「‥君に気安く話しかけられたくないな。」初恋の人に使用人と間違えられて、塩対応されちゃいました。

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落とし穴でグスタフ卿と‥

 落とし穴の底は地面がジメジメとしているせいか、底冷えがしてきてエリーゼは震えていました。

 グスタフ卿はそれに気付くと、すぐさま羽織っていたマントを外して、エリーゼの背中にかけてやりました。

「‥ありがとうございます。」  

「僕は地面に敷く枝や枯葉を探しているから、君はそれに身を包んで体を休めておくと良い。」

「はい。」

「そういえば、本当に今更なんだが‥君の名前をまだ知らなかったな。」

「‥‥そうですね、まだ名乗っておりませんでしたね。」
 
「‥‥。」

「‥‥。」

「‥教えてくれないのか?君だけ僕の事を知っているのに、僕は君の名前すら知らないんだ。不公平だとは思わないのか?」

「‥あっ、いえ。すみません。グスタフ卿は私に全く興味がないと思っていたので、私の名前を聞いて下さるなんて思いもよらなくて‥。」

「長い夜になりそうだが、この寒さでは寝られそうにないし、君と話でもしていれば互いに気も紛れるかと思ったんだ。だが、話をするにも君のことをなんと呼べば良いのか‥。」

「私は‥。」

 エリーゼは悩みました。もし今自分の名前を名乗ってしまえば、これまで自分の事を使用人だと偽っていた事をグスタフ卿に咎められてしまうかもしれません。

 それに、自分がエリーゼだと知ればグスタフ卿がどんな反応を示すのか‥それを考えて、とても怖くなってしまったのです。

 ‥ですが、

『待って。ひょっとしてこれって私がエリーゼだと正体を明かすのに、良い機会なんじゃないかしら。』

 エリーゼは後ろ向きになりそうな気持ちを振り払い、勇気を出して名乗りました。

「グスタフ卿、私は‥ルモンド侯爵家の長女エリーゼなんです。」

「‥‥えっ?」

「‥長らく自宅に引きこもっていたのですが、時々息抜きがてら使用人の格好をして街へ出ていたのです。なので、グスタフ卿に出会った時も毎回使用人の格好をしていたのです。‥使用人のふりをして卿を騙すとかそんなつもりはなかったのですよ。」

 エリーゼはグスタフ卿の反応が怖くて、彼の顔を直視できませんでした。その為、それだけ言い終わるとすぐに俯いてしまいました。

 静けさの中、エリーゼの耳には自身の心臓の鼓動の音だけが響きました。

 しばらくの沈黙の後に、ようやくグスタフ卿が口を開きました。

「‥‥本当に君がエリーゼなのか。」

「はい。‥これまでの沢山のご無礼をお詫びします。」

「エリーゼ‥。」
 
「‥はい。」

「謝罪は要らない。僕の方こそ、ずっと君に八つ当たりをしてしまい済まなかった。‥僕もまだまだ未熟な男のようだ。それに、君を使用人だと勝手に勘違いしていたのも僕だ。君は何も悪くない。」

 グスタフ卿はそう言うと、自身の汚れた手袋を外し、その手でそっとエリーゼの頭を撫でてくれました。

「‥ずっと監禁生活をしてたと聞いた。辛かったな。」

「いえ、案外楽しく過ごしておりました。それに‥もともと社交は苦手なので、むしろ体裁だけの監禁生活をありがたく思っていました。」

「ハハハ、そうか。エリーゼは逞しいんだな。」

 グスタフ卿がそう言って笑った笑顔にエリーゼは心をときめかせていました。

『グスタフ卿の笑顔‥初めて見た。笑うとエクボができるなんて可愛い‥。』

 エリーゼはドキドキしながら、その後もグスタフ卿の作業する姿を見つめ続けました。

 エリーゼの送る熱い視線など気にせず、グスタフ卿は集めてきた枝や蔦を地面に敷き詰め始めました。

 その作業を黙々と続けると、湿った地面の上にかなりの厚みの敷物が出来上がりました。

 グスタフ卿は自分のベストやシャツを脱いで、その厚みの上に被せました。

 彼はその上に胡座をかくと、エリーゼを軽々と持ち上げ、自分の太腿の上に乗せて抱きしめてくれました。

「‥少しの間この体勢で我慢していてくれ。まあ、君がこの体勢が嫌だと言うのなら他の方法も考えるが‥。」

「大丈夫です。それに‥くっついていた方が、グスタフ卿も寒くなくなると思うので‥。」

 エリーゼは背中にかけられていたマントを、グスタフ卿の肩にもかけようとして手を伸ばしました。

 ですが伸ばした手は、彼の高い位置にある肩には届かずに空振りをしてしまいました。

「あっ‥。」

 エリーゼはマントを手にしたまま、床に転び落ちそうになるところをグスタフ卿に抱きとめられました。

「‥何をやってるんだ。」

「すみません。グスタフ卿にもマントをかけてあげようとしたのですが‥。」

「エリーゼ、君は本当に落ち着きがないな。」

 そう言ってエリーゼをけなすグスタフ卿でしたが、その表情は穏やかでした。

 グスタフ卿は、エリーゼの持っていたマントでエリーゼの体を包むと自身の太腿の上に器用に横にさせました。

 エリーゼはグスタフ卿の胡座をかいた足の中にすっぽりとおさまってしまいました。

 グスタフ卿の片方の太腿はエリーゼの枕に、もう片方の太腿は足乗せクッションのようになっていました。

『なんて心地よいのかしら。‥このまま寝てしまいそう‥。あっ、ダメダメ。私が寝てしまったら、彼の話し相手がいなくなってしまうわ。それに‥寝れば体温が下がってしまい、命取りになるし‥。』

 エリーゼが色々と頭の中で悩んでいると、グスタフ卿が話しかけてきました。

「エリーゼ、僕の事を心配しているのなら、心配無用だ。僕は日頃から体を鍛えているから大丈夫だ。任務で極寒の地へ行って野営した事もあるぐらいだし。とにかく心配はいらない。だから、大人しく休んでいてくれ。」

 グスタフ卿はそう言うと、エリーゼの額からまぶたにそっと手をおきました。

 途端に、穴の上から漏れていた月明かりのひかりが遮られて視界が真っ暗になってしまいました。

「おやすみ、エリーゼ。」

「‥グスタフ卿も一緒に眠らないのですか。さっきは一緒に夜通しお話をすると言っていたじゃないですか。」

「‥大丈夫だ。こうして互いに密接していれば二人とも体温は奪われないだろう。穴に落ちた時はまさか君との距離がこんなにも縮まるとは思ってなかったんだ。」
 
「‥‥では、私達2人共一緒に眠れるんですね。」

「‥それは駄目だ。僕は任務の途中だし、君を守る義務がある。夜中に何が起こるか分からないからな。」

「なら私も一緒におきています。」

「駄目だよ。エリーゼ、君はしっかりと体を休めて明日ここを脱出する時の為に体力をとっておくんだ。それが、君のここでの任務だよ。」

「アハハ、任務ですか。分かりました。では、しっかりと眠らせて頂きます。」

「‥今度こそおやすみ、エリーゼ。」

 エリーゼはグスタフ卿の声に反応する前に深い眠りについてしまいました。

 心身共に疲れが限界に達していた事もありましたが、それよりも‥グスタフ卿にやっと真実を告げられた事や、彼との距離が少しずつ縮まった事に心から安堵できたおかげなのでしょうか‥。

 エリーゼはこんな状況の中ですが、これまでにないほどの深く心地よい眠りについたのでした。


 

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