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第九話 災害
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---クライスラー視点 エクセンタスの街---
ガトー殿のところを去ってから数時間後、俺たちはエクセンタスの街に帰還した。
道中は兄のガレオン以外誰も口を開かず、何人かの兵士は声を押し殺して泣きながら歩いて帰ってきた。
そしてその兄も泣いたり笑ったりでとても正気とは言えない。
遠目に俺たちの凱旋を見つけたときには歓迎ムードで入り口に集まっていた街の人達も、街に近づく俺たちの表情を見るや申し訳無さそうに散っていき、荷車に積まれた兄の喚き散らす声が街に届く頃にはもう誰もその場に残っていなかった。
そして今、男爵邸の広間で父グラハムとヘイモンズ伯爵を前に、俺と伯爵の兵の一人が帰還の報告をしといるところだ。
あったことをそのまま話せと言われたが……そんなことは不可能だ。
あんな地獄のような光景を淡々と話せるほど落ち着いていないし……そもそも……あれは言葉にならないのだから。
「なんと……あの勇猛なガレオンが全く歯が立たんとは……」
父はまだ兄に会っていない。出迎えに現れた母上の青ざめた顔を見ると、とてもじゃないが今父上にアレを見せるわけにはいかないと思ったから、事実として敗北したことだけを伝えた。
その後も俺とヘイモンズ卿の兵から状況の報告は続いたが、事前に何も打ち合わせなどしていないにも関わらず、俺もあちらさんも口にした結論は全く同じ……「彼らを刺激するな」それだけだ。
「グラハム殿……何と声をかければよいやら。しかし此度は相手が悪かったと言うことだ。それでクライスラー、そのガトーなる魔族は多数のアリの魔物を従え建国の宣言をしたのだな?」
わざわざ参戦させた兵士たちが手ぶらで帰ってきたのだから、ヘイモンズ卿はもっと怒りをあらわにするかと思ったが予想に反して冷静だ。彼の兵がほとんど無傷だったからだろうか?
……心はボッキリと折られているから、あくまで外見上の話ではあるが……
「はい」
「そうか……グラハム殿はご子息も大変な目に遭うたのだ。しばらく静養したほうが良かろう。かの『国』との対話はわしが代わりに請け負おう」
「かたじけのうございます……ヘイモンズ卿」
「よいよい……では、わしは自領に戻るとしよう」
そう言って伯爵は早々にエクセンタスの街を発った。
………
……
…
翌朝。
寝る前には絶対に悪夢にうなされると思ったが、とんでもない。それ以前に寝ることなどできなかった。
目を閉じるたびに瞼の裏に血の雨が降り注ぐあの光景が蘇り、どんなに強く耳をふさいでもアリの化け物が死体を食らったときのあの不快な音が鮮明に頭の中に鳴り響くのだ。
気がつけば窓の外は明るくなっていて、目的もなく部屋を出た俺は、母上の側仕えに呼ばれて兄ガレオンの部屋にやって来たのだった。
「えへっ……えへっ……」
ガレオンはまるで大きな赤子のように母上の膝の上に抱きかかえられ、よしよしなどとあやされて機嫌が良さそうだ。
そこには父上も来ていて、椅子に腰を下ろしたまま頭を抱えている。
「クライスラーよ……ガレオンがこうなる前に助けてやることはできなかったのか……これではあまりに……あまりにも酷い……酷すぎるではないか」
父上のかすれるような声がその心情を物語っている。
「……はい。申し訳ありません」
「なぜ……私の領地にあのような者が現れたのだ。ここでなくとも……いくらでも手頃な場所はあったはずではないか」
返す言葉が見つからない。
気持ちは痛いほどわかるが、こればかりは「不運」だったと割り切る他ない。
俺だってその不運を呪いながら、街の人の命を救うために裏でガトー殿に情報を流したのだ。その結果があの地獄かと思うと死にたくなるさ。
