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1章:初期所持アイテム変更チート

予感と証拠と確信と

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「どうしたの?」

 シヴィに話しかけられるが、オレはすぐに言葉が出てこない。

「大丈夫?」

「ああ……」

「本当に? なんだか、顔色悪いよ」




 スキャンしていない足の小指の、痣の存在は、オレに対して、いくつかの不穏な予感をチラつかせた。

 比較的マシな予感は、これが夢と言う事だ。
 夢の場合、チート生活のスタートダッシュに数時間の遅れが出るぐらいで、少し悔しいが仕方がないで済む。
 だが、夢と現実の差ぐらいは、夢か疑う事が出来れば流石につく。
 これは、明らかに夢ではない。

 もっと悪い予感の方は、オレの部屋が盗撮されていると言う可能性だ。
 まあ、まだ盗撮だと決まった訳ではない。
 オレは、ゲーム開始時に利用規約を読まないので、英語の利用規約に「身体をスキャンする為に撮影をする」と言う事を断ってあれば、極端な話だがオレの落ち度だ。
 しかし、ヘッドマウントディスプレイのカメラだけじゃなく、パソコンのウェブカメラや、スマートフォンの内蔵カメラをフルに使っても、オレの足の指のケガは位置的に検知するのは難しく思えた。
 センサーを使っての検知でも、体脂肪率だったり、脈拍や血糖値を計測するのとは違って、足の小指のケガを正確に描画する事が出来るかは分からない。


 もう一つも悪い予感だが、オレがゲームだと思っているこの状況が、実は現実と言う可能性。
 あり得ないし、突飛な発想なのは分かっている。
 だが、ゲーム開始時に何らかの方法で、檻の中に一瞬で移動したと錯覚させただけで、別の場所に運ばれた可能性は、考えられないだろうか?
 シヴィもオークも演技で、ここはデカい撮影スタジオか何かと言う事は?
 どこかにカメラでもあるのでは無いか?
 ただ、そうなると、オークの存在と、本当に殺そうとしてきた説明がつかない。
 ああいう着ぐるみとは到底思えなかったが、オレはオークの中身を確認した訳ではない。
 でも、そんな手の込んだ事をしてオレを殺すメリットも無い筈だ。


 さらにもう一つ、これが最も悪い予感なのだが、ここがゲームそっくりの異世界で、オレが召喚だか転送をされた可能性。
 異世界に飛ばされる様な作品の一つや二つ見た事あるし、そう言うのに憧れが無いわけではない。
 むしろ、歓迎ぐらいに思っていたが、それは、オレにとって都合がいい世界である場合だ。
 いきなりオークに、文字通り絞め殺される様な危険な世界は、異世界だとしても有難迷惑も良い所だ。


 これらの予感に反証しないと、オレは、小指の痣が気になってしまう。

 例えば、痛覚の再現が、あれだけ出来ると言う事は、オレの痛覚からケガの位置を逆算したと言う事は無いのだろうか?
 それなら、足の小指の爪が紫色の理由は、一定の納得が出来る。
 そうだ。
 オレは、小指を痛めた事は確認しているが、色までは見ていない。



 次は、ここが現実か、ゲームの中か、だ。
 ゲームと過程して思考を巡らせる。

 もはや現実としか思えないほどの、リアリティ。
 VRによる没入型のゲームと時に忘れさせる、恐ろしく高い完成度を誇ったゲームと言う事は、嫌と言うほど分かった。
 殺される直前のリアルすぎる感覚や、他のどこを切り取っても、どれをとっても、あまりにも現実的過ぎる。
 UIの徹底した排除も、この感覚を手助けしている。

 面白さへのプラス・マイナス関係なく徹底したリアリティと、リアルの追及は、少し触る分には面白い。
 しかし、オレは、ゲームにリアリティは求めていても、過剰なリアルは求めていない。
 そもそも「リアルから逃げる為にゲームをしている」のに、このゲームには、リアルの苦しみまで含まれてしまっている点で厄介な部分がある。

