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第十一章 少しずつ、溶けていく(二十歳)

107 無くした指輪9

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 スティーブの証言から、モントローズ伯爵領の未亡人。ローザリンド様が大事にしていたという、指輪の行方が何となくつかめた。

 そもそも、ローザリンド様が無くしたと口にしていたのは、大ぶりの赤いルビーの指輪だ。

 しかも彼女は、貴族の御婦人ごふじん達が主催しゅさいした、ホワイトチャペルで行われた慈善活動じぜんかつどうの後に指輪がなくなっている事に気付いたと証言していた。よって、スティーブが手にした指輪。それがローザリンド様の物である可能性は高い。

 それにローザリンド様に当日教会の化粧室に立ち寄ったかどうか。それをたずねた所、答えはイエスだった。

 しかもローザリンド様から、仕入れた新たな情報によると。

『あの日私は、子どもたちに配給する係だったの。だから指輪は金のチェーンに通し、胸元に下げていたのよ』

 とのことだ。つい、「最初に教えておいてよね」と指摘したくなった。けれど、私たちもたずねなかったので、おあいこといった感じ。

 こちらは探偵業初心者なのだから、手際が悪いのは仕方がない。

 問題は、スティーブが盗品を買い取ってもらっていると言う、「コヨーテ」という犯罪組織の存在だ。貧民街をテリトリーとするコヨーテは、グール対人間で争う中、それを利用し、勢力を一気に拡大した組織だと言われている。

 いわく、ローミュラー王国における暗黒街の支配者である。
 曰く、金さえ払えばどんな仕事でも請け負う。
 曰く、逆らうと容赦ようしゃなく命を奪われる。

 そんな物騒な噂ばかりが流れてくるものの、実態は不明。

 コヨーテの構成員を名乗る下っ端は星の数ほどいるが、誰も本当のボスを知らないという、実に厄介やっかいで、秘密のベールに包まれた組織だ。

 ローミュラー王国の騎士団としても、以前から目をつけていた組織ではあるらしい。しかし警戒しているのか、鼻が利くのか。なかなかしっぽを掴ませないため、一網打尽いちもうだじんにできないそうだ。

 なかなかに手強てごわそうな相手ではあるが、ローザリンド様の思い出の指輪はプライスレス。

(だって、その指輪を贈ってくれたご主人はもういないわけだし)

 新たな指輪を夫から贈ってもらう事は二度とない。よって、私はコヨーテを徹底的に捜査し、壊滅させる事に決めた。

 勿論正義感からではない。

「その国に存在する、絶対的な悪は一人で十分だし。ライバルは排除すべきでしょ?」

 執務室でルシア印のハンコを押しながら、私は得意げに告げる。

「ルシア様、思春期独特のアレが再発されたのですか?もう二十歳なのです。お酒も飲めるのです。大人になって下さいよぉ」

 私の筆頭執事。マンドラゴラのドラゴ大佐には呆れられてしまった。けれど、私の心は変わらない。

「駄目よ。私は口にするのも恐ろしい、悪役になるのが夢なんだから」

 胸を張り言い切ると、ドラゴ大佐は頭をかかえた。

 全く悪役心にうといマンドラであると私は深くため息をついたのであった。


 ***


 城下町の表通りは活気に満ちていた。人々が道に停止する馬車の間を急いで横切っている。

 多くの人々が集まる通りにいる商人たちは、声高に商品を宣伝している。音楽家たちは楽器を演奏し、道行く人々を楽しませていた。

 露天では香辛料や果物、食肉やパン、新鮮な魚介類など、様々な食材が市場に並び、人々は財布と相談し、新鮮な食材を選んでいる。

 露天を見下ろす場所にはレンガ作りの家が立ち並び、木製の窓枠の下にあるウィンドウボックスに飾られた色とりどりの花が、風に揺れ、街並みに彩りを添えていた。

 しかし、楽しげな街の様子の陰には、犯罪者たちの暗躍あんやくがある。一歩裏通りに入れば、危険な人物たちが出没し、時折、強盗や窃盗が発生しているというのが現状だ。

 現在私は、そんな犯罪者たちの筆頭とも言える、コヨーテのアジトを見張るため、通りを観察しているところだ。

 周囲を警戒する私が腰をえているのは、カフェの一席。風が心地よく吹き抜ける、小石畳こいしだたみの上に置かれたオープンテラスの席で、事前に騎士団が調べ上げてくれた情報を元に、コヨーテ一味の見張りをしている。

