「じゃあ、あんなこととか……、あんなことも……?」
「――太郎君、今、スケベなこと妄想したでしょ」
 三千代が、少し軽蔑した眼差しで俺を見る。
「えっ、ま、まさか」
「だって、ニヤけた顔したよ、口少し開いて。昔から、太郎君がそんな顔になるのは、エッチなこと考えてるときだから。直ぐわかるよ」
「そ、そうなのか?」
 俺は、初めて知らされる事実にショックを受け、肩を落とした。
 そんな俺に気づいたのかどうかはわからないが、三千代は続けた。
「でも、一流の作家になれるのは、ほんの一握りの人だけだって。ほとんどの人は、芽が出ないまま、消えて行くんだって。だから、次のことも考えてあるの。作家がダメだったら、お母さん」
「へっ?」
「だから、可愛い娘のお母さんよ」
「今の『かわいい』は、どっちに係るの?」
「両方にきまっているでしょ。可愛いお母さんと、可愛い娘よ」
「自分でいうか、普通」
「だって、しょうがないでしょ。本当のことなんだから」
 三千代は、照れもせずに続ける。
「娘と一緒に絵本を読んだり、髪を結ってあげたり、可愛い衣装を着せたり、想像するだけでも、毎日が楽しそうだと思わない?」
「そんなもんなのかなあ、女子は。まあ、でも、そっちの方はもうすぐ叶うんじゃない?」
 俺は、反撃のチャンスとばかり、首を傾けて、三千代のお腹を覗く振りをした。
「まだに決まってるでしょ! そんなに太っていないし!」
 肩に三千代のグーパンチが飛んできた。
 結局、いつものレベルの話に戻ってしまった。

 そろそろ汽車の時刻が迫ってきたため、俺は三千代に断って、駅舎の中にあるトイレに行くことにした。
 用を足して、水道で手を洗おうとした。が、蛇口をひねっても水が出ない。
 あれっ? おかしいな? 蛇口を全開にしても、叩いても、一向に水が出る気配はない。
 なんだ? いらいらしながら、蛇口を両手で抱えるようにして、激しく揺すってみた。
 すると突然、ジャーという音がして、蛇口から水があふれ出した。だが、そのとき、ちょうど俺の左の掌が水の流れを堰き止めるような位置にあったため、噴出した水は、勢いよく四方八方に飛び散った。
 うわーっ!
 おかげで俺は、顔から頭までびっしょり濡れてしまった。いや、鏡を見ると、Tシャツまでぐしょぐしょになっていた。
 くそっ! 俺は悪態をつきながらトイレから出た。
 三千代の所に戻ると、三千代は驚いた顔をした。
「なんで? トイレだけ雨降ってる?」
「いやー、水道が壊れてて……」
「もう、ほら」三千代は小さなポーチからピンク色のハンカチを取り出し、俺に手渡した。
「す、すまん」俺は借りたハンカチで顔と頭をぬぐった。
 だが、ハンカチは直ぐに役に立たなくなった。
 仕方なく、俺は、水滴が滴るハンカチを三千代に差し出した。
「汚れたハンカチをそのまま返すと、レディーに嫌われるよ。洗って返すのがジェントルマンよ」
「そ、そうか、そうだよな」
 俺は、差し出した手を引っ込め、ハンカチを一絞りし、ジーパンのポケットに収めた。
「絶対返してね。それ、お気に入りのハンカチなんだから」
 三千代に念を押され、俺は、直立して右手を頭の横に立て、敬礼のポーズをした。
「命に代えて必ずお返しすることを誓います」
 それを見て、三千代は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、また会えるね」
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