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第五章 事件がいっぱい、学校生活(十五歳)
038 人を見たら裏切ると思え
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四年生になり、変化したことは沢山ある。
制服が大人っぽくなった事を筆頭に、授業が難しくなったことや、ホワイト・ローズ科のプリンセス達との関係生。それからマジカルモバイルの所持を許された事などなど。
片手では数え切れないほど、色々と変化があった。しかし「一番大きな変化は何か?」と問われたら、私は間違いなく生徒間の「色恋沙汰が増えたこと」を挙げるだろう。
正直この事に関して、私は蚊帳の外と言った感じではある。
なぜなら認め難いとは言え、周囲からルーカスと付き合っていると思われているからだ。
(全くもって腑に落ちないんだけど)
しかしルーカスという存在のお陰で、告白イベントもなければ、色恋が交じる噂話の主人公や脇役にならないで済んでいる事は確かだ。
そもそも学校内で注目を浴びる。それは何かとトラブルに巻き込まれる事を意味するも同然。
だからルーカスとそういう仲だと勘違いされる事で、私は必然的に浮ついた色恋話の中心人物になる事を免れている。
その点だけはルーカスに感謝する日々だ。
***
フェアリーテイル魔法学校での授業は一コマ四十五分。通常二コマを一つの授業に充てられるため、一日四教科の授業を受ける事になる。
因みに休日は土日の二日間のみ。しかしそれぞれの教師から出される課題も多く、休みに充てられた土日を丸一日のんびりできる事は稀だ。
「今週はまだ手つかずのレポートが二個もあるんだけど。しかもどっちも重ためなやつ。先生同士って横の繋がりとかないのかな。普通は生徒一人一人の進捗状況とか把握してるもんじゃない?」
などと嘆く私は、現在ナターシャとカフェテリアでしばしの休憩中。ルーカスもおらず、ストレスフリーなランチ時間を楽しんでいる所だ。
フェアリーテイル魔法学校では、一斉に訪れるランチタイムにおける混雑回避のために、複数のカフェテリアが用意されている。
しかもそれぞれのカフェテリアは、明確なコンセプトの元に建築されたもの。
店内に大きな水槽と噴水がある、アクアリウムカフェテリア。
照明が落とされた薄暗い地下。ゴシック調の家具で揃えられた、ブラックカフェテリア。
まるで宮殿かとみまごうほど、豪華な雰囲気のホワイトカフェテリアなどなど。
ちなみに私とナターシャがいるのは学校のシンボルとも言える、とてつもなく大きな木の上に建てられた癒やし系カフェテリアだ。
全体的に温もり溢れる店内には、至る所に観葉植物が配置されており、室内にもかかわらず、まるで森林浴をしているような気分になれる。その上、運良く窓際の席を陣取れた場合、学校内を一望する事ができる点も、私は密かに気に入っている。
「ねぇ、聞いた?植物マニアのあいつに言い寄る女がいるって話」
丸太を輪切りにしたテーブルの向かい側。
ナターシャが唐突に私に告げた。
「え、何の話?」
私が聞き返すと、今度は横から声が飛んできた。
「ルシアの彼にちょっかいを出すイタチは、青い髪をした園芸部のエリーザですわよ。ねぇ、ここいいかしら?」
同じクラスの女子生徒。アンナが私達に同席を尋ねてきた。
「いいよー」
「うん、どうぞー」
断る理由も無いため快諾すると、「ありがとう」と言って彼女は木製の椅子を引く。
「いつもみたいにアクアリウムカフェで食べようとしておりましたの。けれど噴水に魔法を当てたお馬鹿さんがいやがりまして、店内が水浸しに。ですから今日は休業中に。折角ダイオウイカフライを食べようと思ってたのに。ふざけんなですわ」
輪切りの丸太テーブルに、ごくごく普通サイズのイカフライ定食が乗せられたトレイを置きながら、アンナが独特な口調で愚痴る。
ブラック・ローズ科の中でも、比較的仲良くしているアンナは、光り輝く海面を思わせる、綺麗なエメラルドグリーンの髪色を持つ可愛い女の子だ。彼女はいつも、花飾りの付いた三角帽を被っている。白抜きでドクロマークのようなものが入る三角帽は、嫌でも海賊を連想させるもの。
