92 / 126
第十章 グール対人間。最終決戦へ(十九歳)
092 波乱の結婚式8
しおりを挟む
ルーカスが、BGを打たれ化け物と化した。そして、ランドルフはルーカスによって八つ裂きにされ、その命を呆気なく散らした。
辺りに血の匂いが充満する中。
私達はモリアティーニ侯爵を守るよう周囲を固め、地獄のような光景を前に立ちすくむ。
「陛下ッ!!」
「嘘だろ……」
「何でだよ」
「何でこんな事に」
一瞬の出来事に、驚き立ちすくんでいた、黒い騎士服姿の近衛兵たちから次々に声が上がる。その声を耳にしながら私は思う。
「なんてこと……」
長年恨みを抱えていた復讐相手の一人は、私が手を下す事なく死んでしまった。虚しさを感じながら、私は目の前に広がる光景を見つめる。
「グオォォオ!!」
ルーカスは再度、雄叫びを上げる。
「陛下!!」
「くそっ!よくも!!」
ルーカスに憎悪の目を向ける近衛騎士。
「待て。ルーカス殿下に剣先を向けるだなんて、不敬じゃないのか?」
「確かに。ランドルフ陛下を失った今、俺達が仕える主はあの方だ」
「しかし、ランドルフ陛下を……」
主を失った近衛兵達が、戸惑いの声をあげる。
「元に戻す方法はないのか!」
モリアティーニ侯爵が声を荒らげ、ハーヴィストン侯爵に尋ねる。
「この戦いを終わらせるたった一つの方法。それは最後まで生き残ること」
恍惚の表情を浮かべ、ルーカスを見つめるハーヴィストン侯爵は言葉を続ける。
「殿下はもはや、理性を失い兵器と化した。生き延びたくば、人間を喰らいたくば、戦え!!」
司令塔となる主を失い、戸惑う近衛騎士達にハーヴィストン侯爵が声高らかに告げた。
「よ、よし。やってやる!!」
「生き延びてやる!」
「ランドルフ陛下の仇をとってやる」
指示待ちに慣れているせいか。それとも目の前で今なお起きる惨事に、思考を停止させてしまっているのか、近衛騎士たちがしっかりと剣を握り直す。そして次々と覚悟を決めた顔をし、ルーカスに立ち向かっていく。
「グアァア!」
ルーカスが切りつけられてもなお、強靭な腕を振り下ろし、何人もの騎士を吹き飛ばしていく。
「ぐわぁああ!」
「ぎゃあぁあ!」
近衛兵は剣を手にし応戦するが、怒り狂うルーカスの前には無力だった。
「何してんだ!!早く行けよ!」
「お前が行けばいいだろう!?」
「無理だって!あいつ、強いぞ!」
「逃げろー!!」
恐怖に耐えかね、逃げ出す者もいる有様だ。
「私たちはどうしますか?」
ロドニールがモリアティーニ侯爵にたずねる。
「理性を失い、化け物と呼ばれる彼らも私達と同じ人間だ。いつも通り、武器を持たぬ市民を優先的にこの場から救い出すのじゃ」
「はっ。ではアクスの班と、アルミンの班は広場の市民を。エイデンの班はモリアティーニ侯を安全な場所へ。ルーカスは私とルシア少佐で引き付けておく」
儀礼的に称号をつけられた私と違い、その階級に伴う能力を持つロドニールが、仲間に指示を出す。
「了解!」
「ラージャー」
「任せてくれ」
解放軍の仲間たちは、散り散りとなり、市民の救出に向かう。
「きゃー」
「共食いだわ!!」
「早く逃げないと」
「襲われる」
広場にいる民衆の中からも、理性を失ったグールに襲われる人々の悲鳴が上がる。
「おいっ!!早く逃げろ」
「あぁ……駄目だ」
「無理だ、あれはもう人じゃない」
「おい!誰か止めてくれ!」
次々と倒れていく近衛兵に、他の兵士たちは怯えた表情を見せる。
(あぁ、これが私が望んでいた結果なんだ)
父と母を追い出した国に住まう者達が絶望に打ちひしがれ、苦しみながら死んでいく。私が長年追い求めてきた光景が、今まさに目の前に広がっている。
(でもどうして)
ずっと望んでいた光景を前に、私の心は思ったより晴れない。
もっと苦しめばいいと思っていた。
もっと罰を受ければいいと願っていた。
それなのに何故だろう。今私の中にあるのは、どこか虚しさを覚える気持ちだ。
私はいつでも攻撃出来るよう杖を構えつつ、密かに無気力な気持ちに襲われていた。
