黒石の魔女

ku

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二章

町の生活

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 町に来てから二週間ほど過ぎた。無事に宿泊延長もでき、収入は安定している。無駄遣いをしなければ赤字にもならない。
 暮らすうちに金銭感覚も把握してきた。因みにこの国の通過単位はシル。札はなく銅貨や銀貨ばかり見る。例えば中銅貨一枚で五十シルだが、
 ポポリ草一本、五十シル。
 ポポリ草かぜ薬一服、二百。
 ポポリ花のど飴一粒、四百。
 鼠駆除一匹、三十。
 スライム駆除一匹、四十。
 宿代一泊、千~五千。
 一食、百~千。
 害獣駆除がかなり安い。薬草もそこまでではないが、調合した品物はかなり高値で買い取ってもらえる。しかも品質が良いと二割ほどおまけしてくれるので、額面より多く貰っているのだ。
 のど飴は生産量が少なく珍しいのと甘味で値段が張った。これで薬効も強力ならさらに高く売れただろう。他にもついでに作ったものがかなり高く売れることがあり、懐は順調に温まりつつある。
 別の薬草になる日もあるが平均して同じくらいの金額になるし、たとえばポポリ草の採取日だとこのような内訳となる。
 ポポリ草五十本、二千五百。ポポリ草かぜ薬二十服、四千。ポポリ花のど飴五粒、二千。加えて余分に作る各種薬代、三千~一万。最低でも万は超える。
 朝晩の食事付きで一日の宿代が四千五百。駆け出し冒険者にはお高めの宿だが十分貯金に回せた。もっと割安な宿に移ろうかとぼやいたのを聞いた宿屋の男が全力でやめろとフォローしてきたので当分同じくらいの収支だろう。
 あの二人は薬草代しか稼げないものの、午前中に切り上げ昼を食べたら解散するので、午後は別の簡単な依頼を受けて足しにしているらしい。少なくとも以前よりは安定した収入を得ているとのことだ。宿も自分の所より数段落ちる金額らしく、こちらもまた貯蓄ができつつあるらしい。
 自分の生活も午前は採取、昼食後は調合をしていたが結構時間が余っている。
 そういう訳ですっかり暇を持て余し始めたのである。毎日ルーチンワークで飽きてきたのもあるし、宿にいると炊事洗濯を頼めてしまえるので家事すら必要がなかった。
 動いていないと、というか何かしていないと落ち着かない貧乏性に悩んだ頭が、そういえばギルドに資料室なるものがあったなと思い出す。魔物の図鑑や、過去の討伐履歴などを閲覧できるらしいが、採取しかしないからと後回しにしていたのだった。
 読書でもして息抜きしつつ新しい情報がないか探してみよう。ディルバ村には書物どころか紙さえほとんどなかった。屋敷にあったのは魔術書ばかりだったし、地形が分かるものや地図があると嬉しい。
 というわけで早速ギルドに顔を出す。昼過ぎはあまり冒険者もおらず、カウンターが閑散としており、何人かがこちらに気付き注目してきた。相変わらず小さすぎて目立つようである。
 とっくに気にならなくなっていたので軽く会釈だけして脇にある階段を上がっていく。二階が資料室や各種設備となっているようで、事情があれば泊まることもできるらしい。
 角にある資料室は冒険者なら誰でも自由に入ることが出来る。
 冒険者証を入口近くのカウンターにいる女性に見せる。ややつり上がった目尻が顔をくっきり見せている、細身で地味な服装だが華やかな印象を与える女性だ。
