復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

文字の大きさ
98 / 126
第十一章 少しずつ、溶けていく(二十歳)

098 無くした指輪1

しおりを挟む
 その日私は、古く立派な外観を持ち、高い天井と装飾的そうしょくてきな柱が印象的である、モリアティーニ侯爵のタウンハウスに呼び出されていた。

 ひと夏ほどお世話になり、父の筋トレにかたむいた特訓を受け、ロドニールと出会ったという、実に思い出深い侯爵邸。

 あの時は五年後、まさか自分が女王になり、護衛を付けて訪れる事になる未来なんて、私はありんこほど思っていなかった。

「屋敷の見た目は、全然変わっていないように見えるのに」

 そこに住まう人は確実に入れ替わっている。私は欠けた人の事を思い出しながら、モリアティーニ侯爵の応接室に到着した。

 モリアティーニ侯爵邸の応接室は、高い天井と壮大そうだいなシャンデリアが特徴的な、とても広い部屋だ。上品な装飾品で飾られている部屋の中央には、シックなデザインのソファセットが置かれている。窓からはの光が差し込み、美しい光の模様が床に描かれていた。

 部屋の奥には、大きなレンガの暖炉があり、壁には私にはその良さがイマイチ理解出来ない、美術品や絵画が飾られ、何となく文化的な雰囲気が漂う部屋となっている。

「わざわざ来てもらってすまんのう」

 応接間に通されるとすぐに、白髪しらが頭の初老の男性が私を出迎えてくれる。
 私の戦友でもあり、今や保護者のような者でもあり、ローミュラー王国のブレインでもある、モリアティーニ侯爵だ。現在、彼なしではこの国は成り立たないだろうといったくらい、戦後抱える様々な処理や問題を、いちはやく解決すべく尽力じんりょくしてくれているお方だ。

「長生きして下さい」

 思わず願望が声に出る。

「何を言っておるんじゃ?」
「いえ、何でもありません」

 私は誤魔化すために、へらりと微笑み、モリアティーニ侯爵に進められるまま、部屋の奥へと進む。

「それで、今日は何の用ですか? もしかしてお見合いさせようとか、企んでませんよね?」

 警戒しつつたずねると、モリアティーニ侯爵は笑い出す。

「ハハハッ! 結婚を決めれば、そんな不安もなくなるじゃろう。はよせい」
「はははは、まぁ、そのうち」

 笑顔で適当に受け流し、私はすでに先客がいる事にいまさら気付く。

 応接室に置かれた深緑色ふかみどりいろのソファーの脇には、こちらに向かって穏やかに微笑ほほえむ、見知らぬ貴婦人きふじんがいた。

 私の母よりずっと年上に見える老年の貴婦人は、細身の黒いドレスを身にまとい、優雅な雰囲気を漂わせている。肌はアイボリーのように白く、瞳は鮮やかなヘイゼル色をしており、彼女の細長い指先には、宝石をちりばめた指輪が輝いていた。

「こちら、ローザリンド・ダンビー。モントローズ伯爵領を任されておった、今は亡きアルバートの奥方おくがたじゃ。因みにアルバートは先の戦いで殉職じゅんしょくしておる」

 モリアティーニ侯爵が私に謎の女性の説明をしてくれた。

(なるほど、黒いドレスは喪に服しているということか)

 私は新たに紹介された夫人に対し、お互い大事な人を失った悲しみに囚われる者同士だなと、勝手に親近感を抱く。

 ローザリンド様は美しく整えられた髪を優雅に揺らしながら、私の前に進み出た。そして、右手を軽く持ち上げ、左手をドレスに添え足を踏み出す。それから膝を少し曲げ、身体を前に傾けると、上品なお辞儀をして、私に最大限の敬意を示した。

「ローザリンド夫人、お会いできて光栄です。ご主人の事は、心からお悔やみ申し上げます。国の為に尽くしてくれたこと。本当に感謝しています」

 私が挨拶あいさつを返すと、彼女は目尻にシワを寄せながら口元を上げ、微笑んだ。

「女王陛下、お会いできて光栄です。陛下には、今後もご活躍かつやくいただけることをお祈り申し上げます。そして、主人への哀悼あいとうの意をありがとうございます。あの人はいつも無茶ばかりしていましたが、とても勇敢ゆうかんな人でした」

 ローザリンド様は、しっかりとした口調で私に告げる。

「とても素敵な人だったのね。ごめんなさい」

 誰かにとって大切な人を救えなかった。
 その全てが自分のせいだとは思わない。

 けれど、振り返ると常に最善の選択をしてきたとは言い切れない。
 私には、もっと出来ることがあったのではないか……そう考える事が、時々ある。そして女王という座についた今、戦争で大事な人を失ったと告げられる機会が増え、自分が都度選択してきた結果を、振り返る事が多くなったように思う。