「キャアァアア!」
「やめてぇえ!」
「助けてー」
私の目の前では、凶暴な眼差しをしたグールに襲われた人々が、必死に逃げ惑っている。
「こんな事なら、出来損ないのままでいてくれれば良いものを」
一人の近衛兵が剣を構え、ルーカスの前に立ち塞がった。その声を皮切りに、今まで躊躇した様子であった、騎士達が一斉に武器を構え、ルーカスに攻撃を仕掛けた。
「グルルルゥウ」
ルーカスはその攻撃を避ける事もせず、正面から受ける。攻撃を食らってもなお、怯むことなく、襲ってくる兵士達を次々となぎ倒していく。辺りには、累々と黒い騎士服を着た死体が転がっていく。
為す術もないとはこの事だ。
そしてついに、その時は訪れる。
「グゥ……」
襲い来る近衛兵を皆殺しにし、その死体を貪り食っていたルーカスが低い唸り声を上げ、ゆっくりと顔を動かした。そして、血で染まる口元を片手で拭うと、新たな目標を定めたかのように、ピタリと動きを止める。
ルーカスの視線の先を辿ると、そこにいたのはハーヴィストン侯爵だった。彼を守ろうとする騎士は、皆やられてしまったのか、リリアナの腕を掴み、こちらに背を向け逃げ出そうとしている。
「グオォオオォオ!!」
ルーカスが許さないといった感じで雄叫びをあげる。
「ひっ!!」
ハーヴィストン侯爵は腰を抜かし、その場にへたり込む。そして、恐怖のあまり失禁してしまったのか、足元に水溜まりが出来上がる。
「や、やめろ。た、食べるならば、娘を」
震える声で懇願するハーヴィストン侯爵。
「嫌よ!離してよ!」
掴まれた腕を振り払おうともがくが、思うように力が入らないのか、リリアナは父親の手から逃れられない。
(さいてい)
リリアナの事は好きではない。けれど、娘を餌に差し出そうとする、非情な父を持った事だけは、同情せざるを得ないと思った。
「グオォォ!」
ルーカスは、勢いよく跳躍し、二人の元へ迫る。リリアナはハーヴィストン侯爵に抱きつき、迫りくる死の恐怖に目を瞑っている。
「ヒィッ!」
「いやぁああ!」
私は咄嵯の判断で、魔法を発動させる。
「ライトニングレイ!」
私の杖の先から、光の矢が一直線にルーカスの足元に向かって放たれた。
「グアァア!」
私の魔法がルーカスの足元を掠める。
「た、助かった」
「勘違いしないで。あなたを助けた訳じゃないわ。ルーカスをこれ以上殺人鬼にしたくないだけよ」
安堵の声を上げる、ハーヴィストン侯爵に私は冷たく言い放つ。
本当はこんな奴、どうなってもいい。けれど、ローミュラー王国が目の前で、崩壊していく様を眺めていても、ちっともスッキリしないのだ。
(それは、私が直接手を下してないからだ)
私がくすぶる気持ちになるのは、多分それだ。
つまり、私が手を下すためには、理性を失い殺戮を繰り返すルーカスをこのまま野放しにするわけにもいかないというわけで。
「私が復讐する人が、一人残らずいなくなるのは勘弁よ」
「あなたって人は、本当に」
ポツリと呟く私の言葉に、ロドニールが反応した。
「本当になに?」
私は意地悪くたずねる。
「困った人で、そしてやっぱり不思議な魅力に溢れている」
思いのほか、褒められてしまい、私は恥ずかしくなる。
「……ありがとう」
誤魔化すように礼を言うと、再び杖を構える。
「ふはは、ははははは」
突然、気が狂ったように、笑い出すハーヴィストン侯爵。
「とうとう気がふれたの?」
気味が悪くなり、思わず尋ねる。
「この国は滅びる。どうせ殺されるならば、貴様らも道連れにしてやる。ここで殿下に共に食い殺されるんだ!はははははは!!」
狂気に満ちた瞳で高らかに笑うハーヴィストン侯爵。
「お、お父様?」
聞き捨てならない単語に、リリアナが目を見開き、すかさず問い詰める。
「お前も一緒に死んでもらうぞ!!」
ハーヴィストン侯爵は懐に手を入れると、中から小さな小瓶を取り出した。
「くっ、まさか」
モリアティーニ侯爵が眉をしかめる。しかし私にはハーヴィストン侯爵が手にした小瓶。その中身について、さっぱり見当がつかない。
