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二章
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翌朝。
目覚めると、すぐ側に気配があった。
毛布を被り、肘をついて横たわった彼女がじっとこちらを眺めていた。
「……おはようございます」
《うん》
「もしかして、ずっと起きていましたか」
《寝る必要がないから》
なんと、夜中することがなく寝顔を眺めていたのだとか。
退屈だったろうに引き留めて悪いことをしたかと思うと、大体いつもこんな感じだからと言われる。暇なのか。
残りの干し果物を食べ、軽く伸びをして身支度を整える。とはいえ、荷物を身体に巻き付ける以外はすることもない。
手持ち無沙汰にしている彼女に一礼する。
「楽しいひと時を有難うございました。では、またどこかで」
《うん》
湖面を眺めていた彼女の姿は、日の下で見ると褐色の肌が太陽に透け、真っ黒だと思っていた髪と目は限りなく黒に近い紺色が混じっていた。紛うことなき美人である。
不思議な存在と巡り会った。なかなか面白い一夜だったといえよう。
魔法を発動する。
すい、と滑らかに上昇し、昨日と同じように木々の頭を抜け出した。朝日が煌めいて眩しい。
駆け足くらいの速度で森を抜けた先の平地方面を目指す。この速度なら今日中にはなんとか抜け出せそうだ。
「…………」
《…………》
「…………」
《…………》
「……あの、どうしてついてくるのでしょう」
速度を停止し反転する。
同じように後方を飛んできた彼女が留まってこちらを見た。常に無表情で感情が読めない。
だが、その心は文字通り直接伝わってきた。
《なんとなく?》
本当に暇なのではなかろうか。
やや陽が傾き、薄く紫がかる森と平地の境に円状の壁があった。
「町……いや、集落ですかね」
宙に漂いながらその様子を見下ろす。
《ディルバ村と言っている》
すぐ真横で感じた気配に振り向く。彼女が隣でその村の様子を見つめていた。
「言っているとは?」
《あそこにいる人間がそう言ってる》
何でも、影を介せば遠くも視ることができるらしく、そのまま村人の会話を聞いたのだとか。
因みに、竜の気配を纏う自分に気づいたのも本人ではなく最初は森にいた妖精達で、ざわつく様子が気になって覚醒したのだという。闇の中だと距離感が無く全てが繋がっているため、どこからでも現れることができるのだと言った。
彼女の話だけではよく掴めなかったので話半分に相槌を打っておいた。そのうちよく勉強させて貰うことにして、とにかく移動する。
森を抜ける前に地上に降りて歩く。赤紫に照らされた壁が目の前に聳えた。
太く頑丈な板で張り巡らされた柵が村全体を覆っているらしい。大人の背丈以上あるその柵の外周には堀もあり、森から続く細道と繋ぐようにして設けられた目の前の門以外からは入れなさそうだ。
夕方を過ぎたからか、すでに門扉は固く閉ざされている。これにどうやって入るのかが問題だ。いや、他にも問題は山ほどあるが。
「とりあえず、情報が欲しいですからね」
村に入って探りたいことは多々ある。
まず、ここが何処なのか。あの屋敷の位置も割り出し、距離を測りたい。
それと、身を隠す場所はないか。無一文だし、このままでは何処に行っても日々の生活に困る。
そして、できればどうにかして身分証明のようなものが欲しい。如何せん幼女なのだ。この身体で、たった一人でふらふらと歩いていたら、やはり目立つ気がする。というか異常だ。
迷子かと勘違いされて実家を割り出されて戻される、なんていう最悪な予想も立てているし、できればそれは避けたい。
《壊す?》
「止めましょう」
悩むのが面倒なのか端的に解決策を提案されるがそれは何の解決にもならない。
《飛べばいい》
「却下です」
魔法で無理やり侵入したら撃ち落とされるのではなかろうか。
面倒になったのか黙り込み、するすると体の輪郭が霞んでいく。何をしているのかと問えば、影に潜むから用があれば呼べという。
