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第3章
一話
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「ずいぶんと流暢に話せる様になってきましたね」
キールと別行動をするようになって早二か月。季節も春から夏へと移り変わろうとしている。
三郎はなんとか日常会話なら不便無く出来るようになってきていた。
これは、三郎の語学力が優秀だった訳ではない。むしろ、三郎は頭を使うということが基本的に苦手なのだ。
それでもこうやって問題なく話せる様になったのは、偏にルナによるシゴキというのも生温い、ハードなカリキュラムのお陰だ。
最初は、三郎との会話からサンプリングした教科書を元に、教師役のゴーレムが教えていく形をとっていた。
しかし、それではなかなか捗らなかったのである。
あまりの物覚えの悪さに、二週間程でしびれを切らしたルナは、自ら基本となる単語を呪力に乗せて直接三郎の脳に叩き込む事にした。
許容量を越えて注がれる知識に、三郎の頭は幾度もオーバーヒートを起こし、鼻や耳、目から出血しながらぶっ倒れたのだった。
そして、その度に回復魔法を掛けられて強制的に復帰させられる。
そうやって日常会話に最低限必要な三千程の単語と文法を、僅かな期間で文字通り叩き込まれたのだ。
しかし、それだけでは終わらなかった。いや、むしろそこから地獄の入口が開いたと言っても過言ではない。
諺のような慣用句は序ノ口で、各地域や国で転訛した表現、王宮でしか使われないような装飾過多の言葉遣い、果ては魔法の理論を構築する為の専門用語等、自分の知る限りの単語を片っ端から叩き込んだのだった。
許容量を越えた言葉が、寝言という形で表れ、キールの安眠を奪ったのはまた別のお話である。
「なんとか、話すだけならな。これから文字も覚えなければならぬ。おぬしの娘御はほんに恐ろしいおなごじゃ」
「ははは…………」
げんなりした顔で話す三郎に、ソルは乾いた笑いをあげる。
娘が偏執狂とでも言うべき凝り性なのは、身を以て知っているのだ。
今、三郎は午前中を座学に、午後は実習を兼ねて配達などのミッションを行っている。こうやって世間話をするのも勉強の内らしい。
今日はルナの実家の武器屋に、希少な鉱石を運んできたのだった。
「まぁ、お陰でこうして話せる様になったのじゃ。感謝に堪えんわ」
「いやいや、娘も三郎さんの頑張りに感心してますよ。ここまで熱心な人はいないって」
それを話すルナの顔は、完全に実験動物を見る目だったというのはスミス家の秘密だ。
こうして世間話をしつつも、ソルは納品書と現物を見比べながら検品を済ませ、三郎が差し出した用紙にサインをしていく。
その用紙を協会の窓口に持っていけばミッション終了である。
「はい、確かに全て受け取りました」
「では、また」
互いに頭を下げると、三郎は店から出ていく。
時刻は既に夕方だ。
壁外に建てられた簡素な家からも、炊事の煙が立ち上っている。
道を歩いているのは、三郎と同じ冒険者が多い。
背後から不快な視線を感じ、三郎は足を止めて振り返った。
「何用じゃ?」
三郎の声で、後ろにいた何人かがギクリと動きを止める。
男達は、手に鉄製の鈍器を持っていた。
「うるせぇ、わかってんだろ?」
「よくもマルちゃんを泣かしやがって!」
「ぶん殴ってやるから、覚悟しやがれ!」
唾を飛ばしながら騒ぐ男達を見て、三郎は一人溜息を吐いた。
このところ、こういった手合いが多いのだ。
どうやら、以前マルシアと立ち合った噂が尾ひれがついて泳ぎまわっているようだ。
男性の比率が高い冒険者達の中で、彼女が所属しているギルドは、さながらアイドルグループのような支持を得ている。
その中でも飛び抜けたファン数を誇るのがマルシアだった。