しかしそれもそのはず。
アンナの実家は海賊業で世界に名を馳せる、フック家なのである。つまりアンナもナターシャと同じ。悪役界隈では、歴史ある名家出身のお嬢様だと言える。
「あー、だから今日ここも混んでたんだ」
ナターシャが腑に落ちた表情になりながら、私達の間で密かに『森のキノコのご臨終サラダ』と呼ばれる、茹でたキノコたっぷりなヘルシー料理にフォークを刺した。
「ナターシャ、まさかダイエット中ですの?」
アンナがナターシャの皿を覗き込み、目を丸くしながら尋ねる。
「そう。ちょっと太った気がしてさ。それにほら、もうすぐ血みどろのライブがグリムヒルであるじゃん?だから本格的に体重落としていこうかなぁー、なんて」
ナターシャは顎のラインを撫でながら、キノコな献立事情を白状する。
私としては今のままで十分ナターシャは美しく魅力的だと思っている。しかし恋する気持ちプラス、マジスタグラムのDMを介し、いい感じになったブルーノ。そんな彼とライブ当日に会う約束をしたとのことで、今回のダイエットに踏み切ったらしい。
「血みどろのブルーノは格好いいですものね。ならばキノコで我慢も納得ですわ。所でルシア、どうされますの?」
イカフライにナイフを入れたアンナが、その手を止め、私を見つめる。
「どうって?」
「人の男に手をだすな、このヤロウと、やっぱりバトルをされますの?」
興味津津といった感じで、アンナが私の顔を覗き込む。
どうやらルーカスの周囲に出現した女子生徒の話題が、ここにきて蒸し返されているようだ。
「するわけないじゃん、馬鹿馬鹿しい」
くだらないと言わんばかり。私は「悪魔のパスタ」こと、イカスミスパゲティーをツルンと口に入れる。
因みに「悪魔の」と名付けたのは、ホワイト・ローズ科の生徒達だ。彼女達は自慢の白い制服に黒い染みが飛ぶ事を恐れているからである。
「そんな悠長なこと言ってていいの?所詮あいつだって男なわけだし、万が一ってこともあるんじゃないの?」
ナターシャがニヤリと笑みを浮かべながら言う。
「あのね、何度も言うけどルーカスと私は、同郷のよしみなだけで」
もはや定型文となりつつある理由を、口にしかけ私はムッと口を結ぶ。
なぜならナターシャとアンナの視線が私の薬指に落ちたからだ。
(無言の圧を感じるのですが?)
私はイカ墨まみれなため息をつく。
「そもそもルーカスには婚約者がいるんだよ?」
(本人はいずれ婚約破棄するって言ってるけど)
そんなの本当かどうかはわからない。
それに何より私は恋愛ごとに構う暇などない。
(思いのほかルーカスが魔法の手練である事が判明した今)
彼を負かすために、日々鍛錬を行う必要に迫られているのだ。
(しかも、ミュラーとかいう悪魔のお迎えがいつ来るかわからないし)
私はミュラーが得意げに手にしていた、怪しい水晶を思い出す。
全力で抵抗するつもりではある。しかしミュラーの言う、「その時」が来たら、私はあの中に閉じ込められるかも知れない。
(魂だけ抜かれるだなんて、勘弁なんだけど)
『人は死に様で、後世にその名を残せるかどうか、それが決まる』
ブラック・ローズ科のスローガンとも言える、その言葉通り、私は最後、人の記憶に刻み込まれるような死に方がしたい。
よってミュラーの言うように水晶に魂を閉じ込められ、『死ねない』なんてお断りだ。
よって、いつ訪れるか不明なその時に備え、精神共に鍛錬し、きちんと死ねるように準備しておくこと。今はそれに注力すべきなのである。
「婚約者ねぇ。でもどうせルーカスは婚約破棄するつもりなんじゃないの?」
ナターシャが余計な事を口走る。
「あら、計画的に婚約破棄なさるおつもりでいやがりますのね。なんてロマンチックなのかしら」
アンナの目が輝く。
「突然現れて、愛する二人を木っ端微塵に引き裂く。素敵ですわ。奪う恋って憧れちゃいますものね」
アンナはうっとりとした表情のまま、イカフライにナイフをグサグサ刺している。
「でもルシア。お気をつけ下さいませ。ホワイト・ローズ科の連中は私達と違い、サンマみたいに、群れを成して攻撃してきますから」
「あーそうだよね。私たちの今年のスローガンは「世界を裏切れ!」だけど、確かホワイト・ローズ科のスローガンは……えっと……ここまで出かかってるんだけど、うーん」
