君を想い、夢に見る

たいらの抹茶

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むかしのはなし

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 ウィリアムは親兄弟から疎まれていた。
 それは例の体質が理由であった。
 例の体質に最初に気付いたのは両親であり、それについて知識と理解があったのは父方の祖父母のみだった。
 ウィリアムに愛情を注ぎ、熱心に育てたのは近所に住んでいた父方の祖父母だった。そのおかげでウィリアムが素行不良に至ることなく、根の優しさと誠実さを順調に育みながら成長できたのである。
 しかし祖父母はウィリアムが十歳の時に相次いで亡くなったため、それ以降はウィリアムへ非情な態度をとる親兄弟に対して叱責する存在はいなくなり、ウィリアムの孤独は加速していた。また近所の人達もウィリアムのことを不気味に思っており、同年代の友達は皆無であった。
 ウィリアムはあまりの寂しさと悲しさに毎日大泣きしていた。しかし慰めてくれるひとも、慰めて欲しいひともいないので、町から近い森に行き朝から晩までひとりぼっちで動物を追いかけたり、草花を食べたり、時には小柄な魔物を追い払ったりと気持ちを紛らわせていた。

 ある日のこと。ウィリアムは久し振りに近所に住んでいた同年代の子供達に誘われて、ある場所に肝試しに行こうと誘われた。
 その場所とは森を抜けた遥か先にある峡谷のことだった。この峡谷は落ちればまず生きて帰ることも、また這い上がることも不可能であるほど断崖絶壁である。また昔から人間の間では魔物が生まれる、魔物の寝床とも呼ばれるほど忌み嫌われ、峡谷の存在は町以外にも知れ渡っていた。
 ウィリアムは行くのはやめようと何度も言った。ウィリアムも一度も峡谷に近付いたことはなかった。たまに峡谷のある方角から、風に乗って魔物の唸り声が聞こえることがあったからだ。
 しかし子供達はウィリアムの手を引いて峡谷に向かう。
 ウィリアムは友達に遊びに誘われた嬉しさと、峡谷の恐ろしさに頭の中はぐるぐるしていた。
 そして峡谷に到着した時。ウィリアムは子供達によって峡谷の底へと突き落とされていた。
「バケモノのお前なら生きて帰って来れるだろ!」
「お前は人間じゃない!俺達はバケモノを倒したぞ!」
 子供達の声は峡谷によく響いた。
「違うよ!俺は人間だよ!」
 ウィリアムは叫ぶ。必死に地上に手を伸ばすものの、その手を掴むものはいなかった。やがてウィリアムは手を伸ばすことを諦めると、静かに瞼を閉じたのだった。
 ウィリアムは永遠と思えるほど長い時間を落下していた。その幼い体は岩壁に強く打ち付けながらも落下し続け、最終的に全身の骨が砕け散った状態で地面に叩き付けられた。ウィリアムの体からはおびただしい量の血が流れていた。
 ウィリアムは確かに絶命していた。彼の体は原型を留めておらず、見るに耐えない姿であったから。

 あの子達に崖から突き落とされて、一度死んでからどれくらい時間が経ったのだろう。
 ウィリアムは絶命してから数時間後、死ぬ前と何一つ過不足ない肉体で
 ウィリアムが絶命した場所には赤黒く変色した血液や、ウィリアムの衣服にも血液は付着していた。しかしウィリアムは体を起こすことも歩くことも可能であり、傷一つない体で蘇っていた。
 ウィリアムの例の体質とはであることだ。
 昔から人間の中ではごく稀に特別な体質を持つものが生まれることがあり、彼らは魔王や魔物に対抗するために生まれた存在であると信じられていた。特別な体質を持つ彼らは救国者とか秘密兵器、ジョーカーなどと呼ばれ尊ばれていた。しかし実際は多くの人間達は彼らの人間離れした体質に嫌悪感や恐怖、気味の悪さを感じていた。
「誰か助けに来てくれるかなあ」
 ウィリアムは空を見上げる。
 太陽の光は一筋も見えないほど、この峡谷は恐ろしく深い。徐々に暗さに目が慣れると、足元には獣か魔物のどちらかの骨が至る所に散らばっていた。不毛の地と呼べるほど、冷たく硬い地面と断崖絶壁に囲まれた場所だった。
 ウィリアムは崖に手を掛ける。しかし崖はあまりにも急勾配であり掴むところは少ない。そのため数メートル登ったところで力尽き、地面に叩き落とされてしまう。何度も繰り返した結果、登り切ることは不可能であるとウィリアムは気付かされてしまった。
 ウィリアムは不死身だが異常に身体能力が高いわけでも、無限の体力があるわけでもない。不死身であることの条件は存在するが、条件下であれば四肢が引きちぎれようと、頭を割られようと蘇ることはできる。しかし無敵の体ではないので、毒を飲めば毒に侵されるし、風邪を引けば熱や咳が出る。もちろん痛覚は人並みに敏感であり、痛いものは痛いし、苦しいものは苦しい。
「おじいちゃん、おばあちゃん……」
 ウィリアムはしゃっくりを上げながら崖に手を伸ばし、這いあがろうと挑み続ける。しかし空腹と体力の限界は必ず訪れるもので、ウィリアムはとうとう立ち上がることが出来なくなった。
「気持ち悪い……。おじいちゃん、おばあちゃんどうしたらいいの」
 崖を登るうちに毒草に触れたのか、ウィリアムは強い倦怠感と吐き気に襲われていた。がたがたと震える身体を縮こまらせ、早くこの苦痛が終わればいいと願った。

 ウィリアムの記憶はそこからとても曖昧だった。毒の影響で意識が朦朧としていたからだ。しかし倒れ伏しているところに誰かに話しかけられ、何度か返答をした記憶はある。しかしその内容は一切合切覚えていない。がどのような人物であったかすら覚えていなかった。
 そして次にウィリアムがはっきりと意識を鮮明にした時、そこは峡谷ではなく実家のベッドに寝かされていた。
 誰が助けてくれたのかと両親に問えば、ウィリアムが行方不明になってから三日後、突然家の前に倒れていたのだと言う。両親はひとりで帰ってきたのだと思い込み、尚更ウィリアムを気味悪く思ったのだと告げた。
「もしかしておじいちゃんとおばあちゃんが助けてくれたのかな」
 ウィリアムが毒に侵され、あまりの苦痛に泣き叫んでいた時。何者かがずっとウィリアムの傍にいて、時々頭や背中を撫でていた感覚は覚えていたのだ。
 ウィリアムは急いで祖父母の墓に向かうと、墓周りの掃除を今まで以上に丁寧に行い、祖父母が好きだった花を添えたのだった。

 それから五年後。ウィリアムは勇者を目指して実家を出ると、魔物討伐のために東奔西走した。自身のを生かして、各地に出現する魔物を討伐し、その功労と特別な体質は知れ渡ることになるのだった。
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