ぼくらのおわはじ

三澄 みそこ

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卯月之章 其一 

019.一難去ったが

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 4月4日、午後7時半頃。

 命鼓市内にて、無差別放火事件が発生。全焼したコンビニエンスストアのアルバイト店員や、現場に駆けつけた消防士など、合わせて8人が炎による重軽傷。また、男子高校生が全身を刺され重症を負っていることから、犯人は刃物を所持しているものと見られる。____全員、命に別状はないとのこと。警察は殺人未遂事件として、犯人の行方を捜索する模様。



 これを受け、命鼓桜祭り二日目、本命祭は中止となった。



 あれから一夜明けた今、本来なら神社は屋台と人でさぞ賑わっていたことだろう。時々鳴る「ポーン」というコール音を聞きつつ、ルーラは叔父と叔母に挟まれて、市民病院の受付前の長椅子に静かに座っていた。


「ルーラ、火傷は大丈夫? 怖かったでしょう、昨日あんなのに巻き込まれて」

 ずっとそわそわと落ち着かない様子だった叔母が、心配そうにルーラの顔を覗き込んだ。叔父がうんうんと頷く。ルーラは誤魔化すように首を振った。

「いや、俺はほんと大したことないから。だから病院も一晩で帰してくれたんだろ」

「いやいやルーラ、大したことないわけだろ! 叔父さんたち、昨日本っ当にびっくりしたんだからな! テレビで放火魔のニュースを見た矢先に病院から『お子さんを保護しました』って電話かかってきたんだから」

「そうよ、スマホは繋がらないし、本当に気が気じゃなかったんだから!」

 両側から身を乗り出され、ルーラは肩を縮こまらさせた。

「…ごめん、スマホはまた買ってください…壊しました……」

「壊したのは別に怒ってないわ。無事ならいいの」

 叔母は、泣きそうになりながら言葉を続けた。

「本当に二人とも…ラヴィンも、生きてて良かった」

「いったい、犯人は何を考えてんだか。よくも息子たちを……」

 憤りを隠せない様子の叔父から、ルーラは気まずそうに目を逸らした。

 窓越しに、雨は出し切りましたと言わんばかりの、抜けるような青空が見えた。ルーラはその色を、昨夜現れた謎の少女の瞳と重ねた。


(まさかあの子、見てないよな。ラヴィンが元に戻るところ)


 昨夜、神社で倒れるルーラとラヴィンの元へやってきた、あの桜色の髪の少女は、唐突に「下に救急車が来ている」とだけ言い残し、すぐに去っていった。その言葉通り、まもなくして神社に救急隊員がやってきて、あれよあれよと言う間に二人は病院へ搬送されたのである。


 ラヴィンは出血が酷かったし、ルーラも火傷、特に体当りして直に触れた肩の皮膚が広く爛れていた他、軽い貧血を起こしていたので呼んでくれたのは非常に有り難かった。しかしすぐに呼べたということは、彼女は一部始終を見ていた可能性がある。もし彼女がラヴィンを告発したらと思うと気が気でない。

 ルーラの火傷と、ラヴィンの全身の刺し傷。どちらも放火魔の仕業であると判断された。放火魔、もといラヴィンの罪が上乗せされてしまったことが少々気掛かりではあったが、それを弁明しようとするともれなく放火魔の正体まで説明しなくてはならなくなるので、ルーラは黙っていた。

 不幸中の幸いと言うべきか、ラヴィンは一連の出来事を一切覚えていないようだった。搬送されながら応急手当を受けている間、彼は痛みに悶えてはいたものの、それを除けばあっけらかんとしていた。ラヴィンが罪悪感に苛まれずに済んだことには安心しつつも、ルーラの心からは影が消えない。

(暴れてたときの記憶がないなんて、ますます怪しいよな…)

 ルーラは、ラヴィンは恐らく洗脳めいたことをされていたのではないかと考えていた。あの影はまるでひとつの生き物のようだった。ラヴィンはあれに操られて、魔力を暴走させられていたのではないかと、そう思うのだ。しかしだとしたら、いったい誰が何のために。いや、心当たりはある。

(偽サホ…)

 結局、彼女の行方は分からなかった。コンタクトが取れない以上は確信はもてない。それにこれらはあくまでも仮説で、確固たる証拠はどこにもないのだ。


(もし、ラヴィンが捕まっちゃったらどうしよう)


 …そして、病院に搬送されると、治癒魔法での処置を受け、ルーラ、ラヴィン共に傷は全快した。コンビニ店員や消防士たちも同じように治療されたと聞き、ルーラは内心胸を撫で下ろした。



 こうして、色々経てなんとか状況は落ち着いたわけだが、ラヴィンだけは魔臓に不調が見られたという理由で、念の為一晩だけ入院することになったのである。今は彼が戻ってくるのを待っているところなのだ。


「父さん母さん、ルーラ。おまたせ~」

 そんなことを考えていると、ひょいと片手を上げながらラヴィンが歩いてきた。叔父と叔母が、心から安堵したように息を吐く。叔父が立ち上がり、「おかえり」とラヴィンの頭をくしゃくしゃと撫でた。身長はとっくにラヴィンの方が高くなっていたが、彼はあどけない笑顔で「やめてー」とはしゃいだ。叔母は破顔している。

 ふと、ラヴィンと目が合った。にっと笑ってこちらにピースサインを向けてきたので、ルーラもとりあえず二本指を立てた。

「…おかえりラヴィン。体はもう痛まないな?」

「おう、全然平気! てか当たり前だけど、医者ってマジでみんな治癒魔法使えるんだなぁ、地味に初めて見たかも。今まで同級生とかでいたっけ、治癒系魔法使い。なぁルーラ?」

「そういえば心当たりないな。結構珍しくないか、治癒系って」

「だよなー」

 ラヴィンとそんな会話を交わしていると、隣で叔父と叔母が目を丸くしていることに気が付く。何故だろうと考えて、この光景もこの話題も、今まではありえなかったものだということ思い出した。

「あー、ラヴィン、その」

「何?」

「……今までは、その…えっと…」

 ルーラは口籠った。やはり面と向かって言うのは恥ずかしい。ラヴィンはきょとんとしてこちらを見つめていたが、ふいに思い出したようにポケットから何かを取り出した。

「そうだ、これ返す」

 それはあの御守りであった。昨晩、目を覚まさなかったラヴィンに握らせてそのままだったことを、ルーラはすっかり忘れていた。

「あ、あぁ、うん」

「いつの間にこんなの買ってたんだな。何かわかんねぇけど、こうして無事だったってことは効いたんじゃねぇかな。ありがとな!」

 ニコニコと笑うラヴィンを見ていると、今辛気臭い謝罪をするのは場違いに思えてきた。なので、ルーラは謝る代わりに笑った。


「…前夜祭、楽しかったのね」

「そうみたいだ。あんなことがあったんじゃ、中止になるのも無理はないが…本命祭、行けなくて残念だったな…」

 叔父夫婦の呟きは、二人の笑い声に掻き消された。
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