どうすれば呼べるのか確認すると、呼べばわかるとのこと。
「呼ぶと言われても、名前は?」
《ない。おい、とかでいい》
「それは流石に……」
人としてそれはどうかと。
「仕方ありません。シズさん。そう呼ばせていただきます」
《……どういう意味?》
「静かな、という意味です。お気に召しませんか?」
相手が日本人なら古臭い名前だとか言われていたかもしれない。涼しげで良い響きだと思うのだが。
《ふうん。まあ、いいよ》
却下はされなかった。
《じゃあ、お前は?》
「ああ、私は……」
そこで、ふと言葉を呑み込む。
あの名前をそのまま使うのは控えた方が良いのではないか。
少し考えてから、彼女の黒みがかった目を見て答えた。
思い浮かんだのは日常的に使用していた魔石のひとつ。そして、自分の見た目。
この世界でも浮かなそうな発音のもの。女でも男でも使えそうな。
「オニキス、とお呼びください」
《オニキス。わかった》
そう頷いてすうっと消えていった。
特に引き止めはしなかったが、いつまで付き合うつもりなのだろう。
その時、人の動く気配がして門扉を見た。
人影はないが、向こう側でざわついている気がする。考えるのを止め、数歩後ずさった。
軋む音を立てながらゆっくり門が開いていく。
暫くして、中から武器を携えた男が三人顔を出した。
「おーい、大丈夫か嬢ちゃん」
「怪我してんでねえか?」
突然そう言いながら周りを警戒しつつ駆け寄ってくれる村人達。
「………」
「何だどうした、本当にどこか痛いのか?」
「あ、いえ」
少し固まってしまっていた。
口々に心配するようなことを言う彼らだが、何やら思い込んでいるような節がある。
「気付いていたのですか?」
「ん? ああ、見張り台のやつが、門のとこに嬢ちゃんがいるってな。慌ててよお」
「お前ひとりか?」
「どっかの町娘かい? 綺麗な服だけど、破れちまってんなあ。かわいそうに」
口々にまくし立てられ挟む余地がない。
なぜか、あれよあれよという間に門の中に招き入れられてしまった。
目覚めると、すぐ側に気配があった。
毛布を被り、肘をついて横たわった彼女がじっとこちらを眺めていた。
「……おはようございます」
《うん》
「もしかして、ずっと起きていましたか」
《寝る必要がないから》
なんと、夜中することがなく寝顔を眺めていたのだとか。
退屈だったろうに引き留めて悪いことをしたかと思うと、大体いつもこんな感じだからと言われる。暇なのか。
残りの干し果物を食べ、軽く伸びをして身支度を整える。とはいえ、荷物を身体に巻き付ける以外はすることもない。
手持ち無沙汰にしている彼女に一礼する。
「楽しいひと時を有難うございました。では、またどこかで」
《うん》
湖面を眺めていた彼女の姿は、日の下で見ると褐色の肌が太陽に透け、真っ黒だと思っていた髪と目は限りなく黒に近い紺色が混じっていた。紛うことなき美人である。
不思議な存在と巡り会った。なかなか面白い一夜だったといえよう。
魔法を発動する。
すい、と滑らかに上昇し、昨日と同じように木々の頭を抜け出した。朝日が煌めいて眩しい。
駆け足くらいの速度で森を抜けた先の平地方面を目指す。この速度なら今日中にはなんとか抜け出せそうだ。
「…………」
《…………》
「…………」
《…………》
「……あの、どうしてついてくるのでしょう」
速度を停止し反転する。
同じように後方を飛んできた彼女が留まってこちらを見た。常に無表情で感情が読めない。
だが、その心は文字通り直接伝わってきた。
《なんとなく?》
本当に暇なのではなかろうか。
やや陽が傾き、薄く紫がかる森と平地の境に円状の壁があった。
「町……いや、集落ですかね」
宙に漂いながらその様子を見下ろす。
《ディルバ村と言っている》
すぐ真横で感じた気配に振り向く。彼女が隣でその村の様子を見つめていた。
「言っているとは?」
《あそこにいる人間がそう言ってる》
何でも、影を介せば遠くも視ることができるらしく、そのまま村人の会話を聞いたのだとか。
