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吸血鬼編
融和
しおりを挟む夜の国 ナスターセ城
吸血鬼の王が住まうナスターセ城において、言い争う男女がいた。
始まりの吸血鬼の3家、その1つであるナスターセ家の当主であるアウレルと娘のセラだった。
対照的な親子であった。
アウレルは、髪を後ろで纏めた背の高い男で、ルビーの様な美しい赤い瞳であったが、無機物の様な冷たく鋭い目をしていた。
対して娘のセラは、長い金の髪の割りに背が低く、体の起伏にも乏しい少女の様な姿であったが、父とは違い、その赤い瞳は燃えているかのようであった。また、父の肌が病的な蝋の様な肌であったのに対して、セラはどこか初雪を思わせる様であった。
「父上!イオネスクの連中が、これほど簡単に手打ちにするなど考えられません!」
「セラよ、何度も何度も言わせるな。これは決定事項なのだ。お前とイオネスクの小僧が結ばれることで、我らはさらなる繁栄がもたらされる。いつまでも過去の事で拘り争うなど、バカのすることだ。互いに何の利益になる?人も金も、他の事に使っていた方がずっと有益なのに、今まで戦い戦いだ。無駄なことをしているとようやく向こうのバカも気が付いたのだ」
2人が言い争っているのは、長年争って来た、同じ始まりの1家であるイオネスク家との講和についてであった。
セラは、長年争ってきたにも関わらず、最近急に講和の話を持ち掛けて来たイオネスクに不信感を抱いているが、父であるアウレルはそれを一笑する。
そしてついには、講和の条件がイオネスクの子とセラの政略結婚が条件に上がり、アウレルが了承したことでセラは父に食って掛かっていたのだ。
「ナスターセ家の当主として命じているのだ。分かったな」
「ぐっ。わかりました…」
「ならばよい」
◆
「おひい様…」
「ダメじゃった…」
父の部屋から出たセラをメイドのシルキー、アレクシアが出迎える。
豊満な体つきをし、髪をシニヨンにしている女性で、セラがまだ幼子だった頃から彼女に仕えている存在であった。
無表情であるためよく勘違いをされるが心優しく、今回もセラを心配して部屋の前で待ってはいたが、結果は芳しく無かったと察した。
彼女もまた、長年争って来たイオネスク家とセラの結婚には反対であったのだ。
「おひい様。先代様がお呼びで御座います」
「なぬ?お爺様が?分かったすぐに行く」
父とは違い、敬愛する祖父に呼ばれていると聞き、すぐに部屋に向かう。
彼女の祖父は父とは違い、十分な愛を向けていたのだ。
たまに彼女が年寄りの様な口調で話すのも祖父の影響であった。
「お爺様、セラです」
「おお。入りなさい」
「失礼します」
アレクシアを伴い、セラは祖父アンドレイの部屋に入る。
彼女の祖父は古傷が原因で長年ベッドに伏しており、姿も枯れ木の様であったが、セラにとって最も敬愛する人物であった。
「アウレルはなんと?」
「決定事項で当主命令だと」
「愚かな…誰もが理性で生きているわけでは無いのだ」
アンドレイも今回の一件を憂いていた。長年争ってきたにもかかわらず、話が早すぎるのだ。
最も、上手くいけば自分など足元にも及ばん男であったかと思うだろうが、息子は誰もが利と理で動いていると錯覚している節があるのを危惧していた。
今回の件は罠だとすら思っていたアンドレイはある決心をしていた。出来れば手を付けたくは無かったが、可愛い孫娘を守るために。
「アレクシアよ。本棚に行ってくれ」
「?はい」
「真ん中の段の赤い本、そうそれじゃ。それと一番下の段の緑の本を入れ替えてくれ。そう、最後に一番上の段にある黒い本を思いっきり奥に押し込んでくれ」
不思議に思いながら本棚の前に移動したアレクシアに、アンドレイは手順を説明する。
セラも突然の事に不思議がる。
「押し込みました。…これは?」
「本棚が動いて」
アレクシアが黒い本を押し込むと、本棚が左に移動し始めた。
なにか自分の知らない仕掛けが作動していることに、セラとアレクシアは緊張する。
