セカイの果てのハテまでキミと共ニ誓ウ

葛城兎麻

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第一章・スフェルセ大陸 一節・北国

十九話:記憶は確かにその中にある

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「うわあ~~! リシェント、似合うじゃん!」

「いや、無理。動きにくい……」


 パーティードレスに身を包む。

 ミエルは薄桃の袖のついてないAラインドレス。丈は膝下までで、所々に施された刺繍は、シンプルながらも可愛らしい花の刺繍。少女ながらも少しだけだが上品な作りになっている。普段ミエルはツインテールなのだが、今回ばかりは流石に違っていた。ツインテールにするほどの髪の長さがある為、左右の髪を編み込んでから後ろで一つに束ねてからのアップ寄りのポニーテール。
 リシェントは白のフィット&フレアタイプのドレス。肩まで肌が出ており、胸元から広がるフリル以外はシンプルに作られている。ウエストを絞り、膝下までスカート丈が広がっている。ミエルに髪を整えてもらって毛先をウェーブにかけた後で、左右を三つ編みにして後ろで小さくお団子を作る。


「うーん、何かこう、アクセサリーがほしい……」

「無くても……」

「あたしのプライド!」


 まるで自分の事のようにミエルはリシェントの髪型を弄っては考え、今に至る。

 そういえば、と思ってレフィシアから貰った飾り紐で代用できないかと思い出した。それが入った外箱を取り出して後ろでリシェントの髪を弄り続けて数十分のミエルに渡す。


「それ、使える?」

「へえ! 西国のサクラをイメージした飾り紐かあ! 使えるけど、これ新品っぽいね! 古くも無さそうだし……昼前に買ったの?」

「……買って、貰った……」

「買って貰った? もしかして、シアに?」

「……」




 こくり、と首を縦にして頷く。
 あの時の——美しい夢をみるように、緩やかで熱っぽさを感じさせるレフィシアのラベンダーの瞳。思い出すだけでも恥じらいのあまり頬がみるみる紅潮していくようだ。
 試しに外箱を開けて見ると、飾り紐の中央の小さな宝石の色が最初にリシェントが確認したものとは大きく違ってるのに眼を凝らす。

 レフィシアの瞳と同じ——華やかな紫。


「あー……なるほどねえ」

「? 何が?」

「こっちの話、こっちの話!」


 ミエルはまじまじと飾り紐の宝石の色を確認して、意図を汲んでいるようだが、リシェントは理解が及ばずに首を傾げそうになった。「髪型崩れるからまだそのまま!」とちょっと声を張られてしまったので改めて上半身の直立不動を維持。
 お団子の部分に飾り紐をつける所まで、ミエルは慣れた手つきで済ませた。リシェントはそのまま椅子から立ち上がる。慣れないヒールの高さに足をぐらつかせてしまって、鏡に映る着飾った自分を見るのも慣れない。


「おい。そろそろ開けていいか?」

「おけまる!」
  

 二人の部屋の扉越しにノエアの催促を促す低い声が届いた。高いヒールを難なく軽快にステップするように歩いて、ミエルがその扉を全開に開ける。

 ノエアは普段の髪のボサつきから一転し、前髪を左に流して、白のシャツ、襟元に東国の紅葉の葉を刺繍した紅樺色の上着。


「ふーん。流石元貴族。顔はそこそこいいから似合うな。それでオレより歳上で胸がもう少しあって俺より少しでも勝ってる魔法士だったらタイプだったかもな」

「可愛いとか位言ってよー!」


 パーティードレス姿のミエルを顔から胸元、足元へと視点を置いたノエアだが別に顔を赤くする訳ではない。そう、珍獣を見るような好奇心で淡々に考察するだけだ。流石にデリカシーが無く、ミエルは頬を膨らませて軽く足を地団駄させる。


「おいシア。何隠れてんだよ」


 ノエアが気づいて横目で左斜めを確認するや、その人物の腕ごと体重を乗せて引っ張る。筋力には自信はないが、そうでなくとも人物をある程度引っ張って前に出させる程度の力はあった。

 左の銀の髪飾りを外して、白に、限りなく白に近い薄灰の上着を羽織り、ズボンは黒。北国ではパーティーや舞踏会などにおいて特別な事例を除き、主催者とその身内より目立ってはいけないという暗黙のルールが存在する。中央では王弟殿下として絢爛な衣類を着こなしてきたレフィシアであるが今はシンプルに収まっていた。

