黒石の魔女

ku

文字の大きさ
11 / 33
二章

名前

しおりを挟む
 翌朝。
 目覚めると、すぐ側に気配があった。
 毛布を被り、肘をついて横たわった彼女がじっとこちらを眺めていた。
「……おはようございます」
《うん》
「もしかして、ずっと起きていましたか」
《寝る必要がないから》
 なんと、夜中することがなく寝顔を眺めていたのだとか。
 退屈だったろうに引き留めて悪いことをしたかと思うと、大体いつもこんな感じだからと言われる。暇なのか。
 残りの干し果物を食べ、軽く伸びをして身支度を整える。とはいえ、荷物を身体に巻き付ける以外はすることもない。
 手持ち無沙汰にしている彼女に一礼する。
「楽しいひと時を有難うございました。では、またどこかで」
《うん》
 湖面を眺めていた彼女の姿は、日の下で見ると褐色の肌が太陽に透け、真っ黒だと思っていた髪と目は限りなく黒に近い紺色が混じっていた。紛うことなき美人である。
 不思議な存在と巡り会った。なかなか面白い一夜だったといえよう。
 魔法を発動する。
 すい、と滑らかに上昇し、昨日と同じように木々の頭を抜け出した。朝日が煌めいて眩しい。
 駆け足くらいの速度で森を抜けた先の平地方面を目指す。この速度なら今日中にはなんとか抜け出せそうだ。
「…………」
《…………》
「…………」
《…………》
「……あの、どうしてついてくるのでしょう」
 速度を停止し反転する。
 同じように後方を飛んできた彼女が留まってこちらを見た。常に無表情で感情が読めない。
 だが、その心は文字通り直接伝わってきた。
《なんとなく?》
 本当に暇なのではなかろうか。





 やや陽が傾き、薄く紫がかる森と平地の境に円状の壁があった。
「町……いや、集落ですかね」
 宙に漂いながらその様子を見下ろす。
《ディルバ村と言っている》
 すぐ真横で感じた気配に振り向く。彼女が隣でその村の様子を見つめていた。
「言っているとは?」
《あそこにいる人間がそう言ってる》
 何でも、影を介せば遠くも視ることができるらしく、そのまま村人の会話を聞いたのだとか。
 因みに、竜の気配を纏う自分に気づいたのも本人ではなく最初は森にいた妖精達で、ざわつく様子が気になって覚醒したのだという。闇の中だと距離感が無く全てが繋がっているため、どこからでも現れることができるのだと言った。
 彼女の話だけではよく掴めなかったので話半分に相槌を打っておいた。そのうちよく勉強させて貰うことにして、とにかく移動する。
 森を抜ける前に地上に降りて歩く。赤紫に照らされた壁が目の前に聳えた。
 太く頑丈な板で張り巡らされた柵が村全体を覆っているらしい。大人の背丈以上あるその柵の外周には堀もあり、森から続く細道と繋ぐようにして設けられた目の前の門以外からは入れなさそうだ。
 夕方を過ぎたからか、すでに門扉は固く閉ざされている。これにどうやって入るのかが問題だ。いや、他にも問題は山ほどあるが。
「とりあえず、情報が欲しいですからね」
 村に入って探りたいことは多々ある。
 まず、ここが何処なのか。あの屋敷の位置も割り出し、距離を測りたい。
 それと、身を隠す場所はないか。無一文だし、このままでは何処に行っても日々の生活に困る。
 そして、できればどうにかして身分証明のようなものが欲しい。如何せん幼女なのだ。この身体で、たった一人でふらふらと歩いていたら、やはり目立つ気がする。というか異常だ。
 迷子かと勘違いされて実家を割り出されて戻される、なんていう最悪な予想も立てているし、できればそれは避けたい。
《壊す?》
「止めましょう」
 悩むのが面倒なのか端的に解決策を提案されるがそれは何の解決にもならない。
《飛べばいい》
「却下です」
 魔法で無理やり侵入したら撃ち落とされるのではなかろうか。
 面倒になったのか黙り込み、するすると体の輪郭が霞んでいく。何をしているのかと問えば、影に潜むから用があれば呼べという。
 どうすれば呼べるのか確認すると、呼べばわかるとのこと。
「呼ぶと言われても、名前は?」
《ない。おい、とかでいい》
「それは流石に……」
 人としてそれはどうかと。
「仕方ありません。シズさん。そう呼ばせていただきます」
《……どういう意味?》
「静かな、という意味です。お気に召しませんか?」
 相手が日本人なら古臭い名前だとか言われていたかもしれない。涼しげで良い響きだと思うのだが。
《ふうん。まあ、いいよ》
 却下はされなかった。
《じゃあ、お前は?》
「ああ、私は……」
 そこで、ふと言葉を呑み込む。
 あの名前をそのまま使うのは控えた方が良いのではないか。
 少し考えてから、彼女の黒みがかった目を見て答えた。
 思い浮かんだのは日常的に使用していた魔石のひとつ。そして、自分の見た目。
 この世界でも浮かなそうな発音のもの。女でも男でも使えそうな。
「オニキス、とお呼びください」
《オニキス。わかった》
 そう頷いてすうっと消えていった。
 特に引き止めはしなかったが、いつまで付き合うつもりなのだろう。
 その時、人の動く気配がして門扉を見た。
 人影はないが、向こう側でざわついている気がする。考えるのを止め、数歩後ずさった。
 軋む音を立てながらゆっくり門が開いていく。
 暫くして、中から武器を携えた男が三人顔を出した。
「おーい、大丈夫か嬢ちゃん」
「怪我してんでねえか?」
 突然そう言いながら周りを警戒しつつ駆け寄ってくれる村人達。
「………」
「何だどうした、本当にどこか痛いのか?」
「あ、いえ」
 少し固まってしまっていた。
 口々に心配するようなことを言う彼らだが、何やら思い込んでいるような節がある。
「気付いていたのですか?」
「ん? ああ、見張り台のやつが、門のとこに嬢ちゃんがいるってな。慌ててよお」
「お前ひとりか?」
「どっかの町娘かい? 綺麗な服だけど、破れちまってんなあ。かわいそうに」
 口々にまくし立てられ挟む余地がない。
 なぜか、あれよあれよという間に門の中に招き入れられてしまった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

心が折れた日に神の声を聞く

木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。 どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。 何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。 絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。 没ネタ供養、第二弾の短編です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
 異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。  億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。  彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。  四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?  道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!  気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?    ※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。

処理中です...