「疫病の再来だ。しかもこれは改良版。この液を浴びた者は、必ずやグールとなる。そして私達と同じように、人を喰らいたい気持ちを邪魔される、その苦しさを味わうがいい!!」
「え、そういうこと?」
私が驚きの声をあげると共に、ハーヴィストン侯爵は手にした小瓶を、私たちに向かって投げつけた。
「やばいってば!!」
私は咄嵯に、その小瓶に向け杖を振る。放物線を描き宙を舞う小瓶は、その場でピタリと停止した。
「ぎりぎりセーフ」
私が安堵したのも束の間。ルーカスが素早く動き、私の前に立ち塞がった。
「なに!?」
ルーカスの行動に驚く私。そんな私の前で、彼は腕を上げた。
「ち、ちょっと、ルーカス。落ち着いて」
私は宙に浮いた状態の、怪しい薬の存在に困り果てる。
私が魔力を途切れさせれば、瓶は地面に落ちて割れてしまうからだ。
「グォオオオォオ!!」
ルーカスが大きく吠えた瞬間、私に向かって容赦なく太い腕が振り下ろされた。
「危ない!」
「えっ?」
突然、ロドニールに突き飛ばされ、私は尻餅をつく。
「フロー」
劇薬である小瓶が地面に叩き付けられる寸前、モリアティーニ侯爵の声が響く。
「あぶな」
間一髪といったところ。私は劇薬がモリアティーニ侯爵の手に渡り、ホッとする。
「うっ」
ロドニールの悲鳴が聞こえ、慌ててそちらに顔を向ける。
「え」
私の目の前に、赤い宝石が飛び散る姿が飛び込んでくる。そして、突如私の視界を埋めたキラキラと輝く宝石は、ピチャリと音を立て私の顔に張り付いた。
「ロドニール?」
私が呟くと同時に、真っ二つに裂けた体が、地面に倒れる。
「え、何?」
私は、目の前で起こった出来事を信じられず、呆然とする。
「ええと……」
とりあえず自分の頬を手で撫でた。それから自分の手のひらを確認し、真っ赤に染まっている事を理解する。
まるでそれは人の血のような、色をしている。
「そんな」
恐る恐る視線を上げ、ロドニールの姿を確認する。
「何かの間違いよ」
私は自分に言い聞かせる。しかし先程まで私をずっと気にかけてくれていた、優しいロドニールの姿はどこにもない。
私の視界に入るのはむしゃむしゃと、本能のまま人を喰らうルーカスの姿。彼の前に、餌としてあるのは、この世の悲惨なものを全て思い浮かべても、言葉に出来ないほど、変わり果てた姿の青年だ。
「嘘……」
私は、目の前で起こった出来事を信じられず、呆然と立ち尽くす。
「グガァアアッ!!」
ルーカスが歓喜の雄叫びをあげ、口元に笑みを浮かべる。
「ルーカス、やめて」
ルーカスは私の言葉など耳に入っていないのか、再び肉をむさぼり食う。むしゃむしゃと、ただひたすらロドニールだったはずの物体を本能のまま、食べている。
ルーカスの手が、そして口の周りが、真っ赤な血で染まっている。
「こんなの、こんなことって」
私は目の前で起こっている光景を受け入れる事が出来ず、頭を振った。
「グルルルル」
ルーカスは口に入れていた体の骨を投げ捨てると、新しい獲物を探そうとしているのか、辺りをゆっくりと見回し、私と目が合った。
(嘘よ)
そう自分に言い聞かせるものの、ルーカスの口元から滴り落ちる血液を見て、そして自分の頬を拭った手のひらについた真っ赤な血を確認し、私はようやく理解する。
(ロドニールが死んじゃった)
「あぁああぁああぁ」
私の口から、言葉にならない声が出る。
ルーカスはそんな私に喉を鳴らし、近付いてくる。
「いやぁああ!」
私はこれ以上ないくらい最悪な絶望感に耐えきれず、大声で叫ぶのであった。
辺りに血の匂いが充満する中。
私達はモリアティーニ侯爵を守るよう周囲を固め、地獄のような光景を前に立ちすくむ。
「陛下ッ!!」
「嘘だろ……」
「何でだよ」
「何でこんな事に」
一瞬の出来事に、驚き立ちすくんでいた、黒い騎士服姿の近衛兵たちから次々に声が上がる。その声を耳にしながら私は思う。
「なんてこと……」
