エスメルダ王国婚姻解析課~おひとりさま令嬢の婚活事変~

月食ぱんな

文字の大きさ
9 / 25

009 価値観の違い

しおりを挟む
 顔だけは完璧なオリヴァー殿下の微笑みに見惚れる令嬢であふれる中。

「殿下はいつまで滞在される予定なのですか?」

 まるで魅了魔法にかけられたような、甘い雰囲気をさえぎったのは、クリスティナ様だ。

 さすが私の、年下だけれど頼りになる知人だけのことはある。

「本当は運命の相手を見つけるまで。そう言いたいところだけれど、あと二週間ほどかな」
「まぁ、あまりお時間がないのですね。クリスタルが反応すれば、良いのですが」

 クリスティナ様は可愛らしく胸の前で手を合わせ、心底願っているといった風を装う。

「クリスタルか……悪いが、帝国は自由恋愛を推奨すいしょうする国だ。だから君達のように、結婚相手を水晶の玉が決めるまで待つ事はしない。私は自分の結婚相手は自分で決めるつもりだ。だからこうして自ら動いているわけだしね」

(ん?)

 オリヴァー殿下の少し馬鹿にしたような言い方に引っかかりを覚える。今の言い方だと、私の仕事が否定された。そんな気がしなくもない。

「自らお動きになるのは結構です。けれどもし、殿下がお気に召した子に、我が国が誇るツガイシステムで将来の伴侶はんりょがすでに決められていた。その場合はどうされるおつもりなんですか?」

 私は冷静を装い、意地悪な質問をぶつけた。

「どうするも何も、相手が私を好きになってくれるよう、自ら努力するしかないだろうな」
「ではきっと殿下の恋は実りませんね」

 私は勝ち誇った顔をオリヴァー殿下に向ける。

「君はなぜ、そういい切れるんだ?」
「システムが弾き出した結果は絶対だからです」

 その前提があるからこそ、ツガイシステムで固く結ばれた恋人同士を、帝国のお偉い殿下だろうとなんだろうと、破局に導く事は出来ない。

(そんなの常識じゃない)

 私はふふんと鼻で笑う。

「君のその絶対なる自信と信頼の意味が、さっぱり私にはわからないな。そのようなシステムに頼らなくとも、人は誰かに好意を自然にいだくものだ。少なくとも私は未来の伴侶を決めるにあたり、自分の第六感を信じたい」

 オリヴァー殿下は負けじと主張した。

「第六感ですか。将来を共にする相手を決めるのに、皇子殿下ともあろう御方おかたが、随分と曖昧なものに頼られているのですね」
「誰かに強制的に決められるよりは間違いないと思うが」
「そうでしょうか。人はミスをします。けれど、ツガイシステムはよっぽどの事がない限り、正しい結果を示してくれますよ?」

 私が当たり前のように主張すると、オリヴァー殿下は驚いたように目を丸くした。

「もしかして君は、心から誰かを好きになったことがないのか?」
「…………」

 私はノーコメントを貫く。

 確かに私は恋愛などした事がない。ツガイシステムが正しい未来を導いてくれる事は実証済み。よって、誰かを本気で好きになる必要などないからだ。

 それにツガイシステムに管理されている以上、誰かに特別な好意を寄せたところで、無駄な時間を過ごすだけ。なぜならツガイシステムが、好きになった人物の相手として、私を選ぶとは限らないから。

 無駄な事に労力を割き、その結果心を痛める結果になったら時間の無駄だ。これは合理的な考えであって、間違っていないはず。

 だから、恋愛をした事がない。その事を私は恥じたりもしていない。

「君はツガイシステムで導き出された結果以外、信じないというのか?」
「信じません。こと失敗の許されない結婚に関しては特に」

 私がキッパリと言い放つと、オリヴァー殿下はこれ見よがしに、悲しげな表情を見せた。

 どうやら哀れだと思われているようだ。
 勝手な思い込みで、私の気持ちを判断され、さらに私はムッとする。

「人生は短いと言いますし、無駄な事に時間を割くのは、賢い生き方だとは思えません。恋愛なんかにうつつを抜かすより、目の前に提示された仕事を淡々とこなす方が、ずっと誰かのためになる、素晴らしい生き方だと思います」

 私は断固譲らないと、自分の意見を主張する。

 悲しいかな、おひとり様が板についてきた私がすがれるのは、もはや仕事しかない。その仕事内容が他人の結婚相手を判断するという、もはや私には皮肉めいたものではあるが、それでも誇りを持ち、私は業務をこなしている。よって、ツガイシステムを否定する意見は到底認められない。

「あんなふうになりたくないわ」
「ほんと、みじめよね」
「おひとり様をこじらせると、偏屈へんくつになってしまうのね」
「ますますツガイが現れなそう」
「でも、反面教師的に参考になったわ」
「確かに。その点では感謝しなきゃですわね」

 横にそれ、徒党を組むデビュタントたちのヒソヒソ声が耳に飛び込んできた。

 さすがの私も、可愛げなく反論するこの状況は失態でしかないと気付く。

「……という、意見も聞いた事があります」

 もはや蚊の鳴くような声で、さりげなく他人が言っていた風を装う。

「君の意見は理解した。それが正しいかどうかは別として、私と君は育ってきた国が違う。だからすぐに理解し合えるはずがないって事だろう?」

 うまくこの場を収めようとしているのか、オリヴァー殿下が、譲歩する言葉を述べた。

 ならば、乗っかるしかないというもの。

「はい。その通りです。それが言いたかったのです」

 私は敵に寝返る諜報ちょうほうのごとく、笑顔で全肯定しておいた。

「今回の滞在ではまさに今、君が口にした事が目的でもあるんだよ」
「まぁ、そうだったのですね」

 私はいまいちピンとこないまま、相槌あいずちを打つ。

「エスメルダ王国、そしてローゼンシュタール帝国の友好をさらに深めるためには、お互いの理解が必要だと、私は君と出会い強く感じた。ありがとう」

 オリヴァー殿下が優しく微笑む。

(えー、どうしてお礼なんてされてるの?)

