竜の祝福

豆子

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買い出し 1

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カチャのシチューをペロリと食べ終え、ホル草のソテーを顔を顰めながらもどうにか口に運び、最後のデザートのルルの実を大事そうに時間をかけて食べるセスに、ゼゼは「このあと街へ買い出しに行こうか」と言った。
 街への買い出しは月に一、二度。前回から二週間経っているし、ミルクや燻製肉の予備がなくなりかけている。買い出しに行くのに良いタイミングだろう。

「買い出し?じゃあ新しい本買ってもいい?」
「良いよ」
「やた!」

 幼い頃から知の芽を見せていたセスは、五歳になった今その賢さを花開かせていた。一通りの文字を教えただけで、セスは一冊の本を読めるようになった。もちろん難しい単語は無理だけれど、それでもゼゼが一度教えればすぐさま覚えてしまう。ゼゼが持っていた数冊の本をセスはあっという間に読み終えてしまった。セスのためにゼゼは様々な本を買い与えた。
 子ども向けの昔話をまとめた本や遥か異国で起こった戦いを綴った本──それから、竜の子が主人公の物語の本をセスに与えた。
 その本は卵から生まれた主人公の竜の子が世界を旅して成長していく物語だった。その本をセスが欲しがった時、ゼゼはついに聞かれる日が来たかと覚悟した。
 俺の本当の親はどこにいるの?
 そう聞かれることを覚悟してどう伝えるかを悩みに悩んでいたゼゼに、けれどセスは何も言わなかった。本を読みながら「俺もいつかこんな風にゼゼと色んな国を旅をしたいなあ」と目を輝かせるだけだった。「セス、その、何か俺に聞きたいことがあるんじゃないか?」と聞いたゼゼに、セスは「何が?」と首を傾げた。それにゼゼはどこかホッとした。
 結局、五歳になった今もゼゼはセスに両親のことを話せていないままだ。

「ゼゼ、ゼゼ?」

 セスに名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。考え込んでいてセスの声が聞こえていなかった。

「早く街にいこうよ!俺、もう食べ終わったよ!」

 綺麗に空になった皿を見せながら、セスがふふんと口角を上げる。その口の周りにはルルの実の果汁がべたりと広がっていた。

「口の周りがべたべたじゃないか。拭いてあげるから顔をこちらへ向けて」

 布でセスの口周りをぐいぐいと拭く。むぐぐと顔を顰めるセスが「俺、もう自分で拭ける!子どもあつかいするな!」と怒りながらゼゼから布を奪い取った。ごしごしと口を拭くと、どうだ!と顔を見せてくる。頬に果汁の赤い色がついたままだ。それが微笑ましくて、指で拭ってからそれをぺろりと舐めた。

「俺にとったらセスはまだまだ子どもだよ」

 眦を下げてそう言えば、セスがむぅとまろい頬を膨らませる。

「そうやって子どもあつかいできるのも今だけだからな!すぐにゼゼの背なんて追いこしちゃうんだからな!大きくなったら今度は俺がゼゼのこと抱っこしてやるからな!」
「はは、楽しみにしてるよ」

 セスがゼゼの背丈を越える頃、まだ二人でここで暮らせているかは分からないけれど。その日が来る時のことを想像して、ゼゼは微笑んだ。
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