ナターシャが頭を抱える。
「ホワイト・ローズ科のスローガンは、「世界に愛を振りまこう!」ですわよ。やだ、呪いの言葉を口にしてしまったわ。最低、喉がイガイガしやがりますわ」
ナターシャの問いかけに答えたアンナは喉を掻く仕草をしたのち、コップに入った水をグビグビと音を立てて飲んだ。
「まったくあいつらホワイトの脳内は、一体どんな世界になっているのか見てみたい……いや、絶対覗きたくないかも」
ナターシャはブルリと肩を震わせる。
「とにかく。世の中からのヘイトを集めまくる私達にも善の心があるように、ホワイト・ローズ科の人間だって悪の心を秘めているものですわ。特にエリーザは、私の中の悪女レーダーが面舵一杯って感じですの。だからルシア、プリンセスだからチョロいだなんて、油断していると足をすくわれますわよ」
アンナが真面目な顔で助言をくれた。
「うん。そうだね。ありがとう、アンナ。気を付ける」
私は感謝を込めて、微笑んで見せる。
「まぁ、ルシアったら、イカスミがいい感じでクールに歯を染め上げていますわ」
「ほんとだ。ルシア、そのまま、そのまま」
ナターシャが慌てた様子でテーブルに置いてあったマジカルモバイルを手にし、魔法レンズを私に向けた。そして次の瞬間、金切り声のようなシャッター音が鳴り響く。
「可憐なルシアの映え写真ゲット!」
「ち、ちょっと、撮るなら先に教えてよ」
私は慌てて口を拭いながら抗議の声を上げる。
「ルシアがあまりにもイカスミで、可憐で素敵な色合いだったものでつい」
「意味わかんないし」
「思い出の一ページってことで、許してよ」
「絶対にマジグラムに載せないって約束して」
「勿論だよ、そんな事するわけないじゃない」
ナターシャはいつになく真剣な表情で私を見つめた。
「もう、絶対だからね」
私はナターシャを信じ、冷めかけたイカスミパスタをツルリと口に運んだのであった。
***
イカスミで邪悪に染まる歯の写真をナターシャに激写されてから数日後。
化粧室でメイク直しをしている私の横に、アンナがスッと近寄ってきた。
しかも意味ありげにニヤニヤとしている。
これは怪しいと、警戒する私に、アンナは自分のマジカルモバイルの画面を鏡越しに向けてきた。
「なに?」
「いいから、よくご覧になりやがれですわ」
アンナはいいながら、私に向き直る。そしてマジモバの画面を直接見せてくれた。
するとそこに見事、映し出されていたのは。
『イカス、イカスミな親友DETH』
何とも寒いタイトルと共に、私が二ィッとこれみよがしに黒い歯を見せている画像が表示されてるではないか。
「お、おのれ、ナターシャめ。載せないって言ってたのに」
わなわなと拳を握りしめる。
「ルシア、『人を見たら裏切ると思え』それが私達ブラック・ローズ科で最初に学んだ事でしょう?あの場で消去しなかったあなたが悪いわ。諦めなさい、色々と」
アンナがしたり顔で、私の肩に手を置く。
「くっ、た、確かに……」
「しかも、アンナが投稿した写真の中で一位二位を争う勢いで「いいね」がついていますわよ?」
「ほんとに!?」
私は慌てて画面上に示された写真の下にある、「いいね」の数を確認する。
すると驚くことに、桁数がバグっているのではないかと疑いたくなるほど、大きな数字がハートマークの横に表示されていた。
「こ、こんなことってあるの?」
「可愛い子がバカみたいな事をする。そういうギャップ萌えのひそかな需要。そして「私よりブサイクな顔」と純粋に喜ぶ層が、かなりいるのでしょうね」
「嫌なんだけど」
「ナターシャの投稿、相変わらずセンスが最悪ですわよね。でもそのお陰でこれ以上、拡散されないで済むかもですわ。良かったですわね、ルシア」
マジモバをポケットにしまい込みながら、アンナはまるで「良いことを言った」とばかり、私を励ますかのように微笑む。
「そ、そうだよね……」
私は励まされたものの、力なく肩を落とす。何故なら一度世に放出されたものは、デジタルタトゥーとなり永遠に残り続ける事を、『魔法ネットリテラシー』の授業で習ったばかりだからだ。
(お嫁にいけない。就職できない……ってその予定はないからいいのか)
その事に気付いた瞬間、私の心は一気に軽くなる。
(とは言え……)
