ぼくらのおわはじ

三澄 みそこ

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卯月之章 其一 

010.放火魔

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 ルーラは命鼓の町を走っていた。


 肺が痛い。しかし、それは走っているせいだけではなく、心理的な要因も大いにあるように思う。

(サホが二人いる? 俺が話してたサホは、偽物? じゃあ、あいつは誰だ…? どこまでが嘘だった…?!)

 こんな仕打ち、ルーラに言わせてみれば裏切りに等しい。少なからず心を許した相手である。それがこんな逃げるような真似をされては、とても平静ではいられない。そして、一番考えたくない可能性は。

(…まさか、魔臓がないのも?)

 思い返せばあの姿、ただの変装にしてはあまりにも本物と瓜二つだった。普通に考えて、あれこそが___息が止まりそうだった。何としてでも彼女を探し出して、真実を問いただしたかった。


 神社の周辺は、古民家が建ち並ぶ狭い住宅街である。そこを抜けると、景色は一転して車両の行き交う大通りに出る。ここまで来ればコンビニは目と鼻の先だ。しかし、普段ろくに運動などしない体に、突然の長距離走はあまりに重荷だったらしい。もう顔をあげることすら辛くて出来ない。息も絶え絶えに横断歩道に辿り着くと、ガードレールに手をついて地面を見つめたまま、信号が変わるのを待った。

 道路から音が消えると同時に、倒れ込むように再び走り出す。足がもつれそうになるのを何とか堪えながら、ルーラはコンビニの駐車場に滑り込んだ。

 代謝が良くないのか汗もかけない。体内に熱がこもって気持ちが悪かった。サホを探すついでに水でも買ったほうがいいかもしれない。

 本当に暑い。暑くて、暑くて……。

「……熱い」

 地面を睨んで呼吸を整えていたルーラだったが、まるでストーブの前にいるような外界からの熱を感じて「あれ?」と思った。加え、視界が霞んで気が付かなかったが、夜だというのに辺りが妙に明るい。おまけにパチパチと何かが弾けるような音がする。焦げ臭さが鼻をついた。


 顔をあげたルーラは、そこで目を疑った。


 コンビニが煌々と輝いている。それは文明の明かりではなく、極めて原始的で、破壊的で、危険なものだった。



 火事だった。コンビニが火災に見舞われていた。



「ぎゃあああッ熱い!! 熱い熱い熱い___!!!!」

 潰れるような叫び声が耳を刺したかと思うと、炎の中から人が飛び出してきた。そのままアスファルトの地面に倒れ込んで、のたうち回る。服に引火してしまって、火だるまと化していた。

 ルーラが呆然と立ち尽くしていると、サイレンが聞こえてきた。間もなくして消防隊が到着し、まず倒れた人に駆け寄った。彼らが手をかざすと、何もないところから水が生み出される。ジュウ、と音を立てて服への引火は忽ち収まり、焼け焦げたコンビニの制服が顕になった。幸い、燃えていたのは服だけだったようだ。続いて、キレのいい掛け声と共にホースが勢いよく伸ばされ、燃え盛る店舗に大量の水が浴びせられていく。

「通報をくれたのは君か?」

 速やかに消火活動が開始される横で、ルーラは消防士の一人に声を掛けられた。しかし、咄嗟に声が出せない。ルーラが小さく首を横に振ると、消防士は「そうか」と短く答えて、消火活動に加わっていった。


 目の前で起きていることなのに、遠い世界での出来事のように飲み込めなかった。体が動かない。逃げるべきなのだろうか。しかしまだサホを見つけていない。まさか、店内に取り残されているのでは。

 そんなことを考えていると、ルーラはコンビニの前に何かが落ちていることに気が付いた。小ぶりの箱のようである。照明に引き寄せられる夜の虫のように、ルーラはそれに目を凝らした。

 そのとき、開けっ放しになっていた扉から、ゆらりと人影が現れた。

(サホ?)

 ルーラは一瞬ヒヤリとしたが、杞憂に終わった。サホの身長はこんなに高くない。180センチはありそうだ。

 それは良かったのだが、消防士たちが息を呑んだのがわかった。その人への引火の程度と言ったら、先程の店員の比ではなかったのだ。火だるまなんて言葉では足りない。その人そのものが炎になってしまったかのような酷い有様だった。炎に覆われて顔も見えず、足取りも覚束ない様子である。

 先程ルーラに声をかけた消防士が、機敏な動きで前へと出ると、腕を振りかぶる。すると、彼の手にみるみる間に水が集まり、巨大なボールが形作られていった。水系魔法だ。彼は力強く足を踏み出すと、その勢いでそれを人影に投げつけた。

 しかし驚くべきことに、水のボールはその人に到達する前に、シュウ…という頼りない音と共に蒸発してしまった。大人の身長ほどもあろう大きさのボールだったのにと、消防士たちも動揺を隠せない。

「まずい、もっとこの人に水を__」

「ち…違う! そいつは!!」

 突然、救急車へ運ばれようとしていた店員が叫んだ。

 その場にいた全員の視線が、店員に集まったのがいけなかった。炎に包まれたその人が、縋るように頼りなく腕を伸ばしたのを、誰も見ていなかった。



「そいつが火を着けた犯人だ!! そいつは__放火魔だ!!!!」



 店員が言葉を続けたときには、もう遅く。


 _____ジュッ。


 頭が痛くなるような焦げ臭さが辺りに充満して、その人を助けようとした消防士が、防火服ごと炎に包まれた。

「あ"っ………あ"あああああああッッ!!!!」

「先輩!!!!」

 消防士たちから悲鳴があがる。

 何と残酷なことか、地面に崩れ落ちた消防士に追い打ちをかけるかの如く、その人__放火魔は、消防士の肩を掴んで離さない。

「このっ…先輩から離れろ!!」

「おい新人、お前は店舗の消火しろって!」

 一人の女性隊員が、放火魔にホースを突き付けた。近くにいたルーラは彼女にぶつかられ、店舗のほうへとふっ飛ばされた。謝罪の言葉もなく、もう、その場の誰もルーラのことなど見えていないようだった。

 本来建物へ向かう水圧が、容赦なく放火魔へとぶつけられている。流石の量に放火魔は一歩退いたが、体に纏った炎が消える気配は微塵もない。

 ルーラは放火魔と消防士の戦いを、地面に打ち付けた肩を押さえながらぼうっと眺めた。背後では変わらず店舗が炎をあげている。ルーラはふと、先程この辺りに何かが落ちているのを見つけたことを思い出した。顔を逸らすと、そこには間一髪火の手を逃れたそれが、ルーラと同じようにぽつんと捨てられていた。

 それは、一箱の絆創膏だった。

 購入済シールは、このコンビニのものだ。レジ袋に入れてもらったのなら貼られないはずなので、誰かがこれ一つだけ買って落としていったようである。そんなどうでもいいことだけは理解できた。

(サホを探さないと…)

 ルーラはなんとなく絆創膏を拾い上げ立ち上がろうとした。目の前の惨状に既に興味はなかった。ルーラにとって重要だったのは、サホは本当は魔法使いなのではないかということ。初めて出会った仲間、その真偽を確かめなければ気が済まない。

 そう思ったときだった。


『この戯けが』

「うわっ」


 何処かから声が聞こえ、驚いてあげた顔が強く照らされた。熱い。

「……は?」

 そこには放火魔が立っていた。炎を纏った大きな手が、ルーラに迫っていた。
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