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臨終録02:曾布川 次男
曾布川 次男(1)
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木更津の海は今日も沈んだ色をしている。
俺の人生を抉り出してキャンバスに塗りたくればきっとこんな色になるだろう。曾布川 次男は、そう心の中でつぶやく。
撫で挙げる額の先には、65歳とは思えないくらいに白く生気の抜けた髪の毛が短く刈り揃えられていた。眉間に皺を寄せながら、すっかりと短くなったタバコを最後にひと吸いすると海に投げ捨てる。
海の向こうにある東京を眺め、かつて若いころを過ごした新宿の姿を思い描く。
組に入ったのは、14歳のころ。
いや正確に組に入ったのは20歳なのだが、兄貴分の金魚の糞となったのは14歳だった。日本は高度成長期の熱が渦巻き、海外から雪崩のように流入する文化に乱舞していた。大きくうねり跳ね上がる時代のなか、曾布川はその波の川底でびったりと息を潜め、這うように生きてきた。
ヤクザと呼ばれる仕事を請け負い、上から言われるがままに従い年を経て、少し身分が上がったと思えばその上からの命令に従い、また年を経て。
30を過ぎる頃には小さい賭場を任される事もあった。
そんな小さな栄光、それが人生の頂点であった。
何がきっかけであったわけでもないが、人生はコロリコロリと坂道を転がり始め、気が付いたときには住処を新宿から木更津へ移していた。
まだ20歳にも満たない舎弟が3人いるだけの、小さな砂山の王様。
そしてそんな舎弟にも裏ではバカにされている。表立って言わないものの、その陰口を隠そうとはしていなかった。
それはそうだ。簡単に腕力で捻じ伏せれる枯れ木のような老人を、どうやって慕えというのか。
だがそれでも、それでも彼にはプライドがあった。
自分の立ち位置を認識していながらも、65年積み上げてきたプライドというものがあった。年下に凄まれ内心震えながらも、その身を後ろに下げることだけはしない。仮にそこで死んだとしても、プライドを捨ててまで生きていこうと思う素晴らしい人生ではない。
このなけなしのプライドを無くさないためにも、彼は事務所へと足を向ける。
「あーっ、くそっ!!」
色々と考えたせいか、苛立ちが収まらず、近くにあった空き缶のリサイクルBOXを勢いよく蹴りつける。
目いっぱいにつまった中身が、甲高い音を立てて散らばる音が……聞こえなかった。
気が付けば目の前に広がるのは、見たこともない禿山。
目に見える木々の幹はその姿をすっかりとさらけ出し、葉っぱのひとつも身に纏っていなかった。
風が吹くと細く栄養のない枝をゆらゆらと動かし、寒さに凍える栄養不足の老人に見えた。
この山は、緑といった色と縁がなく、目につく色は無味乾燥なものばかり。
空に広がる不健康とさえ思えるほどの眩しい青が、とても違和感に感じるほどであった。
「……クスリなんてやってねぇはずなのになあ」
突如として起こった現象に、思考が追い付かない。
リサイクルBOXに蹴りを入れた後、何かが起こり意識を失った。その間に何者かによってここへ運ばれた。体に違和感はない、数分前と何ら変わりないコンディションと自信を持って言える。
連れ去られたとしても、そう遠くない場所のはず。
だが、それ以前として、いくら山が多い千葉と言えど、こんな不気味な山は存在しない。
世界の不安という言葉が、この山にすべて降り注いだのではないか。
「だが、あの掃き溜めに比べりゃぁ、まだ天国ってなもんだ」
幽霊や呪いといった類のものは信じない。
不気味だからってなんだ、山は山。それ以上でもそれ以下でもない。
とにかく、ここがどこか分からないことには、今後の方針を決めようもない。
斜面を登るか下るか、一瞬悩んだが登ることにした。頂上から周囲を見渡せれば何か分かるだろう。仮にそこで何かがないとしても、分からない未来に悩むことが無駄。曾布川は昔から「悩む」ことを嫌っていた。悩んだ結果が必ずしも最善の結果を生まなかった経験からだ。
年を経るごとに、徐々に体は他人に乗っ取られていくかのように自由に動かせなくなってくる。
山道の傾斜は一歩踏み出すごとに何かがまとわりつき、足の運びを重くする。煙草の煙の住処となっていた肺は、酸素を拒絶しているのか、一向に取り込んでくれない。
何度も、何度も、休憩を挟みながら、3時間ほど登り続けた結果、待ちわびた傾斜のない地面に辿り着いた。
「あーっ、くっそ、無駄にでっけぇ山だな!」
目の前に広がる下界の世界。数m先は急峻な崖があり、のぞき込めば目が眩みそうなほど遠くに地面が見える。禿山の麓とは思えないほど緑が茂っているが。その目線を前方に動かせば、少し離れた場所、森の終わりに小さな町が息づいていた。
幸運だ。
曾布川はそう思った。
ここまで来て得たものが、深い森に囲まれた場所だったのならば、絶望に見舞われただろう。しかし、明らかに人の気配がする町が目視できる範囲にある。これは大きな収穫だ。
あそこに行くまでには、下山し森を越えるという苦難こそあるものの、明確な目的があれば不可能ではないだろう。
「んぅん?」
少しばかり興奮した気持ちが落ち着いてた来た時、その町の異様さに気がつく。
これだけ遠くから見ても、明らかに「日本の町」ではない。
少なくとも木更津近辺には存在しないだろう。
瓦屋根が密集する独特の色合いがない。全体的に白く落ち着いた、自然物で作られた町であるように見えた。強いて例えるのならば、童話の世界の中のような町。
「俺りゃぁ、どこに連れてこられたんだ?」
