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「お試しで付き合おう」と言ってきたツンデレ幼馴染が可愛い過ぎるんだが
しおりを挟む「あー、彼女欲しいなぁ~」
六月の文化祭が終わった日、高校から家までの帰り道を歩きながら、俺――風間湊はそう呟いた。
今の発言で分かる通り、俺は彼女などという存在とは無縁の人間である。 つまり童て――。
「その発言、まるで何もかも諦めてしまった社畜のように見えるから止めてもらえるかしら」
「は?何を言ってんだよ。俺のこの輝かしい眼を見てみろ。希望に満ち溢れてるだろうが」
「……改めて見てみると……やっぱり死んだ魚みたいな目をしてるわね。瞳が濁ってるわ」
「そーですか、そーですか」
俺が情けないことを口走っていたからか、俺の幼馴染である乙坂美琴が、相変わらずの毒舌ぶりを見せてきた。
彼女の見てくれだけはホントに美少女で、彼女を見て惚れない男の方が少ないとも言えるが、問題はその内面にあると言えよう。 彼女は、誰もが泣き叫んでしまう程の毒舌家なのだ。
真に彼女の暴言から耐えられた男を、俺はまだ見たことが無い。
正に、棘を持った薔薇のような存在である乙坂だが、かれこれ十六年以上の付き合いになる俺にとっては意外に心地良い存在で、こうして今も友達――多分乙坂もそう思ってるはず――をやっているのだ。断じてMなのでは無い。
友達兼幼馴染だからこそ、乙坂も俺と同じで、男女交際の経験が無いと知ってるので、俺は聞いてみる。
「そういう乙坂は、彼氏が欲しいとか思ったことないのか?」
「……そうね、無いわ。どうせ男なんて皆、風間くんのようにゲスで薄汚い人たちだと相場が決まっているもの」
「おい、唐突に俺を巻き込むのはやめろ。それに、男全員がゲスで薄汚いとは限らんだろ」
「――本当に?」
「あ、あぁ」
「なら、どうして私と目を合わせないのかしら」
「ま、そんなこと、どーでもいいじゃん」
「ふん。つまり、少なくとも風間くんは女子を下賎な目で見てるのね」
「だから俺を巻き込むのはやめろ」
……何でこうなった。
会話が途切れてしまったので、俺は周りの景色を見てみることにした。
最近はビルなどの建物が建つ所為で地平線が見えないが、刻々と色を濃くしていく夕焼けは、幻想的な景色を作り上げている。
はるか遠い先に浮かび上がる夕焼けを見て、俺はふと言葉を溢す。
「なぁ乙坂、もし俺に彼女が出来たらどうする?」
「何言ってるの?そんなのありえないわ」
乙坂は「当然でしょ?何言ってるの?」とでも言いたげな視線を向けながら即答した。乙坂が純粋無垢な少女のような目を上目遣いで見せてくるが、俺は騙されないぞ。
乙坂のことだ、故意にやってるにやってるに違いない。
「……では聞くけれど、逆に私に彼氏が出来たらどう?風間くん」
「うーん、どうかなぁ。まぁ、彼氏になった人には『この先苦労するだろうなぁ』みたいな同情をするかな」
「へぇー……。 面白いわね、色々な意味で」
「は?どういうことだよ?」
「……どうしても教えて欲しいのなら、裸で土下座くらいしてみせたらどうかしら? ちなみに風間くんがそれをして、私が教える気になる可能性は50%よ」
「警察沙汰なことを起こさせる上に、二分の一までしか上がらないのかよ」
「いえ、正確には50%に下がると言った感じかしら」
「お前、人間じゃないな……」
年々増してくる乙坂の毒舌と理不尽さには、目を覆いたくなる。――が、それでも乙坂と過ごす日々が楽しいとも思えてしまうのは、捻くれた俺のどうしようもない性だと言えるだろう。
だから、もし乙坂に彼氏が出来たときは、その彼氏への同情だけでなく、乙坂と過ごせない日々への虚無感を味わうことになるかも知れない、俺はそう思った。
……思った以上に女々しいと言うか、酷い奴だな。
と、俺がちょっとした自己嫌悪に陥っていると、
「――ねぇ、風間くん」
やけに張り付めた表情で、ふと立ち止まった乙坂は俺のことを呼んだ。
乙坂の銀鈴のような声音は鼓膜を心地よく叩き、紡がれる言葉には心を震わせる力がある。
だからだろうか、俺は無意識のうちに立ち止まっていた。そして、
「どうかしたか?」
俺が乙坂に尋ねると、
「……実は少し前から、ずっと風間くんに言おうとしてたことがあるの。だけど、なかなか言い出せなくて……」
「お、おう……」
乙坂は頬を紅く染めながら言葉を紡いだ。
……何だ? あの乙坂がもじもじしながら何か言ってるぞ。俺の人生の中でも、数えられる程しか見たことがない姿だ!
