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触れてはいけない男
触れてはいけない男の逆鱗に触れる2
しおりを挟む魔の国 王都 深夜
「ふう…」
騎士の国に侵攻すると決定した時から、魔の国の王アレルは多忙の日々であった。軍や関係各所の打ち合わせだけでなく、普段の政もしなければならないのだ。そのため、深夜遅くに自室に戻ることが多かった。
「ん?」
今もようやく自室に戻り、寝ようかとしている所であったが、暗い部屋の机にふと違和感を覚えた。
「なんだ?な!?バカな!」
何気なしに机に近づき、違和感の正体を突き止めようとしたアレルは、その机の上に人の生首が置かれていることに気がつき愕然とする。
王の寝室にあるはずのない物であるのは間違いなかったが、さらに問題となるのは、この首が自分が信頼を寄せる情報部の長であった事だ。
「失礼します国王陛下。夜分遅くに恐れ入ります」
「な!?衛兵!衛兵はおらんか!?」
「ああ、無駄ですよ。消音の遺物、結構便利でしょう?本当は子供が大きくなった時に私の寝室に置こうかと思ってるんですよ。ほら色々とありますから」
至って普段通りの表情のままの首を凝視していたアレルであったが、突然背後の扉から声が掛けられた。見ると、東方風の男が扉を背に立ちアレルに話しかけていた。
明らかに面識のない侵入者であると分かったアレルは、外へ向けて大声で衛兵を呼ぶが全く反応が無い。
「何者だ!?」
「はは。ははははは」
「がああああああ!?」
時間を稼ごうとアレルは誰何するが、男は笑顔で笑い始める。アレルが不審に思い始めると、突如足から激痛が走り床へ転がってしまう。痛みに耐えながら足を見ると、血肉が飛び散りあったはずの足が無かった。
「ああそうだろうよ!!知らんだろう!!お前が殺そうとした女の旦那で、お腹にいる子供の親父さ!!」
「ぎゃああああ!?」
大声で怒声を上げる男の目は血走り、憤怒の表情で今度はアレルの両腕を踏み潰す。腕はまるでミンチの様になりながら潰れてしまった。
「嫁と子供が殺されそうになった旦那がどうするか考えなかった!?殺すに決まってるだろうが!!ええ!?そうだろう!?分かるだろうそれぐらい!!」
「ぎっぎぎ」
アレルの喉を掴み上げて空中に浮かせた男は、今度は片手で翼をむしり取る。背の付け根から血が噴き出すも男の怒りはまだ静まらない。
「ああいや!!殺すのはマズい!!そうとも!!変に魔の国が混乱するのはよくない!!だろう!?それくらい分かるとも!!女子供が路頭に迷うのはよくない!!」
「か…かっ」
どこか自分に言い聞かせるように、早口で話しながら部屋をうろうろし始める男。
最早、アレルは息も絶え絶えであったが、男はどこからか薬瓶を取り出しアレルに掛ける。すると血が止まり傷口も段々と塞がっていった。
「俺の目を見ろ!!」
「ひ、ひっ」
アレルはまだ所々出血していたが、それに構わず喉を押さえられたままお互いの顔が近づく。そして言われるがまま、男の目を覗き込んでしまう。
しまった…
神々と竜さえ粉砕する男の怒り狂った目を…
「ひ、ひ、ひいいいいいいいいい!?」
そんな存在の目を覗き込んで、アレルがただで済むはずが無かった。目に込められた殺意は彼の精神を木っ端みじんに吹き飛ばし、全く別の存在に変えてしまった。
今のアレルは恐怖に涙を流しながら、体毛も全て白に染まり、震える年老いた老人の様であった。
「今回は我慢するが…次は殺す。必ず。必ずだ」
そんな変わり果てたアレルを無造作にベッドに投げ飛ばした男は、先ほどまでの激情が無かったように静かに語り掛け消えていった。
「ひいあああああ!?」
「こ、国王陛下!?これは一体!?」
国王の寝室の近くに詰めていた衛兵が、突然発生した悲鳴を聞きつけ無礼と知りながら勢いよく扉を開けると、そこには机に置かれた生首とただ悲鳴を上げる変わり果てた老人がいた。
「国王陛下!いったいどうなされたのです!?」
「ひ、ひっ!」
何とか衛兵の1人がアレルと思わしき人物に声を掛けるが、彼の目の焦点は合っておらず、意味ある言葉が返ってこなかった。
「賊だ!城を閉鎖するんだ!」