もっとも、たとえ俺の情報がなかったとしてもガトー殿のあの異次元の強さの前には大した違いはなかったのかもしれないが。
いっそ兄のように俺の心も壊れてくれれば、こんなに気持ちが沈むこともなかっただろう。
「……やはり、報復など考えるべきではないとお前は思うか?」
「……はい。十王という呼称のことは分かりかねますが、ガトー殿は魔族……そしてその中でも間違いなく強者です。その力は我々の手に負える次元のものではありません」
「くぬぬ……しかし……このままでは……大事な跡取りのガレオンがこのような酷い仕打ちを受け……王から賜ったこの地に賊が平然と居を構え……私は怒りの矛先をどこに向けたら良いのだ」
「それでも、です。嵐に家を吹き飛ばされたからと言って、その嵐に復讐を考える民がおりましょうか?それと同じことです。仮に、父上が恥を忍んで国王陛下に兵の派遣を嘆願したとしても、100や200の兵では今回と同じことになるでしょう。それ以上の規模となると、今は隣国との戦争の最中……とても王都からこのような辺境の小領地に大軍を差し向けてくださるとは……で、あれば」
父上はそれきり何も反論することはなく、また頭を抱えて黙り込んでしまった。
会話が止まったまま、兄上が時々グズる声だけが室内に響いている。
そして、俺がそろそろこの場を退出しようとその時、使用人が慌てて部屋にやってきた。
「た、大変でございます!ぞ、賊が、あのガトーなる賊が館の前に現れ、グラハム様とクライスラー様に話があると申しております!」
「「んなっ……」」
何だと!?昨日の今日で今度はいったい何だというのだ!?
---ガトー視点 エクセンタスの街---
『変装の指輪』で人に化けた俺とアリストテレスは、二人でエクセンタスの街にやってきた。
《転移》は一度直接行ったことのある場所にしか使えないようだったから、二人で仲良く《飛行》で空の旅だ。
「しかし……いかにも田舎の小都市といった殺風景なところでございますな」
「そうだな。まぁ、私はこういう街は嫌いではないが」
乾燥した土地に木造とレンガ造りの簡素な建物が立ち並ぶ様は、さながら西部劇の舞台のようだ。
「アリストテレスよ、今回の訪問の目的はちゃんと心得ているな?」
「もちろんでございます。彼の者共に二度と反抗する気を起こさせぬようしっかりと心を砕いておくことでございましょう?私もそちらのプランが良いと思っておりました。心配なさらずともこのアリストテレス、不用意に人間どもを殲滅したりするようなことはいたしませんとも」
うん……プランとか知らないけど、事前に確認しておいて良かった。
「違うぞ、アリストテレス。今回の訪問はシンプルに『ケンカの後の仲直り』が目的だ。エクセンタスの街は我らの拠点に最も近い人間の街……関係が良いに越したことはないのだ」
「なるほど……急いては事を仕損じるというわけですな。完璧に作戦を遂行するため、今回はあえて慈悲を与えると……」
……とても湾曲して伝わっている気がするが……まぁいっか。
そうこう話しながら、街の広場やそこに出ている出店を覗いたりしてしばらく散策を楽しみ、俺たちは街でひときわ大きな建物の前にやってきた。
「…っ!?」
二人いた衛兵のうち一人は大きく目を見開き、もうひとりはなんと俺の顔を見た瞬間に気絶してしまった。
「あー、ガトーという者だが領主とクライスラー殿に会えるだろ……」
「う…う…うぁぁぁぁぁぁあああ!」
衛兵のもう一人も俺の話をろくに聞かずに屋敷の中に走り去った。
「なんと……全く失礼な奴らでございますな。いっそ建物ごと吹き飛ばして……」
「待つのだ、目的を思い出せ……たぶん……何か、タイミングが悪かったのではないか?」
「タイミング……お言葉ながらそのようには見えませんでしたが……」
ですよねー……