俺の悲しい過去はさて置き、滅多に見れない乙坂の姿に、俺は胸の高まりを感じ取る。
「…………」
「……ぁ」
数秒だったか、数十秒だったか、長い沈黙の後に乙坂は口を開いて、掠れた声を漏らした。 そして、乙坂は――、
「私と、お試しで付き合って欲しいの」
――衝撃的な言葉を放った。
「…………え? ナニソレ?」
俺は、物凄く混乱した。
* * *
「えーっと、つまり、俺とお試しで付き合いたい、ってこと?」
「今のどこに『つまり』の要素があったのかしら? はぁ……これだから風間くんは」
「はいはい、今のは俺が悪かったよ。というか、いきなり意味のわからないことを言うお前の方が悪い」
「あら?じゃあ風間くんは私と付き合いたくないの? 自分で言うのもあれだけど、私って美人なのよ」
「顔色一つも変えずに言いやがった……」
……いやまぁ、否定は出来ないんだけどな。実際、乙坂の容姿だけは非の打ち所がない。
黒くて艶のある黒髪を靡かせる乙坂の姿は、見る者を魅了するものがあるだろう。
「……でも、人の外見だけを見て安易に付き合おうとする男とか、だいぶ価値が低くないか? それに、蓋を開けてみれば、猛毒入りのとらふぐが出てくる、みたいなこともあり得るぞ」
「とらふぐを例に出したことには疑問しか湧かないのだけれど……、――そろそろ風間くんも返事を決めてみたらどう?」
「――――」
再び紡がれた乙坂の問いに、応えを返すことが出来なかった。だから俺は、立ち止まっていた足を動かし、無言で歩き出し、顎で乙坂を促す。
――『まずは歩こう』。
アイコンタクト的なテレパシーで、俺は乙坂にそう伝える。
すると「顎で私を指図するなんて、風間くんも偉くなったものね」と言いながらも、乙坂は俺の意思を汲み取ってくれた。案外性根は優しいのかも知れない。多分、きっと……。
と言うかそもそも、俺たち同級生だし、乙坂の方が立場が上だという前提がおかしい。でも、おかしいとあまり感じないのは、一種の催眠なのだろうか。
「――――」
「――――」
涼しげな風が俺たちの頬を撫でる。肌に感じたその冷たさは、思考をクリアにしてくれるのだが、依然として俺は決断が出来ない。
乙坂は「お試しで付き合おう」と言った。
長年の付き合いから何となく分かるのだが、乙坂のその言葉に嘘は無い。
散々口が悪くて、俺を虚仮にする乙坂だが、虚言を吐かないのだ。
何が乙坂にそうさせるのかは未だに分からない。しかし、それは事実である。
……なんか、俺ばっかり振り回されてよなぁ。
――でも、答えは出た。
「……乙坂、さん」
「何?」
「さっきの『お試しで付き合って欲しい』という言葉だが――」
俺がいきなり本題を切り出すと、微かに乙坂の顔は強張る。その顔はどこか、自信なさげだった。
俺はそれを見て、クスッと笑いながら言う。
「――俺の応えは、イエスだ。これから宜しく」
俺の応えを聞いた乙坂は、毒舌家の時には浮かべなかったような笑みを浮かべて、安心したように息をそっと吐いた。
* * *
あの色々と忘れられない六月のある日から、約三ヶ月が過ぎ、世間一般では倦怠期と呼ばれる時期になった俺たちだが、まだ『お試し』の状態での交際が続いていた。
