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第1章 幼少期編

第15話 山頂の番人

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 それから十分な休息を取った俺達は、再び頂上を目指して行動を開始した。今どのくらい登ったのかは見当もつかない。

「アルフレドさん、さっきの吹き下ろしの風が吹く場所っていうのはだいぶ近いんですか?」

「あぁ……もう目と鼻の先のはずじゃ」

 過去にその場所で仲間を一人失っているんだ。アルフレドさんの表情がいつになく険しいものになるのも納得だった。

 そして、少し先の角を曲がったところで急に階段の道幅が狭くなった。

「なるほど……これは突風にやられたらひとたまりもないですね」

「うむ、二人共ワシから離れるでないぞ」

 俺達は3人くっついた状態でゆっくりと先へと進んだ。先頭のアルフレドさんはすでにエアバリアを上に発動している。

 ビュォッ!

 細くなった道の半分ほどまで進んだとき、大きな風切音とともに上空の霧が一瞬晴れた。

「キャァっ!」

 上空からほぼ真下に打ち付けるような角度で圧倒的な体積の空気の塊が降ってきた。アルフレドさんが上空に展開しているエアバリアがその圧力に悲鳴を上げ軋んでいる。 

「ララ、立つんじゃ!この突風はここを抜けるまでずっと吹き続けるぞ!シリウス君、ララを頼む!」

 僕は後ろでしゃがみ込んだままのララさんの手を握ると、ゆっくりとその手を引いてアルフレドさんの後ろから離されないように歩みを進めた。

「ごめん、シリウス君……もう大丈夫!さっきのはビックリしただけだから」

 ララさんにそう言われたことで、俺はララさんの手をずっと握りっぱなしだったことを思い出し慌てて手を離した。

「す、すいません!」

「ううん、ありがとう!」

 非常事態まっただ中だし、俺はなんとか心を落ち着かせ、ララさんと二人でアルフレドさんのあとに続いて細道のゴールにたどり着いた。

「ふぅ……来ると分かっていても驚くものは驚きますね」

「ほんと……怖かったぁ……」
 
「うむ、あと少しこちら側にたどり着くのが遅れたら危ないところじゃった」

「でも、突風がずっと吹き続けるなんて妙ですよね?もしかしてアレも何かの魔法なのでは……?」

「ワシもそう考えておる。しかし、風の魔法でアレほど強力なものを知らんから正体はわからんがのう」

 確かにそのとおりだ。あんなのが魔法だとしたら、その魔法攻撃力は一体どれほどになるのか……この山には神がいる、という話もあながち嘘ではないような気がしてきた。

「とにかく、先を急ぎましょう!」

「そうじゃのう」

 そして俺達は先を目指して再び歩き出した。

「……ん??」

 上の方からなにかの視線を感じた気がしたけど……まぁ気のせいか?


 またしばらく歩いたところで、アルフレドさんからの事前情報の通り土砂崩れがあったけど、突風と違って土砂がずっと降り注ぎ続けるなんてことはなかったし、ビックリはしたけど余裕で対処可能なものだった。


 ジーフ山の足元に広がる森林も、さらには空の模様も、景色はいつまでたっても変わらないから一体今が何時なのかも分からなくなってきた。
 ただ、一つはっきりしていることは確実に山頂が近くなってきたということだ。
 ちょうど足もとにはさっき土砂の振ってきた通路が見えている。そこから歩きだしてまだ10分くらいしか経っていないはずだ。ということは外周の長さがだんだん短くなってきたということだろう。

「ついにここまで戻ってきたか……二人共、この先の人型は一定の守備範囲の中に入った異物を排除するように設計されておる。もし、勝てんと思ったらやつの守備範囲の外まで全力で逃げるんじゃ」


 そして、階段が終わり真っ直ぐな石畳の通路に変わったとき……遂に人型魔道具との対面の時がやってきた。魔道具の後ろには真上つまり山頂へとまっすぐに続く石階段が見えている。

 つまりこいつがラスボスってわけか……

 俺は視界に人型を捉えた瞬間に鑑定を発動させたが、やはり魔道具で間違いなかった。見た感じはデパートなんかによくいる裸のマネキン、ただし俺の知っているマネキンは両腕に一本づつハルバードを持っていたりなんかしなかったが……
 普通に考えたら逆に大振りになりすぎてスキだらけになりそうなもんだけど……
 そして、こっちのほうが厄介なんだけど相手が生物でない以上、HPや攻撃力のようなステータスが表示されない。つまり、相手の力量の底が知れない状態で戦わなければならないということだ。

「二人共、ワシが合図したら一斉に攻撃魔法を放つのじゃ」

「「…はい!」」

 ララさんは略式詠唱に入り、後は結びの句を唱えるだけで火弾が花てる状態に入った。
 アルフレドさんはアイスバレット。アイスバレットは一発の威力が低い代わりに魔力を消費し続ける限り氷弾をマシンガンのようにぶっ放し続けられる魔法らしい。

 ん~、じゃぁ俺はいつものエアカッターにしよっかな。

「アイスバレット! 二人共今じゃ!」
「火弾!」
「え!?あ!エアカッター!」

 ヤバいちょっと遅れてしまった。俺は特に技の名前を言う必要はないわけだけど、なんとなく二人に合わせて口走ってしまった。

 3つの魔法がそれぞれ人型魔道具(マネキン)に向かって飛んでいく。

 ガガガガガガガガガッッ

アイスバレットが連続でマネキンにヒットしている。

 ボンッ!

