始まりから詰んでいる鬼ごっこ

もちごめ

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 時が過ぎ、ちょうど今日はミアが宮廷魔術師として初めてこの王宮に上がる日。


 俺は待ちきれずに棟の入り口まで迎えに行くことにした。

「師長、どこへ行くんですか~~」

 俺の補佐を務めている若い魔術師が、沢山の書類とにらめっこしながら、今まさにどこかへ向かおうとしている上司に「仕事をさぼんないでくださいよ~~」 と窘める。

 ちらりと目を向けたが、それくらいの量ならばあいつ一人でできるだろうと、勝手に結論付けて足早に扉へと向かう。

「愛しい人を迎えに行ってくる」

「そうですか、行ってらっしゃい。……って、えっ、今なんて?!」

 驚き振り向いた先には、魔術痕が残るのみでそこには誰もいなかった――。








「……。」


 何故だ。
 何故なんだ。
 何故こんなにもよそよそしいんだ。


 一気にミア限定の転移魔法で飛んできたのはいいが、そこにはいつものふんわりとしたドレスではなく、魔術師用の制服に身を包み、妙によそよそしいミアがいた。


 そして俺の登場に、一瞬びくっとしたもの見逃さなかった。


「魔術師長様。オルベルト伯爵家の娘、ミアと申します。本日からよろしくお願いいたします」

 そういって綺麗にお辞儀をする。
 今までそんな話し方をした事なんて一度だってなかったのに、そして目を合わせないことも一度だってなかったのに……、その変わりように少し焦りと微かな苛立ちを覚える。


「何で、そんな言い方するの?」
「……、私は今日配属されたばかりの新人の魔術師です。『黒の賢者』   と呼ばれる魔術師長様に敬意を払うのは当然のことです」


 俺と君とは幼馴染だ。今のところはそれ以上でもそれ以下でもない。そんなもので俺たちの間に隔たりをつくるのは心外だ。


 咄嗟にミアの手首を握り、転移の術を起動させた。

 王宮内にある自室に連れてきた。


「ミア。ここなら誰もいない。だから昔のように呼んでくれていいんだよ?」
「……、いいえ、それは無理です。私は部下ですから」

 聞かなかったこととして、今一番聞きたかった話を振る。

「ねえ、ミア。婚約申込書を送ったんだけど、見てくれたよね?」
「……、はい。でも……お断りしました」

 返事は俺にじゃなくてソルシエ家に送ったと言った。


「……なんで?」

 自分でも、すごく低い声が出てしまったと感じる。
 ミアも自分のこんな声は聴いたことがなかったのだろう。怯えたような顔をしている。

「……学校にいる間に、誰か好きな人でも出来たの……?」
「!? そ、そんなことはない!!」
「じゃあなんで」

 背中から足先にかけて体温が下がっていくのを感じる。声だけでなく、目にも冷たい色が浮かんでいるだろう。
 俺の目を見るのが怖いらしく、ローブを握って俯いている。

「っ、……そっちこそ、私の事なんてもうどうでもいいんでしょ」
「はぁ?! なにそれ。俺はミアにふさわしい男になるために今まで頑張ってきたんだけど」
「そんなこと言って、私をからかっているんでしょ。知っているんだから、いつもきれいな人と一緒にいるじゃない!!」

(綺麗な人?? どこにそんなのがいる?? ミアしか知らないが。しかも何を知っているんだ? 俺が君を盗撮していることとか…バレたのか…?)


「それに、私じゃ釣り合わないから……」

 握る指先を見ると、微かに震えているのが見えた。
 俯く瞳にはうっすらと涙の膜が浮かんでいる。

「なんだよ、それ。そんなこと言って逃げるのは絶対に許さないから」


 これ以上否定的な言葉を聞きたくなくて、その先は空気ごと奪い取るように塞いだ。

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