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29.久しいキャンディー王国の住処

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 時間が無いからということもあり例の温泉宿に再び泊まることはせず、都合の良い貿易馬車を乗り継いで伝説の勇者である俺含めた四人パーティーは、ケーキ共和国の女王の地図が示した地下洞窟の最寄りであるキャンディー王国の城下町まで帰ってきていた。その時すでに俺がキャンディワールドに召喚されてから二十日目。町では益々ヴェイグ教の信者が声を張り上げ『世界崩壊まであと十日! 救いを求めるものよ、ヴェイグ教に入信を!! ヴェイグ公爵は永遠なり!!』などと主張して、更に言うと教徒の人数が幾分か増えている気がする。それもあって城下町は陰鬱な雰囲気で、俺はフードを被った冒険服姿、久しぶりのシスターとブラウニーさんの住居……町外れの教会へとやってきた。

「まあ、二十日も留守にすると埃が溜まるものですわね」
「勇者様、長旅お疲れ様です。少し休憩なさってください」
「ありがとうございます、ブラウニーさん」

 教会裏手の住居スペースで、シスターは世界崩壊危機の十日前だっていうのにせっせと部屋の掃除を始める。俺と良助はブラウニーさんに促されて、ダイニングテーブルの椅子に横並びで座っては、女王に貰った地図を見て話し始める。

「うーん、地図を貰ったはいいものの、俺たちじゃあやっぱりこの辺の地理は解らないなぁ。これってここからどれくらい?」
「チョコレート連合国の方角に、連合国までの道のりの十分の一くらいだな。あの国までは馬車と徒歩を合わせて丸一日と少しだったから……」

 話し合っている幼馴染二人の所、三白眼のブラウニーさんが向かいの席に座って地図を覗く。

「ご心配には及びません勇者様、リョースケ様。その洞窟はこの町のすぐ近く、二時間も歩かない所にございます」
「そんなに近いんですね」
「ええ、ですからヘータ様。とにかく取りあえず、今は温かい食事をとることをしましょう。わたくし、買い出しに行ってまいります」
「兄弟、では私も行こう」
「あら、そうですの? でしたらとっておきのご馳走が出来るように、沢山食材を買ってまいりますわ」

 最後『お楽しみに』とシスターはウインクなんかをして、彼の兄弟のブラウニーさんと城下町の商店街の方へと出て行った。キャンディー王が、ヴェイグ教徒がいう世界崩壊の危機まであと十日。あと十日になってまたここに帰ってくるとは思いもしていなかったから、俺は何となく気が抜ける。

「あっ、良助。俺たち王様に挨拶くらいした方が良いかな?」
「ん? そんな必要、」
「お気遣いなく、勇者様」
「「うわっ」」

 幼馴染二人の声がそろう。二人の背後にいつの間にか、盗賊のような風体で口元を布で覆った金髪ポニーテールに長身の男性が立っていたのだ。二人して振り返って立ち上がると、シーフの男性はご丁寧なお辞儀をしてから小さな声でぼそぼそと語る。

「私、キャンディー王より遣われた者……王直属の兵、フィナンシェと申します」
「キャ、キャンディー王より遣われた!?」
「はい。勇者様方のお帰りがあまりにも遅いため、王により派遣されましてございます」
「そっ、そうですか!? それは申し訳ないです!!?」
「おい平太、そう簡単に信じていいのかよ。大体コイツ、いつからこの住居に居たんだ?」

 尤もな良助の意見にもフィナンシェさんはコクリと頷いて、彼の右手の手袋を脱いでは手の甲の紋章を、俺たちに見せるようにしてきた。

「こちらが私が王直属である証、キャンディー王国のエンブレムでございます」
「いや……俺たちはこの国のエンブレムなんて知らねえんだけど」
「そうでございますね、失礼いたしました。それはでは単純に、わたくしを信じていただくより他ございませんが……とにかく私、勇者様方パーティの皆様がケーキ共和国を出る頃から、約二日間にわたってあなたたちを尾行させていただきました」
「尾行って? 俺たち、馬車で移動していましたし、追従する馬車なんか一つも見ていなくて」
「私の職業はシーフ。人より足が少し速く、身を隠すのも得意なのでございます」
「おい、王直属だって言うんなら、そんなにコソコソしないで直接俺たちと会えば良かったんじゃないか?」
「王は……勇者様が本当に世界を救うために過ごしていらっしゃるかと心配を。ですから隠密に、私が様子を伺っておりました」
「は、はあ、」
「ふん、勇者だ勇者だとまつり上げておいて、結局の所あのジジイも心から平太を信じては無かったんだな」
「勇者様はまだ幼くてございますゆえ、そこはある程度は……申し訳ございません」

