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第五章 事件がいっぱい、学校生活(十五歳)

036 謎の青年とマンドラゴラ2

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 シンと静まる温室内。もわっとした土の匂いが私の鼻を掠る。

「お前はこの学校の生徒ではない。何故なら」

 ルーカスが自信有りげに発した言葉に対し、私は続く言葉を待っているという状況だ。
 しかしルーカスは勿体ぶっているのか、一向に言葉を発しない。

「ええと、何故なら何なの?」

 待ちきれず私は尋ねた。

「第一に不審な点として、お前の爪の間に付着している土の存在があげられるだろう」

(土が?)

 私はジッと青年の指先を見つめる。
 すると確かに黒ずんだ指先が何本か目視できた。

「彼は園芸部なのかも。それに魔法植物学の居残りとか」

 私は「手に土が付くこと」のありきたりな可能性を指摘する。

「それはない。今日は園芸部の活動日ではないし、そもそも彼は園芸部ではない。園芸部員の僕が断言するのだから間違いない」
「え、ルーカスって園芸部なの?」

 初耳だった私は素直に驚く。同時に、ルーカスが私に知らせてくれなかった。その事実がどうにも気に食わないと感じた。

「別に隠していたわけじゃないんだ。頼まれて仕方なく副部長を引き受けた感じで。今日会った時、君には報告しようと思ってさ」
「ふーん」

 私が僅かに顔を歪めたのを察知したらしいルーカスは、自らをフォローするように慌てて付け足す。

「コホン」

 仕切り直しとばかりわざとらしく咳をしたルーカスは続ける。

「君のもう一つの問い。魔法植物学の居残りの件だが、確かにその可能性は捨てきれない」
「だよね」
「けど、そもそもここは僕の為に与えられた温室だし、僕はこの男の立ち入りを許した覚えもない」

 きっぱりと言い切るルーカス。

 確かに彼の主張は間違っていない。ここは魔法植物学で優秀な成績を収めたルーカスの為に用意された特別な温室だからだ。しかもそういった理由があるからこそ、人目がないというただ一点の理由で、私は魔力を譲渡する場所に、ここを指定している。

 何故なら、これ以上周囲にルーカスとの仲を勘違いされたくなかったからだ。

「以上の事から、彼がこの温室にいる正当な理由がない事を理解してくれたかな?」
「理解したわ。確かにこの場所に、この人がいるのはおかしい」

 私はルーカスの主張を認める。

「それに何より、こいつがこの学校の生徒でないという、何よりの証拠があるんだよね」
「それは?」

 すかさず尋ねる。
 するとルーカスは青年に改めて向き合う。

「お前は僕とルシアが保護者公認で愛し合う仲だと言う事を知らなかった。しかもこの事は学校内で周知されている事実だ。だからよっぽどの事がない限りルシアに告白する愚弄ぐろうな者はいない。しかしお前は堂々と彼女に告白をした。よってお前が犯人で間違いない」
「…………」

 指摘したい部分は星の数ほどある。その多くを飲み込み、どうしても優先的に確かめておきたい事を私は口にした。

「犯人って、彼は何の犯人なの?」
「これだ」

 ルーカスが指さす先にあるのは木のたるだ。しかも先程まで、ルーカスが力尽きたように横たわる側にあったもの。

「その樽がどうかしたの?」

 問いかけながら樽の中を覗き込み、私は固まる。

 樽の中にはマンドラゴラが入っていた。それも大量にだ。しかもマンドラゴラたちは皆、生気を奪われたようにしなびた状態でぐったりとしており、まるで枯れ果てる寸前といった感じで横たわっている。

「酷い……」
「本当は君にこんな残酷なマンドラゴラ達の姿を見せたくはなかった。けれど僕の魔力が足りなくて。これでもマシになった状態なんだ」

 悲痛な声と面持ちで、樽の中を覗き込むルーカス。

「こんな狭いところに詰め込まれていたら、そりゃ弱るわよ。でもどうしてこんな風に詰め込んだの?」

 ルーカスが犯人だと断言した青年に問いかける。

「俺は何も知らない」
「嘘をつくな。お前はマンドラゴラを違法に売買しようとしていたんだな」
「えっ?」

 思いもよらぬ理由が飛び出し、私は思わず驚きの声を上げる。

「違う、俺はそんな事を考えていない!」

 青年が必死に否定するが、ルーカスは一切取り合うつもりはなさそうだ。
 青年を睨みつけたまま、口を開く。

「マンドラゴラは指定危険植物に認定されている植物だ。だから危険植物取り扱い免許を持つ者の元でしか、扱う事が許可されない特別な植物。よって、通常では市場に流通する事がない」

 ルーカスの説明に私は頷く。ルーカスがたった今語ったこと。それはすでに危険植物学の授業でしっかりと習っていた事だったからだ。

『もし嫌がらせの一つとして、今後マンドラゴラの使用を考えている場合。必ず、ホワイト・ローズ科のルーカス・アディントン君のように、国際的に有効である、危険植物取り扱い免許を取得してから行う事』