「こんにちは。資料の閲覧をしてもよろしいですか」
 近付きすぎると見えないので少し離れたところから呼びかけると、最初目を点にしていたが急いで咳払いとともに注意事項を告げられた。
 ここにある資料は持ち出し禁止。書き写しはいいが夕方までにすること。私語厳禁。飲食禁止。資料を汚したり破損した場合は弁償すること。
 図書館のようだなと思いながらどんな資料があるのか窺うと、やはり魔物の生息地や、冒険者の残した手記、素材の入手場所などがほとんどだそうだ。地図は読むのはいいが写すには許可が必要で、それもあまり精巧なものを作るのは駄目らしい。ではと左端から順に取り出して読み耽った。
 感想。屋敷と変わらん。
 魔術が魔物に差し替わった程度だ。資料なだけあって図解付きのものも多いが、どれも被害の規模だとかどれぐらいの群れだったとか、討伐履歴が事細かに記録されているだけだ。
 もっと本として出来上がっているものを想像していたのだが、これでは狭い知識しか身につきそうにない。
 それでも何とか探し回って、各地の地形図、気候の資料、植生の本を見つけ出した。あとは本ではないが冒険者の寄稿したらしき手記の類も読み応えはありそうだ。癖字だったり走り書きで読みにくいものが多いのでじっくり調べる必要はあるのだが。
 今日は地形図を読ませてもらった。正確に測ったものではないが、町から町までの距離が馬でどれくらいかなど、実用的なことが書かれており使い勝手はよさそうだ。この町の名前はスーシュ。誰も呼ばないから無いのかと思っていた。南下すると領主の住まう街エアリスがある。この領地を含め、広大な土地を治める王国アース。そこより東の土地を治める帝国ズィルバンと共和国ディープッズ。この国の西と南は海に面しており、西の向こうに大陸がもうひとつある。魔物の住まう地としか描かれていないのだが大丈夫か。魔境だとか言わないだろうな。
 やはり王国内を大きく、詳しく描いているせいで他国のことはあまり分からない。こんな町中で気軽に知れるような情報でもないのかもしれない。
 東の帝国付近北部に竜の絵が描かれていたのが気になる。あの渓谷と立派な竜の姿を思い出した。もしかしたら、この辺りを通ったのかもしれない。
 日が暮れてきた。丁寧に仕舞って退室しようとしたら声をかけられた。
「まともに利用する冒険者なんて久々に見たわ」
 強弱のはっきりした、意思の強そうな声だ。
 ふわふわの髪とは対処的なつり目がちな目元を見つつ首を傾げる。
「あると便利ですがね」
「読めないのよ。そもそも」
 じとっと半眼で睨まれ、なるほどと目を開く。
 全身をチェックされているようなのは、この歳で資料室を利用しに来たのが意外だったということか。確かに町中にある看板は全て絵だけだし、売られているものも数字だけのものが多い。せいぜいギルドの貼紙くらいか。いや、そういえばあれも図柄と期日、金額などしか載っていないものが多い。
「なるほど。勿体ない話です」
 ここで誰も来ないのに見張り続けているのも退屈なのだろう。きっと話し相手が欲しかったのだなと思いながら懐に残してあった飴を差し出す。
「何、これは」
「のど飴ですよ。差し入れということで、ひとつ」
「ふうん、有難く受け取らせてもらうわ」
 小瓶から渡した飴玉を透かして眺めている彼女に挨拶をして別れた。あ、そういえば飲食禁止なのだったか。




