伯爵令息は後味の悪いハッピーエンドを回避したい

えながゆうき

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悪い予感

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 トイレまで正しく往復することができることを確認すると、再びダンスホールへと戻った。魔法封じの術式の効果についても調べたが、問題なく建物全体に施されているようである。

 これで、会場内で魔法が使われることはないだろう。
 失踪したギルバートがひょっこり現れるかも知れないからね。復讐の鬼になって。
 ギルバートは魔法ギルド長から魔法の指導を受けているはずだ。剣では及ばなくても、魔法を使えば自分の方が上だと思っていてもおかしくはない。

 ダンスホールではいまだにヒロインが踊っていた。結構長い時間、踊っていると思うのだが大丈夫なのかな? まあ、周りを囲んでいる男性陣を全員相手にしようと思ったら、そうなってしまうのかも知れない。

「フェル様、気になりますの?」

 どうやらヒロインの動向を気にしていることに気がついたようである。勘が良い、というよりかは、俺のことをいつも見てくれているのだろう。
 慣れた手つきでリアの頭をなでた。リアのほほが赤くなっている。

「それはそうですよ。また彼女を巡ってトラブルが起きないとも限らない。その中の一人はいまだに行方不明。彼の後を追うものが出る可能性は十分にありますよ」

 俺の言葉を聞いてリアの口が真一文字に結ばれた。わずかに顔がこわばる。彼が再び現れる可能性に気がついたのかも知れない。そんなリアにほほ笑みかける。

「さすがにこれほど多くの人がいる中で何か問題を起こすほど愚かではないと思いたいですけどね。それにここでは魔法は使えません。物理的な攻撃になればこちらに分があります」

 そう言って俺は殿下の方を見た。そこには頼もしき護衛三銃士の姿がある。納得したのか、リアがコクコクとうなずいた。

「それもそうですわね。アーノルドとシュワルツとネッガーはこの国でも指折りの騎士ですものね。きっと大丈夫ですわ」

 俺たち二人が納得していると、殿下がやってきた。

「ようやく見つけた。お前たち、一体どこに行っていたのだ。二人で個室に入っていなかっただろうな?」
「滅相もございません。何か問題でもありましたか?」

 こら! リア、顔を赤くするんじゃない。怪しまれるだろうが。マリーナ様を見ろ。「まさか!?」見たいに目を大きくして口元を扇子で隠したじゃないか。

「いや、特に問題はなかったぞ。俺たちも踊らないかと思ってな。そろそろダンスチームと交代してもいい時間帯だろう」
「分かりました。みんなには一時休憩してもらって、それから問題点を洗い出しましょう」

 俺たちはすぐに行動を開始した。踊っている人たちに声をかけて下がらせる。ヒロインたちもそれに合わせて下がって行った。楽団のメンバーも一息入れているようだ。
 それをせかすこともなく、お互いにダンスの確認を行っていた。

 リアとダンスを踊ったことはもちろんある。緊張することなど何もないと思っているのだが、目の前でうれしそうにしている、美しいリアの姿を見ていると、どうも頭に血が上ってしまう。ちゃんとリードできるかな?

 内心で冷や汗をかいていると、再び音楽が鳴り始めた。それを合図に次々と滑り出してゆく水鳥たち。俺たちもその流れに乗ってフロアへと進んで行った。
 ワルツのリズムに乗って優雅に踊る。さっきまでの不安はどこにもない。体に刻み込まれたダンスが全自動で俺を導いてくれた。ダンスを教えてくれた両親に感謝だな。

「キャー!」
「ステラ嬢! ステラ嬢! しっかりして下さい!」

 突然鳴り響いた悲鳴に音楽が止まった。ギュッとリアが抱きついてきた。安心させるようにリアを抱きしめる。半ばリアを抱えた状態で殿下の近くへと移動する。
 だんだんと騒ぎが大きくなってきた。周りを囲んでいる男性陣の間から、床に倒れているビラリーニョ嬢の姿が見えた。