 あの時先生がルーカスの名を出した事により、みんなのニヤニヤとした顔と視線が私に集中する羽目になった。

 だから私は、恥ずかしい思いと共に、マンドラゴラが誰にでも扱える代物ではないこと。それをしっかりと記憶していたのである。

「マンドラゴラは古くから、呪術や錬金術の材料。そして鎮痛薬や鎮静薬、また手術の時の麻酔薬としても重宝されている植物だ」

(それに毒殺の材料としての需要も高い)

 あえてなのか、それともブラック・ローズ科の生徒のみの常識なのか。ルーカスが省いた説明を私は心で補足する。

「しかしマンドラゴラは需要に対し、その入手性の難しさから高値で取引されており、中には偽物までもが密かに出回るようなこともある」

 ルーカスの説明に私はふと、ローミュラー王国で誘拐された時の事を思い出す。

 ハーヴィストン侯爵家の屋敷で、マンドラゴラに化けた私の処分に悩む面々。

(あの時確か)

 燃やすべきだと主張するリリアナに対し、ハーヴィストン侯は金になるからと、手放すことを惜しんでいる素振りだった。

 それはマンドラゴラが、ルーカスの言う通り、それなりに需要があると言う主張を裏付けている。

「お前は雇われか?」

 ルーカスが黙り込む青年に問いかける。

「それとも、僕がマンドラゴラの違法管理の取り締まりや、保護活動に精を出していること。それを恨んでの反抗なのか?」

(それは違う気がする)

 嫌がらせをするだけであれば、こんなに沢山のマンドラゴを樽に詰めたりしないと思った。

「これは明らかに、盗もうとしてるっぽい」
「僕もそう思う。悪いが見過ごせない」

 杖をその手に召喚したルーカスは青年に一歩近づく。

「お前はこの学校の生徒ではない。それなのにこの温室に無断で入り、あまつさえ魔法植物であるマンドラゴラ達を違法な手段で売りさばこうとしていたんだろう?逃げ場はないぞ。認めろ」
「違う」

 青年はルーカスの言葉を否定する。
 そして突然、両手を大きく広げた。

「俺は無実だ!本当に何も知らない。そもそもこの温室だって今日初めて入ったばかりだし、俺にはここがどこだかもわからない」
「見え透いた嘘をつくな。ここは一般生徒が間違えて迷い込むことなどありえないし、ましてやマンドラゴラを持ち出すなんて事は絶対にできない。むしろそんな事、してはならない。観念しろ」
「くそっ」

 青年は悪態をつくと懐に手を入れる。
 そこから取り出したのはナイフだった。

「おい、まさかまた僕とやりあうつもりじゃないだろうな」
「うるさい、マンドラゴラを奪われた今、他に方法がないんだよ」

 青年の目は本気だ。

「仕方ない」

 呟きながらルーカスは杖を構える。
 私もルーカスに倣い、いつでも攻撃できるよう召喚した杖を構える。

「君は下がってて」

 ルーカスは青年を睨みつけたまま、私に命令する。

「でも、二対一の方が有利じゃない?」
「大丈夫だから。僕を信じて」

 そう言って微笑むと、ルーカスは再び青年へと向き直る。

 次の瞬間、ルーカスの魔力が一気に膨れ上がったような感覚を覚える。

「お前を拘束させてもらう」

 呪文を唱えると同時にルーカスの足元に植物の根っこのようなものが現れ、それが一気に青年の方に向かって広がっていく。次の瞬間、青年の手にあったはずのナイフが消え失せており、同時に青年も地面に倒れ込む。

「うっ……」

 地面に膝をつく青年の足には、まるでロープのようにぐるぐると根っこが巻き付いている。

「えっと……」

 思いのほか鮮やかなルーカスの魔法捌きに、思わず呆然と立ち尽くす。

「彼の足に絡みついた根は、彼が動こうとする力を奪い取るんだ。例えどんなに素早く動ける人間であってもね」

 いつの間にか奪い取ったらしいナイフを手に、得意げな表情を私に向けるルーカス。
 どうやら彼は魔力欠乏症なだけで、魔法を扱う事にはむしろ長けた人物のようだ。

(復讐できるのだろうか……)

 鮮やかな魔法捌きを目の当たりにした私の脳裏に、一抹の不安がよぎる。

「くそっ、何で俺が」

 青年は悔しそうに、ガクリと項垂れた。
 どうやら勝負はついたようだ。

「残念だけど、僕はこいつをニール先生の元へ連れていかなくちゃならなくなった。約束はまた明日でもいいかな?」

 ルーカスが申し訳ないといった感じで私に告げる。

「かまわないけど、でも、マンドラゴラをこのまま放置しておいて大丈夫なの?」

 私は、樽の中にぐったりとした様子で横たわるマンドラゴラが心配になって尋ねる。

「むしろ私がその人をニール先生の所に連れていこうか?」

(私が残るより、その方が良い気がするんだけど)