 本日も午前中に街へ戻り、昼食という名のテーブルマナー講習会を終えて解散となる。
 いや、解散の前に二人を留めてある場所へ向かった。
「またここかよ」
「口調」
「ここで買い物ですか」
 そう言いながら三人が見上げるのは、帽子のマークの看板を掲げる古着屋だ。
 仕方ないだろう、最初に買った一着をずっと着まわしているせいで二人の服の消耗が早い。よく見ると靴も穴が開きそうな勢いだ。懐が温まってきたらしいのに買い替えたのは革手袋とか予備の短剣など。見ているこちらが哀しくなってくる。
 流石に今回は自腹を切らせたいので表通りの服屋ではなくいつもの古着屋だ。敷居も高くないしお値打ち品を探すのは思ったより楽しいのもある。
 首まで締める服がどうも苦手らしく居心地悪そうにしていた彼らも大分慣れてきているので、せっかくなら元のような姿に戻らずこのままでいて欲しい。
「これはどうですか」
「リ、リボンタイ? リーダー、どこに行かせる気ですか」
 ヒュースが両手を前に突き出して後ずさる。いつの間にかリーダー呼ばわりされている自分。別にいいが、外聞が気になるところだ……。
「万が一ということもあるじゃないですか」
「ないない」
「天地がひっくり返ってもそれだけはない」
 二人が想像しているのは夜会パーティーとかだろうか。鼻に皺を寄せて首を振っている。
 ここまで嫌がられたら流石に押し付けられないなと気落ちしつつ、無難なところからボタンの色が違うシャツや手入れされている革靴などを一式購入させる。
 最近は食事もマシになったからなのか肌つやも良く、獣臭い見た目だったダルも不健康そうだったヒュースもそこらの荒くれ冒険者には全く見えなくなった。
 この町で最も学んだことは、冒険者についてだろう。
 冒険者にはランクがあり、ランク1~10まである。最初は1から始まるのだが、実質最終地点はランク9までとなる。それだって世界に数えるほどしか存在しないというのだから、大抵の冒険者はそれより下のランクに留まる。
 さらにランク4からは素行も見られるらしく、腕っ節が強いだけでは上には行けない。そして行けたとしても今度は求められる技能が特殊になってくるので、ソロだと厳しく、バランスのとれたパーティーを求められる。だから3~5の辺りをうろつく冒険者が最も多い、と最近話すようになった資料室の受付嬢から教わった。
 ダルとヒュースは以前に気が合い一緒に行動していたらしいが、素行的な問題で試験には合格できず3止まりだった。実力的には4はあると自称していたが、試験も受けずランク1のままの幼児を前にして目を逸らしながらそう言っていたので定かではない。
 ともあれ二人のような控えめに言ってワイルドな冒険者はこの町にも沢山いるし、そうでなくともまだ力がないせいでひもじい暮らしをしている若者がほとんどだ。そんな彼らが毎朝依頼を求めてやってくる冒険者ギルドのことを内心では職業斡旋所と思っているし、そこに通う我々はニートか、よくてフリーターである。もちろん保険は存在しない。
 このままの生活を続けていては将来の貯蓄が難しいのは火を見るより明らか。それなら手に職となるよう、何か身につけられればと思うのは自然の成り行きだと思う。
 そして度重なるマナー講座、敬語の習得と、その成果は確実に現れ始めている。
 こうなってくると楽しくなってくるのが「教える側」というもの。
 午前中は薬草採取しかしないが、たまに遭遇する魔物の血を受けずに倒す方法も、粗野に見せない歩き方も教える。
 歩き方が良くなってきたら豪快ではなく控えめに笑う方法や、声を荒立てず丁寧に話す練習に発展し、腰の折り方座り方、手指の動かし方首の振り方までひたすら口を出した。
 もう嫌だーと逃げ出したダルの膝を風魔法で崩し氷魔法で地面と縫い付け捉えると、ふるふる震えたヒュースの方がなぜか以前に増して大人しくなった。
 ダルは根っからじっとしていられない性格である。それでも続けていれば不可能はない、とばかりに毎日毎日同じことをやっていれば身体は覚えていくものだ。今でも楽しそうではないが荒々しい雰囲気は押し込められるようになった。
 そんなある日、ダルが問いかけた。どうしてこんなことを俺たちにやらせるのかと。
 理由を問われたオニキスはきょとりと彼を見つめ返し、暫し宙を眺めること数秒。
 自分でもその真実にたった今気が付き、呆然と綺麗な手つきで食事をとる彼らを眺める。
「手が、空いていたもので……」
「理由が手持ち無沙汰だったから!?」
「使える奴隷にしてやるとかじゃなく!?」
 ぶほっと久しく見ないほどの取り乱しようだった。
 だから、私は、暇というものが苦手なのだ。

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