「‥君に気安く話しかけられたくないな。」初恋の人に使用人と間違えられて、塩対応されちゃいました。

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カーリー兄さんはどうして‥

「ところでエリーゼは‥。」

 グスタフ卿は抱きついていたカーリーを引き剥がすと、侯爵家の執事長に尋ねました。

「寝室で休まれています。」

 そう平然と答える執事長に思わず殴りかかろうとしたグスタフ卿でしたが‥騒がしくしてエリーゼを驚かせたくはなかったので、湧き上がる怒りを堪えて殴りかけた右手の拳を下げました。


 静まりかえった室内でグスタフ卿に睨まれたままの執事長は怯える様子もなくしれっと話を続けます。
 
「私の無礼への処罰は後でいくらでも受け入れますので、まずは私の話の続きを聞いて下さい。

 カーリー様とグスタフ様の為にも、今話す事が重要なのです。‥私の命にかえても若いお二人の未来‥そしてゴディバル公爵家の未来の為にも重要なお話なのです。」
  
 グスタフ卿は執事長の真剣な様子を見てしばらく考えこんでいましたが‥

 彼にこれ以上反論するのを諦めたかのようにため息を一つつくと、どさっとソファーに腰掛けました。両腕を組んで深く背もたれにもたれかけると‥室内にいる者達を一通り睨みつけました。

 すると、空気を察したのか室内にいた者達は皆すぐさま部屋の外に出ていきました。

 グスタフ卿は執事長に話を続けるように目で合図します。

 執事長は落ち着いた様子でグスタフ卿にお茶をいれてすすめると、ゆっくりと話を始めました。

 グスタフ卿の従兄弟のカーリーは、迷いもなくグスタフ卿の横に腰掛けて二人の話の輪に入ってきました。

 彼の話によれば、グスタフ卿の従兄弟のカーリーが療養施設にいた頃、施設内には大勢のゴディバル公爵家の親戚筋がいたようです。

「あの施設は、グスタフ様のお父上が気に入らない者達を押し込んでおく為の牢獄のような建物なんです。お父上は常に完璧を求めるお方でしたので。自分に対しても家族、親戚に対してもです。」

「そうそう、俺があそこに行った時もすでに何人か見知った顔があったよ。みんな最初は元気だったんだけど、何年か経つとだんだん大人しくなっていって覇気がなくなっていくんだ。‥今思うと薬のせいかもしれない。施設長が精神安定剤と称して毎日必ずくれる飲み薬があるんだけど‥あれのせいなのかな。」

「‥カーリー様が施設に入所させられた頃から我々影の者の中の有志で密かに施設の事を調べていたんです。カーリー様がみるみるうちに覇気がなくなっていく様子を目の当たりにして、これではいけないと思ったのです。それで‥何年もかけて計画を立てながら密かにカーリー様の救出の機会を伺っていたのです。」

「‥ちょっと、待て。それだとカーリー兄さんが正常なのにも関わらず無理矢理施設に入所させられた上、廃人にさせられたと言ってるように聞こえるんだが‥。」

「ええ、まさしくその通りです。あそこは正常な若者を廃人にしてしまう場所なのです。」   

「何のためにそんな事を‥。」

「全てはゴディバル公爵家の現当主であられるあなたのお父上のお考えなのです。」

「父が‥どうして。」

「公爵様はそれが公爵家にとって良かれと思って行った事なのです。」  

「だから、どうして‥。」

「公爵様は昔は‥あんなにも厳格なお方ではなかったのです。幼い頃は花を愛でて絵を描いて刺繍も大好きな優しい方でした。そんな公爵様を変えてしまったのは、あなた様の御祖父ガンディー様でした。」

「‥‥グスタフ様も以前ガンディー様のもとで修行されてましたよね。それならこの話もご理解頂けますよね。」

「‥‥確かにお祖父様はそういった事を嫌われるだろうな。」

「公爵様はガンディー様に、ゴディバル公爵家のあるべき厳格な理想の姿というものを押し付けられて洗脳され、今のような方になってしまわれたのです。」

 グスタフ卿は、離島にある施設に公爵家の所縁の者が大勢入所していた事やそこでは怪しい薬が投薬されており元気な者も廃人同人にさせられていた事も執事長の話で理解しました。