 戦闘(と言うよりは、一方的にやられただけ)に関しては、完全にトラウマだ。
 現実でも感じた事のないレベルの痛みを、ゲームで味わう事になるとは思いもしなかった。

 チュートリアルの時はパニックになって何も出来なかったが、次の戦闘では、このままだと強制ログアウトを選んでしまいそうな恐怖がある。
 設定を変えないと、ゲームとして続かないと言うか、楽しくなくなってしまう。

 そうだ。
 ゲームである証明が出来れば良いのだ。




「ほんと、大丈夫?」

「ああ、ちょっと……そう、トイレ」

「それなら、道の向かい側にあったよ。わかる?」

「大丈夫……うん、行ってくる」



 オレは、とりあえず、ゲームの証明をする為に、本気で設定変更の方法を探し始めた。

 部屋の外に出る為、服を着ながら、その視界には、相変わらず何も表示されない。
 隅々まで見ても、ウィンドウを引き出すボタンも取っ手も何もない。

 そのままトイレに行くフリをして宿屋を出ると、そのまま宿屋の奥にある馬屋が目に入り、人目を避けて入った。
 これで、色々試せる。

 指の動き、瞬き、視線操作、何をしてもウィンドウは出てこない。

「システム……プロパティ……オプション……ウィンドウ……ステータス……オープン……コンフィグ……データ……コール……」

 思考も音声呼び出しも、それらしいキーワードを言っているのだが、一つもかすりもしないらしい。
 大抵、文字列が完全一致しなくても、一部が引っかかれば「ウィンドウを開きますか?」と言う問いかけが返ってきて、煩わしいのが、未設定のゲームでは良くあるのに。

「ぬぅ……仕方がない」



 脳波を錯覚させる機器が搭載されたVR機能付きヘッドマウントディスプレイは、キーボードやコントローラ操作と言う現実での実アクションと、ボタンに設定されたアバターアクションをリンクして錯覚させる機能を搭載した物がある。
 アクションリンク操作とか、ボタンショートカットアクションとか、ゲームによって呼び名は違うが、そういう物があるのだ。
 現実では専用グローブやコントローラーの”物理ボタンを押している”のだが、ゲーム内での認識では”ボタンを押して出したアクションを実際にしている様に脳が感じる”と言う事を可能にしていると言う事だ。

 指を動かさないで、脳波で身体を動かす命令を出してアバターを操る脳波単体の操作も可能だが、その操作は現実で出来る動きに近くなり、運動神経が低いとか、ゲームに不慣れだと、最初は自由が利かない。
 一方で、アクションリンク操作は、キーボードやコントローラーを使った従来のアクションを使って、簡単に凄いアクションを体感出来るので、細かな調整がボタンの押し具合程度でかなり難しい代わりに、脳波で指示が出しにくい複雑なマルチタスクを可能にする。
 なので、オレを含めて使っているプレイヤーは、結構多い。

 いろいろと難しそうな説明をしたが、簡単に言えば、だ。
 変換無しの脳波操作が、極めれば純粋なアクションには有利で、ゲーム的な「ジャンプをしつつ、詠唱をして、剣で連続攻撃しつつ、アイテムを使う準備もする」みたいな事をするなら、アクションリンク操作が有利となる。


 オレは、このFRWと言うゲームで、グローブコントローラでアクションリンク操作を使っているのだが、この機能は、アクションが割り当てられたボタンさえ覚えていれば、逆も出来たりする。
 つまり、ショートカットの組み合わせになっているボタンのアクションを一定時間行えば、実体の身体がコントローラの特定キーを押す為、あらかじめキーコンフィグで設定しておけば、ゲームのシステム操作が結果的に出来ると言う事だ。

 そこで、オレは「強制停止」をする為に、珍妙なポーズを取り始める。

 誰も見てないから出来るが、かなり間抜けな絵面だ。



「……いけ……でろ……でてくれ……」



 しかし、没入型VRは解除されず、オレは首を傾げた。
 他のゲームなら、ヘッドマウントディスプレイを覗いている視界になり、ゲームのウィンドウに枠が表示され、マウスカーソルや他のソフトを操作出来たりするのだが、おかしい。

