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レオ様の告白

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「モニカ、俺も転生者なんだ」
「え?」
 
 レオ様のその言葉を聞いて、私は次の言葉が出て来なくなった。
 私が困惑していることに気がついたのだろう。レオ様は私を優しく抱きしめ、膝の上に乗せてくれた。
 
「今まで内緒にしていてごめん。この話をしたら、モニカが俺との距離を取るようになってしまうんじゃないかと思うと、どうしてもいい出せなくて……」
 
 レオ様は言葉を詰まらせて、申し訳なさそうにうつむいた。
 
「レオ様と距離を取るだなんて、そのようなことはありませんわ。でも、それならどうして……」
 
 どうしてこの国を滅ぼすことになる私に、そんなに優しくしてくれるの?
 その答えはすでに出ているのだが、私はそのことをどうしても確認したくて、レオ様に聞いた。聞いてしまった。
 言葉足らずにも程がある私の質問だったが、レオ様は正確に私が言わんとしていたことを理解してくれた。
 
「それはもちろん、モニカのことが好きだから、いや、モニカのことを愛しているからだよ」
 
 はっきりと、キッパリと。レオ様は私の目を見つめ、その目をそらすことなく言った。
 自分の顔に熱が集まってくるのが分かる。心臓も、破裂してしまうのではないかと思えるほど高鳴っている。
 私のすぐ隣から、レオ様の心臓の音が聞こえている。私はそのままレオ様にしがみついた。
 恥ずかしくて顔を上げることができない。それでもレオ様は、こっちを向いて、とばかりに、私の頬に両手を当てた。
 レオ様と目と目があった。
 レオ様の、いとおしい者を見るような目に耐えきれず、私は思わずギュッと目を閉じた。
 はじめは小鳥がついばむような軽いキスが。
 その柔らかで優しい感触にうっすら目を開けると、相変わらずそこにはレオ様の優しい瞳があって。
 今度は先程よりもゆっくりとした深い口づけを、レオ様はしてくれた。
 
「んっ」
 
 思わず声が漏れた。
 私の声を聞いたレオ様は慌てて唇を離した。
 ちょっと寂しさを感じながら目を開けると「ごめん、ごめん。苦しかったよね?」とレオ様が言った。
 今の私の顔は真っ赤になっていることだろう。あまりにも気持ち良くて、思わず声が漏れただなんて、恥ずかしすぎて言えない。
 思わずうつむいた私に、レオ様が語りかける。
 
「格好悪い話だけど、モニカを守るには、どうしても君の力が必要なんだ」
「それは、一体どうしてですか?」
「実は、このゲームのことをよく知らないんだよ。妹が一日中そのゲームをプレイしていて、怒られていたのは知っていたんだけど、その、興味がなくてね……」
「まあ! あんなに素晴らしいゲームなのに興味がないだなんて、信じられませんわ!」
 
 胸キュン! シンデレラストーリーを知らないだなんて、とんだもぐりだわ! あんなに胸がときめくゲームをしたことがないだなんて。
 あれ? でも、それならなぜ……。
 
「レオ様、それならばなぜ、私の破滅フラグをピンポイントでへし折ってくるのですか?」
 
 考えてみるとおかしい。私を王妃様に会わせたり、聖女に仕立てあげたり、GMを召喚させたり、攻略対象と引き合わせたり……レオ様の手のひらで簡単に転がされている私も私だが。
 
「ああ、それはね、そのゲーム自体はやったことはないけど、その手の話は何度か目にしたことがあってね。モニカから話を聞いたときに、モニカが破滅フラグ持ちの悪役令嬢の設定であることに気がついたんだ。それであれこれと画策したんだよ。まあ、頑張った甲斐はあったかな」
 
 レオ様はそう言うと、私を抱きしめている手をさらに強くした。
 もう、疑いようがない。
 私が悪役であることを知っていても、それを回避させるために、私の知らないところでどれだけレオ様が努力をしてきたのだろうか?
 レオ様は本当に私のことが好きなのだ。いや、そういえばさっき、愛していると言っていたような気がする。
 一方の私の方はどうだ?
 今さら言うまでもない。私も大好きだ。でなければ、自分を犠牲にしてまでこの国を、レオ様を守ろうとなどしない。
 両思いであることは途中から気がついていた。ただそれに、向かい合う勇気が私になかっただけで。
 
