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第4章 シャルマ帝国編

第69話 強制連行

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 昨夜、ウィルから貴族たちへの刑の宣告について聞かされた俺たちだったが、日中は昨日通りテントで薬を売りさばいた。

 「昨日通り」というところがミソで、俺はこの日も店頭に立っていない。今日はウィルは同行させずに一人でコロシアムの偵察に来ていた。

「ふぅ、やっと撒けたか……意外にしぶとかったな」

 この日も宿を出てから尾行がついていたが、二人ではなく一人だった。この気配は昨日途中で尾行をやめた方だと思うが、いま事を荒立てるのは得策ではないので、適当に路地に入り込んで撒いたというわけだ。

 そして、人の気配が無いことを確認すると20メートルはあろうかというコロシアムの外壁の上に飛び上がった。

 ……今更ながらにとんでもない身体能力だ……

 屋根の上からコロシアムの全貌を見渡してみると、大きさは東京ドームより一回り小さいくらいだろうか。とは言え相当な数の観客が収容できそうだ。

 今日は特に催しも無いようで観客の姿はなく閑散としていたが、警備の兵は何人か巡回していた。

「じゃ、中に入ってみますか」
 
 俺は隠密スキルをフル稼働させて客席に降り、そのままコロシアムの内部へと侵入した。

………
……


 通路の中は物陰に隠れたり天井に張り付いたりして警備兵を躱し、広い部屋にたどり着いたところで兵士たちの会話が耳に入ってきた。

「三日後にはここに100人の貴族が連れてこられるのか」

「陛下が全員まとめて刑を宣告するらしいけど……100人死刑なんてことになったら大変なことになるな」

「流石にそれはないだろう……ここだけの話だが、噂じゃどこかの国に売り飛ばすんじゃないかって話だ。かなり頑丈な馬車が何台も牢獄に入っていったのを見たって奴もいる」

「それがマジなら、殺すよりはマシってことなのか?はぁ……俺、ニコラス伯爵には世話になったからなんか複雑だなぁ。こんな濡れ衣みたいな罪で捕まってさぁ……」

「ば、ばか!滅多なこと言うもんじゃねえ!誰かに聞かれてたら俺たちだって……」

「わ、悪い……」

 何台もの馬車、か。確かに監獄とコロシアムはそれほど遠くないから、わざわざ馬車を使って運ばなくても、手錠をはめて歩かせれば十分だ。しかし、反逆罪なんて言っておいて処刑もせず売り払う必要があるとも思えない。

 ん~……何か見落としがあると思うんだよな……

 その後もしばらくコロシアムの内部を探索したが、特に気になるところは無かった。俺はメモ帳にコロシアムの内部の見取り図を記すと、来た道を辿って再び市街地へと戻った。

「結構時間がかかったな……シエナたち、今日も大丈夫だったかな」

 太陽はすでに真上を通り過ぎていた。店を出していた場所に戻るとすでにテントは畳まれていたので、そのまま宿に戻ることにした。

「あら、シリウスおかえりなさい」

 部屋に戻るとソニアがこちらに顔を向けてニコリと微笑んだ。

 ……なんだろう、すごく癒やされる。

「あ、あぁただいま。あれ……シエナは?」

「シエナったら、お店を閉めて宿に戻ってきたところで「さっきからこっちの様子をずっと監視しているヤツがいるから逆に探ってきてやるわ!」なんて言って突然どこかへ行っちゃったわ」

 ……多分、俺を尾行していたやつが俺を見失って二人に標的を変えたんだろう。シエナに限って見つかることは無いだろうけど、大丈夫かな?

「それで、シリウスの方はどうだったの?」

「今日はコロシアムを見てきたんだけど、今の所特に気になることは無かったかな。明日は監獄を見てこようと思ってる」

「そう、あまり心配はしていないけど、気をつけてね」

「アハハ、ありがとう」

 そして、ソニアの淹れてくれたハーブティを飲んで一息ついていると程なくシエナも帰ってきた。

「おかえりシエナ。どうだった?」

「どうだった……って、あぁソニアに聞いたのね!そう、物陰からずっとこっちを見てるやつがいたから逆にどんなやつか見てきてやろうと思って!」

 シエナは得意気に胸を張って、話を続けた。

「ずいぶん小さなやつで、しばらく私の後ろを追ってきていたんだけど、途中で撒いて逆にそいつの尾行をしてやったのよ!真っ黒なフードをかぶってて最初はよく分からなかったけど、ついに正体を掴んでやったわ!そしたらなんと!」

「……なんと??」
「なになに?」

 シエナの意図的な演出にうかつにも食いついてしまった俺とソニアの反応に、待ってましたと言わんばかりに、シエナはニヤリと笑みを浮かべた。

「獣人族だったわ!鼠人族!私初めて見たけど、ほんとにネズミみたいな顔してるのねぇ」

「獣人族……俺も初めて聞くなぁ」

 俺ももちろん獣人族なんて見たことがないし、シエナの情報にはかなり興味を引かれた。

「ね!大発見でしょ!?すごくない!?」

 シエナは自分で話しながら、目をキラキラさせている。

「私は知っているけど、実際に見たことはないわ……でも、獣人族が人族の街に紛れ込んでいるなんてかなり珍しいと思うの。獣人族は獣人族だけの社会で生きていると大婆様からも聞いていたから」

「なるほど、そうすると黒いフードってのも頷けるね。向こうもあまり正体はバラしたくなかったわけだ。で、シエナ、もちろん向こうになにかちょっかい出したりしてないよね?」

