復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第三章 波乱を含む、サマーバケーション(十四歳)

024 復讐リストにメモした人物が勢ぞろい

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 私の前に勢揃いするのは、いずれ復讐しようと心から願う者達だ。

(いまここで復讐を果たすべきなのかも知れない)

 降って湧いたように訪れたチャンスに私の心は復讐に全力で傾く。

 しかしここで大きな問題が一つ、私の前に立ち塞がっている事に気付く。

 それは、具体的にどう復讐をするか。
 その方法をまだ決めていないということ。

(だってまだ私は半人前の悪の者だし)

 よって今は我慢の時だろう。

 フェアリーテイル魔法学校を卒業し、悪役たる立ち振舞を完璧に頭に叩き込んでから、改めてこの者たちと向き合う。

(それがいい。うん、そうしよう)

 私は獲物を見逃す事に決めた。
 理由は簡単、失敗して、今後警戒されても困るから。

 だから今は見逃してあげる事にした。

(復讐する、その時まで私が狙っているとも知らず、間抜けに生きるがいい。ふははははは)

 思い切り上から目線で告げておく。
 そしてふんと鼻を鳴らし、おまけとばかり、しっかりと睨みつけておいた。

「父上、話がつきました」

 ルーカスが恭しく頭を下げた。そのせいで私の渾身なる、悪役風凍てつく視線は強制的に地面に向けられる事となる。

(ち、ちょっと、もっと睨ませてってば!)

 胸ポケットに入ったまま、私は心の中で叫ぶ。
 しかしそんな私にお構いなく、頭を上げたルーカスに即座にランドルフからの声がかかる。

「本当にいいのだな?」
「はい」

 短く会話を交わした父と子。何処かよそよそしく感じるのは気のせいだろうか。

「皆のもの。先日議会で可決された通り、我が息子ルーカス・アディントンは、ハーヴィストン侯爵家のリリアナと婚約を結ぶことになった」

 ランドルフが高らかに宣言し、手にした杖をドンと一回床を叩く。

 すると杖の先から七色の光を纏う、透けた蝶が飛び出した。そしてルーカスとリリアナを祝福するかのように、ひらひらと羽ばたき、二人の元へと飛んでいく。それはとても幻想的な光景で、まるで世界中が、二人の若者の明るい未来を祝福しているかのように思えるものであった。

 そしてその光景を前にホール内が歓声に包まれる。

(何、この茶番劇。反吐が出るんだけど)

 お気楽に幸せムード満載のこの場に、ムカムカとした気持ちがこみ上げてくる。

「おめでとうございます。ルーカス殿下」
「これで我が国も安泰ですね」
「リリアナ嬢なら安心だ」
「グールに栄光あれ!」

 私の気持ちとは裏腹に、頬を明るく染め祝福の言葉を口にする人々。

 この人達は私の両親を追い出す決定を耳にした時も、同じような言葉を述べたのだろうか。

 追い出した人間がその身の危険を顧みず、この国を心配し戻ってきていること。そのお陰で現在密かにみんなは守られているという事も知らず、呑気なものだと周囲に対し怒りがわいてくる。

「さぁ、ルーカス、リリアナ。こちらへおいでなさい」

 嬉しそうな声でナタリアがリリアナに手を差し伸べた。

「はい」

 リリアナは少し戸惑った表情を浮かべたものの、ナタリアの手を取り、彼女の横に並ぶ。対するルーカスは小さなため息をつくと、覚悟したようにナタリアの元に足を進めた。

「ローミュラー王国に住まうグールを幸福へと導いてくれる、小さなカップルの誕生に祝福を」

 ナタリアのわざとらしい、演技がかった声を称賛するように、拍手喝采が会場内に響き渡る。
 その光景を目の当たりにした私は、改めてこの国がどれだけ腐っているのか思い知る事となった。

(まぁいいわ)

 せいぜい今は呑気に幸せな気分に浸っていれば良い。そうすればするほど、この国を滅茶苦茶にしがいがあるというものだ。そして、今微笑むこの場の人間は、私が全てを破壊した、その瞬間、絶望感をより深く感じる事ができるだろうから。

 私はジッとルーカスの胸ポケットの中から、この国の愚弄な者たちの間抜けな姿をしっかりと目に焼き付ける。

「父上、何だか具合が。申し訳ございませんが、私はこれで失礼いたします」

 突然ルーカスがランドルフに耳打ちする。

(えっ、大丈夫なの?)