 しかしルーカスは首を横に振って答えた。

「ダメだよルシア。こんな怪しい男と君を、二人きりになんて出来ない」
「でも……」
「君が心配してくれているのは分かる。だけどこの男の背後には、危険植物を違法で売買する大きな犯罪組織の影がちらついている状態だ。そうじゃなかったら、マンドラゴラをこんなに手際よく樽に詰めて運び出そうとする訳ないし。だからこいつは危険。君にもし何かあったら困るから、君には頼めないし、頼みたくはない」
「……分かったわ」

 ルーカスの言わんとする事が理解できた私は、大人しく引き下がる事にした。

「ありがとうルシア。君がここにいてくれるだけでとても安心だ。マンドラゴラに関しては、既に応急処置はしておいたから、そうだな……」

 ルーカスは少し考える素振りを見せた後、日当たりの良い壁際にズラリと並べられた鉢植えを指さした。

「出来たら、樽の中のマンドラゴラを、あそこに用意してある植木鉢に、植え替えておいてくれると助かるかも」
「……了解」

 果たして私に上手く植え替えができるだろうかと、不安に思いつつ。
 このままにしておくわけにもいかないしと、私はルーカスの指示を聞き入れる。

「じゃあ、僕はこいつの事を連れていくよ。ドラゴ大佐、こいつを運ぶのを手伝ってくれ」

 ルーカスは当たり前のように、いつぞや大変お世話になった懐かしい名を口にする。

「ラージャ!!」

 威勢の良い声と共に、壁際に沿って置かれた植木鉢の中からマンドラゴラが飛び出してきた。

「総員、六時の方向に整列!」

 ルーカスによって魔法がかけられているのか、鉢植えから飛び出したマンドラゴラ達は光を帯び、茶色い迷彩服に身を包んでいく。

(何でここに!?)

 浮かんだ疑問の答えを探る間もなく、彼らは目にも止まらぬ速さと、統率の取れた動きでルーカスの前に整列した。

「こちら光合成隊。揃って現地に到着」
「こちら葉緑素隊。こちらも全員、現地に到着しました」

 報告の声が飛び交う中、ルーカスの前に綺麗に横並びとなった二列が出来上がる。
 そして真ん中に立つのは、ひときわガタイの良いマンドラゴラ、ドラゴ大佐だ。

「一同、敬礼!」

 ドラゴ大佐がハキハキとした声で告げる。

「ハッ!!」

 ピシリと揃った掛け声の後、一斉にマンドラゴラ達がこめかみに手を当てる。

(相変わらず、みなぎる連帯感がすごいんだけど)

 ポカンと間抜けな顔をする私。
 するとそんな私に向かってドラゴ大佐が体を向けた。

「お久しぶりです、ルシア様」
「あ、その節は大変お世話になりました」
「お元気そうで何よりです」
「はい。それはもう、お陰様で」

 ドラコ大佐に思わず頭を下げる。するとドラコ大佐は嬉しそうに目を細めた。

「ドラゴ大佐。悪いがこいつを、ニール先生の元に移送したいんだ」
「了解です。光合成班、葉緑素班。ただいまよりミッションを開始する!」

 ドラゴ大佐が声高らかに告げると、他の隊員達が青年を一気に担ぎ上げる。

「うわ、何だこのマンドラゴラは!!」

 焦った様子で、しかしなすがままといった青年。

「さて、それじゃあ僕も行ってくるよ」

 ルーカスが満足そうな笑みを浮かべながら私に告げる。

「うん。わかった……。ルーカスも気をつけて」
「ああ」

 ルーカスは嬉しそうに微笑むと、名残惜しそうな表情を一瞬したのち、私に背をむけた。

「マンドラゴラ部隊の各員に告ぐ。ただいまより凶悪犯の移送を開始する。目的地は植物学棟の教務室。途中には数多の困難が待ち受けているかも知れない。しかし、一人も欠ける事なく帰還できるよう、気を引き締め、任務に当たれ!」

 ルーカスがマンドラゴラに声をかける。

「ラージャー!!」
「うぉぉぉぉぉ」
「やってやるぅぅぅ」

 マンドラゴラ達の雄叫びが温室に響く。

 どうやらルーカスの激励の声に指揮が上がった事は間違いなさそうだ。
 マンドラゴラ達は嬉しそうに青年を担ぐ根っこの手に力こぶを作る。

「な、何なんだよ。これは悪夢か……」

 青年の顔色は既に土色に近い青色だ。

「ワッショイ」
「ワッショイ」
「ワッショイ」
「ワッショイ」

 先頭を歩くルーカスの後を、青年を担ぐマンドラゴラ部隊が謎の掛け声と共に追いかける。

(ま、大丈夫そ?)

 呆気に取られてはいたものの、私にもルーカスから与えられた任務がある。

「さてと、頑張りますか」

 私は一人、樽の中から萎びたマンドラゴラを取り出し始めたのであった。
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