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乙女の悩み

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「ねぇ、アル。聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

私達はいつも通り、図書館の中庭のベンチに座って二人でサンドイッチを食べている。クラマとして騎士団訓練場に戻ってからは、こうして私が休みの日には図書館でアルと会っていた。

今日はとても天気が良いので、大勢の人が中庭で散策したり木陰で本を読んでいたりする。さわやかな日差しが生い茂る木の葉を通って、アルの端正な顔に所々影を落としながら揺らめいている。

明日、公式にセシリアはアルフリード第一王子の婚約者として発表される予定だ。なので明日の夜には、私もその婚約発表のパーティーに参加しなければいけない。明日ゆっくり話をしている時間はなさそうなので、今この機会に大事な事を聞いておきたかった。

アルはいつも通りに王子の身分を隠す為に、髪と眼の色を魔力で黒色に変えて、平民の服装をしてサンドイッチを食べている。私といえばクラマの格好なので、少年の姿をしてアルの隣でいつになくかしこまって座っていた。

「なんだ?明日の事なら心配するな。失敗してもオレがフォローしてやる」

いや、それも心配なんだけど・・どうしても気になっている事がある。それはあのクリスティーナ様のことだ。

「あの・・・怒らないで聞いてよ?もう僕どうしても気になって仕方が無いんだ」

そう・・・アルはクリティーナ様の転換の魔術の影響下に、少なくとも12日間はあったのだ。私は勇気を出して聞いてみた。知りたくは無いけど、でも真実ならやっぱり知っておきたい。

「アルは、クリスティーナ様とその・・・どこまでいってたのかなぁって思って・・・」

突然アルは飲んでいたレモネードを吹いた。レモネードの瓶を持った手が濡れているのにも構わず、いつもの冷静沈着な彼からは想像もできない程に動揺している。

「お前っ!!なにを・・・!!」

「だって!アル12日間もクリスティーナ様を・・その・・愛しい人だとか愛してるとか言ってべたべたしていたんだよ!時間があれば二人きりで会っていたし、しかも同じ屋根の下で寝起きしてて、もうそういう関係になってるっていわれても不思議じゃない雰囲気だったもん!!」

そうだ、あの独特な雰囲気。私とアルがそんな雰囲気になった事は一度も無い。そりゃ二人きりの時はたまにいちゃいちゃしたりするけど、あんな風に人前で堂々と見つめあったり手を握ったり、あんなバカップルみたいなことはした事がない。

「あの時は魔術にかかっていたからっていうのも理解できてるつもりだよ。だから怒ったりしないから、本当のことを言って!!」

私は覚悟ができている事を見せる為に、真剣な表情でアルの目を見て逸らさずにいった。だってアルだって24歳の男性だ。たった12日間だってそうなる時にはそうなっちゃうだろう。

あの時の二人は、つきあいたてのカップルが初めて一線を越えた様子にすごく似ていた。私だって高校2年生17歳だ。もうすぐ18歳になる。元の世界でいた時の同じクラスの同級生カップルが突然あんな感じになって、雪絵ちゃんが私にこっそりと教えてくれた。そういう関係になったんだよって・・・。

「・・・・・・・」

「あの・・・黙っているってことはそういうことでいいんだよね・・・」

私はショックを受けた事をできるだけ隠すように、軽い口調で笑いながら言った。心の中はどろどろしたものが渦巻いていたが、それに気づかない振りをした。

「違う!!サクラ!それは誤解だ!オレとクリスティーナは・・・」

「もういいって、詳しく聞きたいわけじゃないから。それにもうクリスティーナ様はもうこの世にいないわけだし、嫉妬したりしないよ。それに僕だって元いた世界で男の子と手をつないだり、一緒に旅行したり寝てたりしてたしね。理性じゃどうにもならない時が男の人にはあるってことも理解してるから、忘れよう!全部忘れてしまおう!」

そう、体育祭のダンスで手をつないだり、剣道部の合宿で山小屋で雑魚寝もしたことがある・・・。

ん?なんだかアルの様子がおかしい・・・。やっぱり体の関係がばれて後ろめたくなっちゃったんだろうか。ここは私がフォローしておこう。

「大丈夫。僕が元いた世界は恋人同士ならそういうの当たり前で、結婚前はみんなそうやってたくさんの人と経験してたりするから・・。あっでも、結婚後は不倫になって離婚されてもおかしくないから、それだけは絶対にやめて欲しい!!」

私は握りこぶしを握って力説した。

どうだ!これでアルの罪悪感も吹き飛んだに違いない!ただ、私の心の中に少し黒い闇ができちゃったけど、真実なら仕方が無い。それを乗り越えてでもアルと一緒に生きていきたい!!

アルの様子がますますおかしくなってきた。私を見る目の力が強くなってきて、感情を押し殺そうと必死になっている。心なしか顔の横に筋が浮かんできているような・・・。

これって・・・お・・・怒ってるーー!!!?いやいや、普通ここで怒るのは私だと思うわけだ!何で私が怒られるんだ?

地の底から響くような声でアルがいった。

「お前、元いた世界でたくさんの男と経験したのか?」

私はあまりのアルの剣幕に押されて、自分が少年の格好をしていることも忘れていた。あまりの恐怖に声が震えている。

こ、怖い。これが本物の青筋ってやつか。漫画で見るのと全然違う・・・。

「いや・・・私・・じゃなくて・・これは一般論としてですね・・わ・私はもてなかったし、部活じゃいっぱい男子はいたけど、誰も私のこと女としてすら見てなかったし・・・」

するとアルは突然、堪らなくなったように激しく私を抱き締めて、そのたぎる情熱を抑えるのに必死だといわんばかりの口調でいった。


「すまない。怖がらせるつもりはなかった。お前がたくさんの男と経験していても、気にしないように努力する。嫉妬心も抑えるように頑張る。だからオレを嫌わないでくれ」



ん?この人、なにか勘違いしてやしませんか?!?っていうかここ人がたくさんいる中庭!!しかも私は少年の姿のままだ!皆がこっちを物珍しそうに見ている。いや・・・違うから!!BLじゃないからーー!!


その後、互いの誤解は解けたものの、私はもう当分図書館には行けないといって、アルを困らせた。
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