「カーリー様を施設から脱出できたのは、グスタフ様の部下の女性が入所された事がきっかけとなりました。
  
 彼女がグスタフ様とよく似たカーリー様を、グスタフ様の兄ではないかとしつこく聞いて付き纏ってきた事でカーリー様が施設を一刻も早く出たいと決心されたのです。」

「‥ああ、ナターシャか。」

「ナターシャ‥そうそうそんな名前だったな。彼女は相当しつこく俺に迫ってきたぞ。施設内ならなんでも無礼講だと思ったのかかなり積極的だった。‥男と女の眠る居住棟は相当離れているはずなのに、なぜかよく俺の寝室に忍び込んでいたし‥。」

 グスタフ卿はナターシャがカーリーに迫る姿を想像して少しゾッとしました。 

「彼女からはよくお前の話を聞かせてもらってたよ。‥あんなに機密事項やお前の秘密をベラベラと話してたけど、あの施設内の事だから誰一人として彼女の話を信じなかった。皆んなには精神病患者のくだらない作り話だと思われていたが、俺だけは彼女の話を信じていたよ。

 おかげでお前の職場の人間関係や建物の中の仕組みとかをかなり正確に把握できたよ。だから彼女にはしつこく付き纏われて嫌な思いをしたとはいえ、今となっては感謝したい気持ちでいっぱいだ。それにあそこにはお前によく似た男が沢山いるからな。彼女にとっては天国のような場所だろうな。‥もしかすると、誰か1人くらいは彼女におちて本当に付き合ってしまうかもな。」

 カーリーがそう言うと、グスタフ卿はため息をつきました。

「彼女を施設に入所させた事をたまに悩んだ事があったが、カーリー兄さんの話を聞いて、僕の判断が間違ってなかった事を確信したよ。ありがとう。」

 グスタフ卿の表情が少し和らいだところで、話は再び続けられました。

 その話によると、公爵家に子孫を施設に入れられて反感をもった一族の一部がグスタフ卿の職場にもいたようです。

 その一部の者達が、グスタフ卿の持ち物に死なない程度の毒を付着させたり様々な嫌がらせをしてきたことも分かりました。

 そしてそんな反逆者達をカーリーは全て見つけ出して説得し、なんと自分の味方にしてしまったというのです。

「カーリー兄さんは、施設から出てきて間もないのによくそんなに手際よくあれこれと解決できたね。本当にありがとう。‥というか、カーリー兄さんみたいな優秀な人材をあんな離島の施設に閉じ込めておいた父が許せないよ!」

「だからこそじゃないか?優秀で邪魔な俺を離島に追いやって、自分の息子であるお前に堂々と爵位を譲りたかったんじゃないか?‥お前のその陰気臭い見た目と社交性のなさは一族の中でもかなり評判が悪かったからな。」