「ねぇ、この手はなに?」

 赤いギンガムチエックの布がかけられたテーブルの上。伸ばした私の手をさりげなく包み込む、ルーカスにたずねる。

「そんなの決まってる。デートだからだよ」
「デートじゃないし。張り込みだし。ねぇ、離してよ」

 私は口を尖らせ抗議するも、彼は私の手を掴んだまま、大真面目な表情で小さく首を横に振る。離さないぞという気迫きはくすら感じるジェスチャーだ。

「とにかく、私を見てないで、あっちを見て」

 両手を掴まれたままの私は、顔だけを通りの先に向ける。

 レンガ作りの何の変哲もない建物。その建物の中で、本日コヨーテ一味は外国からの客人相手に大きな取引をしている。

「ティアナ王国からのVIPな客人。一体どんな人なんだろう」

 もはや手を離してもらう事を諦めた私は、視線を建物の入り口に向けたままつぶやく。

 スティーブの一件から一カ月ほど。王宮の騎士団が本気を出して調べた結果、コヨーテ一味はローミュラー王国内だけではなく、近隣諸国きんりんしょこくの犯罪組織とも繋がりがあるという事が判明した。

 どうやら彼らは、国内で売りさばく事が難しい、骨董品こっとうひんや美術品を海外で売りつけているようだ。そして本日、コヨーテ一味はティアナ王国側の商人と取引をするという情報を入手した。そこで私は取引き現場を押さえるべく、身を隠す騎士団と共にアジトを見張っているというわけである。

「ルシアは、まだ俺の事が許せない?」
「どのこと?」

 ルーカスから出会ってから今まで、許せない事はたくさんある。もちろんそれ以上に楽しい思い出もあるし、誰かを特別に想う、むずがゆい気持ちもルーカスに初めて教わった。

(けど、それはそれ)

 やられた事は忘れない。

「その言い方。もしかして俺、わりと恨まれてる?」

 呑気のんきな物言いに、私はルーカスに顔を戻す。

「自覚ないの?」
「ある」

 即答された。

「でも、それでも、そういうのも含めて、俺は君がいい」
「あっそ」

 私は聞き慣れた言葉に軽く返し、任務再開とばかり通りに視線を戻す。

「あのさ、俺も二十一歳なわけで。そろそろ子どもが欲しいなと思って」
「作ればいいじゃない」

 何気なく口にして、少しだけ胸がチクンとする。

「ルシアは俺が他の女の子と子どもを作っても、それでいいの?」
「……私には関係ないもん」

 本当はなんとなく、ルーカスが他の女性に特別な思いを抱くのはイヤだと思った。けれどルーカスがそうしたいのなら、私にはそれをとめる権利はない。

「私はあなたの恋人でもなければ、婚約者でもないし。好きにすればいいじゃない」

 言いながら、ルーカスに包まれた手を素早く引っこ抜く。

「へー、じゃ、俺も本格的に婚活しようかな」

 ルーカスは明らかにムッとした声で私に反撃してきた。

「ねぇ、ルシア、本当にいいの?」

 しつこく問われ、私はルーカスに顔を戻す。するとルーカスは挑戦的な視線をこちらに向けていた。

「あら、グールで、BGビージー接種者で、反逆者の息子を好きになる、そんなもの好きな人なんて……」

 いないに決まってると言いかけて、自分がとんでもない事を口走った事に気付く。

「あ、ええと、今のは一般論というか、深い意味はないというか」

 咄嗟とっさに取り繕うとするが、ルーカスは明らかに私に傷ついた表情になった。

「…………」

 ついに私が黙った事で会話が途切れる。すると、私たちの間に流れる不穏ふおんな空気に気付いたらしき店の女性が、声をかけてきた。

「お兄さんたち、喧嘩中? そんな時は甘いものでも食べて、気分転換したらどうかしら?」

 女性はトレイの上にカップケーキを乗せながら、ニコリと微笑ほほえんだ。随分ずいぶん商売上手な店員さんだ。けれど、ナイスタイミングでもある。

「わぁ、美味しそう。じゃあ、ええと、私はこのイチゴのタルトで。ええとルーカスは」
「俺はいらない。グールだからな。あいにく肉以外は食べられないんだ」

 ぶすっとした表情でルーカスが断りを入れる。しかも彼が発した「グール」という、未だこの国をおおう、センシティブな単語に人の良さげな店員さんがピキリと固まった。

「と、とりあえず、イチゴのタルトを一つ、下さい」
「は、はい、ありがとうございます!」

 流石接客のプロだ。明らかに動揺しつつも、営業スマイルを瞬時に顔に貼り付けた。それから私の前に、お皿に乗せたいちごタルトを静かに置いてくれた。

「はい、どうぞ」
「わぁ! おいしそう。これ、代金です」

 私は見本のタルトの前に書かれた値段。そこに少し色をつけた硬貨を店員さんに支払う。

「チップをありがとうございます。それではごゆっくり」

 チップ効果か、店員さんは明るい笑みを浮かべ立ち去る。

(ケーキなんて食べてる場合じゃないのに)