長年恨みを抱えていた復讐相手の一人は、私が手を下す事なく死んでしまった。虚しさを感じながら、私は目の前に広がる光景を見つめる。
「グオォォオ!!」
ルーカスは再度、雄叫びを上げる。
「陛下!!」
「くそっ!よくも!!」
ルーカスに憎悪の目を向ける近衛騎士。
「待て。ルーカス殿下に剣先を向けるだなんて、不敬じゃないのか?」
「確かに。ランドルフ陛下を失った今、俺達が仕える主はあの方だ」
「しかし、ランドルフ陛下を……」
主を失った近衛兵達が、戸惑いの声をあげる。
「元に戻す方法はないのか!」
モリアティーニ侯爵が声を荒らげ、ハーヴィストン侯爵に尋ねる。
「この戦いを終わらせるたった一つの方法。それは最後まで生き残ること」
恍惚の表情を浮かべ、ルーカスを見つめるハーヴィストン侯爵は言葉を続ける。
「殿下はもはや、理性を失い兵器と化した。生き延びたくば、人間を喰らいたくば、戦え!!」
司令塔となる主を失い、戸惑う近衛騎士達にハーヴィストン侯爵が声高らかに告げた。
「よ、よし。やってやる!!」
「生き延びてやる!」
「ランドルフ陛下の仇をとってやる」
指示待ちに慣れているせいか。それとも目の前で今なお起きる惨事に、思考を停止させてしまっているのか、近衛騎士たちがしっかりと剣を握り直す。そして次々と覚悟を決めた顔をし、ルーカスに立ち向かっていく。
「グアァア!」
ルーカスが切りつけられてもなお、強靭な腕を振り下ろし、何人もの騎士を吹き飛ばしていく。
「ぐわぁああ!」
「ぎゃあぁあ!」
近衛兵は剣を手にし応戦するが、怒り狂うルーカスの前には無力だった。
「何してんだ!!早く行けよ!」
「お前が行けばいいだろう!?」
「無理だって!あいつ、強いぞ!」
「逃げろー!!」
恐怖に耐えかね、逃げ出す者もいる有様だ。
「私たちはどうしますか?」
ロドニールがモリアティーニ侯爵にたずねる。
「理性を失い、化け物と呼ばれる彼らも私達と同じ人間だ。いつも通り、武器を持たぬ市民を優先的にこの場から救い出すのじゃ」
「はっ。ではアクスの班と、アルミンの班は広場の市民を。エイデンの班はモリアティーニ侯を安全な場所へ。ルーカスは私とルシア少佐で引き付けておく」
儀礼的に称号をつけられた私と違い、その階級に伴う能力を持つロドニールが、仲間に指示を出す。
「了解!」
「ラージャー」
「任せてくれ」
解放軍の仲間たちは、散り散りとなり、市民の救出に向かう。
「きゃー」
「共食いだわ!!」
「早く逃げないと」
「襲われる」
広場にいる民衆の中からも、理性を失ったグールに襲われる人々の悲鳴が上がる。
「おいっ!!早く逃げろ」
「あぁ……駄目だ」
「無理だ、あれはもう人じゃない」
「おい!誰か止めてくれ!」
次々と倒れていく近衛兵に、他の兵士たちは怯えた表情を見せる。
(あぁ、これが私が望んでいた結果なんだ)
父と母を追い出した国に住まう者達が絶望に打ちひしがれ、苦しみながら死んでいく。私が長年追い求めてきた光景が、今まさに目の前に広がっている。
(でもどうして)
ずっと望んでいた光景を前に、私の心は思ったより晴れない。
もっと苦しめばいいと思っていた。
もっと罰を受ければいいと願っていた。
それなのに何故だろう。今私の中にあるのは、どこか虚しさを覚える気持ちだ。
私はいつでも攻撃出来るよう杖を構えつつ、密かに無気力な気持ちに襲われていた。
「キャアァアア!」
「やめてぇえ!」
「助けてー」
私の目の前では、凶暴な眼差しをしたグールに襲われた人々が、必死に逃げ惑っている。
「こんな事なら、出来損ないのままでいてくれれば良いものを」
一人の近衛兵が剣を構え、ルーカスの前に立ち塞がった。その声を皮切りに、今まで躊躇した様子であった、騎士達が一斉に武器を構え、ルーカスに攻撃を仕掛けた。
「グルルルゥウ」
ルーカスはその攻撃を避ける事もせず、正面から受ける。攻撃を食らってもなお、怯むことなく、襲ってくる兵士達を次々となぎ倒していく。辺りには、累々と黒い騎士服を着た死体が転がっていく。
