おいでよ、最果ての村!

星野大輔

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第2章 彷徨う森

閑話 ケルベロス2

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何者かが呼ぶ声が聞こえた。
ケルベロスは耳をピンと立てて、辺りを見回す。

誰もいない。
気配は何も感じられない。
だと言うのに、また自分を呼ぶ声が聞こえ、耳をピント立てた。

瞬間、自らを支えていた地の確からしさがなくなり、宙に浮いたような感覚が全身を襲った。
体が分解されて魔素に戻るような感覚。

だがそれは死の感覚ではない、何とも言えない不思議さ。

気がつくとケルベロスは異なる地へと召喚されていた。

自分を取り囲む魔族たち。
その中の一人、狼型の魔族に目を向ける。
何故だろう、彼には逆らってはいけないという強制力が自分に働くのをケルベロスは感じた。

マァ、イイ、ヤツノノゾミ、ワレニハ、ワカル。

破壊衝動だ。
狼の魔族から感情が伝わってくる。
破壊の権化であるケルベロスにとって、それは心地よい感情。
何ら拒む理由はなかった。

サテ、エモノハ…………ニンゲンノ、オンナカ。

少しばかり嫌なことを思い出した。
ケルベロスは、あれを不幸な出来事だったと思いこむことにしていた。
たまたま世界最強の生物と遭遇したのだ。
そうごろごろと、あんなのがいてたまるものか。

ほら、女の後ろに隠れて守られている少女などが、普通のひ弱な人間の少女だと。

…………アレ?

ケルベロスは目をぱちくりとする。
自分の目を疑うように、前足でごしごしとこする。

改めてもう一度、少女の姿を見る。

ナンデーーーーーーーーッ!!

ケルベロスは発狂した。

何者かによって召喚された異邦の地。
あの少女と出会った島からは遠く離れているはずなのに、何故という疑問と、こんな所でも少女と出会ってしまった自分の不幸を呪った。

ハヤク、ニゲナキャ!!!!

ケルベロスはその場から背を向け、砦の門へと続く道を塞いでいる魔族たちを蹴散らして、森の中へと消えていった。



ケルベロスは息が切れるまで、脇目も振らず全速力で走った。
とにかくあの場から出来る限り遠くへ行くことが至上の目的。
三日三晩。
走りつかれたケルベロスはどこをどう来たのか、見知らぬ森へと迷い込んでいた。

木々が深く絡み合い、昼間だというのに日の光を遮っている。
古代から人の手を拒んできた歴史を感じる。
苔むした地面は延々と続き足跡一つない。

ケルベロスはしばらくの間、ここに身を潜ませることにした。

もう人間に会いたくない。

二度にわたるちーちゃんとの遭遇により、かつて人を恐怖のどん底に陥れた魔物は、人間不信となった。




しかし、運命は相変わらず残酷であることを、ケルベロスは後に知ることとなる。
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