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20.兄弟たちの心配事

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「はーあ、良いお湯ですわ」
「……なあ兄弟」

 俺たちが露天風呂から出て行ったあと。フラフラというかガクガクの俺を良助が部屋まで連れて行った後のことである。キャンディー王国で二人きりで暮らしていた義理の兄弟二人が、ゆったりと温泉でくつろいでは、旅の疲れを癒している。真珠色の髪を後ろで一つにまとめて、確かに男性の身体で湯につかっているシスターに、彼の兄弟分であるブラウニーさんが問う。

「勇者様と、リョースケ様。只ならぬご様子であった、何かあったのか?」
「あらぁ、うふっ。ブラウニーったら野暮ですわよ、野・暮。お若いお二人ですもの、そういうこともありますわ」
「それはどういう……兄弟まさか」
「元々リョースケ様は、ヘータ様のことをお慕いされていましたでしょう。そして今夜、彼には幻魔の毒が残っていた」
「魔女の仕業か」
「そう、きっと魔女たちはヘータ様の動向を伺っておりますの。だから十分に、じゅうぶんに私どもも気を付けて、ヘータ様をお守りしましょうね」
「兄弟」
「なんですの、ブラウニー」
「本当に、ケーキ共和国に行っても平気なのか」

 ちゃぷん。シスターが両手でお湯を掬って、美しく穏やかな彼の表情にそれを浴びせる。そうして少し顔を振って水を払っては気丈に笑い、隣に浸かっている彼の兄弟の背中を叩いた。

「本当に、心配しすぎですわブラウニーったら。私はもう、あの頃の私ではありませんの」
「……勇者様のことも、兄弟のことも、きっと私が守ってみせよう」
「あら、それは心強い」

 業と茶化して笑っては、『お先に』とシスターは風呂から上がったのであった。

***

「平太、大丈夫か?」
「うん……良助こそ、本当にもう大丈夫なのかよ」

 四人部屋のベッドに横たわった俺の横、良助が椅子に座って労わるように俺の額を撫ぜている。今の良助はと言うと本当に何事もなかったかのようないつもの良助で、さっきの獣みたいな良助は幻だったかのようで、でもそれはともかく俺は、まだ毒を負った良助のことがそれでも心配でならなかった。良助が自嘲気味に笑う。

「本当に、もう大丈夫だ。平太のお陰ですっかり毒も抜けたよ、ありがとう」
「俺の、お陰……」
「もう疲れただろ。馬車での旅に三日も費やしたんだ、今日はゆっくり休んだ方が良い」

 優しい良助に撫でられると、ゆっくりゆっくりと瞼が重くなってくる。肉体的な疲れと、精神的な疲れ。両方が同時に襲い掛かってきて、俺はベッドで眠りの船をこぎ始める。

「りょうすけ、ほんとうに……心配、したんだ」
「解ってるよ。もうお前にあんな心配はさせない」
「でも良助は、俺のためにたたかう、だろ、」
「お前を泣かせるくらいなら、二度とあんなへまはしないさ」
「泣いては、いないけど……」

 その言葉を最後、俺が眠りについたのを見計らって良助も立ち上がり、シスターとブラウニーさんを待たずして彼もベッドに入ることをする。ベッドで良助は俺の感覚を思い出し、夢にまで見た快感を思い出し、やはり自嘲気味に笑って呟いた。

「今はまだ、こんな形でも良いだろ?」

 その台詞が、誰に向けた疑問形なのか。それは良助にもわからないことである。

***

「おはようございます勇者様」
「ふあっ!?」

 いつも俺が目覚めるまで放置する仲間たちの内のブラウニーさんが、眠っている俺にそう声をかけてきたから俺は、浅くなっていた眠りから覚醒する。ガバッとベッドから起き上がり、周りをキョロキョロして、寝惚けた頭で昨日の出来事をいろいろ思い出しては少し頬を染める。

「おっ、おはようございますブラウニーさん! いま何時ですか? おれ、寝坊でも……」
「今は午前八時でございます。旅館の朝食の時間がございますので、失礼ですがお呼びいたしました」
「そう、ですか……他の二人は?」
「既に朝食の席へ向かいました。私が勇者様を、八時までには起こすと約束を」
「そうですか、ごめんなさい! ブラウニーさんを手間取らせて」
「私にお構いなく。さあ勇者様、顔を洗って朝食をとりましょう」
「はぁい」

