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ミエナイ・クサリ

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「ウェールスでいいよ。話っていうのは?」

 僕は首を傾げ立ち上がり、お尻についた土を払う。

「う、うん。今日のこと」

 僕は彼女の腫れた頬を見た。シスターバーバラに届けた時はほんのり赤かった頬が、今では青みがかり、見るからに痛そうだった。
 彼女をこんな風にしたのは僕だと考えると胸がジクリと痛む。

「ありがとう。助けてくれて。それと……お菓子盗っちゃってごめん」

 端的。しかし、彼女のその言葉から感謝と謝罪の念をたしかに感じる。
 だが、礼を言われることなど何1つしていない。
 僕が彼女を追い掛け回さなかったら、こんなことにはなっていなかったかもしれない。自分で彼女を森へ追い込み、あの人攫いに襲わせ、助ける。
 これをマッチポンプと言わずなんという。

「お礼なんていいよ。君を止められず、森に行かせてしまった僕も悪かった。
 怖い思いをさせてごめんね」

「──場所、替えない?」

 マロンは気まずそうに笑い、僕の家の後ろの高台へと歩く。僕もマロンの後ろをついて行く。
 昔、フェンと行った時は獣道だったここも、僕の気分が落ち込む度に高台に行くことで幾分か歩きやすくなっている。
 今日は満月。しかも雲一つない黒いキャンバスに満天の星がこれでもかと散りばめられたとても幻想的な夜だ。薄くかかった霧を月光が怪しく照らし、木々の間を通り抜ける細い風が僕の首筋をそっと撫でていく。

 高台に着くと、普段は湖の底まで透き通るような水面が今夜は星々のきらめきをおぼろげに映し出していた。前世でも絶景と呼ばれるものを見てきたが、これほどの絶景は片手の半分も使わないほどだった。
 マロンは高台の先に座り、僕にも座るよう促した。

「きみ……ウェールス、最近ここに来た事あるでしょ」

「なんでそれを……?」

「あそこの辺りかな?あそこからずっとウェールスを見てた。あと記憶がないっていうのは嘘」

「へ~嘘だったん……だ……ッ!?はぁ!?」

 突然の衝撃的なカミングアウトに息が止まる。

「なんでそれを今言うの!?というかなんで嘘なんか」

「まあ聞いて。私、故郷でちょっと色々あって逃げて来たの。多分、追手もそろそろ来る。だから先に色々伝えておこうと思って」

「だったらシスターバーバラとかに」

「にゃはは絶対止めるでしょ。それにあまり関わりのない君の方が話しやすいし」

 そうは言っても……さっきの口ぶりからして、ここを離れる気じゃないか。まだあいつらが村の外にいるかもしれないのに。

 それでねと、マロンは満月をじっと見つめた。

「君を見た時もこんな満月でね。もう死にそうってくらい、体も心もボロボロの私の目に、あの時の君の悲しそうな顔は……。なぜかは分からないけど、私と同じ気持ちなんじゃないかなって思ったんだ」

 マロンの大きな瞳が潤む。僕は何が何だか分からず、ただ耳を傾ける。

「それで高台の近くまで頑張って歩いた。けどもう高台に君はいなくて近くをたまたま通りがかったシスターバーバラが私を拾ってくれたの。
 私は神様を信じないけど、ああいうのを神さまのおかげっていうのかな?にゃはは」

「神様……」

「それでね、ウェールス。最後に私から1つ。これは昔大好きな人から教えてもらったんだけどね。どんだけぶっ倒れても、人攫いに酷いことされても、最終的にこの足を地面に下ろして──」

 ぴょんと跳ね起きたマロンは満月を背に僕の前で胸を張る。

「未来へ」

 その彼女の声はまさに猫のようにしなやかで力強く。

「進む!」

 マロンはそう叫び、振り向くと、高台から飛び降りた。

「ちょっ!?」

 この下からここまではかなりの高さだ。たとえ、強靭な肉体を持っていたとしてもただではすまないだろう。

「ぬぅぅぅぅ!!!」

 マロンは僕の心配をよそに何やら丸まり唸っている。

「はぁぁぁ!!!」

 マロンが体を大きく開くと、彼女の背中に大きな、それは大きく白い翼がバサリと飛び出してきた。
 これは魔法!?違う……彼女から魔法を使った感じはしなかった。
 でも、翼が急激に生えてきたということは元から生えていたわけじゃないと思う。

「それが!それが出来たヤツがこの世でいっちばん格好いいヤツなんだって!」

 滑空するマロンは僕に向かって拳を向け、にかッと笑う。

「君に昔、何があったかは知らない!でも!きっと!辛いことがあったんでしょ!私も一緒!」

 きっと彼女には確信はない。

「会ったばかりの私を君は助けてくれた!そりゃあすぐ助けてほしかった!でも、こうして生きてる!未来へ進める!」

 彼女は大きく息を吸い込み、叫ぶ。

「ウェールスのおかげでこれを君に見せることが出来た!ありがとぉぉぉ!!そんで!お菓子盗っちゃってごめんなさぁぁぁい!!」

 声を張り上げる彼女の姿を見て、僕はどうしてか笑ってしまった。まあ、理由はすぐに分かった。
 誰かに追われているという彼女にとってこれはリスクしかない。それでも彼女が会ったばかりの僕に秘密を打ち明けたのは、おそらく野生の勘か、女の勘とやらに突き動かされてのこと。
 とんでもない子だ……。
 それでも、

「ありがと……」

 僕は目頭が熱くなるの覚えながら、震える声でそう言った。
 そうして、彼女は空から舞い降りた。月光に照らされた彼女の羽が、天使の訪れかに思えるほど蒼白く光っている。
 少し見惚れていると、唐突に僕の頭に激痛が走り、何かが僕の中へ流れ込んできた。
 これは……声だ。

「ふぅ……やっぱり疲れるな~」

 マロンは汗を拭い、やや少し疲れた顔をしている。

「マロン、でいい?」

「……うん!」

「マロン。僕少し考えたんだけどさ」

 僕は声の言うがまま、彼女に言葉を伝える。

「僕たちと一緒に住まない?」

「ふぇ?」
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