ナターシャの投稿により私の黒歴史がまた一つ。しかも世界に向けて堂々と晒されてしまったのは、確かなる悲しい事実なのであった。
制服が大人っぽくなった事を筆頭に、授業が難しくなったことや、ホワイト・ローズ科のプリンセス達との関係生。それからマジカルモバイルの所持を許された事などなど。
片手では数え切れないほど、色々と変化があった。しかし「一番大きな変化は何か?」と問われたら、私は間違いなく生徒間の「色恋沙汰が増えたこと」を挙げるだろう。
正直この事に関して、私は蚊帳の外と言った感じではある。
なぜなら認め難いとは言え、周囲からルーカスと付き合っていると思われているからだ。
(全くもって腑に落ちないんだけど)
しかしルーカスという存在のお陰で、告白イベントもなければ、色恋が交じる噂話の主人公や脇役にならないで済んでいる事は確かだ。
そもそも学校内で注目を浴びる。それは何かとトラブルに巻き込まれる事を意味するも同然。
だからルーカスとそういう仲だと勘違いされる事で、私は必然的に浮ついた色恋話の中心人物になる事を免れている。
その点だけはルーカスに感謝する日々だ。
***
フェアリーテイル魔法学校での授業は一コマ四十五分。通常二コマを一つの授業に充てられるため、一日四教科の授業を受ける事になる。
因みに休日は土日の二日間のみ。しかしそれぞれの教師から出される課題も多く、休みに充てられた土日を丸一日のんびりできる事は稀だ。
「今週はまだ手つかずのレポートが二個もあるんだけど。しかもどっちも重ためなやつ。先生同士って横の繋がりとかないのかな。普通は生徒一人一人の進捗状況とか把握してるもんじゃない?」
などと嘆く私は、現在ナターシャとカフェテリアでしばしの休憩中。ルーカスもおらず、ストレスフリーなランチ時間を楽しんでいる所だ。
フェアリーテイル魔法学校では、一斉に訪れるランチタイムにおける混雑回避のために、複数のカフェテリアが用意されている。
しかもそれぞれのカフェテリアは、明確なコンセプトの元に建築されたもの。
店内に大きな水槽と噴水がある、アクアリウムカフェテリア。
照明が落とされた薄暗い地下。ゴシック調の家具で揃えられた、ブラックカフェテリア。
まるで宮殿かとみまごうほど、豪華な雰囲気のホワイトカフェテリアなどなど。
ちなみに私とナターシャがいるのは学校のシンボルとも言える、とてつもなく大きな木の上に建てられた癒やし系カフェテリアだ。
全体的に温もり溢れる店内には、至る所に観葉植物が配置されており、室内にもかかわらず、まるで森林浴をしているような気分になれる。その上、運良く窓際の席を陣取れた場合、学校内を一望する事ができる点も、私は密かに気に入っている。
「ねぇ、聞いた?植物マニアのあいつに言い寄る女がいるって話」
丸太を輪切りにしたテーブルの向かい側。
ナターシャが唐突に私に告げた。
「え、何の話?」
私が聞き返すと、今度は横から声が飛んできた。
「ルシアの彼にちょっかいを出すイタチは、青い髪をした園芸部のエリーザですわよ。ねぇ、ここいいかしら?」
同じクラスの女子生徒。アンナが私達に同席を尋ねてきた。
「いいよー」
「うん、どうぞー」
断る理由も無いため快諾すると、「ありがとう」と言って彼女は木製の椅子を引く。
「いつもみたいにアクアリウムカフェで食べようとしておりましたの。けれど噴水に魔法を当てたお馬鹿さんがいやがりまして、店内が水浸しに。ですから今日は休業中に。折角ダイオウイカフライを食べようと思ってたのに。ふざけんなですわ」
輪切りの丸太テーブルに、ごくごく普通サイズのイカフライ定食が乗せられたトレイを置きながら、アンナが独特な口調で愚痴る。
ブラック・ローズ科の中でも、比較的仲良くしているアンナは、光り輝く海面を思わせる、綺麗なエメラルドグリーンの髪色を持つ可愛い女の子だ。彼女はいつも、花飾りの付いた三角帽を被っている。白抜きでドクロマークのようなものが入る三角帽は、嫌でも海賊を連想させるもの。
しかしそれもそのはず。
アンナの実家は海賊業で世界に名を馳せる、フック家なのである。つまりアンナもナターシャと同じ。悪役界隈では、歴史ある名家出身のお嬢様だと言える。
「あー、だから今日ここも混んでたんだ」
