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9、キャロルの父の借金
しおりを挟むキャロルが徐々に新しい外見のガナンに見慣れてきた頃、屋敷に父親が訪ねてきました。
「キャロル!大変なんだ。‥男爵やガナン君にお金を融通してくれるように頼んでくれないか?」
「‥お父様、今度は何をしでかしたのですか?」
「新しく始めたパンの工場やパン屋の経営がうまく行かずに赤字続きなんだ。‥従業員達の給与も払えずにいたら、裁判にかけるって言われたんだ。債権者達も押し寄せて来るし‥。」
「領地の小麦粉を使った産業として、パン作りを始めたんですよね。パン屋はどこでも人気で、儲かってると思ってましたが‥なぜ赤字に?」
「‥まわりのパン屋の真似をして、色々作ったんだが、素人の集まりで始めた店だから‥すぐにお客さんが来なくなったんだ。それで値下げして原価割れして‥気付いたら赤字になってて‥。」
「‥もういいです、だいたいの状況が分かりました。」
「じゃあ、ガナン君にお金の件を頼んでくれるんだな。」
「‥‥いえ、それはあまりにも虫が良すぎませんか。‥お父様、私の婚姻の際にも借金を肩代わりしてもらいましたよね。‥なのにまたこの家からお金をせびろうとすると言うのなら‥もうお父様とは縁を切らせて頂きます。」
キャロルは、この時自分の父親の存在を恥ずかしく思ってしまいました。この父親のせいで、まるで自分まで汚された存在になった気がしてしまいました。お金にだらしない親子‥そんな目で、男爵夫妻や旦那様に見られたくない‥そう思ってしまいました。
キャロルの父親は、そんなキャロルの思いも知らずにキャロルの肩を掴んで揺らし始めました。
「‥キャロル、キャロル、お金がないと困るんだ‥頼む!」
キャロルは父親に揺さぶられながら、屋敷の者を部屋に呼びました。
「若奥様、どうなさいましたか‥?」
「ライン伯爵がお帰りになるそうです。お見送りをお願いしようと思いまして‥。」
「‥キャロル!お金を貰うまでは帰らないぞ!」
屋敷の者は、ライン伯爵が娘のキャロルの肩を掴んで揺さぶり続ける様子を異様に思い、侍女の一人にガナンを呼びに行かせました。
「‥ライン伯爵、お茶を淹れなおしますので‥どうぞ腰掛けてお待ち下さい。」
「茶なんかいらん!」
「‥お父様、手を離して下さい。揺さぶられ過ぎて気持ちが悪いです。」
キャロルはそう言って、口もとを手でおさえました。
「キャロル、まさか妊娠したんじゃないか?」
ライン伯爵はキャロルの吐き気を妊娠の悪阻と勘違いしたようです。いやらしい笑みを浮かべて、キャロルに詰め寄ってきました。
「キャロル、いつから気持ち悪いんだ?月のモノはあるのか?キャロル‥その子が産まれれば俺はお爺ちゃんになるんだろ?‥お爺ちゃんがお金に困ってるのを、お腹の子だってきっと可哀想に思うだろう。‥早くお前からガナン君にお金を‥。」
「‥ライン伯爵、お金の話ならこちらから後日改めてお返事します。今日のところはお引き取り願います。‥妻は体調が悪いんです。」
「‥旦那様‥。」
ライン伯爵が話してる間に、ガナンが部屋にやってきました。ガナンは、口もとを手でおさえて不快そうな表情を見せるキャロルを気遣い、ライン伯爵に帰るよう促しました。
「‥ガナン君?ガナン君なのか!こざっぱりとしてえらく色男になったな‥。愛の力ってやつか?‥まあ、ガナン君がそう言うなら、言う通りにしますよ。‥では後日。」
ライン伯爵はそう言ってニヤニヤ笑いながら帰って行きました。
「‥キャロル、大丈夫かい?」
ガナンはキャロルの横に腰掛けて、小刻みに震えるキャロルの手を掴みました。
「‥キャロル、君一人で全ての悩みを抱え込まないで欲しい。俺達は‥‥その‥夫婦なのだから‥、君の抱える悩みも一緒に悩んで考えるべきだと思うんだ。」
「‥旦那様‥。」
「ライン伯爵はうちへお金を融通するよう頼みに来たんだろう?伯爵の借金の状況を教えてくれ。」
「‥はい。」
キャロルはガナンに今回の父の借金の理由と状況などを説明しました。新しい事業に失敗した事や、従業員の給与の未払いについても全て話しました。
「‥そうか。キャロル、話してくれてありがとう。‥俺としてはライン伯爵を助けたいと思ってる。勿論無償でね。近いうちにお金を用意して伯爵邸へ向かうよ。」
「えっ!」
それを聞いたキャロルは、驚きました。なぜ旦那様がそこまでして父を救おうとしてくれるか‥と不思議に思いました。結婚した時の借金の肩代わりだけでなく、今回の借金の事まで‥当たり前のようにお金を用意してくれようとするなんて‥‥。
キャロルは、ガナンが自分や実家の事を大切に思ってくれてる事はありがたいと思いました。ですが、それに甘えてはならない事もよく分かっていました。
キャロルは、領地や領民の為になってガナンにも迷惑がかからない借金の返済方法について考えました。
そこで、前々から思っていた事をガナンに打ち明けてみる事にしました。
「‥旦那様、実は父の領地を買って頂ける方をずっと探していたのです。領民や領地の事に関しても、きちんと管理をして下さりそうな方を‥。それでなんですが‥。」
「‥つまり、キャロルはライン伯爵に代わって俺に領主になれと言うんだね。」
「‥‥そうなったら良いな‥と思っていました。」
「‥ライン伯爵はそれを承諾するかな。」
「どのみちこのまま放っておけば、領地も爵位も借金代わりに没収されてしまいます。‥それに、父は旦那様が助ければ助ける程図に乗るでしょう。気が大きくなって、もっと大きな借金を作るかもしれません。」
「‥そうか、分かった。君の言う通りにしよう。」
「旦那様、ありがとうございます。この御恩は忘れません。」
「‥なら、お礼に俺とデートをしてくれないか?」
「デートですか‥。」
「ああ、その‥夫婦なんだから二人だけで買い物や食事をしてみるのも良いかなと思って。‥嫌ならいいんだ。」
「‥あっ、いえ。嫌じゃないです。寧ろ‥嬉しいと言うか‥。」
キャロルは、旦那様とのデートを想像して赤くなった顔を手であおぎ始めました。
ガナンもデートという言葉を自分が発した事に今更ながら照れてしまい、頭をかいて落ち着かない様子でした。
この部屋に居合わせた屋敷の者達は、そんな初々しい二人の様子を微笑ましく思うのと同時に、この二人が本当の意味で結ばれるのは一体いつの事になるのだろう‥‥と心配したようでした。
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