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プロローグ
チーター
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棒立ちする初期装備のキャラクター。
これが、オレだ。
周囲は、蘇生を待つ他のプレイヤー達で、絵面的には死屍累々。
この原因も、オレである。
育成期間0時間。
表示されている名前は「A」と、てきとうだ。
他人と同じ名前が選択できるゲームで本当によかった。
時々出来ないゲームがあるが、あれは、マジでクソ仕様だと思う。
で、オレの頭上の名前は、他のプレイヤーとは違ってランクによって決まった色でなく、赤く警告灯の様に光っている。
これは、プレイヤーキラーを行ったと周囲に知らせる物で、オレには何のメリットもない。
あるのは、デメリットだけ。
でも、気にする事は無い。
このゲームを長く遊ぶ気は、最初から無いからだ。
オレの操るキャラクターに、豪華で過剰な装飾のついたダサい装備を身に着けた騎士が、派手なエフェクトをまとって切りかかってきた。
こういう装備のデザインセンスは、ゲームでは重要だと思うのだが、強いものほどカッコよくあって欲しいよな。
減点だ。
しかし、オレに攻撃が当たったはずが、ダメージは一切通らないで「0」と言う数字が、剣の連撃と共に表示され続ける。
それを見て、騎士がエモート(感情のアクションによる表現機能)で抗議と怒りを、ご丁寧にオレに伝えてきた。
「ははは。もしかして自分なら倒せると思ったのか?」
馬鹿なやつだな、と思った。
状況的に見て、オレのキャラは、どう考えても異常だ。
でも、こいつは面白いので、加点。
オレの操るキャラクターが適当に剣を振ると、剣が当たった騎士から「999999」と数字が飛び出した。
もう一振りすると「オーバーキル! 追加経験値獲得」と、派手な文字が画面上に表示される。
だが、既にレベルが9999なので、余った獲得経験値が他のジョブに使える消費アイテムに自動変換され、そのアイテムは所持上限を超えていて、運営からのプレゼントボックスに一時保管され、プレゼント数が「99」と表示カンストする。
試しにプレゼントボックスを見てみると、表示可能数を超えた所持によって、捨てる事も消す事も出来ないアイテムに圧迫されてしまい、まともに使う事が出来なくなっていた。
廃人プレイヤーは、ゲームよりもシステム周りで苦労しそうである。
当然、この仕様は減点だ。
「あはははは、いやいや、マジでレビュー通りだな。全体的に古臭いっていうか、確かに初心者お断りって聞いてたけど、チート使っても微妙っつうか。まあ、結構前からオワコンって聞いてたし」
良い暇つぶしになった。
周囲に散らばる蘇生待ちの死体には悪いとは思うが、真面目に一つのゲームに長時間かけたようなプレイヤーが、アッサリ沈むのは、何度見ても面白い。
その中でも、反応のあるヤツは特に面白い。
マナーの良いプレイヤーが多いと、オレみたいな奴は相手さえして貰えない事も多いからだ。
そういう意味で、このゲームは、個人的には当たりだったなと思った。
オレは、お辞儀のエモートをすると、 ゲームを強制ログアウトで終了し、このゲームをアンインストールした。
▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲
オレの名前は、タナカ ハルアキ。
今年で21歳。
実家、子供部屋暮らしの、どこにでもいるニートだ。
ただし、ゲームの世界でオレは、チーターでもある。
進学した高校でタチの悪い連中に目を付けられ、速攻で孤立し、それが原因で不登校になって早5年。
学校ガチャでクソを引いたって所だ。
なので最終学歴は高校中退(中卒とは言ってくれるな)。
ゲームとインターネットの毎日を、ダラダラと過ごしている。
そんなオレがゲームをする時は、決まって海外の掲示板で共有される、簡単な不正プログラムを使って出来るゲームを選ぶ。
今みたいにね。
やりたいゲームがあれば、不正な改造プログラムやクリアデータを先に探すぐらいだ。