 ならばと、今度は「強制終了」のポーズをとる。
 FRWはオンラインゲームなので、サーバー側に自動セーブされている筈だから、その点で問題は起きない。

 ところが、やはりゲームは終わらず、オレは嫌な汗をかく。
 ログアウトが出来ないし、設定画面の開き方も分からない。

「閉じ、込め……?」



 次の嫌な予感が浮上した。
 次から次へと、嫌な感じだ。

 段々と、ログアウトのポーズが本当に合っているのか不安になるが、絶対に合っている筈だ。
 この機能は、チーターを初めてからずっと使い続けているので、身体が覚えている。

 チーターは、違法データを使うので、普通ではあり得ないバグが発生する可能性もある。
 なので、師匠のデータ以外でゲームをする時は特に、緊急避難の為に、これに類する数々のポーズをオレは取ってきた。
 今更、間違える筈がない。

 なのに 全くと言って良いほどシステム側からの応答はなく、オレは自分がゲームの中に閉じ込められている可能性に、ここに来てようやく気付いたのだ。

「β版……マジか……、いや、まさか改造データのせい……?」

 これはバグなら、最悪の部類だった。
 しかし、改造データによって起きた不具合なら、完全に自業自得だ。

 師匠のデータだって、完璧ではない。
 ゲーム起動時に読み込みバーが一瞬鈍ったのを思い出す。

「ヤバくないか……これは、マジでヤバいんじゃ……」

 現実だろうとゲームの中だろうと、どちらにしてもヤバい。

 ゲームなら、オンラインアップデートが入らなければ、内部からログアウトが出来ない可能性がある。
 肝心のアップデートが、いつ頃に入るかなど、オレには予想もできない。

 オレは、ゲーム開始時に、自室のカギをしっかりかけた。

 そして、家族が勝手にオレの部屋に入る事は、よほどの事が無い限り無い。
 家族は、オレのプライベートを尊重してくれるが、それが裏目に出るとは……

 期待を込めた予想でも、三日以上、恐らく長ければ五日は、家族がオレの異変に気付く事は無い。

「このまま……脱水症状? もしくは……餓死とか?」

 オレは、干からびた自分の姿を想像し、本当に死ぬかもしれないと不安になった。

 ごくっ、と唾を飲む。
 酷く喉が渇いて感じた。

「ど、どうにかしないと……」

 一旦、ちゃんと死んでみるか?
 死ねば、デスペナ回避アイテムが無い為、確実にストア案内画面かスタート画面に戻される筈だ。

 これがゲームなら。

 だが、今のオレに、このゲームで死ぬ勇気は、なかなかハードルが高い。
 オークに殺されかけ、このゲームの痛覚ダメージが洒落にならない事は、痛いほどと言う言葉では足りないぐらいわかっている。
 ゲームだとしても、避けたい。
 せめて、痛みの少ない死に方じゃないと、死んでコンテニュー画面を出す事も儘ならない。
 と言って、このままオンラインアップデートを待つだけでは、いつ出られるか分からない。

 こんな事なら、朝食をしっかり食べておけばよかったと、母親の顔がチラつき、また後悔する。
 どうする……どうすれば良い?

 そこまで考え、だが、実際に死ぬぐらいなら、デスペナと激痛を覚悟してゲーム内で死ぬ方がマシに思えた。
 首を吊れば、恐らく比較的楽に死ねるはずだ。

 ただ、それを実行するには、痛み以外に、もう一つの予感を完膚なきまでに潰さなければならない。

 オレは、靴の先を、靴の中の足の小指を再び見つめる。

 あり得ないとは、思っている。
 そんな事は、あり得ない。
 あり得てたまるか。
 絶対に無い。

 だが、もしだ。
 もしも、このゲームだと思っている世界が、ゲームじゃなかったら?
 現実だったら、オレはどうなる?



 足の小指の痣は、無理やり納得しようとしたが、自分でも疑念が解消していない事がわかっている。

 これまでのゲームとしては出来過ぎな部分、その全てに説明が「現実」なら一発で説明がつく。
 これが、リアルすぎるゲームの弊害で、オレの取越苦労なら構わない。

 だが、もしも違えば?

