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マンドラゴラっぽい何か

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「ほらほら、遠慮せずに割ってちょうだい。あの有名なイグドラシルの実よ。種の中に私はいるわ!」

 ……どうしよう。ミケを見たが嫌そうな顔でこちらを見ている。ですよね。俺も嫌です。だがもしかしたら、今回の件について何か事情を知っているかも知れない。今後も別の場所で同じようなことが起こらないとも限らないのだ。ここは助けるべきだろう。

「分かった。思いっきり真っ二つにすれば良いんだな?」
「……!! ダメよ、ダメダメ! 優しく、優しく扱ってちょうだい!」

 必死だな。まあ、良いか。俺は持っていた護身用のナイフでその実をむくと、慎重に種の部分に切れ込みを入れた。思ったよりも堅くて苦戦したが、何とか種をこじ開けることに成功した。

「ジャジャーン!」

 種の中から現れたのはマンドラゴラっぽい何か。一言、言わせてもらえるのならば、キモイ。

「何これ、マンドラゴラ?」

 ミケが率直な感想を述べた。俺もそう思うし、そうだと言われても納得するだろう。

「違うわよ! あんな気持ちが悪いヤツと一緒にしないでよ! 失礼しちゃうわ」

 プンスカと怒り出す何か。そのマンドラゴラとうり二つなんだが、突っ込むのはやめておいた。

「一体何者なんだ? 何があったんだ?」
「そうね、助けてくれたあなたには教えてあげるわ。でもその前に、私に名前を付けてちょうだい。呼びにくいでしょ?」

 名前を付ける……あんまりいい気がしないのだが。どうしよう。

「それじゃイグミだな。イグドラシルの実から生まれたイグミ」
「ちょっと! それは安直すぎないかしら?」

 腹を立てたのか、プリプリと怒り出した。どうやら怒りっぽいようである。

「それじゃ、ゴンザレスの方が良かった? ゴリアテでもいいけど」
「私はイグミよ! よろしくね!」

 キャピ、と手(?)を額(?)にかざしてポーズを取った。キモイ、ただただキモイ。事情を聞くために仕方なくイグミを連れて山を下りた。


「何これ、キモッ!」

 殿下がみんなの意見を代表して言ってくれた。周囲の人たちはみんな大きく深くうなずいた。不服そうな顔をしているのはキモイと言われた当の本人であるイグミだけである。

「紹介も終わったことだし、何があったのか話してもらえるか?」

 イグミに俺が尋ねると、せきを切ったようにしゃべり出した。

「だまされたのよ、あいつに! 私をもっと美しくしてくれるからって言うから信じたのにこんなことになるなんて。ちょっとイケメンだったからって、いい気になりやがって! 私はあの山でつつましく暮らしていたのよ。周囲の環境と溶け込むようにね。なのにそいつが私に大量の魔力をそそぎ込んだから、あんなに一気に大きくなっちゃったのよ! 私は悪くないわ」

 何だが犯罪者が口にしそうな言い訳の仕方である。だが、実際になりたくてああなったわけではないようだ。

「どうしてそう言えるんだい? 木なんだから、大きくなりたいんじゃないの?」
「そりゃそうだけど、限度っていうものがあるわ。私だって死にたくないもの。必要以上に大きくなって、体を支えられなくなるだなんてごめんだわ」

 なるほど、つつましく暮らしていると言うのはそう言うことか。リストラ山ではそれほど大きくなれなかったのだろう。

「イグミは魔物なんだろう? どうして魔境でもないあんな場所にいたんだい?」
「違うわよ! 私は魔物じゃないわ。私はイグドラシルなの。太古の昔から、この大地を支えてきた一族なのよ」

 フンス、と縦に伸びたイグミ。多分、胸を張っているのだろう。遠目には分からないが。でも魔石があったぞ?

「イグドラシルの木は魔石になったけど、その辺りはどう解釈するの?」
「多分だけど、私は魔物にされたんだと思う。あいつが私にそそぎ込んだ魔力が魔石になって、私の意識を奪ったのよ。そして私が致命的な致命傷を負ったら消滅するような呪いをかけていたのよ。やなヤツ、やなヤツ! きっと私のことが怖かったのね」

 思い出して腹を立てたのか、ビッタンビッタンと机をたたいた。
 対象を魔物に変えることができる人物がいるのか。ちょっと不安な要素だな。それを聞いた殿下の表情も硬いものになっている。その人物は一体何を狙っていたのだろうか。

「それでむりやり大きくなったことで、水を大量に吸い上げていたんだね。それで川に流れ込む水が足らなくなってしまったと言うことか」

 原因はそんなところだろう。殿下の意見にそれぞれがうなずいている。さて、これからどうしたものか。

「水不足の原因は解決しましたが、いまだに水不足は続いております。これからどうすれば……」

 アウデン男爵は不安そうな顔をしている。それを聞いた殿下も顔をしかめている。

「それは大丈夫だよ。だって今からテオがあの山に雨を降らせに行くんでしょ? そしたらまた川に水が流れるようになるよ」

 ミケが何を言っているんだとばかりに言った。それを聞いた殿下の目がキラリと輝いた。

「テオドール、そんなこともできるのかい?」
「できますけど……はい」

 うーん、知られてはいけない人物に知られてしまったような気がするなぁ。殿下を連れてきたのはまずかったかな? でもほかに手がなかったし、しょうがないか。

「それはぜひ、私もこの目で見たいものだな」
「私もついて行くわ。私が原因を作ったようなものだしね。最後まで見届けさせてもらうわ」

 殿下に続いてイグミが言った。いや、二人とも別に来なくても良いんだけど……。

「イグミはどうやって移動するんだ?」

 興味津々と言った感じで殿下がイグミを見た。イグミは得意げに二本の根っこを器用に使って歩き出した。

「どうやってって、こうやってよ。ほらほら、木登りもできちゃう!」

 そう言ってイグミが木の柱を登り始めた。控えめに言って、ただただ気持ちが悪い光景だった。しかしそれを見た殿下は大いにはしゃいでいた。仲が良いな。このまま殿下にイグミを連れて行ってもらおう。そうしよう。
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