近くのショッピングモールで待ち合わせをした俺は、約束の時間よりも少し早めに着く。しかし案の定、乙坂美琴は俺よりも早く待ち合わせ場所にいた。
「ごめん、お待たせ。ちょっと待った?」
「……ねぇ。普通、その台詞を言うのは私の方だと思うのだけど」
「いやいや、美琴が早すぎるんだよ。これでも予定より十五分早く来たぞ」
「ふん。なら、もっと早く来ればいいじゃない。 そうね……、一時間くらい?」
「『当然だよね?』みたいな目をして言うな。この毒舌女め」
「大丈夫だわ。私も更に一時間早く来るから、湊くんは私より遅れることになるわ」
「意味ねーじゃん。だったらもう、どっちが早く来たとかそう言うのやめて、最初から一緒に行けばよくね? ほら、家近いし俺たち」
今回も相変わらずの会話を繰り出す俺たちだったが、俺の言葉に乙坂美琴は考えるような姿勢を取る。
俺はそんな姿を見て、まだ服装について何も触れてなかったことを思い出す。
……不機嫌なままでいられると困るからな……。
――乙坂美琴の格好は、やはりと言うべきか、絶世の美少女と形容出来るものだった。
黒くて艶のある長髪はツインテールで二つに結ばれていて、髪留めには真紅のリボンが使われている。そして、ベージュ色の少し長めのスカートの上には、白色のニットが着られていた。
「……その提案も良いけど、他に何か言うことないの?」
「ごめんごめん。似合ってるよ、とってもよく」
「そう、なら良かったわ。 湊くんも、似合ってると私は思うわよ。色々と補正が付いてるのは否定出来ないけれど」
「一言余分と言うべきか何というか……。ありがとう」
……すぐに気づけて良かった。初めてデートをした時はまるで分からなかったからな。……そして物凄く痛い目を見た。
「……じゃあ、行くか」
「えぇ、そうね」
俺が歩き出すと、それに乙坂美琴も付いてくる。そして、俺の隣を一緒に歩いた。それを横目で見ながら、手を繋ごうかという選択肢を頭に浮かべては、心の中で頭を振るう。
今日は乙坂美琴の誕生日で、それを祝うためにこうしてショッピングモールに来ている。
「誕生日プレゼントを一緒に選ぼう」と、彼女自身が言ったのだ。
……。
「手、繋ぐか……?」
「…………きょ、許可するわ」
「ありがと」
俺は、少し躊躇いがちに差し伸べられた手を握る。彼女の温もりを感じた。
「今日は、いいものを選んでね」
「そりゃあな」
彼女はどんなものを喜ぶのかな――と、俺はそんなことを考えながら微笑を浮かべる。すると彼女は、
「何笑ってるの?まさか、私以外の誰かを視姦して……⁉︎」
「んな訳あるかよ!?」
「じゃあもしかして、私のことを妄想の餌食にしてた……!?」
「…………」
「何?どうしたの? 図星だった?」
「……いや、周囲の目が痛くて……」
「――あ」
話してる内容が少しアレなこともあって、俺たちの方を冷たげな視線で見るで人たちがいた。
それに気づいた俺たちは、羞恥に悶える。
「ここに来れなくなったわ、俺……」
「っ、湊くんの所為よ」
「何で俺⁉︎」
やはり、彼女との付き合い方は難しい。
でも、そんな彼女だからこそ、俺は『彼女』として付き合いたいと、そう願うのだった。
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