「いいえ、謝らないで下さいませ。あの人は、きっと幸せだったと思いますわ」
「幸せ?」

 私は思わず聞き返した。

 死ぬ瞬間、何を思うかなんて、亡くなった本人にしかわからない。彼女が口にした「幸せだった」という言葉は、残された人が良く口にする言葉だ。
 私は、その言葉を聞かされるたび、残された人が身勝手につくる、自分自身に都合の良い言い訳だと感じ、いつもモヤモヤとした気持ちになる。

「えぇ、そう思います。ルドルフ陛下と共に、ルシア陛下が解放軍にご参加されたお陰で、夫は最期まで諦めずに戦い、名誉ある死を遂げました。その事を思うと、今も胸が熱くなります。私は今も夫をほこりに思っています」

 はっきりと言い切る彼女の声は甘く、滑らかで、上品な響きがあった。

(そっか)

 ローザリンド様は亡くなったご主人をとても愛していた。
 そして今も、愛している。

 それだけは私にはとても理解出来た。

「ローザリンド夫人のお話を聞いて、私もより一層この国の為に尽くさねばと思いました。これからもローミュラー王国を支えて頂けると嬉しいです」

 定型文となる締めの言葉を告げ、ローザリンド様に笑顔を向ける。すると、彼女も私に優しくほほえみかけてくれた。

「アルバートと私は、学年こそ違うが、王立学校時代からの長い付き合いでな」

 モリアティーニ侯爵が懐かしそうに話し始めつつ、ジェスチャーで私に深緑色のソファーに腰を下ろすよう、勧めてきた。

「そうなんですね」

 私は相槌を打ちつつ、指定された場所に腰を下ろす。

「アルバートとローザは貴族社会では珍しい、恋愛結婚でな。しかもアルバートは男爵家の三男。かたやローザはモントローズ伯爵家、ただ一人の娘であってのう」

 モリアティーニ侯爵は、一人がけの肘掛ひじかけ椅子いすに腰かけながら、ローザリンド様の事を愛称で私に示した。

 その事が意味するのは、二人は親しい仲だということ。

 そして私の両親を思い出さずにはいられない、「貴族社会では珍しい、恋愛結婚」という単語に、俄然がぜん興味を惹かれた。

「ローザは昔からアルバートにべたぼれじゃった。そしてアルバートもまた、ローザを想っていたんじゃよ」
「素敵ですね」

 私は仲睦なかむつまじかった両親の事を思い出し、本音をもらす。

「ありがとうございます」

 私の向かいに腰を降ろした、ローザリンド様が優しく微笑む。

「ただ、二人は身分違いの恋だった。そのせいで世間的には、なかなか認められなかったんじゃ」
「ふふふ、反対する筆頭が私の父でしたの。当時はあの手この手で、私達の仲を引き裂こうとしておりましたわ。今となっては笑い話ですけれど、当時は駆け落ちまで考えるほど、思い詰めていました」

 ローザリンド様は口元に手を当てて、楽しそうに笑う。

「アルバートは真面目な男でな。ローザとの結婚を必死に周囲に認めさせようと努力しておった。やつが剣の腕を上げたのも、魔術の才能をみがいたのも、全てはローザのためだった。ローザの父上に認められようと、努力し続けたんじゃ」
「ローザリンド様は、とても愛されていたんですね」
「えぇ、それはもう」

 ローザリンド様はほほを赤らめ、照れ臭そうに笑っている。その表情をながめ、お互い愛し合っていた両親を思い出し、私まで幸せな気持ちになりかけた。けれどすぐに、ローザリンド様の身にまとう黒いドレスを見て、愛する人を失った。その事実を否応いやおうなしに突きつけられ、心から笑えなくなる。

(あぁ、駄目だ)

 私はこれ以上、ローザリンド様の幸せそうな顔を直視する事が辛くなり、そっと視線を落としたのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

(完結)姑が勝手に連れてきた第二夫人が身籠ったようですが、夫は恐らく……

泉花ゆき
恋愛
蘭珠(ランジュ)が名門である凌家の嫡男、涼珩(リャンハン)に嫁いで一年ほど経ったころ。 一向に後継ぎが出来ないことに業を煮やした夫の母親は、どこからか第二夫人として一人の女性を屋敷へ連れてくる。 やがてその女が「子が出来た」と告げると、姑も夫も大喜び。 蘭珠の実家が商いで傾いたことを口実に、彼女には離縁が言い渡される。 ……けれど、蘭珠は知っていた。 夫の涼珩が、「男女が同じ寝台で眠るだけで子ができる」と本気で信じているほど無知だということを。 どんなトラブルが待っているか分からないし、離縁は望むところ。 嫁ぐ時に用意した大量の持参金は、もちろん引き上げさせていただきます。 ※ゆるゆる設定です ※以前上げていた作の設定、展開を改稿しています

処理中です...