「‥‥。」

 カーリーの言葉には何も言い返せません。

 グスタフ卿はつくづく自分の見た目も含めた不甲斐なさに嫌気がさしてしまいました。ため息をついて深く項垂れるしかありません。

 そんなグスタフ卿をみたカーリーが  

「だが、そんなお前に良い女性ができていたとはな。」

 そういってグスタフ卿の肩を思いっきり叩きます。  

「彼女、大切な人なんだろ?お前の何が良いのかは分からないが、まあそこは蓼食う虫も好き好きというし‥。

 よし、これからの事は俺や影の者達に任せてお前は彼女としばらく旅でもして親交を深めてくるといい。」

 カーリーはいい案を思いついたとばかりに張り切っています。

「そうと決まったら‥行き先も旅費もすぐに準備しないとな。」

 カーリーの合図で侯爵家の執事長が影の者達を呼んで指示を出します。

「彼女を明日お屋敷まで送り届ける予定でしたが‥予定変更ですね。家門のゴタゴタが収まるまで、お二人でどこかに隠れて過ごしてみてはいかがですか?」

 そう言ってニヤリとした笑顔でお辞儀する執事長とカーリーでしたが、グスタフ卿は抵抗しました。

「いや、僕には大切な仕事があるし、それに彼女とはしばらく会わないようにすると話したばかりなのに‥。それにまだ君達の話を全て信じて協力すると決めた訳ではないし‥。それに君達がこれから行おうとする事が本当に我が一族にとって良い事なのかどうかゆっくり考えたいし‥。」

 グダグダ言うグスタフ卿でしたが、

「仕事の事や家の事は気にするな。お前が旅行から帰ってくる頃には全てがうまい具合に終わっているさ。だが、もしかしたら‥次期公爵家当主は俺になってるかもな。」

 カーリーのこの言葉を聞いてグスタフ卿は思わずカーリーの襟ぐりを掴んで殴りかかりましたが‥

 ハッとした表情を浮かべると、すぐにその手を離しました。

 グスタフ卿は自分が無責任にも仕事を投げ捨てて逃げる事によって、優秀な従兄弟のカーリーが次期公爵家当主になるのも悪くないと考えなおしたのです。

「‥分かった。僕は何もかも捨てて逃げるよ。これは僕にとって違う未来に進むための最後の良い機会なのかもしれない。それに‥僕のいない間に優秀なカーリー兄さんが僕の代わりに公爵家の後継者になっていても構わないと思っている。」

「それで良いんだ、よく決心したな。まあ、何も心配しないで気楽に旅行へ行ってくるといい。体裁上はお前が誘拐犯から彼女を守る際に怪我をしてしばらく静養してる事にしておくから。それに‥。」

 カーリーはグスタフ卿の手のひらに小さな袋に入った何かを握らせました。

「これは未婚の女性が必要とするものなんだけど、何か分かるよな?‥最低限のマナーとして持っておくと良い。」

「‥‥!」

 この言葉を聞いて、手渡された物が避妊の為の錠剤だと察っしたグスタフ卿はそれを要らないとばかりに床に投げつけようとしましたが‥

 そんなグスタフ卿のもとに、エリーゼが目覚めたと知らせがありました。

 冷静さを取り戻したグスタフ卿は

「‥これは必要ないよ、返すよ。」

 渡させれた避妊具をカーリーの手に戻しました。

 と、そこへ目覚めて目を擦りながらエリーゼがやってきました。

「‥グスタフ卿!」

 エリーゼがグスタフ卿を見るなり喜びで顔を紅潮させました。

 そんなエリーゼを見て不覚にも可愛らしいと思ってしまったグスタフ卿‥

 そしてそんな2人の様子を温かい目で見守るカーリーと執事長。

「グスタフ様、さあ御令嬢を連れて早くここから出られて下さい。旅の準備は整いましたので。」

「えっ、旅?」

 まだ状況をよく飲み込めていないエリーゼが困惑の表情でグスタフ卿を見つめます。

「‥‥。」

 なんと答えていいのか分からず黙っているグスタフ卿の背中をカーリーが押します。

「さあ、すぐに出発して。」

 そう言われると、グスタフ卿とエリーゼはすぐに一台の馬車に半ば強引に乗せられました。

 そして2人を乗せた馬車は2人に目的地も告げずに出発してしまいました。

 かなり行き当たりばったりな展開ですし色々と心配は尽きませんが、グスタフ卿にとって、この流れに乗る事が自分の未来にとって一番最善な事のように思われました。

 特に明確な理由がある訳ではありませんが、一番の理由はカーリー達がこれから行おうとしている事の成り行きを見てみたいという気持ちがそこにはあったからかもしれません。

 揺れる馬車の中でグスタフ卿は無意識のうちにエリーゼの手を強く握りしめていました。

 
 

 

 

 

 

 




 

 

 

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