 まさか魔力が欠乏してしまったのかと、私はルーカスを見上げる。しかしルーカスの顔色はすこぶる良さそうだ。しかも先程まで元気いっぱいダンスをしていたような。

(これは仮病的な?)

 私は密かに確信する。

 それに、誰だってこんな気持ち悪い場所からは、逃げ出したいに限るからだ。

「大丈夫なのか?」

 心配そうに眉間にシワを寄せルーカスの顔を覗き込むランドルフ。

「またなの?あなたはいつだってそう。大事な時なのだから今日くらい耐えなさい。リリアナを一人にするだなんて許しませんよ」

 私は横に並ぶナタリアの口から飛び出した言葉に驚く。

(それって、お腹を痛めた自分の子にかける言葉なの?)

 ルーカスは本当にこの、自分本意な人物の子なのだろうか。

 一瞬そう疑いかけた。しかしいつも私との関係を勝手に周囲に吹聴する身勝手さを持つルーカスの事を思い出し、やはり親子なのだろうと一人納得する。

 とは言え普通の親ならば、体調不良を訴える子どもがいたら、「大丈夫」だとか「すぐに医者に見せるべき」だとか、まずは励ましたりするものじゃないだろうか。

(そうよ、お医者様に診察してもらうお金だって持っているだろうに)

 王族であれば流石に貧乏のあまり、所持品を担保に医者に診察してもらうほどではないだろう。

(そもそもお城に、専属のお医者様だっているだろうし)

 それなのにナタリアはルーカスを叱咤している。

(やっぱりおかしい人)

 私はやはりナタリアという女性を好きになれそうもないと確信した。
 そもそも恨むべきだし、好きになる必要なんてないのだが。

「ナタリア様、私は大丈夫ですわ。それよりもルーカス殿下。ご気分がすぐれないのでしたら、お休みになられてください」

 いかにも心配している言った風に、リリアナは胸の前で手を組む。ここぞとばかり、善人らしさを周囲にアピールする作戦のようだ。

「いずれこの国を統治するのですよ。それくらい我慢なさい。しかも婚約者を支えるのがあなたの役目。心配されてどうするの。全く情けないわ」

 ナタリアがリリアナの言葉を一蹴し、ルーカスをさらにおとしめるような言葉を口にする。

 しかも公衆の面前で。

「また始まったわ」
「やはり王妃殿下は、ルーカス様にはお厳しい」
「けれど未来の国王陛下となる方ですし」
「こうなったら、早く結婚されて、次世代の王子殿下に期待するしか」

 周囲からヒソヒソと手のひら返しをしたような、心もとない声がかけられる。

「ルドウィン様の子であったら」
「確かに。言いたくはないけれど、ルーカス様には王家の血が流れてないものね」

 遠巻きに見守る人の中から、私にとっては「ざまあみろ」と浮かれた気分になる言葉が飛び出す。

(でも、あんた達が言っていいことじゃない)

 そう思うのならば、父と母を追い出す決定が下された時、もっと大きな声で主張すれば良かったのだ。

(いまさら遅いのよ)

 私は心もとない言葉を平気で囁く面々に呆れ果てる。

「母上は相変わらずお厳しいですね」

 肩をすくめたルーカスにランドルフが口を開く。

「お前は休みなさい。明日もう帰るのだろう?」
「はい。学校でやるべきことがありますので」

 ルーカスの返答に頷き、ランドルフは周囲の近衛に声をかける。

「すまないが息子に付き添ってあげてくれないか」
「かしこまりました」

 青い騎士服に身をつつむ近衛兵は無表情のまま返事をすると、「こちらへ」とルーカスを促す。そして会場の外に出た途端、ルーカスは「大丈夫」だと近衛に告げ人払いをした。

「しかし」

 国王から頼まれたとあって渋る近衛。

「僕より父上のお傍に。僕には彼らがいるから」

 ルーカスの言葉に応えるように、突然ぞろぞろと廊下の至る所から飛び出してきたのは、マンドラゴラ部隊の面々だ。トビー隊長を中央に配置した彼らは、後ろ手に休めの姿勢を取り、ルーカスの前に二列に整列した。