ナターシャが腑に落ちた表情になりながら、私達の間で密かに『森のキノコのご臨終サラダ』と呼ばれる、茹でたキノコたっぷりなヘルシー料理にフォークを刺した。
「ナターシャ、まさかダイエット中ですの?」
アンナがナターシャの皿を覗き込み、目を丸くしながら尋ねる。
「そう。ちょっと太った気がしてさ。それにほら、もうすぐ血みどろのライブがグリムヒルであるじゃん?だから本格的に体重落としていこうかなぁー、なんて」
ナターシャは顎のラインを撫でながら、キノコな献立事情を白状する。
私としては今のままで十分ナターシャは美しく魅力的だと思っている。しかし恋する気持ちプラス、マジスタグラムのDMを介し、いい感じになったブルーノ。そんな彼とライブ当日に会う約束をしたとのことで、今回のダイエットに踏み切ったらしい。
「血みどろのブルーノは格好いいですものね。ならばキノコで我慢も納得ですわ。所でルシア、どうされますの?」
イカフライにナイフを入れたアンナが、その手を止め、私を見つめる。
「どうって?」
「人の男に手をだすな、このヤロウと、やっぱりバトルをされますの?」
興味津津といった感じで、アンナが私の顔を覗き込む。
どうやらルーカスの周囲に出現した女子生徒の話題が、ここにきて蒸し返されているようだ。
「するわけないじゃん、馬鹿馬鹿しい」
くだらないと言わんばかり。私は「悪魔のパスタ」こと、イカスミスパゲティーをツルンと口に入れる。
因みに「悪魔の」と名付けたのは、ホワイト・ローズ科の生徒達だ。彼女達は自慢の白い制服に黒い染みが飛ぶ事を恐れているからである。
「そんな悠長なこと言ってていいの?所詮あいつだって男なわけだし、万が一ってこともあるんじゃないの?」
ナターシャがニヤリと笑みを浮かべながら言う。
「あのね、何度も言うけどルーカスと私は、同郷のよしみなだけで」
もはや定型文となりつつある理由を、口にしかけ私はムッと口を結ぶ。
なぜならナターシャとアンナの視線が私の薬指に落ちたからだ。
(無言の圧を感じるのですが?)
私はイカ墨まみれなため息をつく。
「そもそもルーカスには婚約者がいるんだよ?」
(本人はいずれ婚約破棄するって言ってるけど)
そんなの本当かどうかはわからない。
それに何より私は恋愛ごとに構う暇などない。
(思いのほかルーカスが魔法の手練である事が判明した今)
彼を負かすために、日々鍛錬を行う必要に迫られているのだ。
(しかも、ミュラーとかいう悪魔のお迎えがいつ来るかわからないし)
私はミュラーが得意げに手にしていた、怪しい水晶を思い出す。
全力で抵抗するつもりではある。しかしミュラーの言う、「その時」が来たら、私はあの中に閉じ込められるかも知れない。
(魂だけ抜かれるだなんて、勘弁なんだけど)
『人は死に様で、後世にその名を残せるかどうか、それが決まる』
ブラック・ローズ科のスローガンとも言える、その言葉通り、私は最後、人の記憶に刻み込まれるような死に方がしたい。
よってミュラーの言うように水晶に魂を閉じ込められ、『死ねない』なんてお断りだ。
よって、いつ訪れるか不明なその時に備え、精神共に鍛錬し、きちんと死ねるように準備しておくこと。今はそれに注力すべきなのである。
「婚約者ねぇ。でもどうせルーカスは婚約破棄するつもりなんじゃないの?」
ナターシャが余計な事を口走る。
「あら、計画的に婚約破棄なさるおつもりでいやがりますのね。なんてロマンチックなのかしら」
アンナの目が輝く。
「突然現れて、愛する二人を木っ端微塵に引き裂く。素敵ですわ。奪う恋って憧れちゃいますものね」
アンナはうっとりとした表情のまま、イカフライにナイフをグサグサ刺している。
「でもルシア。お気をつけ下さいませ。ホワイト・ローズ科の連中は私達と違い、サンマみたいに、群れを成して攻撃してきますから」
「あーそうだよね。私たちの今年のスローガンは「世界を裏切れ!」だけど、確かホワイト・ローズ科のスローガンは……えっと……ここまで出かかってるんだけど、うーん」
ナターシャが頭を抱える。
「ホワイト・ローズ科のスローガンは、「世界に愛を振りまこう!」ですわよ。やだ、呪いの言葉を口にしてしまったわ。最低、喉がイガイガしやがりますわ」
