レベル1からレベル100-即死魔道士成長物語-

コサキサク

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第52話 トイの過去

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「トイくん、今年はよく頑張りましたね。先生嬉しいです。一般教養と一般魔法、特殊魔法総合成績だと学年トップですよ」
 校長先生がワイン片手に言った。
「ははっ俺が本気出したらこんなもんっすよ」
 俺はパスタをすすりながら答えた。
「去年はほとんど学校に現れなかったので心配していましたが、やる気になってくれてなによりです。今は学校楽しいですか?」
 店員が持ってきたチーズの盛り合わせを受け取りながら、校長先生は言った。
「うん、賑やかな教室はやっぱりいいよね」
「賑やかなのが好きなのはいいんですが……この先生との二者面談すら賑やかなところじゃないと気がすまないというのは、ちょっと心配といいますか、トイくんはそんなに先生が嫌ですか?」
 俺が返答に悩んでいる間の沈黙を、他の客の声が掻き消していく。校長先生との二者面談は本来は当然、教室で先生と一対一で行うものだ。しかし俺はそれが嫌すぎて場所をレストランに変えてもらっていた。
「校長先生のことが嫌いなんじゃないです。俺が嫌いなのは、『先生』という立場の人と二人きりになることです」
「……去年、ホームルームにろくに出てくれなかったのもそれが原因ですか」
「はい」
 去年は一応ネルもクラスメイトだったが、ネルも教室にはほとんど現れず、ホームルームは先生と二人状態だった。
「その、『先生』という立場の人と二人きりが嫌、というのは何か、理由があるんですよね? 先生には、まだ話す気になれませんか?」
「はい、すみません」
「そうですか。無理強いしても仕方ないですし、これ以上は聞きません。だけど、気が向いたら教えてくださいね」
「はい」
「トイくん、学年トップのご褒美でここのお代は先生持ちにしますから、好きなだけ食べてください」
「そんな、レストラン指定したの俺だし、先生前の奥さんに慰謝料まだ払ってる最中なのに申し訳ないっすよ」
「トイくんは自分のことは話さないくせに人のことには首突っ込むんですね」
 校長先生は笑っていた。
「先生のプライベートが面白いから……それにバツ2なのは自分で言ってたじゃないですか」 
 校長先生ってなんでこんなに色恋沙汰でやらかしてるんだろう。そしてなんでそれを生徒に隠しもしないんだろう。リリイのお母さんが元カノだったことといい……。面白いけれど、よく国立の学校の校長先生なんてやっているなと思う。
「先生今は学校に住み込んでるんで、家賃浮いてますし、食費も食堂で食べれるんでタダですし、トイくんに奢るお金ぐらいありますから。遠慮せずに食べてください。というかこれ二者面談なので経費で多分いけますよ」
 俺は遠慮せずアイスを注文した。
「先生今も彼女いるんでしょ。また再婚するんすか?」
「したいのはやまやまなんですが、特殊クラスの生徒が増えて忙しくてタイミングに悩んでいますね。今の特殊クラスのみんながレベル100が見えてきたら結婚しようかなあなんて。あと一年半ぐらいですかね」
 先生に、「結婚三回目なんてもうごりごり」的な考えが微塵も見えないのがすごい。ここの先生はこうもエキセントリックなんだろう。できればいかにも先生って感じのお固い先生に当たりたかったと、俺は思う。 

 校長先生のエキセントリックさは、あの男に少し通じるものがある。だから、二人きりになるのが怖い。

 あれは何歳のときだっけ。10歳ぐらいだったか。このとき俺はまだ南の地方のど田舎の村にいた。
 ど田舎の小学校は、生徒も少なくて、今の特殊クラスと同じぐらいの人数しかいなかった。
その頃から俺は、クラスで一番賢かった。だけど、みんなとバカな遊びをして遊んでいた記憶しかない。
 事件が起こったのは、遠足で学校の近くの遺跡に行った時だ。ダンジョンのような入り組んだ遺跡に、俺を含む子供達は興味津々で、はしゃいで見て回ったのを覚えている。遺跡の奥で弁当を食べて帰る、という平和な一日になる予定だった。
 遺跡の奥につくと、男の人が一人で立っていた。色白で、長い赤色の髪をしていて、目が細かった。
「みんな! 引きかえして! 急いで遺跡の外に出なさい!」
 男の姿を見るなり、担任の女の先生は叫んだ。先生はその男の人が相当やばい存在だと察知したのだろう。俺たちにすぐ逃げるように言った。俺たちもすぐに異変を感じ取った。その男は刃物を振り回し、先生は土魔法でなんとか防御していたからだ。先生が足止めしている間に遺跡を出なければいけないと判断した俺たちは、さっき辿った道を走って引き返した。
 遺跡の出口までたどり着いたが、出口は石の扉で固く閉ざされていた。入ってきたときは、たしか扉なんてなかった。洞窟のように穴が空いていたはずだ。
 扉をよく見ると、格子柄の模様の上に何か記号が描いてあることに気がついた。
「詰めチェスだ」
 書いてあるものが詰めチェスの問題であることに気がついた俺は、石の扉に地面の土を使って答えを書いた。
「せいかーい。きみは、かしこいね」
 背後から声が聞こえた。さっきの男だった。細い目を三日月型にしてにっこり笑っていた。