「これは一体……」
「僕の護衛だよ。本当はこの場にも連れて来たかったんだけど、父上に止められちゃったんだよね」
「えっ」
「僕の近衛になりたいと志願する者がいないから。そのせいで父上の手を煩わせたくはなかったし。だから彼らを僕が一から育て上げたんだ」
「……なるほど」

 思い当たるフシがあるのか、近衛はバツの悪そうな顔になった。

(なんか、もしかして)

 ルーカスはこの国でのけ者にされているのだろうか。そんな疑問が脳裏を掠る。そして最初に魔法学校へ向かうためにこの地を、グリフォンのエルマーと訪れた時の事を鮮明に思い出す。

(あの時、この国の兵士は自国の王子に向かって、容赦なく弓をひいていたんだっけ)

 その現場を目の当たりにした時、ルーカスが相当な魔法使いだから、避けられると思い放っている。そう解釈してすっかり忘れていた。しかし一連のルーカスに対する周囲の態度を見ていると、何となく違う気がしてきた。

(まさか、ルーカスって嫌われてる?)

 私は思いつき、心がズキンと痛む。

(私としては好都合だけど。でも何だか可哀想かも)

 人から疎ましく思われるような態度をとられ、それを責めるべき母親は味方になってくれない。それどころか率先して息子を疎ましいと思っているような環境。

 そんな場所に身を置けと言われたら、私だったらきっと耐えられない。

(心が壊れてしまうかもしれないわ)

 私がどんなに貧乏でコソコソと人目をしのぶ生活に耐えられたのは、父と母から裏切る事のない愛情をしっかり注がれたからだ。

「僕は大丈夫だから。さぁ行こうか」

 ルーカスはマンドラ部隊に声をかける。

「承知いたしました」
「我らの忠誠は、あなた様に捧げておりますゆえ」
「必ずやお守り致します」

 マンドラゴラ部隊がうやうやしくルーカスに敬礼する。その姿に満足気に微笑んだあと、ルーカスは近衛の前から立ち去ろうと足を進める。

 分が悪いといった感じで頭を下げる近衛を置き去りにし、周囲をマンドラゴラ部隊に囲まれたルーカスは、慣れた足取りで角を曲がる。

「ふぅ」

 小さく息を吐き出したルーカスに私は話しかけた。

「大丈夫なの?」
「あぁ、問題ない。少し休めばよくなるよ。それより、君とダンスができなかった事が残念だなぁ」

 私に告げるルーカス表情は、少しだけ疲れが滲んでいた。
 けれど私に心配をかけまいとしてか、笑顔を作る。

「それはまた今度。機会があれば、まぁ踊ってあげてもいいわよ」

 私はつい可愛げのない口調になってしまう。

「本当?なら楽しみにしているよ」

 私の言葉に嬉しそうに笑うルーカス。

「ただし、マンドラゴラのままは勘弁して」
「えー、どうして?可愛いのに」
「どうしてもこうしてもないわ。みんなにこんな姿を見られるなんて冗談じゃないからよ」

 私はいつものように抗議する。
 本当はこういう時、ルーカスを励ます言葉をかけてあげるのが正解なのかも知れない。

(でも私は、ブラック・ローズ科の生徒だから)

 優しい言葉なんて知らないし、それどころか、弱った敵を前にしたら、今がチャンスとばかり塩を塗るべきだと教えられている。

「君といると楽しい」
「こっちは全然楽しくないんだけど」
「そうかな。僕は楽しい。今回の帰省に付き合ってくれてありがとう」

 口に出した言葉そのまま、楽し気な声を上げるルーカス。

(全く呑気な王子なんだから)

 自分を恨む相手を前に笑顔を向けるルーカス。
 私は呆れつつ、いつも通りに戻ってくれた事に少しだけホッとするのであった。
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