 またぺこりとお辞儀をするフィナンシェさんと、悪態バリバリの良助に俺は焦って『ああ、ええっと』と話に割って入る。

「良いんです、それは良いんですが……でもフィナンシェさん、なぜ今まで隠れていたのに、ここであなたの姿を?」
「ここは我が王の治める領地、いわばテリトリーでございます。勇者様の安全と、真摯なる行動を確認しました故、私は一旦王の元に帰還いたします」
「安全、は良いとして。真摯なる行動って?」
「勇者様は、この世界に起こりうる地殻変動について調べに行かれると、そうお聞きしました」
「おっ、俺たちの話まで聞こえていたんですか!?」
「私はシーフ。人より少し、耳が良いのでございます。そしてそのことを、私は我が王に報告する責務がございます」
「報告したところで、この国の兵士たちが何か手伝ってくれるっていうのかよ。ここまで俺たちを放置しておいて?」
「このキャンディーワールドで、他国へ兵を派遣することは禁忌とされております。我が国内での行動であれば、幾分かはご協力できるかと」
「でも俺たちとりあえず、この近くの地下洞窟で地殻変動の調査をしている女性の話を聞きに行くだけなんですが」
「変わり者の『ティグレ』のことでございましょう。彼女は一年前より地下洞窟に篭って、洞窟を掘り進めることをしております」
「あれっ。その女性のこと、フィナンシェさんも知っているんですか?」
「地下洞窟の採掘許可を、彼女は王の元へ取りに来たことがあります。城の者ならば大体は知っていることでしょう。しかし、彼女がこの世界崩壊のキーパーソンだとは今まで誰も、思いもいたしませんでした」
「そっ、そうなんですか……」

 そこまで言うとフィナンシェさんはやっと右手の手袋をはめ直して、最後にペコリ、もう一度お辞儀をする。

「洞窟への、我が国の兵の派遣を検討いたします。勇者様方は一足先に……一休みしてからでも良いでしょう。地下洞窟へとお向かいくださいませ、失礼いたします」

 ひゅんっと風を切る音がして、その音と共にフィナンシェさんは姿をくらませた。その見事な隠密の技に俺たち二人はポカンと口を開けっ放しで、そうして二人で突っ立っていると買い物を終えて食料をたくさん担いだシスターとブラウニーさんが教会住居へと戻ってきた。

「あら? ヘータ様にリョースケ様、二人で立ちっぱなしでどうしましたの?」
「シッ、シスター、ブラウニーさん。いま、ついさっきまで、そこにお城直属だって言うフィナンシェさんが!」
「フィナンシェが? あの者が一体私どもに何の用事で、」
「ブラウニーさん、フィナンシェさんを知っているんですか!?」
「ええ。かつてこの教会の神父を捕らえて連れていったのも、腕利きのあの者、フィナンシェでした」
「そうなんですか!? あっ、それであのっ、そのフィナンシェさんが、ここ二日間の俺たちを尾行していたって!!」
「あらあら、気が付きませんでしたわね。私たちもまだまだ、ですの」
「地下洞窟への、国兵の派遣を検討するって! 『ティグレ』さんという女性が、そこで採掘をしているからって!!」
「……ふむ。では私たちも、食事を急ぐことに致しましょう勇者様」

 と、俺たち幼馴染的には色々驚きのことなのに、シスターとブラウニーさんは案外あっさりしている。いつも台所に立っているシスターに加わってブラウニーさんも料理を始めて、ありったけのご馳走と言った感じの料理たちが一時間ほどで完成。落ち着かないまま俺たちは久しぶりの温かい食事をとって、スープまで飲んではやっと、徒歩で街を出て件の地下洞窟へと向かったのであった。

***

「……と、いうわけでございます。王よ」
「ふむ、大地震とな」

 キャンディー城でフィナンシェさんが、先ほど言った通りに王様に俺たちの動向を報告している。王様はその白髭で少し俯き、それから顔を上げてフィナンシェさんに問う。

「件のヴェイグ公爵は、その大地震を予言していたというわけか、フィナンシェよ」
「申し訳ございません。私には図りかねます」
「私はな、もしかすると奴こそが、この世界を崩壊させようとしているのではないかと思っておったのじゃ」
「……」
「大地震……しかしヴェイグ公爵のこともまだ気になるのう。そもそもヴェイグ公爵というものは本当に『この世界に存在する』のかの?」
「解りかねます、王よ」
「そうじゃろうな。この私にも、この世界に広まるヴェイグ教の全貌は見えておらぬゆえ」
「王よ。地下洞窟への兵の派遣の件ですが、」
「おお、そうじゃったそうじゃった。すぐにでも、私の近衛兵の内の十名程度を洞窟へ派遣しようぞ。フィナンシェ、お前もじゃ」
「かしこまりました」

 そういうわけで選りすぐりの十名のキャンディー王国の兵士が、地下洞窟への出発に向けて彼らのウォーミングアップを始めたのである。
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