今や、三郎はホムベに在中している男性冒険者の大半を敵にまわしている状態だった。
実際に手を出してくるのは、マルシアよりレベルの高い者に限られるのは、三郎にとって良いのか悪いのか判断に困るところだ。
「はぁ、あんなじゃじゃ馬の何が良いのか」
ふらりと歩き出す三郎。
敵意も無く、ゆっくりと歩いてくる三郎に、男達は戸惑いを見せる。
そんな一瞬の隙をついて、三郎は鳩尾や顎等の急所を打って、男達を無力化していく。
中にはレベルが百を越える上級冒険者もいるが、意識の隙間を狙われては防御を固める事も出来ずに倒れ伏す。
「うむ、終いかの」
転がる冒険者達を見下ろし、三郎は笑みを浮かべる。
この冒険者の襲撃は三郎にとって勉強のストレスを発散する適度な運動と言えた。
日々、ルナの罵声を浴びるのは、三郎の精神力を以てしても辛いものがある。
嫌々ながらも、しっかり相手をしてやるのもストレスを発散する為だ。戦闘技術はともかく、タフネスだけはずば抜けている彼等は、日頃の鬱憤を晴らすには丁度良い相手なのだ。
少しだけ晴れやかな顔になり、三郎は辺りを見回す。
いつの間にか、周りには野次馬がぐるりと取り巻いていた。
そこから、また何人かが進み出てきた。
「そなたらは?」
「我ら、ルナ親衛隊!」
「我らがおっかさんを独占する貴様に天誅を下す!」
「覚…ごふっ」
口上の途中にも関わらず、三郎は問答無用で殴り飛ばす。
叫んでいる内容からして、今度はルナの親衛隊らしい。
最近、午前中は三郎に掛かりきりになっているのがどうにも面白くないそうだ。
マルシアの取り巻きより、ルナの親衛隊を自称する彼等の方が古参の冒険者が多い為、平均レベルが高い。
躊躇していたら、痛い目に会うのは三郎になってしまいかねない。
傍から見たら一方的なのだが、実はギリギリの攻防なのだ。
「もう、おらぬな」
倒れている男達をそのまま放置し協会へと向かう。
途中、また何組かに絡まれたが、その都度きっちりと鉄拳を叩き付けた。
お陰で三郎が協会の入口に辿り着いたのは、日が沈む直前だった。
キールと別行動をするようになって早二か月。季節も春から夏へと移り変わろうとしている。
三郎はなんとか日常会話なら不便無く出来るようになってきていた。
これは、三郎の語学力が優秀だった訳ではない。むしろ、三郎は頭を使うということが基本的に苦手なのだ。
それでもこうやって問題なく話せる様になったのは、偏にルナによるシゴキというのも生温い、ハードなカリキュラムのお陰だ。
最初は、三郎との会話からサンプリングした教科書を元に、教師役のゴーレムが教えていく形をとっていた。
しかし、それではなかなか捗らなかったのである。
あまりの物覚えの悪さに、二週間程でしびれを切らしたルナは、自ら基本となる単語を呪力に乗せて直接三郎の脳に叩き込む事にした。
許容量を越えて注がれる知識に、三郎の頭は幾度もオーバーヒートを起こし、鼻や耳、目から出血しながらぶっ倒れたのだった。
そして、その度に回復魔法を掛けられて強制的に復帰させられる。
そうやって日常会話に最低限必要な三千程の単語と文法を、僅かな期間で文字通り叩き込まれたのだ。
しかし、それだけでは終わらなかった。いや、むしろそこから地獄の入口が開いたと言っても過言ではない。
諺のような慣用句は序ノ口で、各地域や国で転訛した表現、王宮でしか使われないような装飾過多の言葉遣い、果ては魔法の理論を構築する為の専門用語等、自分の知る限りの単語を片っ端から叩き込んだのだった。
許容量を越えた言葉が、寝言という形で表れ、キールの安眠を奪ったのはまた別のお話である。
「なんとか、話すだけならな。これから文字も覚えなければならぬ。おぬしの娘御はほんに恐ろしいおなごじゃ」
「ははは…………」
げんなりした顔で話す三郎に、ソルは乾いた笑いをあげる。
娘が偏執狂とでも言うべき凝り性なのは、身を以て知っているのだ。