ただ事ではない状況に、賊が侵入して国王を害したと判断した衛兵達は、各部署に慌ただしく連絡を開始し、城内は蜂の巣を突いた様な騒ぎに成り始めるのであった。
◆
「いったい何が起こっているのだ…」 「情報部の長だが、部署の執務室で体が見つかったとか」 「戦争はどうなる?」 「無理に決まっているだろう…」
深夜にもかかわらず、急遽集められた大臣や将軍の面々には詳細が伝えられていたが、それでも分かっていることは少なすぎ混乱していた。
「皆様、宮廷医師の方がお着きです」
「すぐ入って貰え」
「失礼します」
待ちに待った人物の登場に、会議室全員が緊張する。
「国王陛下のご容態は?」
「心を静める薬を服用してもらい、なんとか会話が出来る程度には…」
「毒か?」
「いえ、分かりません。ただ医師としての見解では、あれほど激しく心を壊す物に心当たりがありません」
「そうか…」
代表して宰相が問うと、国王は何とかなっている様だ。
しかし、原因を突き止めねばまた起こる可能性があった。
「今お会いできるか?せめて賊の事を聞かねば」
「お一人でしたら…」
宮廷医師としては出来れば断りたかったが、賊の事を考えるとそうも言っていられなかった。そのため、宰相が代表して国王と面会することになった。
「国王陛下。失礼いたします」
「お、おお…。宰相か…」
(こ、これが国王陛下!?一体何があったというのだ!)
凶行の現場となった寝室ではなく、別の部屋で休んでいる国王と面会した宰相であったが、変わり果てた国王アレルの姿に愕然とした。
目は窪んで暗く、顔中皺だらけ。おまけに国王の自慢であった翼は再生の途中であったが、頭髪と同じく色は戻らずに真っ白であった。
「そ、それで何用か…」
「はっ。御身を害した賊の事で」
「ぞ、賊!?ひっ、ひっ!?こ、殺される!殺されるううううう!ひいいいいい!?」
宰相が賊の事について尋ねようとすると、突如国王アレルの体は痙攣し、悲鳴を上げ始めた。
「国王陛下!?お気を確かに!医師よ!」
「はっ!」
「ああああ!?殺されるううう!」
医師が眠りの魔法を使うまで、国王アレンは悲鳴を上げ続けた。
◆
「情報部の長の行方がはっきりせず。原因は不明だが国王アレンは離れで療養中の可能性あり…か。マジで危なかった」
ー最高魔導士エベレッドー
「俺から家族を奪おうって言うのか!?ああ!?」
ー"怒り狂う力"ユーゴー
◆
種族辞典
鳥人族
主に魔の国で生活している鳥人族ですが、魔の国の王家も鳥人族のため知っている人も多いでしょう。
特徴は個別によって様々で、まさに鳥の様な頭部を持つ者から、翼が生えた人間種の様な者もいます。
ただ共通して翼は必ず生えており、その翼による飛行は魔法による物よりもずっと早く高度も高いため、空中での鳥人族はまさに無敵です。
大体は普通の鳥と言っていいのか…。そういう特徴の鳥人族が多いですが、稀に王家では鷹などの猛禽類の特徴が現れれます。そういった者は高貴な証として尊重され、将来を期待されます。
余談ですが、かつて街で猛禽類の特徴の子が生まれた際は、王家の落とし胤ではないかと大スキャンダルになりました。
ギネス伯爵夫人著 "大陸の種族"より一部抜粋
人物事典
"魔の国国王"、"狂気の王"アレル
一般的に狂気の王と呼ばれることの多い、かつての魔の国の国王アレルですが、その原因は暗殺者により心を壊されたという研究結果が一般的です。
ですがこの件は、大陸にとって一つの幸運を起こします。資料によると、当時の魔の国は、魔法の国と騎士の国に戦争を仕掛けようと準備していたようですが、この事件が起こったためそれどころでは無くなり、戦争は回避されたようです。
このように、悲劇に見舞われた国王アレルでしたが、なんとか後継者として息子を指名することができ、大きな混乱や内乱などは起こりませんでしたが、療養と称されて離れに幽閉されました。
そして、突然、または誰に害されたかと質問されると、所構わず悲鳴を上げ蹲ってしまうため、狂気の王と今でも呼ばれています。
このため、暗殺者の正体は今もって分かっていません。
ーいつかの時代の教科書より一部抜粋ー
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