 目の前に置かれたイチゴタルトは、ルーカスに対し、言ってはいけない事。それを口にした私のせいだ。

(心して、懺悔ざんげいましめの気持ちで食す!)

 私はおのれの失言を激しく後悔しつつ。

「いただきまーす」

 ケーキの甘い匂いに負け、フォークで一口大に切り分けると、イチゴタルトを口に運んだ。甘酸っぱいイチゴの味が口に広がり、カスタードと相まって、とてもおいしい。

(美味しいんだけど……)

 気まずい雰囲気が勝り、正直タルトの味に集中できないという状況だ。

「うん、美味しいなぁ」

 とりあえず、ありきたりな感想を口にし、チラリと向かいに座るルーカスをうかがう。すると腕組みをした彼は、ぶすっとした顔のまま口を開いた。

「君から大事な人を奪ったのは俺だ。だから君の前から消えるべきだと、それが正しい事なんだと思う。だけど」

 ルーカスは苦しそうに顔をゆがめる。

「恨んでるなら、何で俺を助けたんだよ」

 ルーカスは、絞り出すように言葉を紡ぐ。

「それは」
「それは?」

 ルーカスは真剣な目で私を見つめてくる。

「それは……」

 生きていて欲しかったからだ。

 忘れもしない。終戦のきっかけとなるルーカスの結婚式。あの時私は、彼がロドニールを食べたのを目撃した。だから、命を散らしたロドニールのかたきを取ろうと思い、無我夢中でルーカスに杖の先を向けた。

(私が全てを終わらせるつもりだったのに)

 そう思い、せっかくルーカスを仕留めたというのに、息も絶え絶えといった感じで私の名を呼ぶルーカスに、トドメをさせなかった。なぜなら私はあの時、ルーカスが「生きていてよかった」と、心からそう思ってしまったからだ。

「言えないんだ」

 ルーカスががっかりしたような声をだす。

「俺は君しかいらない。だけど君の迷惑になるなら、やっぱり俺は君の前から消えたほうがいいみたいだな」
「それは、だめ!」

 私は慌てて首を横に振る。

「確かにあなたのせいで、私の人生はめちゃくちゃにされた」
「……」
「でもね、感謝している部分もある。あなたがいなかったら、多分、私は今ここにいないから」
「……」
「私はあなたの両親とこの国に復讐したいから、どんなに辛い事があっても生きてこれた。だから、ルーカスは私に恨まれてくれないと。そうしないと、多分私は生きる意味を失って死にたくなる」

 私は口に出来る、最大限の本心を吐き出す。

 ロドニールへの罪悪感を感じる今は、ルーカスに「好き」だと言えない。けれど、私はルーカスに他の人には感じない、特別な感情を抱いている事はちゃんと自覚している。

(ルーカスは、私の大事な人を奪った、世界一、憎くて愛おしい人)

 多分それが、私が彼に感じる本心だ。

「ルシアはずるい。結局はそうやって俺を縛り付けるんだ」

 怒りを押し殺した表情だったルーカスは、ふっと力を抜いた。

「ストーカー常習犯のあなたほどじゃないわ」

 失言を許されたと理解した私は、いつもの調子に戻る。

「あのさ、私が誰とも結ばれずに独り身のまま、老いたら、それでも一緒にいてくれる?」

 先程ルーカスの口から「消える」という言葉を聞いたせいだろうか。私の口から、自分でも「らしくない」と思える、気弱な発言が飛び出す。

「ああ、ずっと一緒にいる。それで君が死んだら、俺もすぐに後を追う」

 ルーカスの言葉に私の心は幸福で満たされる。

(ありがとう)

 思うだけで、ひねくれ者の私は口にできない。その代わり。

「魔力をもらえないものね」

 私は自分の中に浮かぶ思いをさとられないよう、誤魔化す。

「確かにそうだ。もうずっと昔から、俺は君がいないと生きられない体なんだ」

 ルーカスはおどけた顔で、私の冗談を愛の言葉に瞬く間に変換したのであった。
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