「せ、先生は!?」
「あれはかしこくないので、ころしました」
「ひえええ」
 一緒にいたクラスメイトの女の子が泣き出した。
「うるさい」
 男はクラスメイトに刃物を下ろそうとした。俺はとっさに割って入った。
「どきなさい。きみはかしこいからころしたくない」
「他のみんなは殺すつもりなのか!?」
「ええ。かしこくないひとはきょうみないのでいりません。ころします。きみはかしこいからにがしてあげます。よくべんきょうしてしょうらいわたしのチェスのあいてやはなしあいてをしてください」
「うわあああ! 殺される!」
 他のみんなが叫び出した。
 俺は、ここでようやくこの男が人間ではないことに気がついた。この男は人型モンスターだ。人型モンスターは知能が高いから、頭のいい人間は殺さずに見逃してくれると聞いたことがあった。遊び相手として取っておきたいらしい。
「お、おい、待てよ! 賢い俺を逃してどうすんだ!? 俺を残して他のやつを逃がせばいいだろ! 俺がチェスの相手をしてやるよ!」
 俺がそういうと、男はぴたりと止まった。
「きみはかしこいが、まだわたしのあいてができるほどかしこくありません。だからいきてべんきょうしてください」
「舐めんじゃねえわ! 今すぐチェスやっても勝てるっつの!」
 俺は男の関心を他のみんなを殺すことから反らそうと必死だった。
「ほほう。じゃああいてしなさい。わたしにまけたらあなたをころします」

 俺は別の空間に連れて行かれ、男と二人きりになった。チェス盤と椅子だけがある暗い空間で、チェス対戦をすることになった。元来負けず嫌いの俺は、単純に勝負に勝つことに躍起になり、死の恐怖は感じていなかった。
 チェスの対戦を始め、数手打った瞬間、男はチェス盤を消した。
「きみは、かしこい。わたし、きにいりました。あなたには、わたしがしっていること、すべておしえてあげましょう。あんなちいさいがっこうのせんせいにあずけておくにはもったいない」
 その男はその日から俺の先生になった。部屋はその男の力で教室に変わり、俺はその男から朝から晩まで、何年も数学やら地理やら生物学やらを教わった。逃げようとすると殺そうとするので逃げられず、ひたすら授業を受けた。だだっ広い教室にたった二人きりで……
 何年たったかわからないころ、元の学校の担任の先生と俺の両親が教室に入ってきた。
 部屋は教室から遺跡の冷たい空間に戻った。
「トイ! 無事でよかった!!」
 俺の母親は俺を抱きしめた。
「俺は……?」
「人型モンスターに誘拐されてたのよ。もう大丈夫よ」
 男はいつの間にか姿を消していた。
「他のみんなは……?先生は殺したってあの男が……」
「みんなは大丈夫。先生も怪我したけど無事よ。トイだけ行方不明だったの」
 何年も一人で授業を受けていたつもりだったが、俺が姿を消していたのは数日間だったそうだ。
 俺は、先生と両親とともに遺跡を出た。俺が振り返ると、遺跡の入口に男が立っていた。
「せいぜいよくべんきょうしてください。いつかまたあいましょう」
 そう言って、男は消えた。

 人型モンスターから危害を加えられることなくひたすら勉強を教わっただけという、シュール極まりない体験だが、完全にトラウマだ。

 俺はその後、誘拐事件を思い出さないようにとの両親の計らいで王都に一家で引っ越した。
 特殊魔道士の素質が見つかったとき、同い年の特殊魔道士は他におらず、特殊クラスに俺一人だけと聞かされたときは心底ぞっとした。
 結果一留したけど、クラスメイトが多い方がずっといい。

 この過去を誰にも話す気にはなれないけど、わざわざ言わなくても、あの男はそのうち俺の前に現れるかもしれないから、話すとしたらその時でいいだろう。
 今のクラスメイトはみんな特殊魔道士だ。もし今後、あいつが現れても、みんなとなら……




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