竜の祝福

豆子

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準備

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 二度目のお昼寝からセスが目覚めた頃には、陽が傾きかけていた。お腹が減ったと鳴くセスに果汁をやってから、ゼゼはセスが眠ってる間に用意した籠にセスを入れた。持ち手のついた浅めの籠だ。底には布を何枚か敷いて柔らかくしてある。
 金と時間、それから場所の目処が立った今、次にするべきことは一つ。
 必需品の買い出しだ。
 これが今のゼゼにとって一番の難問だった。  
「街に出る」だけならなんの問題でもないが、ここに「竜の子を連れて」がつくだけで一気に難易度が上がる。
 竜の子を連れてることが露呈したらいっかんの終わり。絶対にバレるわけにはいかない。
 バレる危険を避けるためにセスを置いていくという手は使いたくなかった。生まれたての竜の子をひとり置いていくことはしたくなかった。
 大丈夫、問題ない。ささっと必要なものだけ買って帰れば良い。ゼゼは普段から店主と話をすることはない。話し上手な方ではないゼゼは、店主と世間話をするのがあまり得意ではなかった。必要なものだけ買ってすぐさま店を出る。ゼゼの買い物の仕方はいつもそうだった。今回も同じようにすれば良い。必要なものはメモして買い忘れがないように。
 万全に準備をし、セスの入っている籠に上から布を被せる。セスが不思議そうに布からひょこりと顔を出してきた。

「セス、これから外に出るけどこの籠から顔を出したり声を出したりしないように」

 口元で人差し指を立てながら、セスに言い聞かせる。もちろん理解できるとは思っていない。竜の子が簡単にでも言葉を理解するようになるのは、半年を過ぎてからだ。言い聞かせても無駄だとは分かっていながら、セスの目を見ながら「シー」と言えば、セスが「キュイ!」と元気よく返事をした。まるで分かってるみたいな返事。そんなはずないんだろうけど、仕草と声が可愛くて、ゼゼは「偉いぞ~!」とセスの頭を撫でた。ひとしきりセスの頭を撫でくり回してから、ゼゼは気合いを入れてセスの入った籠を持ち上げた。

「行くぞ!!」
「キュー!!」

 そうしてゼゼは、子育てを開始してから一番の難問に立ち向かうため、勢いよく一歩踏み出した。




 
 勢いよく家を出てから一時間後。
 ゼゼとセスは家に帰り着いていた。
 結果として買い出しは何の問題もなく終わった。セスは言いつけどおり籠から顔を出したり声を出したりすることもなく、大人しくしていた。その間にゼゼは布やタオル、ミルクなどの必要なものを買えた。買い出し中ゼゼが発した言葉は「これください」「袋あります」「ありがとうございました」だけだ。籠の中身を怪しまれた時のために返そうと思っていた言い訳は一つと使うことはなかった。
 道ゆく人にも店主にも怪しまれることも必要なこと以外話しかけられることもなく、買い物は終わった。
 難問、あっさり解決。

「まさかなんの問題もなくスムーズに買い物を終えられるとは……」

 家に帰りつき、机に籠を置く。布を捲ればセスがひょこりと顔を出した。

「セス」

 名前を呼んで頭を撫でれば「ちゃんと言いつけ守ったでしょ」と言わんばかりにセスがむふーっと口角を上げた。
 な、なんてことだ。ゼゼは一つの真実に気がついてしまった。

「この子天才なんじゃないか……!?」

 美しい目と鱗だけでなく知性まで待ち合わせているなんて。すごい。すごすぎるぞセス!
 セスの両脇に手を入れて、天井に向かって抱き上げる。

「お前は天才だ~!!」
「キュ~!!」
「すごいぞえらいぞ最高に可愛いぞ~!」
「キュウキュウ!」

 ひとしきりセスを褒め倒したあと、ゼゼはふんっと気合いを入れ直した。

「セスのおかげで買い出しも無事に終えれたし、あとは引越しの準備だな」

 一度に全部の荷物を運ぶのは無理だから小分けにして運ぶしかないな。必要最低限のものを先に運んで、ベッドや机、椅子などの大きなものはあちらの家にもあるから持っていく必要はない。そうなると案外と引越しは簡単に済みそうだ。案ずるより産むが易し。まさにそのとおりだな。竜の子を育てる準備も覚悟もなしに始まった子育てだけど。

「これならやっていけそうだな」

 な!とセスに笑いかかれば、セスもキュイ!と元気よく鳴いた。

「よし!引っ越し開始だ!俺はこれから荷物を詰めたり準備をするから、セスは良い子でいてくれよ」
「キュイ!」

 そうして意気揚々と引っ越し準備を始めたわけだが、少し目を離した隙にカバンに詰めていたタオルを全部放り出され、用意していた晩ご飯用の果汁は全部こぼされ、買ってきた布はガジガジと噛みつかれてボロボロになった。極めつけにベッドにおしっこをされて、ゼゼは先ほど子育てを舐めた発言をした自分を殴りたくなった。
 やっていけるのか俺……!!

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