エスメルダ王国婚姻解析課~おひとりさま令嬢の婚活事変~

月食ぱんな

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001 エスメルダ王国婚姻解析課

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『エスメルダ王国婚姻こんいん解析課かいせきか

 扉のすりガラスの部分に、キラキラと輝く魔法でピンクのハートと文字が浮き出す一室。その何とも言えない、愛にあふれる課名が掲げられた部屋。

 その部屋が私こと、アリシア・ローズ、二十歳、独身――の勤務先である。

 王城勤務の国家公務員。福利厚生ふくりこうせいも年次休暇もキッチリ取れる憧れの職。

解雇かいこのリスクがなくて良いですわね』
『女性でも収入が安定していますし』
『社会的な信用性も抜群ですもの』
『それに、優良な貴族子息と出会えそうですし』
『騎士団とか素敵ですわよねぇ』

 花嫁学校時代の友人たちから羨望せんぼうのまなざしとうらやむ声を浴び、私は胸を張り就職した。

 そしてそれから四年。

 人の婚活に注力しすぎたせいで、気付けば私自身は「おひとりさま」まっしぐら。いつの間にか「行きおくれ」と世間からやゆされる年頃になってしまった。

「アリシア、今日はよろしく頼むぞ!」

 出勤早々、ガゴンと課長から机経由でプレゼントフォーユーされたのは、その名も「モンスターズエンジン」だ。この魔力促進持続飲料のキャッチコピーは「魔力を解き放て!今すぐに!」という、ありがた迷惑極まりないもの。

 私は缶に入ったオドロオドロしい「M」と描かれた真っ赤な文字に、恨めしい視線を送る。

 しかしいつまでもモンスターエンジンとにらめっこをしている場合ではない。今日はこんぶ課にとって、特別な日。できれば欠勤したかったが、それをすれば最後。来年のこの日まで同僚たちから「虫けらを見る目」という洗礼を受け続けなければならない。

「さすがにそれは無理だしね」

 もはや家族の顔が同僚達の顔に上書きされるくらい、ともに過ごす仲間だ。よって今日という、一年で一番忙しいと言われる日から自分だけ逃げる事は出来ない。

 私は机の引き出しから魔法職員を示す黒いローブを取り出す。そして王宮内にある独身寮から出勤するまでの間、誰にも褒められる事がなかった、地味なドレスの上にそれを羽織る。それから席につくと、本日の業務や、他部署からの魔法連絡を机の上に置かれた魔法の端末で確認する。

「ふむ、今日も特に異常なし」

 良くも悪くも、通常通りである業務連絡ばかりに目を通す。

 カラン、コロン。
 カラン、コロン。

 就業を知らせる鐘が響き渡るやいなや、窓際に陣取る課長が席を立った。

「昨日は今季初、デビュタントのお披露目ひろめを兼ねた舞踏会があった。例年どおり忙しくなるだろう。しかし、今日を乗り切れば、一旦いったん落ち着く事は把握済み。よって、本日は持ちうる限りの気合と根性で乗り切ろう。みなのもの覚悟はいいかッ!!」

 課長がいつになく、大声を上げて私たちを鼓舞こぶする。

「オー」
御意ぎょい
「ガッテンだ!!」
「アイアイサー!」

 朝から元気な同僚たちが一斉に声を上げる。

「アリシア、返事が小さい」
「オー」

 課長に名指しされた私は、渋々こぶしを突き上げたのであった。


 ***


 私の住む国、エスメルダ王国は周辺諸国にない力。すなわち魔法使いを多く抱える国として名をせている。そしてそれがかなうのは、私の勤務先『エスメルダ王国婚姻解析課』、略して「こんぶ課」の存在が大きいと言っても過言かごんではない。

 この国の未来を背負う精鋭せいえいだと自称するこんぶ課。
 職員である私たちには、一人一人に国宝となるクリスタルが与えられている。

 私たちこんぶ課の商売道具とも言えるまんまるの、いかにも占いに使えそうなクリスタルに魔力を通すと、難解な古代文字がピンクの魔力で浮きあがる。それらを一つずつ丁寧ていねいに解析し、国内における結婚適齢期てきれいきの、主に貴族籍を持つ男女を次々とマッチングさせていく。