ああ、一応言っておくと、そんな海外の掲示板なんて見ているが、別に英語も出来なければ、プログラムも出来ない。
オレの英語力は中学で止まっているし、成績は良かったが喋れる気は欠片もしない。
プログラムは勉強した事もない。
本当に導入が簡単なMOD(modification)感覚で使えるチートデータを使って、他のプレイヤーを今みたいにおちょくったり、気が向いたら上級者のフリをして遊ぶのが、ここ数年の日課と言うだけだ。
そんなオレも、以前は普通にプレーするゲームも沢山あった。
ゲームに対する姿勢の全てが変わったのは、引きこもってゲームをしていた、ある日の事だ。
チーム戦で殺しあう無料FPSをしていて、どんなに攻撃しても死なない奴に出会った。
そいつは偶然、味方チームで、その試合は味方チームの圧勝だった。
当時のオレは、FPSの腕を上げる事より、ゲーム中のキャラクターや武器のスキンガチャや、ショップの激レアアイテム集めが趣味で、課金以外でゲーム内通貨を手に入れるには、かなりの回数勝ち続ける必要があった。
しかし、ゲームで勝つ以上に、無料でガチャを回したかったオレは、その試合で価値観が壊れたのだ。
一人のチーターによって滅茶苦茶にされた試合だったが、オレには勝利報酬の多さの方が魅力的に見えてしまったと言う訳だ。
オレは、どうすれば良いのか知りたくてダメもとで、すぐにチーターにメッセージを送った。
そいつは外国人でハンドルネームは「ハック・ラブ」と名乗った。
ハック・ラブは、固定の名前で活動するチーターで、本物のハッカーらしく、オレが今も使っている掲示板の事と、ハック・ラブが趣味でアップロードした改造データをおススメついでに、あっさりと教えてくれた。
ある意味でオレのチートの師匠である。
ハック・ラブとは、今も掲示板やメールで交流があったりして、仕事はネットワークセキュリティ関係で独身と言う事まで教えてもらったが、師匠には今もオレは学生と言う事になっている。
話を戻そう。
それから、軽い気持ちでチート行為をする様になってからと言う物、何のゲームをするにしてもレベル上げや素材集めが馬鹿らしくなり、いつの間にかチーターである事の方が、オレの日常になっていった。
一つのゲームで数十、数百、数千時間かかる事を、一瞬で実現出来るのにしない方が、縛りプレイに思えてしまうと言う事だ。
チートを使えば、絶対にゲーム中に出来ない事も出来て、その万能感の中毒になっているのだ。
「さてさて、カウントダウンは?」
ヘッドマウントディスプレイに表示されるカウントダウンタイマーのウィンドウに目をやると、オレは自然と目を細めた。
ワクワクが止まらない。
この感情は、いつ以来だろうか?
これは、世界同時発売の期待の大作VRオンラインRPG「ファンタジック・リアル・ワールド(FRW)」の、クローズドβテスト開始のカウントダウンだ。
当選したのは、本当にラッキーだった。
事前ダウンロードをして、既にPCにはインストール済み。
もう自分の身体データをスキャンして、オレその物のアバターも作成済みである。
久々の、期待の新作の、それも、一部本編にデータを引き継げるクローズドβテストの開始に、ただただ胸が躍る。
しかし、やはりオレは、そんなに楽しみなゲームであっても真面目に遊ぶ気は、最初から無い。
事前DLソフトウェアのデータ解析から、既に海外のアングラなゲーム掲示板では様々なチートデータが作成され、配布されていて、それを正規データに既に上書き済みである。
ちなみにオレの改造データは、ハック・ラブがアップロードした物の一つだ。
師匠の改造データはバグが起きにくい事と、運営に気付かれにくい事で界隈では有名で、オレも信頼している。
顔も声も知らないが、師匠には世話になりっぱなしである。
オンラインゲームの場合、運営によってチート行為が対策される事が普通だ。
でも、サービス開始直後のタイミングでは、チート対策が万全では無い。
それがクローズドβテストのバージョンであれば、なおさらである。
対策されるまでの期間を使って、限界までキャラクターを育ててしまえば、アカウントを停止されない限りは有利に遊ぶ事が出来る。
で、実際のところ、そんな事が可能かって?