しかし、本棚が動いてもその後ろには何もなかった。
「お爺様?」
「セラよ、すまんが体を起こしてくれ。杖も」
セラに起こされたアンドレイは杖を突きながら、なんとか本棚があった場所に移動すると、自分の指を噛み切り壁に特殊な紋様を書き出す。
すると突然壁の一部が消え、そこには小さな空間に収められた金庫があった。
厳重な手順で守られた中身を、固唾を飲んで見守る2人であったが、中身はさらに布を被せられていた。
「始祖よ…お許しください…」
「呼び出しの腕輪?」
アンドレイが震える手で布を取ると、そこには遺物である呼び出しの腕輪があった。
そのことにセラは疑問に思う。
確かにかなり高価な遺物ではあるが、祖父がここまで念を入れて保管するほどの物では無かったからだ。城の宝物庫にはこれ以上の物がいくつもある。
「そう呼び出しの腕輪じゃ…呼び出す者は…ダメだ…老い先短い者には言葉に出来ん…」
「お爺様大丈夫ですか?」
尋常でないアンドレイの様子にセラとアレクシアは心配する。かつて吸血鬼の王として君臨していた男が明らかに怯えていたのだ。
「ふう…。ああ大丈夫じゃ。セラよ、お前にこの腕輪を譲る」
「腕輪を」
「そうじゃ、此度の一件。儂は罠じゃと思っておる。だからこれを譲る。身が危ういと感じたら起動させよ。そうすれば助けが来てくれる」
「やはりお爺様も…して何者が来るのです?」
「セラよ…許してくれ。儂ではあ奴の名を言えんのじゃ…。じゃが、必ずお前を助けてくれる」
「はあ…」
何とも曖昧ではあったが、敬愛する祖父の言葉であるならとセラはその腕輪を付ける。
付けても何の変哲もない腕輪に思えた。
「よいか、万が一起動する事態になれば、出て来る者にはアンドレイ・ナスターセの孫娘と名乗り助けを求めるのじゃ。そうすれば何とかなる」
「はい」
「この体じゃ…式には行けん。じゃが儂はお前の幸せを願っている。なに、幸せなんてものは予想もしない所に転がっておる物じゃ。よいな?」
「はいお爺様」
「うん。さあ今日はこれで終いじゃ。お休みセラ」
「はい。失礼します」
「失礼します」
2人を見送ったアンドレイは思案する。
(これで万が一セラに何かあってもどうにかなる。無理やり手籠めにされることも無いはずだ。問題はあの怪物を招く事になる事だが、致し方なし。)
アンドレイはかつて出会った、天を裂いた怪物を思い出していた。
種族辞典
吸血鬼:夜を支配する帝王などと呼称される彼らは、夜の国に居を構えています。大体の吸血鬼は日の光を嫌っていますが、始祖と呼ばれる吸血鬼の直系である王族は、日の光について何とも思っていないようです。
不死かと思えるほどの高い再生力と耐久力を備えており、体が両断される事態になっても、何事もなく起き上がってきます。また、筋力も凄まじく、人間種の腕などは簡単に引き抜かれるでしょう。
最大の特徴は彼らの代名詞と言える吸血で、発達した犬歯に噛まれると、血液と共に、魔力と生命力を吸収され、意志の弱い者であるなら、そのまま彼らの下僕となってしまいます。
総じて高い身体能力と、個体によっては特殊な能力を備えており、人種の中で最も強力な種族と言えるでしょう。
ギネス伯爵夫人著 "大陸の種族"より一部抜粋
今日のやらかし
異常発達して自我を失った雲の精霊を殴ったら空が割れた。
"積乱雲"カーハー:異常発達した雲の精霊。
夜の国の3分の1を覆うほどの雲で、嵐と雷の化身であったが、溜め込み過ぎたエネルギーが爆発寸前であり、精霊としての自我は残っていなかった。
爆発すれば夜の国が吹き飛ぶほどであったが、ある男が雷を落とされながらもカーハーを殴りつけたことにより解決する。
雲が霧散したことにより、まるで天が裂けたかの様な光景であった。
ー精霊をどうにかする方法?お前今、雨を止めれるかって言ったんだぞ?-
ー流石に雲を殴ったのは初体験だったー
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