「だからねモニカ、君の力を貸して欲しい。俺の一番大切な人を守るために。ダメかな?」
 
 私の目からは涙が溢れ落ちた。断る理由など何もない。私はレオ様の胸に飛び込んで答えた。
 
「もちろんですわ。何でもお答えしますので、何でも聞いて下さい」
 
 私の言葉を聞いたレオ様は、その指で私の涙を優しく拭うと、優しい口づけをしてくれた。

 
「レオ様は一体何を聞きたいのですか?」
 
 何度か口づけを交わし、ようやく落ち着いたころ、私は聞いた。
 
「ズバリ聞くけど、ヒロインは一体誰なんだい?」
「ヒロイン、ですか?」
「そう。ヒロインだ」
 
 これは困った。だが、正直に言うしかない。
 
「ヒロインは選択式なのですよ。なので、どの名前のヒロインが選ばれているのかは、学園に入ってからでないと分かりませんわ」
「選択式……また難儀な……」
 
 レオ様は頭を抱えた。それはそうだろう。もしヒロインが誰なのかが分かっていれば、手の打ちようがあったのだから。
 
「お役に立てなくて申し訳ありませんわ」
「いや、モニカのせいじゃないよ。ゲームのシステムがそうなっているのだから、仕方がないよ。それじゃあ、ゲーム内で起こるイベントを教えてくれないかな?」
「それは……」
 
 うん、これも、正直に言うしかないな。
 
「それが、ほとんどすべてのイベントがランダムイベントなんですよ。確定しているのは入学式と、卒業式の日だけ。あとはヒロインの選択した行動や、恋愛度などのパラメーターによって、起こったり、起こらなかったりするんです」
 
 え? という顔になった。それもそうだ。このゲームの本来のやり方は、リセット前提のプレイなのだ。
 ノーリセット縛りという縛りプレイをしている人が何人かいたが、そのどれもが散々な結果に終わっていた。
 
「えっと、条件を満たしていても、イベントが発生しない可能性があるの?」
「そうですわ。一番高い確率でも八十%ほどだったはずですわ」
「何それクソゲー!」
 
 分かる。私も画面の前で、何度そう叫んだものか。
 チラリとサラを見たが、レオ様の発言を特に気にした様子はなかった。良かった、良かった。
 あああ、とレオ様は頭を抱えた。
 もし、私がレオ様の立場なら同じことをしていただろう。
 
「それでモニカは、俺とモニカが結ばれることで確定するバッドエンドを確実に避けるために、学園に入学したら悪役令嬢に成りきるつもりだったんだね。させないよ、そんなこと」
 
 そう言うとレオ様はまた私を引き寄せて、しっかりと力を込めて抱きしめてくれた。
 
「いいかい、モニカ。これだけは絶対に忘れないでくれ。ここはモニカが知っているゲームに、よく似ている世界かも知れない。だけど、俺達はゲームのキャラクターではなく、一人の人格を持つ人間だ」
 
 確かにその通りだ。実際に今日この日まで、ゲームが始まる前の生活を、紛れもなく過ごしてきたのだから。
 
「努力をすれば、それだけ自分に跳ね返ってくる。モニカが聖女になったのは、モニカが毎日努力をしてきた成果だろう? それに、ダンジョンに潜ったり、暗殺者集団の拠点を壊滅させたりした結果、みんなと仲良くなったのはモニカ自身の力だ」
 
 私は顔を上げた。
 そうだ。どれもゲームのイベントにはなかったことだ。そこにゲーム補正など何もなかった。
 この世界は、私が知っているゲームの世界に似ているのかも知れない。だが、本当にゲームの世界にいるわけではなく、現実なのだ。泣きもすれば、笑いもする。恋もすればキスだって、それ以上のことも……。
 
「だから、ゲームのシナリオ通りにはならないし、ゲームと同じエンディングにはならない。つまりは、俺とモニカが結ばれても、バッドエンドにはならない。いいね?」
 
 私はコクコクと頷いた。本当は、はい、と返事をしたかったのだが、声が掠れて出なかった。
 知らず知らずに私はまた涙を流していた。ずっとずっと悩んでいた、ずっとずっと苦しくて泣いていた心を洗い流すかのように、私は泣いた。
 そんな泣き虫な私を、レオ様は何も言わずに、ずっと。ずっと抱きしめていてくれた。
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