 通称ツガイシステムと呼ばれるこの制度により結ばれたカップルは、高確率で魔法使いとして適正ありとされる子どもを世に産み落とす上に、離婚率も少ないとされている。

 もちろん私の両親だってそうだし、現在王宮で魔法使いの職につく者は、大抵ツガイシステムの神託しんたくにより結ばれた夫婦から誕生した。よってツガイシステムはとても実績あるシステムだと言える。

 さらに、ツガイシステムのおかげで他の国ではいまだに盛んに行われている、婚姻こんいんにまつわる「取った取られた」や「意見の相違そういによる、婚約破棄」という厄介な問題が発生しない。

『だって、ツガイシステムは絶対だもんね』

 まるで合言葉のように、我が国は皆がそれで納得するからだ。

 それには理由がある。領土的に周囲を大国で囲まれた我が国は、魔法の力を保持しているからこそ安全が守られている。

 よって魔法使いを後世に残すこと。
 それが国民全体の平和と幸せに繋がると皆が信じているのである。

 もちろんツガイシステムにも欠陥けっかんはある。
 このシステムに名が浮かび上がる条件として、一度でも生身の人間同士が出会う必要性があるということや、時と場合によっては、他国の人間を選んでしまうという点などが挙げられる。

 ただし、願わぬ結果になった場合は断る事も可能だ。ただ、過去の実績を見ても、マッチングされたという事は相性がいいと言う事に他ならない。よって散々めたあげく、最終的にはマッチング相手と結局結ばれる人が大半を占めているというのが現状だ。

 以上のことから、我が国の未婚男女は運命のツガイを求め、デビュタント後は積極的に晩餐会ばんざいかいや舞踏会。それにお茶会などを開き、多くの人との出会いを広げ、比較的早めに相手を見つける人が多い。

(ま、私のように人の婚期を読み取ってばかりの人間もいるけど)

 私だっていつか現れるかわからない運命のツガイの存在を諦めた訳ではない。クリスタルに自分の名が現れないという事は、未だ運命の人には出会っていないというだけだ。

(チャンスはある!!って、自分の事より仕事をしなくちゃ)

 机に存在感たっぷり置かれた魔力促進持続飲料。赤文字の「M」を発見した私はえりを正す。

 というのも、本日は今季社交界デビューをした年頃の男女がはじめてお披露目された翌日ということで……。

「うわ、かなりこんがらがってる」

 魔力を流した途端、目視もくしで確認するのが難しいほど、多くの古代文字がクリスタルから浮き上がった。その難解極まりないさまを目の当たりにし、私は早々に戦意喪失そうしつした。

「アリシアの調べる座標ざひょうって、婚姻軸こんいんじく二千から七千までだっけ?」
「うん。そう」
「そっか。俺のを見てよ」

 言われて向かい側に座る同期となる同僚、キースの机に置かれたクリスタルを確認する。そして私はギョッと固まる。

 なぜならそこには、もはやキノコが胞子ほうしを放出するかのごとく、もやもやとした古代文字があり得ないくらい浮かび上がっていたからだ。

割当わりあて番号交換してやろっか?」
「……結構です」

 私はキースの申し出を問答無用で辞退したのであった。


 ***


 デビュタントお披露目晩餐会から二日後の朝。私たち『エスメルダ王国婚姻解析課』は皆でモンスターズエンジンを投入し、徹夜てつやしたのち、そろって二日間の公休となった。

「今日は陛下達がげんなりで、明日は魔法文筆課が激務だろうな」

 私は提出した分厚い書類を見て、あからさまにげんなりとしていた、重臣じゅうしん達の顔を思い出す。

 私たちこんぶ課が解析した結果は絶対だ。とは言え、一応事前に国王陛下と重臣達のチェックは入る。特に今回は隣国ローゼンシュタール帝国との婚姻が示される事例が多かったため、それなりに調整が入りそうではある。