絶対とは言わないし、最後は運営次第な所は否めないが、試してみる価値があると、オレは考えている。
チートと一口に言っても、色々な種類がある。
レベルや見た目の変わる装備の変更と言った物。
こういうのは、運用開始時期から計算してあり得ない強化速度だと、一般プレイヤーからも怪しまれる。
これ系のチートは、派手だが、長くは使えない。
オフラインゲーム向けだ。
他に、無敵、移動速度変更、サイズ変更、経験値倍増と言ったステータスのあり得ない変更も、すぐにバレてアカウント停止措置の可能性がある。
これらも、使うと面白いのだが、一斉アカBANを食らうまでの楽しみとなる事が多い。
つまりオレが言いたいのは、改ざんデータの種類によって”目立つ目立たない”があると言う事だ。
そこで狙い目は、元から残っている有用なバグの利用や、データ改ざんによるアイテムの微妙な変更、間接的な所持金増殖と言った物だ。
バグは、使うならゲームを始めてから探す事になるので、プレイ前には使いようがない。
致命的なバグの場合は、運営にすぐに直されるし、ロールバックでバグ技使用前の状態に戻されたりもあり得る。
だから「いくらでも手に入る消耗品の改ざん」等の、地味チートを小さく使うのだ。
これは、使い方次第で、他人からは見つけにくく、度を越さない限りはゲーム側の対策後に使えなくなるだけで、場合によっては放置される事も多い。
今時のゲームは、プレイの不正をAIに探させるが「AIが探す異変」を設定するのは、結局のところ人間だ。
クローズドβテストとは言え、それなりの参加者がいるゲームで、完璧な管理は不可能と言って良い。
オレは、そんなチーターである事を隠した「制限チートプレイ」を目論んでいた。
チートを隠して、一般プレイヤーとして溶け込もうと言うわけである。
この遊び方は、他のゲームで何度も上手く行った経験がある。
だから、今回も、きっと上手くやってやると言う意気込みなわけだ。
「はぁ、始まる前に……トイレトイレ」
と、トイレに立った時、不精してヘッドマウントディスプレイを外していなかったのが悪かった。
「っつうううああああ!?」
足の小指を、机の脚に思いっきりぶつけてしまった。
そんなところに机の脚がある事が悪いのは、言うまでもない。
骨は折れてなさそうだが、ジンジンして動けなくなる。
「くっそ、マジか、くっそ……」
涙目。
完全に内出血しているのを感じながら、コントロールグローブとヘッドマウントディスプレイを外し、痛みが治まるのを悶絶しながら待つと、オレはヨロヨロと部屋を出る。
すると、運悪く……
母親と遭遇した。
「あら、起きてたの? おはよう」
毎日交わされる、あまりにも普通の会話。
「おはよ……」
普通の会話が、今ぶつけた足の小指よりも、胸を痛くするのを感じた。
「また夜更かし? ゴーグルのあとついてるわよ。朝ごはんは?」
「……ああ……いらない」
オレの両親は、ニートのオレを強く責めない。
オレが、時間をかけても自分で立ち直る事を、本気で期待して、温かく支えてくれている。
それに甘える事しかできない自分が情けないが、学歴も職歴もないオレには何も出来ない。
日本と言う国は、クソだ。
学校ガチャでクソを引けば人生が詰むし、職場ガチャでクソを引いても人生が詰むらしいのは、誰でも知っている。
実際、オレの人生は、既に詰んでいる様なものだ。
「たまには運動しなさいよ。からだに悪いから」
「ああ……」
家族と会うと、気分が落ち込む。
期待に応えられなかった自分が恥ずかしくなる。
そそくさと逃げる様にトイレに行き、用をたすと、すぐにオレは逃げる様に部屋に戻り、扉の鍵をかけた。
「はぁ…………くそ」
乱れた気持ちを落ち着け、オレはヘッドマウントディスプレイを装着する。
今のオレには、ここにしか居場所が無い。
オレの事を誰も知らない、まっさらな世界にしかオレは、いられない。
出来る事なら、今のオレを誰も知らない世界に行きたいよ、マジで。
カウントダウンがゼロに近づく中、「FRW」を起動する。
データの読み込みバーが右に満たされていき、途中で速度が落ちた時はヒヤリとしたが、なんとか正常に起動したのを確認して胸をなでおろす。
今は、ゲームに集中しろ。
せっかくの、期待の大作だ。