今、三郎は午前中を座学に、午後は実習を兼ねて配達などのミッションを行っている。こうやって世間話をするのも勉強の内らしい。
今日はルナの実家の武器屋に、希少な鉱石を運んできたのだった。
「まぁ、お陰でこうして話せる様になったのじゃ。感謝に堪えんわ」
「いやいや、娘も三郎さんの頑張りに感心してますよ。ここまで熱心な人はいないって」
それを話すルナの顔は、完全に実験動物を見る目だったというのはスミス家の秘密だ。
こうして世間話をしつつも、ソルは納品書と現物を見比べながら検品を済ませ、三郎が差し出した用紙にサインをしていく。
その用紙を協会の窓口に持っていけばミッション終了である。
「はい、確かに全て受け取りました」
「では、また」
互いに頭を下げると、三郎は店から出ていく。
時刻は既に夕方だ。
壁外に建てられた簡素な家からも、炊事の煙が立ち上っている。
道を歩いているのは、三郎と同じ冒険者が多い。
背後から不快な視線を感じ、三郎は足を止めて振り返った。
「何用じゃ?」
三郎の声で、後ろにいた何人かがギクリと動きを止める。
男達は、手に鉄製の鈍器を持っていた。
「うるせぇ、わかってんだろ?」
「よくもマルちゃんを泣かしやがって!」
「ぶん殴ってやるから、覚悟しやがれ!」
唾を飛ばしながら騒ぐ男達を見て、三郎は一人溜息を吐いた。
このところ、こういった手合いが多いのだ。
どうやら、以前マルシアと立ち合った噂が尾ひれがついて泳ぎまわっているようだ。
男性の比率が高い冒険者達の中で、彼女が所属しているギルドは、さながらアイドルグループのような支持を得ている。
その中でも飛び抜けたファン数を誇るのがマルシアだった。
今や、三郎はホムベに在中している男性冒険者の大半を敵にまわしている状態だった。
実際に手を出してくるのは、マルシアよりレベルの高い者に限られるのは、三郎にとって良いのか悪いのか判断に困るところだ。
「はぁ、あんなじゃじゃ馬の何が良いのか」
ふらりと歩き出す三郎。
敵意も無く、ゆっくりと歩いてくる三郎に、男達は戸惑いを見せる。
そんな一瞬の隙をついて、三郎は鳩尾や顎等の急所を打って、男達を無力化していく。
中にはレベルが百を越える上級冒険者もいるが、意識の隙間を狙われては防御を固める事も出来ずに倒れ伏す。
「うむ、終いかの」
転がる冒険者達を見下ろし、三郎は笑みを浮かべる。
この冒険者の襲撃は三郎にとって勉強のストレスを発散する適度な運動と言えた。
日々、ルナの罵声を浴びるのは、三郎の精神力を以てしても辛いものがある。
嫌々ながらも、しっかり相手をしてやるのもストレスを発散する為だ。戦闘技術はともかく、タフネスだけはずば抜けている彼等は、日頃の鬱憤を晴らすには丁度良い相手なのだ。
少しだけ晴れやかな顔になり、三郎は辺りを見回す。
いつの間にか、周りには野次馬がぐるりと取り巻いていた。
そこから、また何人かが進み出てきた。
「そなたらは?」
「我ら、ルナ親衛隊!」
「我らがおっかさんを独占する貴様に天誅を下す!」
「覚…ごふっ」
口上の途中にも関わらず、三郎は問答無用で殴り飛ばす。
叫んでいる内容からして、今度はルナの親衛隊らしい。
最近、午前中は三郎に掛かりきりになっているのがどうにも面白くないそうだ。
マルシアの取り巻きより、ルナの親衛隊を自称する彼等の方が古参の冒険者が多い為、平均レベルが高い。
躊躇していたら、痛い目に会うのは三郎になってしまいかねない。
傍から見たら一方的なのだが、実はギリギリの攻防なのだ。
「もう、おらぬな」
倒れている男達をそのまま放置し協会へと向かう。
途中、また何組かに絡まれたが、その都度きっちりと鉄拳を叩き付けた。
お陰で三郎が協会の入口に辿り着いたのは、日が沈む直前だった。
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