 そういうわけで俺は水道で顔を洗い、シスターと良助が待つ朝食の席へブラウニーさんと向かった。腰がじゃっかん痛いが、無理もない。毒を負った良助に露天風呂で滅茶苦茶されたのだから。でもそれはあくまで毒のせいだから、俺を守るために傷を負った良助に責任は何一つない。むしろ、何もせずに馬車の中でぼうっとするしかなかった俺が、彼を介抱するのは当たり前なのだ。席について二人に笑顔で挨拶をして、それから俺たちは朝食をやっと取り始める(二人も席にはついていたが、まだ食べ始めてはいなかったらしい)。

「やはりヘータ様、魔女たちは私たちに気が付いているかと思いますの」
「ふへっ?」
「昨日の襲撃……幻魔の襲撃は普通じゃありませんでしたわ。彼女たちは非常に聡いですから、私達の存在を、どこからか盗み見ているに違いありません」
「それって、どういう意味で俺たち、見張られているんでしょうか?」
「それは、魔女たちの考えることなんて私には理解できませんわ。ブラウニーだってそうでしょう?」
「ええ。私にも、彼女たちの頭の中のことなど想像もつきませんが勇者様。気を付けるに越したことはないかと」
「現に良助さまが、おかしな毒に侵されて治療を要したでしょう。もしかしたら、敵意を持っていてもおかしくありません」
「敵意ってことは、やっぱり俺たちが世界を救うのを、阻止したいって? 彼女たちが本当に、この世界の危機に関わっているかもしれないんでしょうか!?」
「そこまでは何とも……ドラゴン様の進言でここまで来ましたのも、ただ他にヒントがなかったからですし」
「しかし勇者様、行ってみる価値はあります。もしも魔女たちがそういう陰謀を抱いていなくても、逆に旅のヒントを貰えるやもしれません」
「そうですか?」
「ええ、それだけ彼女たちは、この世界に聡いのですわ」
「へぇ」

 そこまで喋ってそれまで黙っていた良助が、やっとのことで次から発言を開始する。

「しかし、商人たちの馬車はここまでで流通を止めているんだろう。ケーキ共和国までどれほどかかるかは知らないが、あのモンスターたちの様子じゃ徒歩で行くには労力がかかり過ぎないか」
「そうですわね。ここからケーキ共和国までは、徒歩ならさらに半日以上といったところでしょう。半日以上を無防備に歩くというのも……」
「おや、お客様たちはケーキ共和国までご用事ですか?」
「んっ?」

 俺たちの食事に水を注ぎにきていた明るい獣人の少女が、急に会話に口を挟んできたから俺は食事をごくんと飲み込む。

「それでしたら、私共の旅館の貿易馬車に乗ると良いですよ。なぁに、魔女たちに貿易品を渡すついでですし、魔女たちがモンスターに口利きをしてあります。うちの馬車でなら安全な旅路間違いなしでございます!!」

 胸を張って誇らしげな少女が言うにそういうことらしい。この旅館は魔女ともつながっている。考えればそりゃあそうだ、ケーキ共和国の貿易拠点なのだから当たり前。俺たちは目を白黒させて、しかし今のところそれが最善の策に思えて、だからシスターが俺たち全員の顔を見渡してから『では』とニッコリ優しく笑う。

「その『ついで』で、私共も乗せていってもらえますか、お嬢様?」
「あっ、運転するのは私ではないのです。出発は午前九時……『スフレ』に言っておきますので、皆様その時間に、貿易小屋まで遅れずに向かってくださいませ!」
「あらあら九時。時間があまりありませんわね」
「ええ、スフレはせっかちなもので。ついでに言うと頗る不愛想でして、お客様に失礼をしたら申し訳ありません」
「そんなことは気にいたしませんわ。ところでお嬢様……この旅館、いつから営業していますの?」
「ここですか? ちょうど一年前に、主人が『お告げ』でここの温泉を掘り当てたのです。それから二か月後ですから、とお月まえ程でしょうか」
「おっ、お告げ!!?」

 少女の言葉に俺もつい、食い気味になる。食い気味な俺に疑問符を浮かべて、それでもにこやかに少女は続ける。

「はいっ! 主人の夢に、件のヴェイグ公爵が現れて言ったそうですよ? 『ここに旅館を立てろ、温泉が出る』と。私も別に信者とまでは行きませんが、いやぁ夢に出たというヴェイグ公爵には感謝ですよね!!」
「ヴェイグ公爵が? フン、おかしな予言までするものだな」

 一晩ゆっくり過ごした旅館が、兄弟二人の忌み嫌うヴェイグ公爵のお告げによりできたということを知ったところで食事はお開き。俺たちは午前九時のケーキ共和国行きの馬車に間に合うように、部屋に戻って旅の支度をしたのであった。
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