あれな除霊屋さん

むふ

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幸桜苑の女将

幸桜苑の女将6

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 また呼ばれている気がする。

「……起きろ。仕事だ」

 お仕置き後、そのまま力尽きた私はいつの間にか浴衣を着ており、そして下着まで新しい物に変わっていた。
 体の汗ばみの無く、お風呂に入れられたことがわかった。

 泊りなんて聞いていないので、下着なんか持ってきていないのにどういうことなんだろう。

 師匠が持ってきたのか、何なのか。
 聞くのも恥ずかしいので、スルーする。

「……おはようございます。仕事ってなんですか」

 布団から状態を起こして、目をこする。
 一方の師匠は既にスーツに着替えていた。

「お前のおかげで、除霊の仕事だ」
「……はあ」

 状況が良く理解できないが、何やら私のせいで仕事が入ったらしい。
 もたもたする私を見かねてか、師匠に浴衣を剥ぎ取られて、師匠が持参したであろう新品のワンピースを着せられた。
 洗面台に連れていかれたと思ったら、髪をブローされてた。
 さすがに目が覚めてきたので、もう大丈夫ですとお断りを入れたが、洗顔中もタオルを渡してくれたり、歯ブラシにご丁寧に歯磨き粉までつけてくれた。
 化粧が終わるころには簡単な朝食も部屋に用意されていた。

 そう言えば、夕食食べてない。
 
 お腹が、小さく鳴った。

 師匠に昨日の出来事と、本日の除霊のお仕事の内容を朝食をとりながら伺った。



「――私取り憑かれたんですか。ご迷惑をおかけしました」
「まぁ良い。今後の修行を厳しくするだけだ」

 バイト代弾んでもらおうと思っていたけど、言えなくなってしまったのは残念なのと、修行が厳しくなるのは勘弁してもらいたい。




 朝食を取り終えて、フロントへ向かう。
 この旅館の女将さんがロビーで私服姿で待っていた。
 先ほどの話で、私は女将さんの首を絞めてしまったと聞いた。取り憑かれていたことを信じて下さって許してもらえたと。


「昨日は申し訳ありませんでした。意識が無かったとはいえ、怖い思いを……」
「良いんです。昨日も大木様からお話をお伺いさせていただいております。故意ではなかったということですし、今回除霊もしていただけるということですし」

 気になさらないでください。と謝罪をやんわり止められた。

「頼んでいた物はご用意いただけましたか?」

 女将さんの足元には白いタンクと、日本酒があった。

「車で向かいましょう。あと注意事項をお伝えしておきます」

 1、指示があるまで、車から降りてはいけない
 2、指示通りに動くこと
 3、赤いスカーフを巻いて降りてくること

 1と2は私にも念押ししているのが分かる。
 だって、目が怖い。

 同じ霊には何の対策もしないと、取り憑かれやすくなるそうだ。
 師匠曰く、憑き方のコツのようなものが霊に知られてしまうとか、霊も学習能力があるのだとか、無いのだとか。


 そうこうしているうちに、車ですぐ目的地に付いてしまった。
 車から出るなというわりに、跡地にブーンと何も迷いなく入って行くのは師匠だけではないだろうか。

 草は伸び放題、手前は駐車場だったのか砂利が引いてある。
 家に続く道なのか、人が一人通れる石畳が残っていた。

 師匠は何も言わずに降りて行ってしまった。


「あの、大丈夫なのでしょうか」

 後部座席に座っていた私と女将さん。
 女将さんは赤いスカーフを握りしめて、不安な表情を浮かべた。
 女将さんの首を良くみると、青くなっているのが分かる。化粧で一生懸命隠してくれていた。

「大丈夫ですよ。師匠はただの優男で、なんとなく胡散臭く感じるかも知れませんが。本物です」
「……そうですか」

 草の隙間からたまに師匠の姿が見える。
 家が建っていた所を見て回っているのだろう。

 数分が経ったか、は石畳を通って車の方に戻ってきた。
 戻ってきた師匠は車のトランクから大きな袋を取り出して、何やら車の周りを囲うように撒いている。
 車の周りをほぼ一周したかと思うと、砂をまだ撒きながら石畳を通ってまた姿を消した。


 軽くなったであろう、袋を下げて戻ってきた師匠は後部座席のドアを開け、降りるように促された。

 エスコートされ、キュンとしました。

「出てきて良い。あと、鈴は柱になってもらう。自我をしっかり保つように」

 そしてすぐ、心臓がギュンとしました。

 師匠の言う、柱とは、私にあえて憑依をさせ除霊をするという事。
 メリットとして、私が意識をしっかり保てれば霊をしっかり捕まえておける事。そして、私の霊力もあるので、師匠の消耗も少なくすむという訳。
 デメリットは、私が乗っ取られた場合。また昨日と同じになる訳で。精神崩壊、人格崩壊、人間やめました状態になる。

 「女将さんはこの線の中にいるようにしていて下さい。今現在霊は姿を隠しています。炙り出すのと祓い易くする為に、この助手を使います――」

 今回の除霊の説明をしましょう。
 先ほど撒いた砂は、師匠が霊力を込めてありバリアのような役割をしています。簡易結界ですね。霊はその砂を越えて内側には入ってこれません。
 砂は車を囲うように丸く、そして車の前方部分から石畳みへ人が一人通れるくらいの幅の道が家が残っていれば玄関あたりまで続いています。上から見るとフラスコのような形になっているのではないでしょうか。
 石畳の先も草が生い茂っているのかと思いきや、綺麗な新地でした。
 砂の行き止まりに付くと、一メートル先あたりに丸の陣がありました。ただ丸の一か所は空いています。
 横を見ると木の棒が落ちていたので、それで書いたのでしょう。

 女将さんも随分簡素な準備にまた不安になっていきているようでした。
 一般の人が考える除霊とは、聖水を撒いたり、お経を唱えて、ばっさばっさと変な紙がついた棒を振ってみたりもう少し仰々しいものであるはずです。
 唯一陣が描いてるのだけ、ぽいですけどただの木の棒で地面に描きましたっていうのがまた師匠らしく雑に見える。


「女将さんはここの砂から外に出ないようにしていだたいて、立っていれば結構です。あとはこちらでやります」
「安心してください。私が憑依されてもこの中には入れませんので」
「鈴、今度は自我をしっかり持つことだ。来るとわかっていて対応できないバカ弟子ではあるまい。もし失敗したら酷いぞ」
「……はい。がんばります」

 憑依されたら師匠が描いた陣の中に入れば良い。
 砂の外には女将さんのお姉さんの霊がいるのがわかる。ソワソワしているけど、師匠の簡易結界の様子を伺っている。

 結界の外に出ると間もなくして入ってきた。

『う゛、ど、……ろ。ごろじ……」

 取り憑かれた瞬間、女将さんの方に思いっきり、腕を伸ばした。
 バチッと音と共に、腕は弾かれ体もよた付いた。

 びっくりした女将さんは尻もちをついて倒れ込んでしまった。

「誤解なのよ。誤解なのよ。ごめんなさい……ごめんなさい」

 一生懸命身を固くして、手を合わせていた。

「鈴!」

 師匠の呼ぶ声で、意識がすぐに浮上してゆっくりと陣の中に足を踏み入れた。
 そこからは速かった。
 師匠が呪文を唱え終えると体から黒い靄が出ていった。


「……はい。終わりです。そこから出でいただいて結構です」
「……あ、ありがとうございました」

 涙を流して、頭を下げる女将さんを見た辺りで、私は憑依されて体力を消耗したのか眠ってしまった。

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