ナターシャの問いかけに答えたアンナは喉を掻く仕草をしたのち、コップに入った水をグビグビと音を立てて飲んだ。
「まったくあいつらホワイトの脳内は、一体どんな世界になっているのか見てみたい……いや、絶対覗きたくないかも」
ナターシャはブルリと肩を震わせる。
「とにかく。世の中からのヘイトを集めまくる私達にも善の心があるように、ホワイト・ローズ科の人間だって悪の心を秘めているものですわ。特にエリーザは、私の中の悪女レーダーが面舵一杯って感じですの。だからルシア、プリンセスだからチョロいだなんて、油断していると足をすくわれますわよ」
アンナが真面目な顔で助言をくれた。
「うん。そうだね。ありがとう、アンナ。気を付ける」
私は感謝を込めて、微笑んで見せる。
「まぁ、ルシアったら、イカスミがいい感じでクールに歯を染め上げていますわ」
「ほんとだ。ルシア、そのまま、そのまま」
ナターシャが慌てた様子でテーブルに置いてあったマジカルモバイルを手にし、魔法レンズを私に向けた。そして次の瞬間、金切り声のようなシャッター音が鳴り響く。
「可憐なルシアの映え写真ゲット!」
「ち、ちょっと、撮るなら先に教えてよ」
私は慌てて口を拭いながら抗議の声を上げる。
「ルシアがあまりにもイカスミで、可憐で素敵な色合いだったものでつい」
「意味わかんないし」
「思い出の一ページってことで、許してよ」
「絶対にマジグラムに載せないって約束して」
「勿論だよ、そんな事するわけないじゃない」
ナターシャはいつになく真剣な表情で私を見つめた。
「もう、絶対だからね」
私はナターシャを信じ、冷めかけたイカスミパスタをツルリと口に運んだのであった。
***
イカスミで邪悪に染まる歯の写真をナターシャに激写されてから数日後。
化粧室でメイク直しをしている私の横に、アンナがスッと近寄ってきた。
しかも意味ありげにニヤニヤとしている。
これは怪しいと、警戒する私に、アンナは自分のマジカルモバイルの画面を鏡越しに向けてきた。
「なに?」
「いいから、よくご覧になりやがれですわ」
アンナはいいながら、私に向き直る。そしてマジモバの画面を直接見せてくれた。
するとそこに見事、映し出されていたのは。
『イカス、イカスミな親友DETH』
何とも寒いタイトルと共に、私が二ィッとこれみよがしに黒い歯を見せている画像が表示されてるではないか。
「お、おのれ、ナターシャめ。載せないって言ってたのに」
わなわなと拳を握りしめる。
「ルシア、『人を見たら裏切ると思え』それが私達ブラック・ローズ科で最初に学んだ事でしょう?あの場で消去しなかったあなたが悪いわ。諦めなさい、色々と」
アンナがしたり顔で、私の肩に手を置く。
「くっ、た、確かに……」
「しかも、アンナが投稿した写真の中で一位二位を争う勢いで「いいね」がついていますわよ?」
「ほんとに!?」
私は慌てて画面上に示された写真の下にある、「いいね」の数を確認する。
すると驚くことに、桁数がバグっているのではないかと疑いたくなるほど、大きな数字がハートマークの横に表示されていた。
「こ、こんなことってあるの?」
「可愛い子がバカみたいな事をする。そういうギャップ萌えのひそかな需要。そして「私よりブサイクな顔」と純粋に喜ぶ層が、かなりいるのでしょうね」
「嫌なんだけど」
「ナターシャの投稿、相変わらずセンスが最悪ですわよね。でもそのお陰でこれ以上、拡散されないで済むかもですわ。良かったですわね、ルシア」
マジモバをポケットにしまい込みながら、アンナはまるで「良いことを言った」とばかり、私を励ますかのように微笑む。
「そ、そうだよね……」
私は励まされたものの、力なく肩を落とす。何故なら一度世に放出されたものは、デジタルタトゥーとなり永遠に残り続ける事を、『魔法ネットリテラシー』の授業で習ったばかりだからだ。
(お嫁にいけない。就職できない……ってその予定はないからいいのか)
その事に気付いた瞬間、私の心は一気に軽くなる。
(とは言え……)
ナターシャの投稿により私の黒歴史がまた一つ。しかも世界に向けて堂々と晒されてしまったのは、確かなる悲しい事実なのであった。
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