 それでもやはり気品や雰囲気だけは留まることを知らない。


 *


 入場は一組ずつ、順番に感覚を開けてからの入場となる。先にノエアとミエルが入場したので、次はレフィシアとリシェントの番だ。ここまでの間、慣れないヒールの高さに何度も体勢を崩してしまった。その度にレフィシアが咄嗟に受け止め、リシェントの歩く速さに合わせて先導していったのだ。レフィシアの左手の平に、右手を添えるように預けたまま、現在。
 既にレフィシアに対する好意を自覚しているリシェントにとって、申し訳なさと同じくらいの好意をレフィシアに察しさせないようにするのも精一杯でそろそろ限界だ。


「リシェントの髪は黒いから、白がそれを更に引き立たせてるね。髪の毛を編み込んでいるのも似合ってる」


 対面した時は特に何も感想がなかったが、ここに来てようやくレフィシアはリシェントの装いに言葉を紡いだ。
 左のもみ上げ部分に値する長めの髪がさらりと揺らいで、小さく口角を上げて笑む。ただでさえリシェントはレフィシアの装いに見慣れていないというのに、その仕草に耐えきれずに思わず顔を背けた。


「わ、私は平民だし、ドレスも着た事が無ければこんな踵が高い靴も履いた事ないし……それに、髪の毛も編み込める程、器用じゃなくて……ミエルがやってくれて」


 ついつい、言葉が速く慌てがちににって我ながら語彙力が無い。リシェント自身も言葉にしてからそれに気づく。


「大丈夫。平民だからとか、気にしないで。俺からすれば、君は十分、綺麗だから」


 褒め殺すように次々にレフィシアは紡ぐ。お世辞という方向性は、彼の性格と声の熱で直ぐに違うと否定できた。
 プレゼントされた飾り紐が髪につけられているのは既に確認済みのようで、愛しみを満面に輝かしたレフィシアに眼を奪われる。

 ……が、残念ながら時間だ。

 順番が回ってきて低く音を立てながら両側の扉は引かれた。

 本当にただの学院卒業のパーティーかと眼を疑うほどに輝かしく絢爛である広々とした空間。円型テーブル達には埋め尽くさそうな位の料理の数々。明らかに貴族王族ばかりの雰囲気の漂う老若男女達。見知ったもの達ばかりなのか挨拶は簡単に済ませる程度で、他は会話を弾ませながら主役を待ちわびてた。

 レフィシアは「あまり目立ちたくはないから」とリシェントに同意を貰った上で隅っこに移動しようとすると、一人が目壁のように目の前の道を塞ぐ。


「レフィシア・リゼルト・シェレイ、だな」

「アドルフォン・ヤルナッハ男爵殿」   


 レフィシアに向ける憎悪は消えず、黒い瞳は剣先のように鋭い。老将、アドルフォン・ヤルナッハは男爵であるが家庭は息子に譲り、現在は武器を取り戦場へ赴くようになった。歳はおおよそ六十はあるだろうと見えるがその実力だけは衰えてはいない。今の威圧と圧迫感については流石の貫禄だとは言えるが、パーティーの場にはとても不釣り合いである。


「何故貴公がこの場に居るのだ」

「メルターネージュ様からのご厚意により、謹んで招待をお受けしたまでです」


 あえてメルターネージュから事前に口添えがあったのでは、の疑問を出さずに答えると、アドルフォンはわざと聞こえるように大きな舌打ちを打った。
 他に言いたい事こそ山程に出てきたアドルフォン。だが、これ以上暴言を吐いた所で女王陛下であるメルターネージュの名に保護された彼を否定する事は、メルターネージュの考えを否定する事にも繋がる。
 少なくとも、メルターネージュがそう思っていなくても周囲の必ず誰かはそう噂するに違いない。
「失礼」とただ一言で、アドルフォンは道を譲るように去っていく。

 アドルフォンはたった一度ではあるが、中央四将として戦に出ていたレフィシアに殺されかけたという過去を持つ。幸いにも雪崩でレフィシアの足元が狂い急所は外れたようだが、今もなおアドルフォンの左眼を縦に裂く消えぬ古傷となっている。