「まったく、私をなんだと思ってるの?何もしてないわよ!私を見失ったあと、別の場所に移動したからそれをしばらく観察してただけ!」

 このくらいの軽口はお互い慣れたもので、シエナは呆れたような顔は見せているが怒っている様子はない。 
 
「それで、その鼠人族はその後どこに向かったの?」

「路地裏をぐるぐると回ったあとで、お城の近くの大きな屋敷に裏口から入っていったわよ!」

 シエナはそれ以上の追跡はせず、そのまま引き返してきたそうだ。王城の近くの大きな屋敷、ってことはどこかの貴族のものだろう。

 その後、俺の見てきたコロシアムの状況についても二人に共有し、今後の作戦について話し合った。

「当日はコロシアムにも市民が集められるし、そこで大暴れするのは危険だと思う」

「そうね、じゃぁ明日みんなで監獄に押しかけましょ!」

「まぁまぁ、シエナ落ち着いて。監獄への突入は良いんだけど、貴族たちの収容されている場所や中の造りなんかを少しでも調べておかないと!明日俺が監獄を調べてくるから、突入は公開裁判の前日、つまり明後日だ。明日、二人には逃した貴族たちをハズールからの迎えの船が来るまで匿っておける場所を探しておいてほしいんだけど、頼めるかな?」

「「了解!」」

 二人が揃って頷いた。

………
……


 しかし、予定というのはよく乱されるものだ。翌日に起こった出来事のせいで、計画は大きく狂うことになるのだった。

 翌朝、俺たちが1階に降りて朝食をとっていると、宿のドアが壊れそうなほど勢いよく押し開けられた。

「ここにウィルという少年はいるか!?」

 そして宿に10人ほどの衛兵がなだれ込むように入ってきた。

「い、い、一体なんですか!?」

 宿屋の店主は、兵士たちを見て顔を真っ青にしている。

「ウィルというのはお前の息子で間違いないか?今どこにいる?」

 隊長格の男が、店主に尋ねた。

「ウィ……ウィルは……外に出ていて帰っていません。うちの息子に一体何の用ですか?」

「ふむ……そうか。お前達、手分けしてガキを探せ」
 
 兵士は店主の話になど聞き流し、同行させていた兵に宿の捜索を命じた。まるで、最初からウィルが建物内にいることを知っていたかのように。

「ちょっと、シリウス!あんなのほっといていいの?」

「シエナ、ソニア。二人ともここは我慢するんだ。ウィルのことは必ず助け出すから」

 その後まもなく、2階からウィルの抵抗する声が聞こえてきた。

「離せ!離せよ!」

 衛兵二人に両脇を押さえられ、引きずられるように1階へと連行されたウィル。一瞬俺と目が合ったときには、ひどく怯えた顔をしていたが、俺が小さく頷いてみせるとウィルの目にも力が宿り、小さく俺に頷き返してみせた。

「ウィル!」

 店主はカウンターから飛び出して、連行されてきたウィルに駆け寄った。俺もそのタイミングで席を立ち、隊長の前に歩み出た。 

「これはこれは、朝から騒がしいことで。私たちはハズールからやって来た薬売りですが、そこの少年には帝都の案内をしてもらった恩もあります。一体この度はどのような咎で彼を連行なさるのですか?」

「この少年には、とある貴族の一族と共謀し国家の転覆を企てた疑いがあってな。したがって、彼を連行し詳しく取り調べを行わなければならない。私としてもこのような子供に帝国式の取り調べをするなど非常に心苦しいが、上からの命令だ」

 隊長は淡々と言い放った。

「そんな!なにかの間違いです!それにウィルはまだ子供だ、国家の転覆なんて大層なこと出来るわけがないじゃないですか?」

 店主は隊長の言葉に一層顔を青くしていた。

「案ずるな、取り調べた結果何もなければちゃんと返してやる。お前達、連れて行け」

 隊長が命じると兵士たちはそのままウィルを宿の外に引きずり出そうとした。しかし、兵士の足元に店主がしがみついてそれを妨げた。

「どうか……どうかご勘弁を!今後二度とそのような疑いを持たれることの無いよう、私からよく言い聞かせておきますので!お願いします!お願いします!」

 隊長はため息を一つつき、手を払うような仕草を衛兵に送った。衛兵は無言でうなずくと、足元にしがみつく店主を蹴り飛ばして無理やり引き離した。

「お、親父!?」

「ウィル!ウィル!」

 衛兵たちが通りまで出ると、俺の横にシエナがやってきた。

「あの隊長、かすかに鼠人族の匂いがしたわ」

 なるほど、王城のそばの大きな屋敷……少なくとも鼠人族は開戦派の貴族と通じているらしい。

 俺は扉の前でうずくまる店主のもとに歩み寄り、蹴られたときに出来た傷を治療した。

「ありがとうございます……」

 店主は遠い目で扉の外を見つめている。

「俺たちでウィル君を救い出します」

「そ、そんな!だめだ、お客さんたちにまで迷惑は掛けられねえです……」

「ウィル君には街を案内してもらった恩もあるので。それにもしかしたら俺たちがタイミング悪くハズールから来たせいで、開戦派に目をつけられたのかも知れませんし」

「で、ですが……」

 さて、ウィルがついれていかれた場所に心当たりが出来たとは言え、急いで追いかけないと心配だ。

 昨日ウィルと街を回っていたとき、監獄の前で彼は
「俺達みたいな平民があの中に連れて行かれたって話は聞いたことがないんです……きっと……」
なんて言っていた。

 本当に無実なら釈放される可能性もあるのかもしれないが、ウィルの場合はそもそもフローラと接触していた事実があるので無罪とは行かないだろう。そして拘留されることも無いのだとすれば殺されるくらいしか思いつかない。
 
「シエナ、ソニア、これから3人でウィルの奪還に向かう」

 二人は無言のまま首を縦に振った。

 そして俺たちは揃って通りに出ると、シエナの嗅覚を頼りに早足でウィルを追いかけた。
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