この世界で 生きていく

坂津眞矢子

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~エピローグA~ 祭終演

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 どたばた何かをひっくり返す音、ばたばた何かをしまう音。ばさりと何かを引っ剥がす音。

(うーん、初々しい)

 手を貸し過ぎず、がモットーではあるけれども、彼女達の様な関係だとそうも言っていられない。もう少し遅くても良かったか、とも思いもするが、遅過ぎて別の誰かが見回りに来たら、色々終わる。色々と。

(ま、今となってはそれでも進めそう、ではあるが)

 恋心、強い強い特効薬。一目惚れは確かに効果があり過ぎた。今日がその百々という事も運がいい。同じ好きでも、一二三や四姫ではこうも上手くはいかなかっただろう。

「まーだでーすか~?」
「「ま、ま~~だでーーすよぉおおーーーーっ!!」」

 お揃いで聞こえてくるふるふる震えた声に、隠さずけらけら笑ってみせる。それを耳ざとく拾ったであろうか、うーうー唸る声も聞こえる。

「中で何してたのかしら?」
「何してたんだろうねぇ~」
「ナニしてたのかしら~♪」

 態とらしくとぼけた声色を出す傍らの存在、白井りあに水垂志緒子。見回りが終われば、ささやかな打ち上げという流れだけれど、もう少しお時間が掛かりそうだ。囀るBGMを堪能しながら、まずは小声で志緒子が話しかける。

「りあっちの方はいーのー?」
「もう終わってたわ」
「はやい」
「はやい」
「ええ、早かったわね」

 高等部の方は早かったらしい。手際が良いというか、はたまた手を出せなかったか。もしくは、この早さも考慮していたか。それも折込だからこそ、りあも貸したのかも知れないなー

「なんだかんだ、高等部だもの。その判断は速いわよ」
「……うーん」
「つなちゃんならしょーがないでしょ?」
「個性だからねぇ」

 四方田もそこへいくと高等部なんだが、お相手がお相手、しょうがない、個性。そういう言葉が二人に、特に十に少しでも足しになれば良いのだけれど、本人はどう受け止めているか、さてはて。

「病人差別でもないけれど、特殊ってどうしても、だからなー」
「そいつは集団で過ごす以上絶対に生まれるわよ」
「でーもーほっとかないもんねー」

 水泳部や保健体育方面で人気な志緒子ならば、その陽の面を通じて陰の面も数多見てきたのだろう。人気者ゆえ、生徒の相談なんかは引き受けるわけで。そうなると、その相談内容は、大抵があまりいい内容ではないわけで。

「ま、あたしらは必然的にされる側によく回る」
「そうね、しょーこはその辺りどうなの?」
「あーりあっちは高等部だもんね。知らないか~」
「基本が保健室勤務だから、高等部でもそう詳しくないわ」

 こない限り、押し売りになるしね、と付け加えるりあ。まだ、倉田の事を引きずってる印象がある。さっさと切り替えてほしいもんだが。

「りあっちは大変そー」
「しょーこも変態そー」
「えへん」
「胸張んな。褒めてねぇ」

 たゆんと震える山二つ。水泳ですり減る……というか、そもそも大きくならないものなんじゃないか? とか思いもするが、そんなことはないらしい。有酸素運動でも大きい人は大きいらしい。

「まさにねー、このおっぱい問題よーく聞かれるんだよ~」
「おっぱいもんだい」
「おっぱい問題」
「ぱいの問題!」
「数Bで出てきそうね」
「数学風にすんな」
「ぱいの二乗」
「掛けるな」
「増やすな」
「つまり……二人が肌を重ね合わせているのに一向に増えない!!」
「ならない」
「ないない」
「ぱいの二乗しているのに全く大きくならないという数学的にも大問題!!」
「普通ならない」
「ぜってーならない」
「そうなのよ……これはピタゴラスの数が全てという原理に反するの!! 由々しき問題よー!!」
「由々しき問題だけあってるのがずるいわよね」
「そういうとこしょーこだよなー」
「えへん」
「だから褒めてねぇっての」

 こんなノリの志緒子なので、相談されるのは解る気がする。真剣な時は真剣だし、ほぐす時はほぐす。暗い気持ちを明るくしてくれる、理想の良い先生、ではある。しかし、そーゆー解し方が突き抜けてるところが、今ひとつ尊敬から離れてしまっているのだろう。まぁでも、その距離感の方が、コイツもやりやすいのかも知れない。色々と。こういうノリが影を潜めるのはあんまり良くはないしなぁ。

「んじゃー中の二人にやってこよーっ!」
「あっちょっ、入るな!?」
「前線で実践してこそだよ!!」
「前線言うな。いや正しいかも知れないけど!!」

 あいつらの胸足しても追いつかないでしょ、とか余計なことを考えつつ、台詞とは裏腹に止めずにあたしは見守っておく。りあもそれに習い、止めずに見守る。

「とあー!! 突撃隣の水垂せんせー!!」
「だあああっ!? ちょっちょっとせんっ!? せんせっ!?」
「あっあっあまだっ、まだ片付いてなぁぁっ!?」
「うっわー……もっのすごくえっちなにおいする!!」
「そそそそそそそそんなことととととっなっななななないっですよおおおお!?」
「ですですですですとってもくすりのにおいじゃないですかなにをいうんですか!!!」

 二人の義妹の酷いごまかし方を聞き

「えっちな匂いか~」
「えっちな匂いらしいわねー」

 クスリとりあと苦笑い。高等部は大丈夫だったのかなぁ? 帰りにちょろっと覗いていこうかな。

「おーいたかしろんにりあっちー!! 生カップルの事後が見られる機会だよ!!」
「じっじじっ事後とか言わないでくださいぃ!?」
「じっじじじじじじ……・・・・・・えへ……えへへへ…………公認だぁ……」
「も、……みーやこさーーんしっかりしてーっ!?」
「……今年は、窓開け放して、保健室で打ち上げの方がいいな」
「ええ、その方がきっと良いわよっ」

 一先ず志緒子にも促されたことだし、四方田がパニック状態になり始めてるし、色んな意味で、色んなモノを片付けに、あたしたちも加わる事に。元よりあたしのフィールドだ。エロい匂いを充満され続けても困るってものだ。薬品とクスリとほんのりコーヒーの匂いを漂わせた落ち着く部屋、何時ものあたしの領域に。

(何にせよ、おめでとうとこれからだぞーと両方だしなぁ)

 まだまだまだまだ道半ば。どころか未だスタートライン程度の箇所。とは言え見事に爆発して花火を咲かせた二人には、おめでとうとひと声かけてやるのも、こいつらがぐっと引き合った、あの空間に戻してやるのも、長女としての務めだろう。

「十、四方田、おめでとう」
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