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第三章 波乱を含む、サマーバケーション(十四歳)

017 複雑な関係性

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 厄介で強烈な令嬢、リリアナが部屋から去ってからしばらくして、銀のカートを押したマージェリーが部屋に戻ってきた。

「さぁ、殿下。こちらにおかけください」

 ルーカスが椅子に腰かけると、マージェリーは慣れた手付きでお茶をカップに注ぐ。ふわりと香る紅茶の香りは爽やかだ。

「……なるほど。久々飲んだけど、やっぱり君の入れる紅茶は美味いな」

 一口飲んで、思わず感嘆の声を上げたルーカス。そんな彼に微笑みながら、マージェリーは静かに頭を下げた。

 そんな和やかな雰囲気が漂う中。

(私も紅茶が飲みたいんだけど)

 ソファーテーブルの上に置かれた鉢植えに埋まる私は「コホン」と小さく空咳をする。

「あ、ええと。彼女はマージェリー。僕の乳母だった人で、今でもこうして僕の面倒を母代わりに見てくれる人なんだ」

 私に説明をしてくれるルーカス。
 その気持ちは有り難い気もする。

 けれどマンドラゴラに話しかけるだなんて、色々とまずい。というか、ルーカスが抱える魔力欠乏症に半グール化という、既に厄介な称号に足される形で、新たに『変人』という称号を得てしまうかも知れない。

 私は他人事ながら心配になった。

(というか、私だって喉が渇いているんだけど)

 私はわざとらしく、根っこになった手で喉の辺りを撫で、ルーカスにアピールする。

「まぁ、とうとうマンドラゴラとの意思疎通に成功されたのですか?殿下、流石です。これは今年こそ、ローミュラー王国植物賞を受賞されるかも知れませんね」

 マージェリーはルーカスの奇行に驚く事なく、むしろ誇らしげな声をあげた。

「あ、いや。その。このマンドラゴラは違うんだ。ええと。って実際に見てもらう方が早いか」

(え、まさか!?)

 私が身構えるよりも早く、ソファーに腰をかけたルーカスが私の髪の毛。つまり葉っぱを掴んで植木鉢から私を持ち上げる。そしてソファーに私を置くと、シュルリと右手に杖を召喚したのち、変身魔法解除の呪文を私に容赦なくかけた。

 私の体は、ルーカスの杖の先から発せられた白いモヤに包まれたあと、ボンという弾ける音と共に人間の姿に強制的に戻される。

「きゃあ」

 ルーカスに髪を掴まれたまま、私は前のめりになった後、ルーカスの胸に思い切り飛び込む形で顔をぶつけてしまった。

「ごめん!」

 私の髪から手を離したルーカスは咄嵯に謝ってくれたものの、さりげなく私を抱きしめている。

「ち、ちょっと、急に解除しないで。しかもドサクサに紛れて、何しちゃってるのよ」

 ルーカスの胸元に鼻を打ち付けたせいで、少しだけ痛む鼻を押さえつつ、私は慌ててルーカスから距離を取る。

「へへへ。役得、役得」
「何が役得よ、ただの変態じゃない」

 ソファーに座るルーカスの前に仁王立ちしたまま、睨みつける。

「ま、まさか殿下。その方は……」

 背後から、すっかりその存在を忘れかけていたマージェリーの驚く声が聞こえてきた。

 ハッとして振り返ると、人の良さそうな顔をしたマージェリーと目が合った。

「ああ、紹介するよ。彼女は僕の彼女で将来を誓い合った仲でもある、ルシア嬢だ」

 恒例となった、もはやツッコミ所満載な紹介をしたルーカスだが、今回ばかりは私も黙ってはいられなかった。

「だからどうして毎回そうやって勝手に話を盛るわけ?大体将来を誓い合ったっていつどこで、世界共通時間で何時何分?グリフォンの羽根が何本抜け落ちた時なのよ?」

 怒りに任せてルーカスに詰め寄る。

「それは、揃いの指輪を君が受け取ってくれた時ってことで」

 悪びれずヘラリとルーカスが頬をゆるめる。

「は?それは無理矢理ルーカスが私の指にグイグイはめちゃったんじゃない」
「でも君は今でもしてくれているじゃないか」
「だってピッタリサイズに作るから取れないんだもの、仕方ないじゃない」

 私は恨みがましい気持ちで左手の薬指にピタリとハマる金の指輪を眺める。

「さすがドビーだよね。いい仕事をしてくれた」
「あのね、私の意思を無視して話を進めようとしないでくれる?私には私が思い描く人生がきちんとあるんですけど?」
「僕だってそうだ。僕にも僕の思い描く人生がある。そしてルシア、君を愛してる」

 突然真剣な眼差しで見つめてくるルーカス。その瞳は、いつもの冗談めいたものとは違い、とても真っ直ぐなものだった。

「あなたのそういうの、聞き飽きたし」
「でも反吐が出るほど悪い気がしないから、その指輪をはめてくれてるんだろう?」
「さ、流石に反吐が出るほど嫌な訳じゃないけど」

 ルーカスの目力に押されるように、思わず正直に答えてしまう。

(いや待て、違う。というか流されてどうするのよ私……)

 私はブンブンと頭を振った。
 とその時。

「……もしかして……あなた様は……」

 またもやうっかり忘れかけていたマージェリーの声が背後から聞こえてきた。

 私は慌てて振り返る。しかし次の瞬間には振り返った事を既に後悔する。

 何故なら、マージェリーの顔は青ざめ、目を大きく見開いて固まっていたから。それはまるで幽霊でも見たかのような表情だ。

「珍しいピンクブロンドの髪。そしてフォレスター王家に伝わる、澄んだ空のように美しい青い瞳。何より殿下との気兼ねのない掛け合い。その感じは、ルドウィン様とソフィア様を見ているようです」