少しして、執事っぽいおっさんが恐る恐る話しかけに来たので事情をもう一度話し、何とか応接室までは案内されたから良かったが危うく門前払いを食らうところだった。
ガトー殿のところを去ってから数時間後、俺たちはエクセンタスの街に帰還した。
道中は兄のガレオン以外誰も口を開かず、何人かの兵士は声を押し殺して泣きながら歩いて帰ってきた。
そしてその兄も泣いたり笑ったりでとても正気とは言えない。
遠目に俺たちの凱旋を見つけたときには歓迎ムードで入り口に集まっていた街の人達も、街に近づく俺たちの表情を見るや申し訳無さそうに散っていき、荷車に積まれた兄の喚き散らす声が街に届く頃にはもう誰もその場に残っていなかった。
そして今、男爵邸の広間で父グラハムとヘイモンズ伯爵を前に、俺と伯爵の兵の一人が帰還の報告をしといるところだ。
あったことをそのまま話せと言われたが……そんなことは不可能だ。
あんな地獄のような光景を淡々と話せるほど落ち着いていないし……そもそも……あれは言葉にならないのだから。
「なんと……あの勇猛なガレオンが全く歯が立たんとは……」
父はまだ兄に会っていない。出迎えに現れた母上の青ざめた顔を見ると、とてもじゃないが今父上にアレを見せるわけにはいかないと思ったから、事実として敗北したことだけを伝えた。
その後も俺とヘイモンズ卿の兵から状況の報告は続いたが、事前に何も打ち合わせなどしていないにも関わらず、俺もあちらさんも口にした結論は全く同じ……「彼らを刺激するな」それだけだ。
「グラハム殿……何と声をかければよいやら。しかし此度は相手が悪かったと言うことだ。それでクライスラー、そのガトーなる魔族は多数のアリの魔物を従え建国の宣言をしたのだな?」
わざわざ参戦させた兵士たちが手ぶらで帰ってきたのだから、ヘイモンズ卿はもっと怒りをあらわにするかと思ったが予想に反して冷静だ。彼の兵がほとんど無傷だったからだろうか?
……心はボッキリと折られているから、あくまで外見上の話ではあるが……
「はい」
「そうか……グラハム殿はご子息も大変な目に遭うたのだ。しばらく静養したほうが良かろう。かの『国』との対話はわしが代わりに請け負おう」
「かたじけのうございます……ヘイモンズ卿」
「よいよい……では、わしは自領に戻るとしよう」
そう言って伯爵は早々にエクセンタスの街を発った。
………
……
…
翌朝。
寝る前には絶対に悪夢にうなされると思ったが、とんでもない。それ以前に寝ることなどできなかった。
目を閉じるたびに瞼の裏に血の雨が降り注ぐあの光景が蘇り、どんなに強く耳をふさいでもアリの化け物が死体を食らったときのあの不快な音が鮮明に頭の中に鳴り響くのだ。
気がつけば窓の外は明るくなっていて、目的もなく部屋を出た俺は、母上の側仕えに呼ばれて兄ガレオンの部屋にやって来たのだった。
「えへっ……えへっ……」
ガレオンはまるで大きな赤子のように母上の膝の上に抱きかかえられ、よしよしなどとあやされて機嫌が良さそうだ。
そこには父上も来ていて、椅子に腰を下ろしたまま頭を抱えている。
「クライスラーよ……ガレオンがこうなる前に助けてやることはできなかったのか……これではあまりに……あまりにも酷い……酷すぎるではないか」
父上のかすれるような声がその心情を物語っている。
「……はい。申し訳ありません」
「なぜ……私の領地にあのような者が現れたのだ。ここでなくとも……いくらでも手頃な場所はあったはずではないか」
返す言葉が見つからない。
気持ちは痛いほどわかるが、こればかりは「不運」だったと割り切る他ない。
俺だってその不運を呪いながら、街の人の命を救うために裏でガトー殿に情報を流したのだ。その結果があの地獄かと思うと死にたくなるさ。
もっとも、たとえ俺の情報がなかったとしてもガトー殿のあの異次元の強さの前には大した違いはなかったのかもしれないが。
いっそ兄のように俺の心も壊れてくれれば、こんなに気持ちが沈むこともなかっただろう。