気持ちを切り替えていけ。
ここでは、オレは、オレじゃなくて済む。
画面に表示されたニューゲームの文字を触ると、日本語で「サービス開始までお待ちください」と表示された。
カウントダウンを見ると、残り3秒、2秒、1秒。
「まってました」
オレは、ニューゲームの文字を再び押した。
すると、画面がまばゆい光を発し、ヘッドマウントディスプレイから溢れ部屋全体に広がり、全身を包み込んだのであった。
これが、オレだ。
周囲は、蘇生を待つ他のプレイヤー達で、絵面的には死屍累々。
この原因も、オレである。
育成期間0時間。
表示されている名前は「A」と、てきとうだ。
他人と同じ名前が選択できるゲームで本当によかった。
時々出来ないゲームがあるが、あれは、マジでクソ仕様だと思う。
で、オレの頭上の名前は、他のプレイヤーとは違ってランクによって決まった色でなく、赤く警告灯の様に光っている。
これは、プレイヤーキラーを行ったと周囲に知らせる物で、オレには何のメリットもない。
あるのは、デメリットだけ。
でも、気にする事は無い。
このゲームを長く遊ぶ気は、最初から無いからだ。
オレの操るキャラクターに、豪華で過剰な装飾のついたダサい装備を身に着けた騎士が、派手なエフェクトをまとって切りかかってきた。
こういう装備のデザインセンスは、ゲームでは重要だと思うのだが、強いものほどカッコよくあって欲しいよな。
減点だ。
しかし、オレに攻撃が当たったはずが、ダメージは一切通らないで「0」と言う数字が、剣の連撃と共に表示され続ける。
それを見て、騎士がエモート(感情のアクションによる表現機能)で抗議と怒りを、ご丁寧にオレに伝えてきた。
「ははは。もしかして自分なら倒せると思ったのか?」
馬鹿なやつだな、と思った。
状況的に見て、オレのキャラは、どう考えても異常だ。
でも、こいつは面白いので、加点。
オレの操るキャラクターが適当に剣を振ると、剣が当たった騎士から「999999」と数字が飛び出した。
もう一振りすると「オーバーキル! 追加経験値獲得」と、派手な文字が画面上に表示される。
だが、既にレベルが9999なので、余った獲得経験値が他のジョブに使える消費アイテムに自動変換され、そのアイテムは所持上限を超えていて、運営からのプレゼントボックスに一時保管され、プレゼント数が「99」と表示カンストする。
試しにプレゼントボックスを見てみると、表示可能数を超えた所持によって、捨てる事も消す事も出来ないアイテムに圧迫されてしまい、まともに使う事が出来なくなっていた。
廃人プレイヤーは、ゲームよりもシステム周りで苦労しそうである。
当然、この仕様は減点だ。
「あはははは、いやいや、マジでレビュー通りだな。全体的に古臭いっていうか、確かに初心者お断りって聞いてたけど、チート使っても微妙っつうか。まあ、結構前からオワコンって聞いてたし」
良い暇つぶしになった。
周囲に散らばる蘇生待ちの死体には悪いとは思うが、真面目に一つのゲームに長時間かけたようなプレイヤーが、アッサリ沈むのは、何度見ても面白い。
その中でも、反応のあるヤツは特に面白い。
マナーの良いプレイヤーが多いと、オレみたいな奴は相手さえして貰えない事も多いからだ。
そういう意味で、このゲームは、個人的には当たりだったなと思った。
オレは、お辞儀のエモートをすると、 ゲームを強制ログアウトで終了し、このゲームをアンインストールした。
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オレの名前は、タナカ ハルアキ。
今年で21歳。
実家、子供部屋暮らしの、どこにでもいるニートだ。
ただし、ゲームの世界でオレは、チーターでもある。
進学した高校でタチの悪い連中に目を付けられ、速攻で孤立し、それが原因で不登校になって早5年。
学校ガチャでクソを引いたって所だ。
なので最終学歴は高校中退(中卒とは言ってくれるな)。
ゲームとインターネットの毎日を、ダラダラと過ごしている。
そんなオレがゲームをする時は、決まって海外の掲示板で共有される、簡単な不正プログラムを使って出来るゲームを選ぶ。
今みたいにね。
やりたいゲームがあれば、不正な改造プログラムやクリアデータを先に探すぐらいだ。
ああ、一応言っておくと、そんな海外の掲示板なんて見ているが、別に英語も出来なければ、プログラムも出来ない。
オレの英語力は中学で止まっているし、成績は良かったが喋れる気は欠片もしない。
プログラムは勉強した事もない。
本当に導入が簡単なMOD(modification)感覚で使えるチートデータを使って、他のプレイヤーを今みたいにおちょくったり、気が向いたら上級者のフリをして遊ぶのが、ここ数年の日課と言うだけだ。
そんなオレも、以前は普通にプレーするゲームも沢山あった。
ゲームに対する姿勢の全てが変わったのは、引きこもってゲームをしていた、ある日の事だ。
チーム戦で殺しあう無料FPSをしていて、どんなに攻撃しても死なない奴に出会った。
そいつは偶然、味方チームで、その試合は味方チームの圧勝だった。
当時のオレは、FPSの腕を上げる事より、ゲーム中のキャラクターや武器のスキンガチャや、ショップの激レアアイテム集めが趣味で、課金以外でゲーム内通貨を手に入れるには、かなりの回数勝ち続ける必要があった。
しかし、ゲームで勝つ以上に、無料でガチャを回したかったオレは、その試合で価値観が壊れたのだ。
一人のチーターによって滅茶苦茶にされた試合だったが、オレには勝利報酬の多さの方が魅力的に見えてしまったと言う訳だ。
オレは、どうすれば良いのか知りたくてダメもとで、すぐにチーターにメッセージを送った。
そいつは外国人でハンドルネームは「ハック・ラブ」と名乗った。
ハック・ラブは、固定の名前で活動するチーターで、本物のハッカーらしく、オレが今も使っている掲示板の事と、ハック・ラブが趣味でアップロードした改造データをおススメついでに、あっさりと教えてくれた。
ある意味でオレのチートの師匠である。
ハック・ラブとは、今も掲示板やメールで交流があったりして、仕事はネットワークセキュリティ関係で独身と言う事まで教えてもらったが、師匠には今もオレは学生と言う事になっている。
話を戻そう。
それから、軽い気持ちでチート行為をする様になってからと言う物、何のゲームをするにしてもレベル上げや素材集めが馬鹿らしくなり、いつの間にかチーターである事の方が、オレの日常になっていった。
一つのゲームで数十、数百、数千時間かかる事を、一瞬で実現出来るのにしない方が、縛りプレイに思えてしまうと言う事だ。
チートを使えば、絶対にゲーム中に出来ない事も出来て、その万能感の中毒になっているのだ。
「さてさて、カウントダウンは?」
ヘッドマウントディスプレイに表示されるカウントダウンタイマーのウィンドウに目をやると、オレは自然と目を細めた。
ワクワクが止まらない。
この感情は、いつ以来だろうか?
これは、世界同時発売の期待の大作VRオンラインRPG「ファンタジック・リアル・ワールド(FRW)」の、クローズドβテスト開始のカウントダウンだ。
当選したのは、本当にラッキーだった。
事前ダウンロードをして、既にPCにはインストール済み。
もう自分の身体データをスキャンして、オレその物のアバターも作成済みである。
久々の、期待の新作の、それも、一部本編にデータを引き継げるクローズドβテストの開始に、ただただ胸が躍る。
しかし、やはりオレは、そんなに楽しみなゲームであっても真面目に遊ぶ気は、最初から無い。
事前DLソフトウェアのデータ解析から、既に海外のアングラなゲーム掲示板では様々なチートデータが作成され、配布されていて、それを正規データに既に上書き済みである。
ちなみにオレの改造データは、ハック・ラブがアップロードした物の一つだ。
師匠の改造データはバグが起きにくい事と、運営に気付かれにくい事で界隈では有名で、オレも信頼している。
顔も声も知らないが、師匠には世話になりっぱなしである。
オンラインゲームの場合、運営によってチート行為が対策される事が普通だ。
でも、サービス開始直後のタイミングでは、チート対策が万全では無い。
それがクローズドβテストのバージョンであれば、なおさらである。
対策されるまでの期間を使って、限界までキャラクターを育ててしまえば、アカウントを停止されない限りは有利に遊ぶ事が出来る。
で、実際のところ、そんな事が可能かって?