 死ねば、現実かゲームか、確実に判明する。
 問題は、現実だった場合は、普通に死ぬ事になる。


 エリクシールが存在している時点で、ここが”ゲームの設定の世界”なのは間違いないが、それでも「現実の」と疑うだけの根拠が目の前にある。
 根拠を潰す材料が無いと、もしかしたらを考えてしまう。

 考えすぎに思うかもしれないが、この状況には、それだけの説得力がある様に現在進行形で体験中のオレには思えてならないのだ。


「死ぬ以外で、現実かどうか……どうやって……」


 死なずに、ここが「現実では無い」か「現実である」のどちらかで、納得の出来る証明をしないと、次の計画も立てられない。
 仮に現実なら、死なずにログアウト、あるいは帰る方法を探さなければならないからだ。

 証明するには、証拠を探せば良いが、何が証拠になる?
 現実だと証明するなら、足の小指の痣以外に、この世界に持ち込んだら不自然な物があれば、ここが現実だと証明できるのでは無いか?

 ゲームだと証明するなら、現実ではあり得ない現象を見つければ良い筈だ。

 自分の顔は、写真で取り込んでしまった為、水面に映して見ても、現実との差は、もはや分からない。
 身体も全身スキャンしているので、身体を見てもやはり分からない。

「どうする……どうすりゃいいんだ?」

 クソニートの頭じゃ、これが限界か?
 大学ぐらい行っておけば、もう少しマシな方法を思いついたのだろうか?

 自己否定が捗り、嫌な気分になるが、落ち込んでいる場合ではない。



 その時、オレは、普通にトイレに行きたくなった事に気付く。
 小の方だ。


 最悪だ。


 これが、ゲームシステムの用意した疑似的な尿意なのか、それとも本物の尿意なのか、判別がつかない。

 本物の尿意なら、ゲーミングチェアが酷い事になるが、ゲームの用意した疑似的な物ならゲームとして処理すればスッキリする筈だ。
 ただし、疑似的な感覚が呼び水となって、結局本当にトイレに行きたくなる可能性があり、その場合はログアウト出来ないなら、結局ゲーミングチェアが浸水する事になる。

 つまり、現実じゃないなら、高確率でオレの部屋が大変な事になる。

 心のどこかでバカにしていたオムツ着用プレイをしていなかった事が悔やまれる瞬間が来るとは、思いもよらなかった。



 仕方なく、トイレへと足を運んだ。

 トイレに到着すると、扉も無い簡素な掘っ立て小屋の真ん中に溝が掘ってあり、溝には川が引き込まれた天然の水洗便所と言った風情。
 水は勢いがあり、澄んでいて、天井の窓から月が映りこんでいる。
 トイレでさえなければと言う美しい雰囲気。

 一方で、足場は寝そべれる程に綺麗とは言い難いが、思っていたよりは汚くもなく、少しだけホッとする。

 どちらにしても、尿意を放置する事も出来ない。
 意を決し、オレはズボンの社会の窓のボタンを3つ外した。
 と言うか、どうでも良い事なのだが、このズボンにはジッパーが無く、木製のボタン式である事に今更ながら新鮮さを覚えた。

 ズボン下にある下着の、右足を出す穴を上に持ち上げ、放水準備を急かすアイツを社会の窓から外に、よいしょっ、と顔を出してやる。

 せせらぐ小川に狙いを定める。

「ふぅ……」

 とりあえず、尿意が解放されスッキリしていく。
 ゲーミングチェアの事は、一か八か祈るしかない。

「ん?」

 そこで、オレは思わず、ワンテンポ遅れて、社会の窓から顔をのぞかせて仕事をしているアイツの事を二度見してしまった。
 その時、勢いよく放水作業に従事するアイツを右手で制御しながら、オレは、一つの確信に行きあたっていた。

「これって……もう……決まりだよな」

 21年間、オレは、風呂で、トイレで、着替える度に、目にしてきた。
 アイツは、文字通り身体の一部だ。

 見間違えるはずがない。



 そして、それが、この世界がゲームの場合、再現される可能性は万に一つも無いと言い切っても良い。
 もしもあるとしたら、オレは裸を盗撮されたていただけでなく、完璧とも言える3Dモデルを作るだけのテクスチャ用の、アイツの画像を秘密裏にゲーム側に集められていた事になる。

 ここに、オレのアイツが存在していると言う事は、これは、現実である新たな証拠を突きつけられた事に他ならない。



 つまり……どうやらオレは、本当にゲームの世界に来てしまったらしい。
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