 暗い雰囲気になってしまった、とレフィシアに説明をさせてしまった罪悪感を抱いたリシェントは話の話題を変えようと話題作りに励む。


「そういえば、パーティって何をすれば……」

「学院卒業の祝いだとすると、ダンスは無し、かな。立食形式だね」

  
 改めて足を踏み出そうとした時。


「あの。宜しくて?」


 続いて声をかけたのは、ヴァレンティーヌだった。緋色の髪が映えるように、ドレスは白藍を基準とした色合いだ。


「レフィシア様は、そちらの方をエスコートなされたのですか?」

「……はい」

「……そう、ですか」


 何故か二人の間に気まずい雰囲気が漂い、互いに如何にして傷つけないように発言するかを伺っているようにも見える。


「先程の無礼は、誠に申し訳ございません」

「い、いえ。私こそ、ごめんなさい」

「次の戦争には貴女方も出陣なさるのですか?」

「はい。我らマルシェ伯爵家は、全力を持って戦うまでです。それでは、また」


 会話をほどほどに、ヴァレンティーヌの方から駆け足で去ってゆく。向かって行った先にロレーヌが待っており軽く会釈して返す。
 先程といい、女王陛下との会話の前といい、レフィシアとヴァレンティーヌにはアドルフォンとは違う事情がある。
 あくまでリシェントの想像に過ぎないが、レフィシアの顔つきは曇りつつあるので恐らく当たるだろう。


「……シア。ヴァレンティーヌ、えと、子爵令嬢と、何かあった……っ」


 最後まで言い切る前に、レフィシアが何も言わずに進み始めた。手を繋いでいる為自然とつられてしまったが、早歩きという訳でもない。
 ようやく隅っこまでたどり着いて、惜しむように手を離した後でレフィシアは力なく背を壁につかせる。疲れ切った顔色に、光はそう眩しくはない。


「……実はさ。マルシェ家から、婚約を申し込まれてたんだよ。相手は、ヴァレンティーヌ譲。俺の中で、断ろうと思う気持ちはあった。よく言い表せないんだけど、心に決めた相手がいる、ような……気がして」


 今までになく、声に震えを感じさせる。声量も小さく、光が萎んでいくように。


「だけど、思い出せないものは仕方ないと諦めようとして……もう十九にもなるしね。ヴァレンティーヌ譲は努力家だし、剣の腕もそこそこ。マルシェ家が教育しただけあって貴族としての振る舞いとかも完璧だ。今後北国に身を寄せ、打ち解けるには、もうそれでいいかと……そうしようかと、思っていた」

「思っていた、っていうと……今は違うの?」

「……そうだね。君を見ていて、やっぱり諦められなくなった。君は何時だって、諦めずに、ただ抗おうとしている。俺とは違う」


 ここまで心が弱りきったレフィシアを見た事が、いや、一度はあるかも知れない。

 それがいつ、何処でかは分からないがレフィシアにはいつものように暖かで、笑ってほしいのは確かで、リシェントは次第に胸の鼓動が激しくなっていく。


「私、は……諦めない事を、誰かに……誰かに、教えて貰ったような、気がするの」

「誰、か?」

「……だから、私は……やると決めた事を、最後までちゃんとやっていたい。諦めずに、手を伸ばしたい」

「……そっか」


 俯き始めていた顔をゆっくりと上げて、どうにか安心させようとして口角を上げて笑いを作る。右腕を伸ばし、リシェントの左手を甲を上にした状態で壊れ物を扱うように持ち上げて。

 ———自らの口元に寄せ、唇を落とした。

 唇を落とされた部分から感じるレフィシアの熱と、残る唇の感触に、今までで一番と言っても過言ではない程の熱量がリシェントの身体を火照らせる。 

 それだけじゃない。


「必ず俺が、君を守ってみせるから——」

「——……!」


 モノクロの断片的記憶が、色鮮やかになる。

 バラバラに散らばっているが間違いなく知っていた。



 状況は確かに、緩く吹く風が互いの髪を小さく靡く中にある。

 言葉は確かに、豪雨の中の宿の中にある。


「(思い出せそうで、思い出せない、けど……私は、何でこんなにも……嬉しいようで、悲しいの……?)」



 眼の潤いを感じて瞬きをすると、透明な滴は頬を伝って落ちた。
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