為す術もないとはこの事だ。
そしてついに、その時は訪れる。
「グゥ……」
襲い来る近衛兵を皆殺しにし、その死体を貪り食っていたルーカスが低い唸り声を上げ、ゆっくりと顔を動かした。そして、血で染まる口元を片手で拭うと、新たな目標を定めたかのように、ピタリと動きを止める。
ルーカスの視線の先を辿ると、そこにいたのはハーヴィストン侯爵だった。彼を守ろうとする騎士は、皆やられてしまったのか、リリアナの腕を掴み、こちらに背を向け逃げ出そうとしている。
「グオォオオォオ!!」
ルーカスが許さないといった感じで雄叫びをあげる。
「ひっ!!」
ハーヴィストン侯爵は腰を抜かし、その場にへたり込む。そして、恐怖のあまり失禁してしまったのか、足元に水溜まりが出来上がる。
「や、やめろ。た、食べるならば、娘を」
震える声で懇願するハーヴィストン侯爵。
「嫌よ!離してよ!」
掴まれた腕を振り払おうともがくが、思うように力が入らないのか、リリアナは父親の手から逃れられない。
(さいてい)
リリアナの事は好きではない。けれど、娘を餌に差し出そうとする、非情な父を持った事だけは、同情せざるを得ないと思った。
「グオォォ!」
ルーカスは、勢いよく跳躍し、二人の元へ迫る。リリアナはハーヴィストン侯爵に抱きつき、迫りくる死の恐怖に目を瞑っている。
「ヒィッ!」
「いやぁああ!」
私は咄嵯の判断で、魔法を発動させる。
「ライトニングレイ!」
私の杖の先から、光の矢が一直線にルーカスの足元に向かって放たれた。
「グアァア!」
私の魔法がルーカスの足元を掠める。
「た、助かった」
「勘違いしないで。あなたを助けた訳じゃないわ。ルーカスをこれ以上殺人鬼にしたくないだけよ」
安堵の声を上げる、ハーヴィストン侯爵に私は冷たく言い放つ。
本当はこんな奴、どうなってもいい。けれど、ローミュラー王国が目の前で、崩壊していく様を眺めていても、ちっともスッキリしないのだ。
(それは、私が直接手を下してないからだ)
私がくすぶる気持ちになるのは、多分それだ。
つまり、私が手を下すためには、理性を失い殺戮を繰り返すルーカスをこのまま野放しにするわけにもいかないというわけで。
「私が復讐する人が、一人残らずいなくなるのは勘弁よ」
「あなたって人は、本当に」
ポツリと呟く私の言葉に、ロドニールが反応した。
「本当になに?」
私は意地悪くたずねる。
「困った人で、そしてやっぱり不思議な魅力に溢れている」
思いのほか、褒められてしまい、私は恥ずかしくなる。
「……ありがとう」
誤魔化すように礼を言うと、再び杖を構える。
「ふはは、ははははは」
突然、気が狂ったように、笑い出すハーヴィストン侯爵。
「とうとう気がふれたの?」
気味が悪くなり、思わず尋ねる。
「この国は滅びる。どうせ殺されるならば、貴様らも道連れにしてやる。ここで殿下に共に食い殺されるんだ!はははははは!!」
狂気に満ちた瞳で高らかに笑うハーヴィストン侯爵。
「お、お父様?」
聞き捨てならない単語に、リリアナが目を見開き、すかさず問い詰める。
「お前も一緒に死んでもらうぞ!!」
ハーヴィストン侯爵は懐に手を入れると、中から小さな小瓶を取り出した。
「くっ、まさか」
モリアティーニ侯爵が眉をしかめる。しかし私にはハーヴィストン侯爵が手にした小瓶。その中身について、さっぱり見当がつかない。
「疫病の再来だ。しかもこれは改良版。この液を浴びた者は、必ずやグールとなる。そして私達と同じように、人を喰らいたい気持ちを邪魔される、その苦しさを味わうがいい!!」
「え、そういうこと?」
私が驚きの声をあげると共に、ハーヴィストン侯爵は手にした小瓶を、私たちに向かって投げつけた。
「やばいってば!!」
私は咄嵯に、その小瓶に向け杖を振る。放物線を描き宙を舞う小瓶は、その場でピタリと停止した。
「ぎりぎりセーフ」
私が安堵したのも束の間。ルーカスが素早く動き、私の前に立ち塞がった。
「なに!?」
ルーカスの行動に驚く私。そんな私の前で、彼は腕を上げた。
