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① 「プロローグ 京橋公園」

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① 「プロローグ 京橋公園」
 令和〇年7月20日、台風あけの日本晴れの昼、本田希ほんだ・のぞみは地下鉄京橋駅隣接のコムズガーデンの1階にある「京橋公園」のベンチで缶ビールと串カツを横に置き座った。
 遊具はなく、緑と青空が囲む白いタイル張りの公園は、近くのマンション住人や買い物客やビジネスマンの憩いの場所になっていて、多くの人が散歩を楽しんだり、ベンチでくつろいでいる。しかし、さすがに昼から「ビール」に「串カツ」を持ち込んでいる者はいない。
 
 背中には、大きく「通天閣」と「ビリケンさん」、胸には「I Love 通天閣」と描かれた、海外からの観光客が土産に買うような「ド派手」なTシャツに、ジーンズ姿の希はショートカットの黒髪を風になびかせている。色は白く、どちらかと言えばアイドル顔。実年齢は、35歳なのだが、見た目は20代で通用する童顔の「美少女っぽい」女が「ぷしゅっ」と缶ビールを開けた。
 場にそぐわない取り合わせに、三歳くらいの小さな女の子を連れて散歩をしている母娘が希に視線を向けた。
「お母さん、あのお姉ちゃん、お昼からお外でビール飲んでるよー!」
女の子が大きな声を上げて、希を指さすと周囲にいた他の人の視線も一気に希に集中した。
 希と目が合った母親は、触れてはいけないものを見たような表情で視線を斜め下に落とすと、そそくさと娘の手を引いて希の前を速足で通り過ぎていった。

 (あちゃー、絶対「変な女って思われたやろな…。まあ、ええか…。あれから今日でちょうど15年。今、私がこうやって生きてて、お日様の下でビール飲めるんも、「健さん」のおかげやもんな。初めてビールを飲んで15年!二度目の人生を歩み始めて15年!今日は、私の大事な記念日やもんな…。)心の中で呟くと、よく冷えたビールを喉に流し込んだ。(1、2、3、4、5、6、7。胃袋に到着―!あー、至福の7秒間!「健さん」に教えてもらってから15年間、これだけは全く変わらへんな。さて、串カツもいただこうかな!)

 希はプラパックの輪ゴムを外し、パックの中の5本の串カツにウスターソースをかけた。
「まずは「健さん」のお勧めやった「アスパラ」からやな!」
思わず心の中の声が口から出る。ほかの4本と違い串がない上四分の三に衣をまとい、下部にアルミホイルが巻かれたアスパラのカツをつまんで出すと一気に半分をほおばった。
「あー、この味も15年変わらへん!やっぱり「まつい」の串カツは最高やなー!「健さん」、私、元気に頑張ってるでー!生きて35歳になったよー!」
青い空に向かって、叫ぶと再び、希に周辺の人たちの視線が集まった。
 (わちゃー、やってしもた。すっかり、頭がおかしい女と思われたやろな。警察呼ばれても困るから、後はおとなしく食べよ…。)と少し背を丸めて、残りのアスパラを口に放り込むとビールで流し込んだ。



 続いて、牛串、レンコン、エビと食べ進め、最後に「ガリ」の串カツで締めた。ビールもちょうど無くなったので、コンビニ袋にプラケースと空き缶を放り込んだ。ベンチを立ち上がり、地下鉄京橋駅にむかおうとしたところ希のスマホが鳴った。
 着信画面には「なっちゃんPHS」と出ている。「なにわ国際がんセンター」で希と一緒に「地域医療連携室」で働く後輩MSWメディカル・ソーシャル・ワーカーの坂川夏子の仕事用のPHSからの電話だった。慌てて取ったので、スピーカーホンのボタンを押してしまった。
「もしもし、なんや?なっちゃん、急ぎの話なんか?」
「はい、お休みの日にすみません。希姉さんに対応して欲しい患者さんがいてるんですよ。」
「ん?なんや、イケメン、独身、彼女無しの患者さんやったら聞いたんで。」
「もう、ふざけんとってくださいよ。それとも、昼から飲んではるんですか?」
「うん、飲んでたとこや。まあ、ビールひと缶やけどな。ケラケラケラ。そんで、どんな患者やのん?」

 笑いながら希は夏子に問うと、
「はい、昨日初診で血液検査の結果を聞きに来た紹介状の患者なんですけど、大学生の女の子なんですけど、午前診で「白血病」の診断が出て、かれこれ2時間泣き続けてて…。九州からの下宿生なんで親御さんもすぐには来れないんで、希姉さんしか頼るところがなくて…。私、もうあと1時間で、別の相談予約が入ってるんで、非番の日に申し訳ないですけど、近くにいてはるんやったら来てもらえないですか?お願いします。」
と夏子の困りきった声がスマホのスピーカーから響いた。
「了解、了解!「義を見てせざりは勇無きなし」やな。かわいい後輩なっちゃんの為に、希姉さんが一肌脱いだろ!事務長には、缶ビール飲んでることは内緒にしとってや!じゃあ、今、京橋やから、すぐにそっちに行くわな。」

 希はスマホを切ると空に向かって呟いた。
「健さん、何かの「縁」かな!私、頑張ってくるわ。見守っててな!」

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