因みに、竜の気配を纏う自分に気づいたのも本人ではなく最初は森にいた妖精達で、ざわつく様子が気になって覚醒したのだという。闇の中だと距離感が無く全てが繋がっているため、どこからでも現れることができるのだと言った。
彼女の話だけではよく掴めなかったので話半分に相槌を打っておいた。そのうちよく勉強させて貰うことにして、とにかく移動する。
森を抜ける前に地上に降りて歩く。赤紫に照らされた壁が目の前に聳えた。
太く頑丈な板で張り巡らされた柵が村全体を覆っているらしい。大人の背丈以上あるその柵の外周には堀もあり、森から続く細道と繋ぐようにして設けられた目の前の門以外からは入れなさそうだ。
夕方を過ぎたからか、すでに門扉は固く閉ざされている。これにどうやって入るのかが問題だ。いや、他にも問題は山ほどあるが。
「とりあえず、情報が欲しいですからね」
村に入って探りたいことは多々ある。
まず、ここが何処なのか。あの屋敷の位置も割り出し、距離を測りたい。
それと、身を隠す場所はないか。無一文だし、このままでは何処に行っても日々の生活に困る。
そして、できればどうにかして身分証明のようなものが欲しい。如何せん幼女なのだ。この身体で、たった一人でふらふらと歩いていたら、やはり目立つ気がする。というか異常だ。
迷子かと勘違いされて実家を割り出されて戻される、なんていう最悪な予想も立てているし、できればそれは避けたい。
《壊す?》
「止めましょう」
悩むのが面倒なのか端的に解決策を提案されるがそれは何の解決にもならない。
《飛べばいい》
「却下です」
魔法で無理やり侵入したら撃ち落とされるのではなかろうか。
面倒になったのか黙り込み、するすると体の輪郭が霞んでいく。何をしているのかと問えば、影に潜むから用があれば呼べという。
どうすれば呼べるのか確認すると、呼べばわかるとのこと。
「呼ぶと言われても、名前は?」
《ない。おい、とかでいい》
「それは流石に……」
人としてそれはどうかと。
「仕方ありません。シズさん。そう呼ばせていただきます」
《……どういう意味?》
「静かな、という意味です。お気に召しませんか?」
相手が日本人なら古臭い名前だとか言われていたかもしれない。涼しげで良い響きだと思うのだが。
《ふうん。まあ、いいよ》
却下はされなかった。
《じゃあ、お前は?》
「ああ、私は……」
そこで、ふと言葉を呑み込む。
あの名前をそのまま使うのは控えた方が良いのではないか。
少し考えてから、彼女の黒みがかった目を見て答えた。
思い浮かんだのは日常的に使用していた魔石のひとつ。そして、自分の見た目。
この世界でも浮かなそうな発音のもの。女でも男でも使えそうな。
「オニキス、とお呼びください」
《オニキス。わかった》
そう頷いてすうっと消えていった。
特に引き止めはしなかったが、いつまで付き合うつもりなのだろう。
その時、人の動く気配がして門扉を見た。
人影はないが、向こう側でざわついている気がする。考えるのを止め、数歩後ずさった。
軋む音を立てながらゆっくり門が開いていく。
暫くして、中から武器を携えた男が三人顔を出した。
「おーい、大丈夫か嬢ちゃん」
「怪我してんでねえか?」
突然そう言いながら周りを警戒しつつ駆け寄ってくれる村人達。
「………」
「何だどうした、本当にどこか痛いのか?」
「あ、いえ」
少し固まってしまっていた。
口々に心配するようなことを言う彼らだが、何やら思い込んでいるような節がある。
「気付いていたのですか?」
「ん? ああ、見張り台のやつが、門のとこに嬢ちゃんがいるってな。慌ててよお」
「お前ひとりか?」
「どっかの町娘かい? 綺麗な服だけど、破れちまってんなあ。かわいそうに」
口々にまくし立てられ挟む余地がない。
なぜか、あれよあれよという間に門の中に招き入れられてしまった。
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