 全く意味がわからないと私は頭に「?」を浮かべつつ、それをさとされてはなるまいと、笑顔のまま、慌てて返答する。

「お礼だなんて。身に余る光栄ですわ」
「そうか、それは良かった」

 オリヴァー殿下が機転を効かせ、私がついうっかり本音をもらしてしまった事は、過去のものとなったようだ。

 ホッとすると共に、案外いい人なのかも知れないと、私の中でオリヴァー殿下の評価が上昇しかけたその時。

「そこで、だ」
「え?」

(まだ話は続くの?)

 私は何となく、嫌な予感を感じた。

「熱い議論を交わした仲だし、エスメルダ王国を理解するための手段として、滞在中は君に色々とお世話になろうかな」

 オリヴァー殿下の透き通る空色の瞳に、夕焼け色をした闘志がたぎるのを感じた。

(え、なんでそこで私に頼もうとするの?)

 私はますます意味がわからないと、戸惑う。

「と、とても光栄なお申し出だとは思います。けれど、至らぬ私が殿下をご案内する事で、粗相があっては申し訳ありません。それに、こういった件は私の一存ではなんとも……」

 私は責任逃れ全開な言葉を口にし、何とか面倒な役目からおさらばしようと試みる。

「なるほど、そうきたか」

 周囲に聞こえないよう、ボソリと呟くオリヴァー殿下。

「悪いけど、逃がさないよ。君の件は滞在中の課題にすると、今ここで決めたから」

 オリヴァー殿下は、人好きのする素敵な笑顔のまま、不敵な雰囲気全開になる。

「か、課題ですか?」
「ツガイシステムに囚われ愛を知らぬ哀れな君の、その曇り切った瞳を必ずや晴らして見せようという課題だよ」

 猫の皮を脱ぎ捨てたらしきオリヴァー殿下が、ニヤリと不敵に微笑んだ。

(なるほど、宣戦布告されたってことね)

 そっちかその気ならばと、私もふつふつと闘志がみなぎってきた。こう見えて私は、売られた喧嘩はきっちり高値で買い取るタイプなのである。

「私の瞳のご心配をしてくださるだなんて、なんてお優しい殿下なのでしょう。そんな慈愛のお心を持つ素晴らしい方ならばきっと、運命の伴侶を自力で見つけられる事かと思います。嬉しいご報告が届く事を楽しみに待っておりますわ」

 ムカムカする気持ちに支配された私は、さりげなく「私にかかわるな」と含みを持たせた、高度な嫌味ぶしをお見舞いした。

 案の定オリヴァー殿下は、私を見て目をぱちくりさせている。

(ふふん、クリティカルヒット)

 私は、勝ち誇った笑みを浮かべる。

「アリシア様、そんな言い方をしては殿下に失礼ですわ。それに運命の人は出会った瞬間わかる。そう主張する殿下のお気持ちに私は賛成です」

 クリスティナ様が困った表情を浮かべながら、私に注意を促す。

(た、確かに大人気なくムキになっちゃったかも知れない)

 年下の、しかもデビュタントしたばかりのクリスティナ様に、自らの無礼な行いを指摘された私は「やってしまった」と反省する。

(で、でも!!)

 私は仕事や信念に、それなりに誇りを持っている。それらをまとめて否定されたのだから、どうしたって塩対応になってしまうというもの。

 私が苦し紛れに無言で肩をすくめると、オリヴァー殿下はフッと口元を緩めた。

「ふふ、面白いね。君となら仲良くなれそうだ」
「……どこがですか」

 少なくとも私がオリヴァー殿下に向ける気持ちは氷点下。つまりマイナスだ。

(しょせん顔だけの男だったってこと)

 観賞用にはいい。ただそれだけだ。
 謎に上から目線でそうしめくくると、私はオリヴァー殿下に清々すがすがしい笑みを向ける。

「では殿下、今後のご活躍を楽しみにしておりますわ」
「君こそ覚悟しておいたほうがいい」

 オリヴァー殿下がニヤリと怪しく微笑む。

(一体何の覚悟よ……)

 私はどうみたって負け確定であるオリヴァー殿下が、まるで勝ち誇ったように微笑む意味がさっぱりわからなかった。

「では失礼します」
「楽しい時間をありがとう」
「こちらこそ」

 謎に微笑むオリヴァー殿下に見送られ、私はその場を優雅に離脱する。

「ムカつく人だったけど、今日の舞踏会はなかなかエキサイティングで悪くなかったわね。さてと、いくさのあとは腹ごしらえしないと」

 私はどこか浮かれた気持ちで、人混みを掻き分け、軽食コーナーに足を運ぶのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

妻が通う邸の中に

月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。

処理中です...