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謁見の儀

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 十五歳の俺たちは社交界のことはそれほど詳しくはない。なぜならば、正式に貴族の子弟が社交界デビューをするのは「十八歳から」だからだ。なので、良くて領内の貴族を集めたお茶会で仕入れられるくらいの情報しか知らなかった。
 そのため、この場にいる同年代と思われる人たちを見ても、知っている人物はいなかった。

 いや、一人だけ知っている人物がいた。カロリーナ伯爵令嬢である。やっぱり同じ日程だったか。でもこればかりは仕方がないか。国王陛下もお忙しいだろうからね。

 そのカロリーナ伯爵令嬢の隣には三大イケメン男爵令息が寄り添っている。王都でのカロリーナ伯爵令嬢のウワサをご存じなのかは分からないが、イケメンスマイルを全方向に放っていた。
 もしかして、こっちはこっちでプレイボーイなのかも知れないな。まあ、興味はまったくないけどね。

 こちらに気がついたカロリーナ伯爵令嬢は俺の方を見てポカンと口をあけていた。こちらに何も言ってこないところを見ると、俺がだれなのか分からないのかも知れない。
 そんな彼女は俺と腕を組んでいるイーリスを見て「チッ」と舌打ちをした。
 フッフッフ、悔しかろう。一番は俺の婚約者のイーリスなのだよ! 勝った、勝ったぞー!

 俺が悦に入っているとミケが直接頭に話しかけてきた。

『テオ、テオ、あれ、魔族だよ』

 ミケが視線をそいつに送った。
 ファ!? 思わず声が出そうになったのを何とか押しとどめた。イーリスの方はあらかじめミケに口を塞がれていた。準備がよろしいことで。

『ミケ、カロリーナ嬢の隣にいるやつか?』
『そうだよ。どうする? 始末しておく?』

 なぜこんなところに魔族がいるのだろうか? でもいきなり攻撃しても良いもだろうか。多分ダメだよね。何の証拠もなしにそんなことをすれば、こちらの身が危険にさらされるだろう。

 それにここは腐っても王城。許可なく魔法を使えば、確実に罪に問われることになるだろう。もしかすると、王城内にいる魔導師のだれかが魔族のことを察知しているかも知れない。今はそれに期待しておこう。

『様子を見よう。今、この場で問題を起こすのはまずい』
『だよね。王城でテオが問題を起こしたとなれば、ママのお尻ペンペンくらいじゃ済まなそうだもんね』

 その様子を想像したのか、イーリスがブフッと吹き出した。何事かとみんながこちらを見ている。イーリスは恥ずかしそうにうつむいてしまった。
 ミケ、あとで望み通り、お尻ペンペンの刑に処してあげよう。

 そんな周りの目線を気にしながら待っていると、ようやくお呼びがかかった。俺たちは指示に従って待合室を出た。ミケとは一端ここでお別れだ。さすがに謁見の儀の最中にこれまでの経緯を話すわけにはいかない。
 側仕えの使用人にしっかりとミケを監視しておくように頼むと、案内する騎士たちに連れられて謁見の間へと向かった。

 さすがは王宮なだけあって、謁見の間の床にはフカフカのカーペットが玉座付近まで続いていた。
 指定された場所でかしこまっていると、国王陛下が謁見の間に入って来たことが告げられた。騎士の声かけで、婚約の報告にきた全員が顔をあげる。

 これだけ近くで国王陛下の顔を見たのは初めてだった。しっかりとした茶色の髭を顎の下に生やしており、父上よりも年齢は上のようである。さすがは王なだけあって、かなりのプレッシャーを放っていた。

 その隣には、次期国王陛下の皇太子の姿もある。こちらは俺よりも少し年齢が上のようである。どうやら今回の謁見は国王陛下に忠義を示すためのものだけではなく、皇太子との縁もつなぐという側面もあるようだ。

 騎士から次々と名前が呼ばれていく。名前を呼ばれたカップルは国王陛下たちの正面へと移動し、頭を下げてから戻ってくる。ただそれだけである。特に国王陛下からのありがたいお言葉なんかもない。
 これ、わざわざ呼びつけてまでやる必要がある? と思ったが、決まり事なので仕方がないか。

 そうこうしているうちに俺たちの名前が呼ばれた。ほかの人たちと同じように国王陛下の前で頭を下げると、声がかかった。

「テオドールの話はモンドリアーン子爵から聞いている。このあと話したいことがあるから指示を待て」
「御意のままに」

 その言葉に俺とイーリスはそろって頭を下げた。
 国王陛下からの直々の言葉にその場が一瞬ざわついた。おそらくミケのことだろう。もしかすると、俺が準神になったことも絡んでいるかも知れない。

 国王陛下への挨拶が終わって戻る途中に、「お前だったのか」と目を丸くして口をあんぐりとあけたカロリーナ嬢と目が合った。実にいい気味だ。ざまぁ!

 俺は表情を少しも変えることもなく席へと戻った。イーリスはまだ緊張しているようであり動きがぎこちなかった。そんなイーリスをさりげなくサポートしつつ、式が終わるのを待った。

 謁見も無事に終了し、待合室でミケを回収するとすぐに呼び出しがかかった。国王陛下は随分と忙しいようである。俺たちはすぐに呼びに来た騎士と共に移動した。
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