 震える声で呟いた彼女に、ルーカスもようやく何かを感じたのか、表情を引き締めた。

「彼女はルシア・フォレスター。マージェリーが察した通り、かつて僕の父と母の過ちで追い出された、フォレスター王家の正当なる血筋を引く王女殿下だ」

 ルーカスの言葉に、マージェリーは小さく息を呑むと、恭しく頭を下げた。

「申し遅れました。わたくし、ルーカス王子殿下の乳母を務めさせて頂いておりますマージェリーと申す者です。以後お見知り置きを」
「やだ、頭をあげてください。私はしがないただの、ええと、そう、遊牧民みたいなものですから。どうか普通に接してください」

 慌てて両手を前に出して、制止を求める。

「君は意外にも慎ましやかで謙虚な所があるんだね。ますます気に入った」
「いやいや、だから勝手に私を買い被らないで」

 私は笑顔を向けるルーカスを睨みつける。

「畏れ多くもルシア様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。よろしくお願いします」

 背後を振り返り、マージェリーさんに笑顔を向けておく。

「ルシア、ここに」
「いやよ」

 ポンポンと自分の隣を叩くルーカスからプイと顔をそらす。

「それにしても、本当にご両親の良い所をお受け継ぎになったようで、何だか懐かしゅうございます」
「ええと、う、嬉しいです。はははは」

 前と後ろ。忙しなく交わされる会話に、私は頭が痛くなってきた。

「喉が渇いた……」

 思わず本音をボソリと漏らす。

「これは失礼致しました。今すぐルシア様にお茶をお持ち致します」

 すかさずマージェリーが踵を返そうとするのを、ルーカスが止める。

「申し訳ないが、彼女の分の軽食もお願いできる?」
「はい、かしこまりました。すぐに用意して参ります」

 マージェリーは深々と頭を下げると、部屋を出て行った。

 その姿を見送り、ホッと胸を撫で下ろすと、ソファーに深く腰掛ける。

「どうしてこっちに座らないのさ」
「危険を感じるから」
「ちえっ」

 ルーカスは口を尖らせた。
 やはりこちら側に座って正解だったようだ。

「それよりも、一体どういうこと?どうして私の事を明かしたの?」

 少なくとも今回私は敵陣の偵察にきたのであって、素性を明かすだなんて、聞いていない。

「ああ、マージェリーなら大丈夫」
「何でそう言い切れるのよ」
「さっき突撃してきたリリアーナ嬢が言ってた通りだよ。この国には未だフォレスター王家に根強く忠誠を誓う家があるってこと」

 ルーカスが明かした情報を静かに噛み締める。

「でもおかしいわ。マージェリーさんが王族派だとしたら、何でルーカスの乳母なんてしているのよ」
「それはここで働けば、いち早く城内の情報を手にする事が出来るから」

 ルーカスの話は一見するともっともらしく聞こえる。しかしどうしても腑に落ちない点がある。

 それは目の前にいる人物。
 ルーカス本人だ。

(だってルーカスの両親は)

 私が復讐したいと心から願う、誰よりも憎む人間だ。

(つまりルーカスは、父と母を裏切った側の先頭に立つ人物の息子)

 よって王族派など、キルオンサイト。目にした瞬間殺すくらい、敵側に思うはずだ。
 それなのに王族派と知りながら、マージェリーさんに信頼を寄せているようなルーカスの態度は明らかにおかしい。

「ルーカス、あなたは一体どちらの味方なの?」

 厳しい表情を作り、私はルーカスに静かに尋ねる。

「僕は君の味方に決まってる」
「私の?」
「魔力欠乏症に、グールにすらなれない中途半端な男。そんな王族にあるまじき出来損ないの僕を君は助けてくれた。あの時から僕は君に忠誠を誓うと決めたんだ」

 ルーカスはいつになく真剣な顔つきで私を見つめてくる。その瞳の奥に秘められた感情を読み取ろうとするが、複雑すぎてよく分からない。

 ただ今この瞬間理解できるのは、ルーカスがやたら私に懐いてくる理由だ。

(なるほど、そういうこと)

 可愛いだの、愛してるだの。
 散々好意の押し売りを私にするのは、恩を感じているから。

 となると、彼はずいぶんと私という人間をいいように勘違いしているようだ。

「ルーカス。正直に告白するけれど、あの時は咄嗟に反応しちゃっただけ。だから恩着せがましく思わないで。それに後で助けた事をしっかりと後悔したし」

 私は言い聞かせるように、ゆっくりと本音を吐き出す。

 私はあからさまな善意を持ち、窓から身を投げたルーカスを助けたわけではない。
 だから、そこまで感謝される筋合いはないし、何だか命の恩人のように言われるとむしろ胸が痛む気もするので、即刻やめて欲しい。

「色々思うことはあるだろうけど安心して。アディントン家の人間に復讐したいと願う君の信念を邪魔するつもりはないから。むしろ僕を含む呪われた血を持つ、アディントン家の人間にそれ相当の復讐をして欲しい。僕はそう君に願っているから」

 自分に復讐しろと口にするルーカス。

(呪われた血って言い方が気になるけど)

 とりあえず、彼の醸し出す、懺悔が交じる雰囲気からすると、いま口にした言葉は冗談でも嘘でもなさそうだ。

「それに、君に殺されるならば本望だしね」
「だから、まだ殺すなんて決めてないし」

 ルーカスが時折口にするその言葉の真意がわからず、私は戸惑う。
 そしてそんな弱気になった自分にイライラした気持ちを抱く。

(あぁ、もうっ。私は復讐するんだから!!)

 ルーカスと関わったばかりに、色々と悩んでしまう自分が嫌になるのであった。
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