「……やはり、報復など考えるべきではないとお前は思うか?」
「……はい。十王という呼称のことは分かりかねますが、ガトー殿は魔族……そしてその中でも間違いなく強者です。その力は我々の手に負える次元のものではありません」
「くぬぬ……しかし……このままでは……大事な跡取りのガレオンがこのような酷い仕打ちを受け……王から賜ったこの地に賊が平然と居を構え……私は怒りの矛先をどこに向けたら良いのだ」
「それでも、です。嵐に家を吹き飛ばされたからと言って、その嵐に復讐を考える民がおりましょうか?それと同じことです。仮に、父上が恥を忍んで国王陛下に兵の派遣を嘆願したとしても、100や200の兵では今回と同じことになるでしょう。それ以上の規模となると、今は隣国との戦争の最中……とても王都からこのような辺境の小領地に大軍を差し向けてくださるとは……で、あれば」
父上はそれきり何も反論することはなく、また頭を抱えて黙り込んでしまった。
会話が止まったまま、兄上が時々グズる声だけが室内に響いている。
そして、俺がそろそろこの場を退出しようとその時、使用人が慌てて部屋にやってきた。
「た、大変でございます!ぞ、賊が、あのガトーなる賊が館の前に現れ、グラハム様とクライスラー様に話があると申しております!」
「「んなっ……」」
何だと!?昨日の今日で今度はいったい何だというのだ!?
---ガトー視点 エクセンタスの街---
『変装の指輪』で人に化けた俺とアリストテレスは、二人でエクセンタスの街にやってきた。
《転移》は一度直接行ったことのある場所にしか使えないようだったから、二人で仲良く《飛行》で空の旅だ。
「しかし……いかにも田舎の小都市といった殺風景なところでございますな」
「そうだな。まぁ、私はこういう街は嫌いではないが」
乾燥した土地に木造とレンガ造りの簡素な建物が立ち並ぶ様は、さながら西部劇の舞台のようだ。
「アリストテレスよ、今回の訪問の目的はちゃんと心得ているな?」
「もちろんでございます。彼の者共に二度と反抗する気を起こさせぬようしっかりと心を砕いておくことでございましょう?私もそちらのプランが良いと思っておりました。心配なさらずともこのアリストテレス、不用意に人間どもを殲滅したりするようなことはいたしませんとも」
うん……プランとか知らないけど、事前に確認しておいて良かった。
「違うぞ、アリストテレス。今回の訪問はシンプルに『ケンカの後の仲直り』が目的だ。エクセンタスの街は我らの拠点に最も近い人間の街……関係が良いに越したことはないのだ」
「なるほど……急いては事を仕損じるというわけですな。完璧に作戦を遂行するため、今回はあえて慈悲を与えると……」
……とても湾曲して伝わっている気がするが……まぁいっか。
そうこう話しながら、街の広場やそこに出ている出店を覗いたりしてしばらく散策を楽しみ、俺たちは街でひときわ大きな建物の前にやってきた。
「…っ!?」
二人いた衛兵のうち一人は大きく目を見開き、もうひとりはなんと俺の顔を見た瞬間に気絶してしまった。
「あー、ガトーという者だが領主とクライスラー殿に会えるだろ……」
「う…う…うぁぁぁぁぁぁあああ!」
衛兵のもう一人も俺の話をろくに聞かずに屋敷の中に走り去った。
「なんと……全く失礼な奴らでございますな。いっそ建物ごと吹き飛ばして……」
「待つのだ、目的を思い出せ……たぶん……何か、タイミングが悪かったのではないか?」
「タイミング……お言葉ながらそのようには見えませんでしたが……」
ですよねー……
少しして、執事っぽいおっさんが恐る恐る話しかけに来たので事情をもう一度話し、何とか応接室までは案内されたから良かったが危うく門前払いを食らうところだった。
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