「何が起きた、報告しろ!」

 殿下が叫んだ。リアの顔も、マリーナ様の顔も真っ青だ。俺はリアの顔を手で隠した。生きているのか、死んでいるのかは分からないが、いずれにせよ見せるべきではないだろう。

「殿下、どうやら毒を飲んだみたいです!」

 ビラリーニョ嬢の足下にコップが倒れており、中の液体が床をぬらしていた。

「急いで医者を呼んできてくれ。こんなことなら医者も予行練習に混ぜておくべきだった」

 殿下の指示に、慌てた様子で生徒会役員の一人が鉄砲玉のように飛び出して行った。
 そのときヒヤリとしたものが背中を伝っていった。もし犯人が今出て行った人だったら? いや、それはない。彼は俺たちと顔見知りだ。彼は信頼できる人間だ。

「飲み物を手に持っている人は今すぐ近くのテーブルに置くように。他にも毒が入っているかも知れません」

 俺がそう言うと、次々にコップがテーブルの上に置かれた。狙いはやはりビラリーニョ嬢なのだろう。でなければ、同時に飲んだ人たちも同じように倒れるはずだ。

 ビラリーニョ嬢の顔色がどんどん悪くなってゆく。これは医者が来るまで持ちそうにないな。どうする?

「フェル様……」

 リアが半泣きになっている。何とかしないと。何か俺にできることは……そうだ、小さいころにもらった万能薬があるじゃないか!
 幼いころに毒殺されそうになってから、いつもお守りの代わりにその万能薬を持ち歩いていた。さいわいなことに、これまで使うことがなかったため密封状態のままである。

 ポケットから取り出した、黄色と黒の怪しげな薬を見たリアが、いぶかしげに眉をゆがめた。俺はリアを殿下とマリーナ様にあずけた。

「フェル様、その薬は?」
「これは万能薬です。これならビラリーニョ嬢の毒を中和することができるはずです。ただし、死ぬほどまずいらしいですが」

 その味を想像したのか、リアと殿下とマリーナ様の顔にシワが寄った。そっくりかよ。おっと、こんなことを言っている場合じゃないな。俺は急いでビラリーニョ嬢の元へと駆け寄った。

「フェルナンド様、一体何を?」
「黙って見ていろ」

 話しかけてきたアレクとまともに会話することなく、万能薬を無理やり飲ませた。その効果は抜群だったようであり、みるみるビラリーニョ嬢の顔色が良くなってきた。

「そ、その薬は一体?」
「ちょっとした高価な薬さ。効果は見ての通りだな」

 先ほどまで死んだかのように動きのなかったビラリーニョ嬢が体をよじり、ゴホゴホと咳き込み出した。

「まっず。罰ゲームか」

 思わず本音が出たようである。それほどまずかったのだろう。いつもの可愛らしい様子とはかけ離れた雰囲気に、周りは若干引いていた。俺も引いた。今すぐここから離れたい。

「……フェルナンド様? もしかして私に薬を飲ませてくれたのはフェルナンド様ですか?」

 どうやら逃げ出す前に捕まってしまったようである。ビラリーニョ嬢が再び動き出したことに気がついたのか、リアたちも近づいてきた。

「何があったかを話すんだ」

 殿下が有無を言わさぬオーラを出しながらビラリーニョ嬢に問いかける。いつの間にこんなオーラを出せるようになったんだ。成長したな、殿下。これでもう俺はお役御免だな。
 俺がさりげなく去ろうとしたところをマリーナ様に捕まった。

「どこに行くつもりですの? まだ終わってはおりませんわよ、フェルナンド様」

 こっちもこっちでなんてドス黒いオーラを出しているんだ。魔王か。唯一の癒やしであるリアはあきれた目をこちらに向けていた。
 やだ、そんな汚物を見るような目で見ないで! 俺はとっても嫌な予感がプンプンしてるんだ。これはあれだ、ゲームのイベントだよ!
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