「でもま、友好国だから」

 そこまで政府が介入かいにゅうする事もないだろう。これが敵対国だった場合、魔法使いの流出を防ぐため、残念ながら本人に解析結果が伝わる事はない。

 そういった場合、本人には知らされる事もなく再抽選。解析がもう一度行われる事となる。ようは第二希望同士でシャッフルするというイメージだ。

「とにかく自分の名前が浮かび上がる。それだけで幸せなことよ」

 未だ名前の上がらぬ私は独身寮へ向かう、王城の廊下を歩きながら一人呟く。

「そこをどいて!」
「へ?」

 突然男の人の声がして、私は上を見上げる。
 すると、なんという事でしょう。

「あ、空から人が降ってくる」

 私の視界に騎士団政務棟の三階から、身投げした人の姿が映る。

 徹夜てつや明けの上、疲労困憊ひろうこんぱい、寝不足を極めた私の脳裏に、何だかんだお世話になったモンスターエンジンのキャッチコピーがよみがえる。

「魔力を解き放て、今すぐに!」

 私は片手に杖を召喚すると、落ちてくる男性に向かって杖の先を向ける。

「えいっ」

 そして、落下地点と思われる場所に、大きな水の塊を生み出した。

「ぐふっ」

 男性のうめき声と共に、水しぶきが辺りに飛び散る。もれなく私もびしょ濡れだ。

「失敗した。もっとソフトなやつにしておけばよかったかも」

 私は濡れてベットリと体に張り付くドレスの感触に顔をしかめる。
 寝不足で既に重い体に水分を含んだドレス。状況的に不快度マックスだ。

「うぅ……」

 男性のうめき声が聞こえ、私は我に返る。

「大丈夫ですか!?」

 慌てて駆け寄ると、そこにはまさに水もしたたるいい男……もとい青年が倒れていた。
 つややかな黒髪は乱れ、着ている黒い軍服はびしょ濡れ。しかし、そんな状態でもなお、その青年は美しかった。

「あなたこそ、無事なのか?怪我は?」

 起き上がりながら私に声をかける男性の切れ長の瞳は少し色素が薄く、青みを帯びていた。
 肌は透けるように白く、唇は薄紅色。この国ではあまり見ないタイプ。異人感漂う整った、眉目秀麗びもくしゅうれいなお顔立ちについ、見れてしまう。

「おーい、大丈夫か?」

 顔の前で手を振られてハッとする。

「わ、私は平気です。それよりもあなたのほうが」
「俺は頑丈がんじょうさが取り柄みたいなものだから。助けてくれてありがとう」

 ニコリと微笑みを向けられ、私の頬についうっかり熱がこもってしまう。

「いえ、とんでもないです。こちらこそ、救助できて良かったです。というか、一体どうして三階なんかから……」

 私は男性が落ちてきた窓を見上げる。

「まさか、あの窓から飛び降りたんですか?」
「まぁ、それに近いかな」
「近いなって……」
「でも、ちょっと失敗した」

 そう言って苦笑いを浮かべる青年。苦笑いさえ、絵になる姿にしばし見惚れたが。

「クシュン」

 私は思わずくしゃみが出た。

「あ、ドレスが濡れちゃったからかな。弁償べんしょうしないとか」

 青年は気遣うような言葉をかけてくれた。しかし私は、自分より青年の方がびしょ濡れな事に気付く。

(あれ、この制服って)

 黒に金の縁取りの軍服はローゼンシュタール帝国のものだ。その事に気付いた私はもう一度青年の落ちてきた窓を見上げる。

(あそこって、確か第二王子殿下の執務室があるんじゃなかったっけ……)

 その事に気付いた私は、「見てはいけないものを見てしまった」と青ざめる。

「もし良かったら、今日の午後」
「だだだ、大丈夫です。なんのこれしき。よくあることなので」
「よくあること?」
「では、ごきげんよう」

(大変、スパイ!!)

 確信した私は、全てを見なかった事にして、慌ててその場を後にしたのであった。
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