絶対とは言わないし、最後は運営次第な所は否めないが、試してみる価値があると、オレは考えている。
チートと一口に言っても、色々な種類がある。
レベルや見た目の変わる装備の変更と言った物。
こういうのは、運用開始時期から計算してあり得ない強化速度だと、一般プレイヤーからも怪しまれる。
これ系のチートは、派手だが、長くは使えない。
オフラインゲーム向けだ。
他に、無敵、移動速度変更、サイズ変更、経験値倍増と言ったステータスのあり得ない変更も、すぐにバレてアカウント停止措置の可能性がある。
これらも、使うと面白いのだが、一斉アカBANを食らうまでの楽しみとなる事が多い。
つまりオレが言いたいのは、改ざんデータの種類によって”目立つ目立たない”があると言う事だ。
そこで狙い目は、元から残っている有用なバグの利用や、データ改ざんによるアイテムの微妙な変更、間接的な所持金増殖と言った物だ。
バグは、使うならゲームを始めてから探す事になるので、プレイ前には使いようがない。
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クローズドβテストとは言え、それなりの参加者がいるゲームで、完璧な管理は不可能と言って良い。
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チートを隠して、一般プレイヤーとして溶け込もうと言うわけである。
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「っつうううああああ!?」
足の小指を、机の脚に思いっきりぶつけてしまった。
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骨は折れてなさそうだが、ジンジンして動けなくなる。
「くっそ、マジか、くっそ……」
涙目。
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すると、運悪く……
母親と遭遇した。
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毎日交わされる、あまりにも普通の会話。
「おはよ……」
普通の会話が、今ぶつけた足の小指よりも、胸を痛くするのを感じた。
「また夜更かし? ゴーグルのあとついてるわよ。朝ごはんは?」
「……ああ……いらない」
オレの両親は、ニートのオレを強く責めない。
オレが、時間をかけても自分で立ち直る事を、本気で期待して、温かく支えてくれている。
それに甘える事しかできない自分が情けないが、学歴も職歴もないオレには何も出来ない。
日本と言う国は、クソだ。
学校ガチャでクソを引けば人生が詰むし、職場ガチャでクソを引いても人生が詰むらしいのは、誰でも知っている。
実際、オレの人生は、既に詰んでいる様なものだ。
「たまには運動しなさいよ。からだに悪いから」
「ああ……」
家族と会うと、気分が落ち込む。
期待に応えられなかった自分が恥ずかしくなる。
そそくさと逃げる様にトイレに行き、用をたすと、すぐにオレは逃げる様に部屋に戻り、扉の鍵をかけた。
「はぁ…………くそ」
乱れた気持ちを落ち着け、オレはヘッドマウントディスプレイを装着する。
今のオレには、ここにしか居場所が無い。
オレの事を誰も知らない、まっさらな世界にしかオレは、いられない。
出来る事なら、今のオレを誰も知らない世界に行きたいよ、マジで。
カウントダウンがゼロに近づく中、「FRW」を起動する。
データの読み込みバーが右に満たされていき、途中で速度が落ちた時はヒヤリとしたが、なんとか正常に起動したのを確認して胸をなでおろす。
今は、ゲームに集中しろ。
せっかくの、期待の大作だ。
気持ちを切り替えていけ。
ここでは、オレは、オレじゃなくて済む。
画面に表示されたニューゲームの文字を触ると、日本語で「サービス開始までお待ちください」と表示された。
カウントダウンを見ると、残り3秒、2秒、1秒。
「まってました」
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31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。
ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。
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