唐突に、人生で感じたことのない不安が彼を襲った。
俺の人生を抉り出してキャンバスに塗りたくればきっとこんな色になるだろう。曾布川 次男は、そう心の中でつぶやく。
撫で挙げる額の先には、65歳とは思えないくらいに白く生気の抜けた髪の毛が短く刈り揃えられていた。眉間に皺を寄せながら、すっかりと短くなったタバコを最後にひと吸いすると海に投げ捨てる。
海の向こうにある東京を眺め、かつて若いころを過ごした新宿の姿を思い描く。
組に入ったのは、14歳のころ。
いや正確に組に入ったのは20歳なのだが、兄貴分の金魚の糞となったのは14歳だった。日本は高度成長期の熱が渦巻き、海外から雪崩のように流入する文化に乱舞していた。大きくうねり跳ね上がる時代のなか、曾布川はその波の川底でびったりと息を潜め、這うように生きてきた。
ヤクザと呼ばれる仕事を請け負い、上から言われるがままに従い年を経て、少し身分が上がったと思えばその上からの命令に従い、また年を経て。
30を過ぎる頃には小さい賭場を任される事もあった。
そんな小さな栄光、それが人生の頂点であった。
何がきっかけであったわけでもないが、人生はコロリコロリと坂道を転がり始め、気が付いたときには住処を新宿から木更津へ移していた。
まだ20歳にも満たない舎弟が3人いるだけの、小さな砂山の王様。
そしてそんな舎弟にも裏ではバカにされている。表立って言わないものの、その陰口を隠そうとはしていなかった。
それはそうだ。簡単に腕力で捻じ伏せれる枯れ木のような老人を、どうやって慕えというのか。
だがそれでも、それでも彼にはプライドがあった。
自分の立ち位置を認識していながらも、65年積み上げてきたプライドというものがあった。年下に凄まれ内心震えながらも、その身を後ろに下げることだけはしない。仮にそこで死んだとしても、プライドを捨ててまで生きていこうと思う素晴らしい人生ではない。
このなけなしのプライドを無くさないためにも、彼は事務所へと足を向ける。
「あーっ、くそっ!!」
色々と考えたせいか、苛立ちが収まらず、近くにあった空き缶のリサイクルBOXを勢いよく蹴りつける。
目いっぱいにつまった中身が、甲高い音を立てて散らばる音が……聞こえなかった。
気が付けば目の前に広がるのは、見たこともない禿山。
目に見える木々の幹はその姿をすっかりとさらけ出し、葉っぱのひとつも身に纏っていなかった。
風が吹くと細く栄養のない枝をゆらゆらと動かし、寒さに凍える栄養不足の老人に見えた。
この山は、緑といった色と縁がなく、目につく色は無味乾燥なものばかり。
空に広がる不健康とさえ思えるほどの眩しい青が、とても違和感に感じるほどであった。
「……クスリなんてやってねぇはずなのになあ」
突如として起こった現象に、思考が追い付かない。
リサイクルBOXに蹴りを入れた後、何かが起こり意識を失った。その間に何者かによってここへ運ばれた。体に違和感はない、数分前と何ら変わりないコンディションと自信を持って言える。
連れ去られたとしても、そう遠くない場所のはず。
だが、それ以前として、いくら山が多い千葉と言えど、こんな不気味な山は存在しない。
世界の不安という言葉が、この山にすべて降り注いだのではないか。
「だが、あの掃き溜めに比べりゃぁ、まだ天国ってなもんだ」
幽霊や呪いといった類のものは信じない。
不気味だからってなんだ、山は山。それ以上でもそれ以下でもない。
とにかく、ここがどこか分からないことには、今後の方針を決めようもない。
斜面を登るか下るか、一瞬悩んだが登ることにした。頂上から周囲を見渡せれば何か分かるだろう。仮にそこで何かがないとしても、分からない未来に悩むことが無駄。曾布川は昔から「悩む」ことを嫌っていた。悩んだ結果が必ずしも最善の結果を生まなかった経験からだ。
年を経るごとに、徐々に体は他人に乗っ取られていくかのように自由に動かせなくなってくる。
山道の傾斜は一歩踏み出すごとに何かがまとわりつき、足の運びを重くする。煙草の煙の住処となっていた肺は、酸素を拒絶しているのか、一向に取り込んでくれない。
何度も、何度も、休憩を挟みながら、3時間ほど登り続けた結果、待ちわびた傾斜のない地面に辿り着いた。
「あーっ、くっそ、無駄にでっけぇ山だな!」
目の前に広がる下界の世界。数m先は急峻な崖があり、のぞき込めば目が眩みそうなほど遠くに地面が見える。禿山の麓とは思えないほど緑が茂っているが。その目線を前方に動かせば、少し離れた場所、森の終わりに小さな町が息づいていた。
幸運だ。
曾布川はそう思った。
ここまで来て得たものが、深い森に囲まれた場所だったのならば、絶望に見舞われただろう。しかし、明らかに人の気配がする町が目視できる範囲にある。これは大きな収穫だ。
あそこに行くまでには、下山し森を越えるという苦難こそあるものの、明確な目的があれば不可能ではないだろう。
「んぅん?」
少しばかり興奮した気持ちが落ち着いてた来た時、その町の異様さに気がつく。
これだけ遠くから見ても、明らかに「日本の町」ではない。
少なくとも木更津近辺には存在しないだろう。
瓦屋根が密集する独特の色合いがない。全体的に白く落ち着いた、自然物で作られた町であるように見えた。強いて例えるのならば、童話の世界の中のような町。
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唐突に、人生で感じたことのない不安が彼を襲った。
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