火弾がまともに着弾し爆発したような音も聞こえる。

 ……キュィィィィン……  

空気の切れるような高音が響いたが、俺の放ったエアカッターはマネキンに着弾することはなかった。

 マネキンは先の二人の攻撃をかわす素振りもなく全身に浴びながら、両手のハルバードを高速で振り抜き魔法を使わずにガチの真空の刃を作り出した。そしてそれが俺のエアカッターを相殺してマネキンには一切ダメージが通っていない……
   
 今の動き、何?完全に人間の動きじゃないよね?

 あんなに大きなハルバードが振られたというのにほとんど目で追うことができなかった。そして、そんな大きなものを振り回しておいてマネキン本体はバランスを崩すようなこともなかった。よく見ると両足が地面にめり込み、強引に身体が支えられている。

 そしてマネキンは間髪入れず反撃に打って出た。さっき、俺のエアカッターを相殺した真空の刃を連続でこっちに向けてぶっ放してくる。
 アルフレドさんもララさんも、魔法の発動には短いが詠唱を要する。ここは俺が守り切らないと二人じゃ防御が間に合わないだろう。

「二人共、僕の後ろへ!」

 俺は一歩前に立つと二人をかばうように特大のエアバリアを展開した。

キュィンキュィンキュィンキュィン…

 今のところエアバリアでなんとか防げてはいるが、このままじゃジリ貧だ。

「二人共、反撃の準備はいいですか?!」
「いつでも良いぞ」
「オッケー!」
「了解です!じゃぁバリア解きますよ!いち、にの、さん!」

 そして二人の援護射撃と併せて俺もエアカッターを連射しまくった。相変わらずマネキンは二人の攻撃には目もくれないが、俺の攻撃だけは的確に防いでくる。

 何度かこんな攻防を繰り広げてところで……

「ハァッハァッ……魔力が……持たない……」
「むむぅ……まだこれほど力の差があるとはのう……」

 二人は俺のエアバリアの後ろで少し休憩を取っている。

「それにしても、なぜアイツは俺の攻撃だけ抑えに来るんでしょう?」

「ワシの推測じゃが、おそらくあやつは君の魔法の威力を理解しておる。ワシらの攻撃はもらってもそれほどダメージがないが、君の攻撃だけはもらうと不味いということを瞬時に判断したのじゃろう」

 なるほど、そういうことか!ということは逆に考えれば、俺の攻撃をアイツに当てることができれば少なくともアイツの嫌がる程度のダメージが与えられる可能性があるってことだ!

「アルフレドさん、土槍って地面からしか打てませんか?アイツの真横、山肌から突き出させることって出来ないですか?」

「ララさん、落とし穴使えましたよね?アイツの体を支えているあの地面を一瞬なくすことは出来ませんか?」

「なるほど……可能じゃ」

「私も……魔力はもう殆ど無いけど、一発くらいなら」

「ありがとうございます!僕が合図したら同時にお願いします!」

 そして二人は最後の力を振り絞って略式詠唱の準備に入った。

「行きますよ!いち、に、さん!」

「土槍!」
「落とし穴ぁぁぁぁ!」

 そしてエアバリアを解いた俺は両手から連続してエアカッターを発射した。

 人型魔道具はそれを迎撃しようとハルバードを振りかぶったが、横から突き出た土槍にぶつかり、上手く腕を振り下ろすことが出来ない。そしてララさんの放った落とし穴で急に足場を失ったことで、まともに俺のエアカッターを食らうことになった。

 まず1発目のエアカッターを相殺できないと判断するなり、武器のハルバードを盾の代わりにして受け止めたがそのせいで両腕ごと切断されてしまった。2発目のエアカッターはまともに胴体に直撃し、そのままマネキンの身体は真っ二つになった。続けて無数の刃が人型魔道具を細切れにしていく。

 こうして俺達は山頂の番人を討伐することに成功した。

「おぉ、遂に…遂にやったか!」

「や、やったー!」

 感極まったララさんに抱きつかれ、頭が真っ白になる俺……ていうか大きなアレが顔にあたっているので息できません!ほんとに!ヤバい!

「ブ、ブハッ!ラ、ラさん……落ち着いて!危ない!危ない!」

 意識が飛ぶ寸前で辛うじて気道を確保し、ララさんのハグから抜け出した。

「ふぅ……アルフレドさん、いよいよ、山頂ですね」

「うむ……長かったのう……この瞬間を死んだ3人にもフィリップにも見せてやりたかったわい……」

 アルフレドさんは目頭を押さえて、静かに呟いた。聞きなれない名前があったけど、今それを聞くのは野暮ってもんだ。

「二人共、ここで少し休みませんか?多分無いとは思いますが、この上でさらに敵が待ち受けていると言う可能性もありますので」

「そうじゃのう……ララの魔力も底をついたようじゃし、少し休憩をしてから山頂に向かおうかのう」

 俺達は山頂へと続く階段に腰を下ろし、そこでしばしの休憩を取った。


◇◆◇◆◇

 ジーフ山、山頂

 2つの影が再び姿を表し、人型魔道具と戦闘を繰り広げ、遂には勝利を収めた三人の姿を眼下に見下ろしていた。

「おぉ、見たかアルマよ。人の子がアレを倒しおったぞ!」

「えぇ見ましたともジル。まさか本当にここまで人の子がやってくるなんて!」

「しかし奴ら、あんなところに座り込んで休んでおるが、まさかここまで来ずにひと休みして帰る気ではあるまいの?」
 
「まさかまさか、きっと疲労が溜まっておるのでしょうよ。もうしばらくここで待とうではありませんか」

 そして2つの影は再び深い霧の中に姿を消した。
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