「ち、ちょっと、ルーカス。落ち着いて」
私は宙に浮いた状態の、怪しい薬の存在に困り果てる。
私が魔力を途切れさせれば、瓶は地面に落ちて割れてしまうからだ。
「グォオオオォオ!!」
ルーカスが大きく吠えた瞬間、私に向かって容赦なく太い腕が振り下ろされた。
「危ない!」
「えっ?」
突然、ロドニールに突き飛ばされ、私は尻餅をつく。
「フロー」
劇薬である小瓶が地面に叩き付けられる寸前、モリアティーニ侯爵の声が響く。
「あぶな」
間一髪といったところ。私は劇薬がモリアティーニ侯爵の手に渡り、ホッとする。
「うっ」
ロドニールの悲鳴が聞こえ、慌ててそちらに顔を向ける。
「え」
私の目の前に、赤い宝石が飛び散る姿が飛び込んでくる。そして、突如私の視界を埋めたキラキラと輝く宝石は、ピチャリと音を立て私の顔に張り付いた。
「ロドニール?」
私が呟くと同時に、真っ二つに裂けた体が、地面に倒れる。
「え、何?」
私は、目の前で起こった出来事を信じられず、呆然とする。
「ええと……」
とりあえず自分の頬を手で撫でた。それから自分の手のひらを確認し、真っ赤に染まっている事を理解する。
まるでそれは人の血のような、色をしている。
「そんな」
恐る恐る視線を上げ、ロドニールの姿を確認する。
「何かの間違いよ」
私は自分に言い聞かせる。しかし先程まで私をずっと気にかけてくれていた、優しいロドニールの姿はどこにもない。
私の視界に入るのはむしゃむしゃと、本能のまま人を喰らうルーカスの姿。彼の前に、餌としてあるのは、この世の悲惨なものを全て思い浮かべても、言葉に出来ないほど、変わり果てた姿の青年だ。
「嘘……」
私は、目の前で起こった出来事を信じられず、呆然と立ち尽くす。
「グガァアアッ!!」
ルーカスが歓喜の雄叫びをあげ、口元に笑みを浮かべる。
「ルーカス、やめて」
ルーカスは私の言葉など耳に入っていないのか、再び肉をむさぼり食う。むしゃむしゃと、ただひたすらロドニールだったはずの物体を本能のまま、食べている。
ルーカスの手が、そして口の周りが、真っ赤な血で染まっている。
「こんなの、こんなことって」
私は目の前で起こっている光景を受け入れる事が出来ず、頭を振った。
「グルルルル」
ルーカスは口に入れていた体の骨を投げ捨てると、新しい獲物を探そうとしているのか、辺りをゆっくりと見回し、私と目が合った。
(嘘よ)
そう自分に言い聞かせるものの、ルーカスの口元から滴り落ちる血液を見て、そして自分の頬を拭った手のひらについた真っ赤な血を確認し、私はようやく理解する。
(ロドニールが死んじゃった)
「あぁああぁああぁ」
私の口から、言葉にならない声が出る。
ルーカスはそんな私に喉を鳴らし、近付いてくる。
「いやぁああ!」
私はこれ以上ないくらい最悪な絶望感に耐えきれず、大声で叫ぶのであった。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
(完結)姑が勝手に連れてきた第二夫人が身籠ったようですが、夫は恐らく……
泉花ゆき
恋愛
蘭珠(ランジュ)が名門である凌家の嫡男、涼珩(リャンハン)に嫁いで一年ほど経ったころ。
一向に後継ぎが出来ないことに業を煮やした夫の母親は、どこからか第二夫人として一人の女性を屋敷へ連れてくる。
やがてその女が「子が出来た」と告げると、姑も夫も大喜び。
蘭珠の実家が商いで傾いたことを口実に、彼女には離縁が言い渡される。
……けれど、蘭珠は知っていた。
夫の涼珩が、「男女が同じ寝台で眠るだけで子ができる」と本気で信じているほど無知だということを。
どんなトラブルが待っているか分からないし、離縁は望むところ。
嫁ぐ時に用意した大量の持参金は、もちろん引き上げさせていただきます。
※ゆるゆる設定です
※以前上げていた作の設定、展開を改稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる